熊の心臓
見た夢を書き起こしました。
灰緑の細かく尖った葉が密に繁る
その樹皮は明るい赤茶色をしている。
樹皮を抉る爪跡に触れ、眼下の谷底を見る。
見えない谷底から吹き上げる風は冷たい。
大陸の北、暖かな国々からは最果てであろうこの地で、俺は熊を捕る。
熊は大きい。
何を当たり前の事をと思うかもしれないが、実際に奴の前に行けばわかるさ。
大きい。
奴は大きいのだよ。
今日も尾根沿いに歩き熊を追う。
罠は使わない。
俺は奴の命をもらう。
だから俺も命を天秤に乗せる。
家族がいるんだ。
家に帰れば暖炉が燃えて、数日前からかけてある鍋が煮えている。野菜と水と塩を足しておくと旨い汁が食える。
家内と息子が3人。
家内は、俺が帰ると芋を焼いたものや葱や果実を汁と共に出してくれる。
息子たちは昼間に草や木切れで拵えたものを俺に見せ、
それでひとしきり遊んでやる。
大切な家族。
暖かい家。
清冽な空気と豊かな森の恵み。
暖かな国々からは最果てであろうこの地の、更に奥地の山の麓に、俺の全てが有る。
俺は毎日夕暮れに、酒を飲む。
強い酒だ。
一日の終わりに酒を飲むと、何かを忘れることができる。
もう、何を忘れたのかも忘れた。
忘れなければこの生活が壊れてしまうほどの、何かを。
俺はなぜ、熊を追うのだ。
父も、祖父も、熊を追った。
熊を撃ち、肉と毛皮を得た。
時々、心臓や胆嚢の買い手がいる。
俺は熊を捕る。
生きるためだ。
木の肌を撫でた。
爪跡は深い。
俺はこれから、こいつを捕りに行く。
3日後に、熊の心臓を求めて買い手が来る。
行くぞ。
尾根伝いに熊を追うのだ。
下草をゆっくり踏め。
足は摺るな。
膝から歩け。
熊の心臓を取ったら、酒を飲もう。
俺の心など忘れてしまおう。
熊よ。
俺の全て。
俺に心臓をくれないか。
俺も心を差し出すから。
ありがとうございました。