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ね、寂しいよ。

作者: ふぁーぷる

「また明日」は不確実な約束。

 化け猫の怪談は数知れぬが、多くは「恩ある人の無念を晴らすもの」として語られる。

 だが時に、その怒りの頂点からは、もっと別の、異質なもっと恐ろしい存在が姿を現す。


【第一章 油を舐める影】

 行燈の皿の油を、ぴちゃ、ぴちゃ、と舐める影がある。

 魚臭い香りが鼻を突き、暗闇に湿り気をまとわせる。


「何で舐めるか、分かるかえ」

 おばばの声は障子越しに掠れていた。


「……昔は精製された油など無かった。魚の脂を燃やして灯した。その名残じゃ」


「え〜、そんな臭いの舐めないよ!」

 元気な声が跳ね返る。


「今夜は鎮守さまの夜祭だもん。勉強より祭り! 行っていいよね、ね!」


 おばばは長い溜め息をつき、影をちらと見やる。

 障子に浮かぶその影は、確かに猫――だが尾は二つに裂け、ゆらりゆらりと揺れている。


「……行っておいで。ただし、人に正体を悟られぬようにな」


「ありがと! 大好き! ニャッ!」


 障子を開け放ち、山奥の屋敷から黒影が飛び出す。

 その姿は美少女に化けた怪猫、ミケ。


 ーーーーーーーーーーーーーー

 山深い谷間にある大きな屋敷の障子を開け放ち中庭に飛び出し、塀を飛び越え疾風の如くに走り去る。


 やれやれと残されたおばばは、ため息一つして行燈の油を舐める。

 障子に映るその影は怪猫。


 ーーーーーーーーーーーーーー



【第二章 夜祭】

 真っ暗な山野を駆けて里へと下りていく。

 谷を駆け抜け、鎮守の森を抜けると、夜祭の喧騒が耳を打つ。

 橙の提灯が並び、笛や太鼓の音が宵闇を裂いて響く。


「わぁ……」


 里の鎮守の森を抜けると祭囃子が聴こえて来る。

 楽しそう〜!

 楽しそう〜!


 鎮守の祠の裏から現れたのは、黒いタートルネックに黒いレザーのベスト、黒いハイソックスそしてレザーの超ミニタイトスカート、目元がキリッとしたボイッシュな感じの美少女。


 るんるんルン。


 境内は夢のような光景だった。

 綿菓子の白煙、金魚すくいの水面に反射する灯、焼きそばの鉄板から立ちのぼる湯気。

 子供たちの浴衣は色とりどりに翻り、幻想の世界の住人のよう。


 境内に向かうと露店が沢山出ている。


「ミケちゃんだ!」


 歓声が上がり、小さな子らが駆け寄る。

 通称ミケちゃん――村の子供たちにとっては、誰よりも頼れる遊び相手。


 子供達も沢山居て小さな浴衣の女の子が「あーミケちゃんだ!」と指を指す。

 子供達がわあーっと走り寄って来る。


 通称ミケちゃん、村の子供達のアイドルだ。

 けれどその微笑の奥に、誰も知らぬ獣の気配が潜んでいる。


 露店を子供達に手を引かれて練り歩く内にピタッとミケちゃんが足を止めた。

 真剣な眼差しで凝視する先は金魚すくいの金魚。

 彼女の目線はもう釘付け。


 浴衣の女の子がミケちゃんのミニスカートに手を入れて尻尾を思いっ切り引っ張る。

 ニャ〜〜とミケちゃんが跳び上がる。


「駄目だよミケちゃん!金魚さんは食べちゃいけないんだよ!」


 ニャ〜ここには、優衣先生が居たニャんだな。

 分かった分かった!


 盆踊りに行こう〜。

 わーいわーい。


 蒸し暑い夜。

 でも子供達は汗びっしょりに踊り楽しんだ。


「今宵の盆踊りは終わりです。」

「足元気を付けてお帰り下さい。」

 村内放送に促されて子供達も親に連れられて帰って行く。


 浴衣の女の子、優衣先生もミケちゃんに手をずっとずっと振りながら「また明日ね」と軽トラに乗せられて家路についた。



【第三章 報せ】

 ミケちゃんもトボトボと山奥に帰る。

 鎮守の森を抜けて漆黒の森に入る手前で〈ウ――――〉とサイレンの音が響く。


 祭が終わり、子供たちが次々と帰路につく頃。

 夜空を引き裂くように、サイレンが遠くから迫った。


 村内放送が震える声で告げる。


「松尾タカシさん、松尾優衣さんが農業用水路に落ちて病院に搬送されました!」

「病院は隣町の呪い坂病院です。」

「身内の方はお願いします。」


 ミケの胸が冷えた。

 優衣――祭で笑っていた浴衣の少女の名だ。


「いやだ……!」


 ミケちゃんはクルリと踵を返して駆け始める。

 ミケは疾風となり、サイレンを追い越して駆けた。


 走りながらまたまた信じられないほど不吉な名前の病院じゃないか〜と吠えながら駆ける。



【第四章 呪い坂病院】

 呪い坂病院の玄関前ロータリに救急車が入ってくる。


 ロータリ真ん中の大きな楠木の上から眼が光る。

 ミケちゃんは先に着いて救急車を待っていた。

 ギリギリギリギリ歯軋りして待っていた。


 担架が二つ、慌ただしく病院の中に吸い込まれる。


「無事でいて……優衣ちゃん……!」


 小さな病院で医療設備も揃っていない中、医師と看護師が右往左往して懸命の処置に当たる。

 おじいちゃんのタカシさんは頭蓋骨陥没で敢え無く亡くなる。

 優衣ちゃんは若い命で生命を懸命に繋いでいた。

 ただ、外傷は見当たらず、医師も点滴を施す位しか手は無いようだ。

 貧乏な村人に町の医療の手は後回しにされ明日朝一番でヘリが来る手配となった。

 それまで自力で持たせろという事らしい。

 理不尽な…。


 優衣ちゃんは二階の治療室で心電図の動きで生命の鼓動を見守られている。

 着替え籠に畳まれた浴衣が、鮮やかな記憶の残骸のように置かれていた。


 優衣ちゃんは爺ちゃんと二人暮らし。

 見守る人も居ない。


 夜は更けて行く。


 優衣ちゃんの横には爺ちゃんが心配そうに座っている。

 亡くなっても想いは残るのだろう。


 大楠木から二階の病室の窓際の木に移動してミケちゃんも見守る。

 何もできない事に涙がポタポタ落ちる。

 余りに悲しく見ていられないのでミケちゃんは木の裏で泣き噦る。



【第五章 黄泉の口】

 丑三つを少し過ぎた頃、病室の扉がスーッと開く。

 巡回の看護師は今しがた出て行ったばかり。


 そこから長い黒髪がダラリと扉の隙間から現れる。


 あの世の入り口黄泉比良坂に棲まう。

 煩悩と業の塊の鬼女(黄泉醜女)。

 それが扉を開いてニンマリと優衣ちゃんを見つめる。


 今夜の鎮守の境内の夜祭は年に一度あの世の亡者が現れるのを祓う行事。

 そしてここ呪い坂病院の裏山は亡者が現れいでると言い伝えがある洞穴がある。


 長い黒髪が、ぞろりと床を這い、隙間から覗く。

 続いて現れたのは、鬼女(黄泉醜女)――あの世の淵に棲む鬼婆の手下たち。


 幾重にも重なる顔、膨れ上がった舌、腐った肉の臭い。

 彼女らは飢えた笑みを浮かべ、白目を剥いた優衣に手を伸ばす。


 扉の向こうには鬼女が幾つも幾つも顔を重ねて病室の中を覗いている。


 爺ちゃんが立ち上がって扉を閉めようとする。

 霊魂に物理的な作用は出来ない。

 足掻くばかりの半透明の爺ちゃん。


 鬼女(黄泉醜女)は構わず、病室に入ってくる。

 若い生命の香りじゃ、美味そうな、美味そうな〜。


「若い命の匂い……甘い、甘い……」


 ダラリとした長髪の隙間から白目を剥いた優衣ちゃんを見つめる。


 ドクン!、違和感がミケちゃんに届く。

 木の陰から振り向きざまに病室の窓に飛び込む。


 ニャ〜下衆な怨霊め!何しに来た!

 あたいの友達に何の用だ!


「何々?妖怪か?」

「鬼に楯突くとはヒヒヒッヒ」


 病室の扉が勢いよくバーンと開く。

 そこに入って来たのは片手に包丁を持った鬼婆。



【第六章 怪猫の咆哮】

「やめろぉぉぉぉ!」


 窓を突き破り、黒影が飛び込む。

 鋭い爪が闇を裂き、ミケが牙を剥いた。


「下衆な亡者ども……友を喰らうな!」


 鬼女たちは一瞬たじろぎ、呻く。

「猫妖か……だが、鬼に逆らうか、ヒヒヒヒ! 鬼に勝てると思うなよ!」


 さらに奥から、片手に血錆びた包丁を握った鬼婆が姿を現した。

「折角、川に突き落としたのに何をトロトロとしているウスノロの鬼女どもめ」


 その言動が終わらぬ内にキーーーンと共振音が響き渡る。

 病室全体が震えるほどの共鳴音が鳴り響く。

 病室の空気がガラリと変わる。


 発しているのはミケだった。

 瞳は紅蓮に燃え、爪が空気を切り裂く。


 窓際の鬼女を、ミケは一瞬で引き裂いた。

 絶叫する間もなく、爪で真っ二つに。


「何だとーーーーーー」


 ギロンとミケの眼光を向けられた鬼女らは眼光を受けた側が引きつり顔面神経つのように引きつる。

 亡者となっても真の恐怖は感じるようだ。

 残り4体の鬼女は我先にと這うように逃げ出す。

 バケモノ、バケモノ〜と。

 鬼女は顔が引き攣り、悲鳴をあげる。

「バケモノだ……!」


 遅い、ミケちゃんが駆け抜ける。

 4体ともバラバラに引き裂かれている。


 鬼婆が叫ぶ。

「何故にこんなバケモノがここに居るのじゃ」

 叫びながら逃げ出すがミケちゃんの猫爪で一瞬でこれも真っ二つに裂かれる。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 猫、百年の齢であるものは猫又となり、飼い主の無念の怨念を媒介に怪猫と化す。

 変幻の妖怪。

 怪猫は日本の妖怪。

 実はミケちゃんは別の類、猫の姿は愛する主人の想い出の形。

 実体は遠く遠く悠久の果てより生き長らえる神をも切り裂く魔神。

 そのルーツは別でお話しましょう。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



【第七章 喪失】

 静寂。

 心電図のモニタが、長い、長い音を鳴らした。


 優衣の命は、ついに糸のように途絶えた。

 爺の魂も、娘を追うように消えゆく。


 ミケは血に濡れた爪を見下ろし、声にならぬ咽びを漏らす。

「……また、失った……」


 その姿は猫ではなく、神をも斬る異形の魔。

 しかし選んだ姿は、ただの小さな三毛猫。

 愛した人間の思い出を、必死に抱きしめるためだけに選んだ姿。


 亡者どもの企みは消えた。


 優衣ちゃんの生命もさっき消えた。


 ミケちゃんは、また、大事な愛する存在を失った。


 夜明け前、病室の窓辺でミケは呟いた。


「ね……寂しいよ……」


 その声は誰にも届かず、ただ虚空に、いつまでもいつまでも残響した。


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