問.愚かだったのは果たして誰だったのだろうか?
※このお話に救いはありません。
※このお話は誰も幸せになりません。
※それでも見て頂ける方はどうぞ。
それは、よくある婚約破棄のお話。
世界の運命を知る、選ばれた女。愛を求めたヒロインの役割を持つ少女。
攻略対象という役の美男子達。そして、断罪されるのは意地悪な悪役令嬢。
運命はヒロインに味方する。全てはヒロインの少女が数多の愛を手にする為に。
悪は正され、愛と正義が勝つ。憐れな悪役令嬢は断罪されるのだ。
「キルミナ! 貴様のフラムへの所業、最早看過する事は出来ん! お前との婚約破棄をここに宣言する!」
ここに、運命を決する宣言を王太子であるジャックが告げる。
舞台は社交界のパーティーの最中。ジャックの傍にはフラムと呼ばれた少女が、更にフラムを守るように子息達が立ち塞がる。
公爵家の子息、騎士団長の子息、王宮付魔法使いの子息、宰相の子息。その面々の権力を感じさせる事、恐ろしい限りである。
そして、その面々に断罪される悪役令嬢という構図。一人、追い詰められた悪役令嬢であるキルミナはそっと息を吐く。
「ジャック様。その悪行に私が心当たりがないと言っても、何も信じて貰えないのでしょうか?」
「当然だ。未だ己の罪を認めぬつもりか?」
「誰が、私の罪を証明出来るのでしょうか?」
「貴様! フラムを傷つけても尚、そのように言うか!?」
憤るジャックの言葉に反応したように、子息達からも怒気が膨れあがる。
「私とその子の話であれば、彼女の主張と同じように私にも自分の罪を弁明する権利があるかと思います。両者の主張が食い違うのであれば、第三者の視点を以てして公平に判断するのが裁判というものではないのですか?」
「貴様がフラムに対して陰湿なる悪行を重ねていた事は周知の事実だ!」
「その悪行とは?」
「先程も言っただろう!? フラムを脅迫したり、彼女の私物を捨てたり、あまつさえ命を狙った事だ!!」
「私が、その悪行を為したという証拠は?」
「言い逃れようと言うのか!? だが、証言者がいるのだぞ!!」
「その証言者は誰ですか? ……いえ。問うても無駄ですね。どうせそこにいる子息達なのでしょう? では質問を変えます。この断罪を、今、ここで、行うその正当性につきましてはどのようにお考えですか? 私と殿下の婚約は我が家と王家の両親によって決められたもの。私達の一存で覆せるものではない事は存じているかと思いますが?」
「父上達は関係ないだろう!? 自分の身の悪行を隠すのに親まで利用するつもりか!? 恥を知れ!!」
「恥、恥ですか」
ふっ、と皮肉げに笑みを浮かべてキルミナは呟く。
「確かに私は恥晒しですね。このような社交界のど真ん中で、よりにもよって王家の婚約者から婚約破棄を突きつけられ、悪行を暴かれ、断罪される。今後、社交界のどこに出ようとも私の恥は晒され続ける事でしょう」
「それが貴様の為した悪行による罰そのものだ。心して罰を受けるが良い」
「いつから王太子には人を裁くという仕事が出来たのでしょうか。私は自らの無知を恥じ入るばかりでございます」
「お前が恥じ入らなければならないのは、己の浅ましさだ!!」
ジャックの怒声に、遂に我慢がならなかった子息達が動き出す。
光で編まれた弾丸の魔法がキルミナに叩き付けられ、キルミナは勢い良く地を転がる。
そこに騎士団長の子息と、公爵家の子息が突きつけるように剣を向ける。
「キルミナ、お前は我が公爵家の恥だ」
「……お兄様」
「アヴェイン、やめろ。幾らこいつと言えど、妹の血でお前の手を汚す事はない」
「バルカス……妹だからこそ、だ。でなければフラムに申し訳が立たない」
キルミナの兄である次期公爵のアヴェインが悲痛に顔を歪ませた。
そんなアヴェインを見て、バルカスは倒れ伏すキルミナへの憎悪を増し、その頭を垂れさせるように踏みつける。
「貴様が! このように醜悪だから! 多くの人間が悲しむのだ!」
「……多くの人間とは? お兄様ですか? フラムですか? 貴方達を含めてですか? それとも、もっと多くの人間が?」
キルミナがバルカスに目線だけ向けて問いかける。その目は、ただバルカスを見据えている。
その視線が気に入らず、バルカスは地に押し付けるようにキルミナの頭を踏みつけた。
「……いつから、罪人は足蹴にされても良いと、この国の法は改正されたのでしょうか?」
「減らず口を!」
「ここが裁判の場だと言うのなら、私にとて、弁護の機会は与えられる筈ですが? ……あぁ、弾劾の場だとするなら、私の言い分など、もうどうでも良いですか」
「黙れと言っているのだ!!」
バルカスが叩き付けるように足を振り上げ、再びキルミナの頭を地に叩き付けようとする。
「――この場が、一方的な弾劾の為の場だと言うなら。私がやり返しても良いんですよね?」
――血が舞った。
同時に、バルカスの足が転がり、地に落ちる。
バランスを崩したバルカスは倒れ、切り落とされた自分の足を信じられないといった様子で見つめて。
「あ、ぁああああっ!? 俺の、俺の足がぁ、足がぁぁあああ!?」
「バルカス!?」
倒れたバルカスに駆け寄ろうとしたアヴェインだが、血に染まった剣を振りかぶり襲いかかるキルミナに気付いて咄嗟に剣を掲げる。
「キルミナ! 貴様、ドレスに剣を!?」
「残念です、お兄様。……さようなら」
返り血を浴びて血化粧をしたキルミナが、無表情のままに言い切った。
そこでアヴェインは気付く。交差させていた剣が、気付けば押し込まれている事に。
僅かに踏み止まる足が下がる。力を込めなければ一気に持って行かれそうなキルミナの力に汗が浮かぶ。
「ば、かな……!? 俺が、キルミナに押され……!!」
「令嬢とて、必要であれば……剣を取りましょう」
「うぉ、ぉぉお、ぁあああああああああああ!?」
押し込まれる剣が肩に刃を食い込ませていく。腕の半ばまで食い込んだ所で、力を失ったアヴェインの剣を叩き落としながらキルミナが肩口から腕を切り落とす。
勢い良く血が吹き荒れ、絶叫と共にアヴェインは傷口を残った手で押さえた。またもや、返り血でキルミナが染まっていく。
「う、うわぁああああ!?」
「い、いやぁああああ!?」
「衛兵! 衛兵っ! キルミナ嬢が乱心したぞ!!」
傷を押さえながら叫び続けるアヴェインとバルカスを気にした様子もなく、血に染まった剣を握りしめながらキルミナはぎょろり、とジャックへと視線を向けた。
「な……!? キ、キルミナぁッ! 貴様ぁっ!?」
「クリス! 何をしてるの! 魔法で早くあの女を殺して! 頭おかしいよ、アイツ!」
「……わかった」
クリスと呼ばれた王宮付魔法使いの息子が額に汗を浮かべながらも、短く返答する。
魔法はすぐさま展開され、キルミナを始末せんと迫る。それを見たキルミナは、足下に転がっていたアヴェインの剣を手にし、そのまま勢い良く疾走する事で回避する。
突然の疾走で加速したキルミナに目を見開き、クリスは咄嗟に距離を取ろうと後ろに下がろうとした。
「遅い」
低く呟いてキルミナはアヴェインの剣を大きく振りかぶって投擲した。勢い良く迫ったアヴェインの剣にクリスは目を見開くも、反応が間に合わずに腹部を突き抜けて剣が貫く。
そのままクリスは吐血して、信じられないという表情を浮かべて床に転がった。悲鳴の音が更に大きく変わり、我先にと逃げようとした子息・令嬢達の波に呑まれて中に入ろうとした衛兵との間で衝突が起きる。
「ひ、ひぃぃいっ!?」
「ディラン!? あ、貴方、私を見捨てるの!?」
「ぼ、僕は文官なんだぞ!? あ、あんなの、近づいたら殺されちゃうだろうが!?」
ジャックとフラムの傍に控えていた宰相の息子、ディランは恐怖のあまり、逃げだそうとする子息・令嬢達に紛れる為に走っていってしまう。
その背中にフラムが非難するように声を上げているも、すぐにそんな余裕は無くなった。
ジャックとフラムに向かってキルミナが走ってきたからだ。すぐさまジャックが剣を抜いてキルミナと斬り結ぶ。
「キルミナ、貴様ぁ! 狂ったか!?」
「えぇ、どうせ後がないもの」
「何!?」
「王太子からの婚約破棄宣言、兄からも見捨てられ、家からも見限られる事でしょう。えぇ、見限るしかないわ。なら、後は追放? 処刑? どの道、生きて行く方法なんてない。なら、私に出来る事なんてこれぐらいしかないでしょう?」
「潔く罪を認めず、こんな凶行にまで! お前には人の心はないのか!?」
「ないのでしょう? だって、私はフラム嬢に意地悪をする悪人なのでしょう? 貴方がそう仰ったのでしょう? 私が違うと言っても、“王族が私をそう決める”のでしょう? なら、白も黒になります。黒になった私に未来などないのです。未来などないなら、私がどう死のうが勝手でしょう?」
深淵にも呑まれそうな黒紫色の瞳の視線がジャックに絡みつく。
いつから、彼女はこんな人形じみた顔をしていただろうか。いや、そもそも普段は彼女はどんな顔をしていた?
ジャックの脳裏に、普段のキルミナの表情が思い出せなくなっていた。
「や、止めなさいよ! 何やってるのよ!」
「フラム……! 逃げろ!」
「私はヒロインなのよ!? こんな、こんな展開、知らない、聞いてない!? 隠しバッドエンド!? 隠しバッドエンドなの!? 知らない、知らない、どうしてこうなるのよ! やっと、やっと幸せになれると思ったのに!?」
「フラム……!?」
半狂乱になって叫ぶフラムにジャックは驚愕する。フラムは恐怖に怯えて、正気を失ってしまったかのように頭を抱えて、髪を千切らんばかりの力で握りしめている。
その余所見が致命的だったのか、ジャックの剣がキルミナによって弾かれる。遠くへと飛んだ剣が宙を舞う。
「しま――っ」
殺される。
恐怖に凍り付いた時、ジャックは世界がまるでスローモーションになったように見えた。
人形のように一切変化のないキルミナの表情がよく見えた。その変化も、また。
キルミナは、そこで初めて泣きそうな表情を浮かべて……それから諦めたように微笑んだ。
振り下ろせば届く刃は、一瞬だけぴたりと止まる。その瞬間、ジャックはキルミナと見つめ合った。
……いつから、彼女の目を正面から見る事が無かったのだろうか。そんな疑問が過るのと同時だった。
「王太子殿下から離れろぉ!!」
キルミナを背中から、駆けつけた衛兵が切り捨てる。斬り付けられた際に吹き出した血が衛兵を穢していく。
キルミナは再び感情を失ったように無表情となり、そのまま受け入れるように目を閉じた。吐き出した血が、間近に迫っていたジャックを濡らした。
「……ジャック、様」
力なく、自分の名を呟くキルミナの姿がどうしようもなく焼き付いた。
瞬く間に起きた惨劇の場は、そうして呆気ない程に終わってしまった。
ただ、呆然とするジャックを置き去りにして……。
* * *
「――どういう事だ、ジャックよ! 何故こんな事になった!?」
拳を勢い良く机に叩き付け、国王陛下がジャックを睨み付けていた。その瞳は怒りに燃えている。
キルミナの乱心から次の日、国王はすぐさまジャックを呼び出して事情を聞き出していた。
「アヴェインは腕を落とされ、バルカスは足を落とされた! クリスも一命は取り留めたが、意識不明の重体! 揃いも揃ってお前達が、キルミナを弾劾した場で反撃にあったと聞いたぞ!? 一体全体、何がどうなってそうなるのだ!?」
「わ、私は……」
「フラムとかいう令嬢か? あの後、まるで幽鬼のように呻くだけになったあの女の為に婚約者に罪を突きつけ、婚約破棄を社交界の場で突きつけただと!? そんな後がなくなったキルミナがこのような事をするとは、まさか考えが及ばなかったのか!?」
返す言葉もなく、ジャックは唇を噛みしめた。
「し、しかし! これはキルミナが疚しい思いがあったと認めたから凶行に及んだのであって……!」
「馬鹿者ッ! 順番が違うではないか!! 弁護もさせずに断罪を突きつけたのは誰だ!? お前だろう、ジャック! お前が先にキルミナを攻撃したのだ! 立場だけではない、今後の将来も含めてだ! その覚悟もないのに、貴様は婚約破棄などと抜かしたのか!? 国王に何の相談もなしに! 公爵家に何も話を通さずに!?」
ジャックの胸ぐらを掴み上げて国王が吼える。そのあまりの気迫にジャックは芯から魂を震わせたように震えてしまった。
国王が、父である男が心の底から激怒してしまっている。その怒りは全て、自分へと叩き付けられているのだ。
「王太子といえど、貴様は裁判官ではない! 裁判の作法も知らぬお前が、何故断罪などした! 断罪をした者が刃向かうとは考えなかったか!? 未来を奪われた者が! 投げやりになった先に何をするか考えもしなかったのか!? 答えよ、ジャックッ!!」
「わ、私、私は……た、ただ、フラムが……キルミナを……」
かたかたと震えながら、ジャックはなんとか弁明しようと言葉を紡ごうとしたが、途切れ途切れで意味がわからない呻きになってしまう。
そんなジャックに失望したと言うように胸ぐらを突き放し、国王は吐き捨てるように言った。
「知っておった」
「え……?」
「キルミナが、最近自分はジャックからお心を戴いていない。努力しても苦しい。心が荒み、暗い事ばかり考えると。そんな自分が婚約者などと相応しくないのではないか、と」
「キルミナが……?」
「だが、公爵の奴も、余も互いの腹の内がある。婚約破棄などと、立場を考えれば認められもしない。多少の火遊び程度、許してやれと。……それをまさか、婚約破棄などと! お前は何を考えている!? 側室ならばまだしも、あのフラムとかいう娘を王妃として迎え入れるつもりだったのか!?」
「ッ……! それは! キルミナが陰湿なイジメをフラムにしたから!」
「証拠はあるのか!?」
「皆が証言したのです!」
「明確な、誰もがそうだと認める証拠は!? 証言以外の、物的な証拠はあるのか!? 証言もお前と同意する者ではなく、公平な立場で判断出来る者はいたのか!?」
「……それは、ない、ですが」
「ない、では話にならん! 愚か者めが!!」
実の父親から放たれた、愚か者という一言がジャックの胸に深く突き刺さる。
「キルミナが陰湿だと言うなら、貴様は清廉潔白かジャック! 婚約者が心離れたと、そう嘆く横で別の女に入れ込み、本人の証言も耳に入れずに断罪をする貴様が! 清廉潔白とでも言うつもりか!!」
「…………そ、れは」
「因果応報だ。貴様の不実が、キルミナを凶行に至らせたのだ。公爵も頭を悩ませている事だろうよ。跡取りのアヴェインは片腕を失い、娘は狂乱した。バルカスも足を失えば騎士としては生きて行けまい。クリスは今も生死の境を彷徨っている。ディランは王太子の危機に一人逃げたと醜聞がついた。わかるか、ジャックよ。この全てが貴様の不実が招いた事なのだ!」
突きつけられた事実の重さに、ジャックは拳を握って項垂れてしまった。
あの一瞬で起きた全ての原因が、自分だと。その重みが今になってようやくのし掛かってきたのだ。
目の前が歪むジャックに、追い打ちをかけるように国王は呟く。
「……キルミナがこれで本当に陰湿な罪人なら、まだ良い。だが、それがお前がかけた冤罪だった時、どう償うつもりだ。ジャック」
「……冤、罪……?」
「フラム嬢が呟いていたそうだ。あんなに仕掛けたのに、全部上手くいってたのに、あともう少しだったのに、とな」
ジャックの目の前が真っ暗になって、力なくその場に座り込む事しか出来なかった。
冤罪と力なく呟くも、果たしてそれが意味する事も本人が理解が出来ているのかどうかすらわからない。
「……キルミナも一命は取り留めたそうだ。言うべき事があれば、会いに行けば良い」
「え……?」
「もう、何を言っても無駄だろうがな」
突き放すように言い放った国王を背に、ジャックは足をもつれさせながら駆け出した。
* * *
キルミナが拘束されていたのは、罪人達を入れる牢の一つだった。
牢番に案内されて辿り着いた先で、ジャックが見たキルミナは……。
「あー……」
まるで、子供のように無邪気だった。
知性など感じさせない。ただ、牢屋の壁をなぞったり、入り込んだ虫をジッと見つめたりしていた。
愕然とするジャックを前にして、牢番は目を細めながら呟く。
「……禁じられた魔法を使ったそうですよ。魂を代償に、限界を超えた力を出す魔法です。戦争が盛んだった頃、兵が最後と悟った時に一人でも多くの敵を屠る為の忌まわしき産物です」
「……魂、を」
ジャックも耳にした事がある。それは、一体誰から聞いた事だったのか。
「もう、あのキルミナ様は戻ってこない。ご令嬢として気高く振る舞っていたあの人は帰って来ないんだ。罪人だって言うなら、さっさと処刑してしまった方がこの人の為だ。……見てらんないんですよ」
それだけ言うと、牢番は案内は終えたと言わんばかりに元来た道を戻ってきてしまった。
まるでここにいたくない、と。そう言うようにだ。それでもジャックは呆然と立ち尽くす事しか出来ない。
一歩、思わずキルミナの元へと近づいた時だった。鉄格子越しでキルミナと視線が合った。
「……ぁ」
思わずジャックの喉が引き攣る。キルミナの瞳は何も浮かんでない。憎しみも、怒りも、悲しみも。
「……ジャークー!」
ただ無邪気に自分の顔を見て、舌足らずに名前を呼んで、そして笑ったのだ。
キルミナは鉄格子に顔を擦りつけて、手を伸ばして届かせようとバタバタしている。
まるで愛しい誰かを見つけたように。その人に、手を伸ばすように。
「……ぁ」
記憶が弾けた。埋もれていた記憶が、過去を呼び覚ます。
『戦争では、このように悲しい魔法が生まれてしまったのね……』
『ねぇ、ジャック。私、いっぱい勉強するわ。勉強して、戦争が起きないようにするの』
『それがね、王妃様になったらやらなきゃいけない事だよね!』
『だから、ジャックも――』
「ジャーーークーーー」
「……ここに、いる」
キルミナの手を、ジャックは握る。
キルミナはようやく届いた手に、ニコニコと笑みを浮かべて何度も握りしめる。
しかし、ジャックの顔を見てキルミナは笑みを消した。眉を寄せて、首を傾げる。
「ジャークー? やー?」
「……キルミナ」
「めー、めー、だめ?」
何を言っているのか、もうわからない。
ジャックの目から涙が溢れていく。キルミナの手を、許しを請うように両手で包み込む。
それでも、すまない、と。そんな一言さえ口にする事は出来なかった。
喉が潰れてしまったかのように、言葉を忘れてしまったかのようにジャックは泣いた。
そんなジャックの垂れた頭を、慰めるようにキルミナは撫で続けるのであった。
* * *
『――だからジャックも、頑張ってね。私、一人前のお嬢様になるから!』
* * *
何故とは問わない。理由も問わない。
何故ならば、起きた結果を覆す事は出来ないのだから。
しかし、あぁ、しかし。
愚かなのは、果たして誰だったのだろうか?