VRMMORPGの世界に転移した俺。チーター認定を受けて垢BANされました。それって俺、死ぬんじゃね?
「おお!ここってゲームの中じゃねえの?」
俺の前に広がる世界は、木、木、木、岩、森。そして――
「ビギナーズウルフ、か」
一匹の子犬と呼んでいい、オオカミ。
何が、どうして、こうなった?
とりあえず、お約束をしておきますかね。
「ステータス。オープン!」
思わず腕を突き上げちゃった。テヘペロ♪ ……自分でやっておきながら、男の“テヘペロ”は胃にもたれる。
「キャラ名が、【ぷんぷん丸次郎】ってなってるな。やっぱり、あのゲームの中か? よく分からないけど。似たようなもんだろう。多分」
そもそも、俺が今の状況になる直前に記憶しているのは、VRMMORPGのプレイをしていた事だ。VRといってもヘッドセットつけて左右に頭を振ると、画面描写も左右に動く。自分の手は、手首から先が移るだけで、自分自身が見えるわけでもない。それなのに、今は自分の胸元や足の裏なんて見る事が出来る。お約束的なところからも、きっとそうに違いない。
「この風景って、新規スタート地点だよな。風景がリアルすぎて、あんま自信ないけど――いい加減ウザい」
俺が、自分のステータス画面や、周囲の風景を吟味している最中も、ビギナーズウルフは俺に攻撃を仕掛け続けていた。
「レベル1ならともかく、レベル1万の俺にダメージなんて通らないんだよ!」
おー、飛んだなー。
軽く蹴り飛ばしたら、ゴムボールのように飛んでいった。
破裂するとか思ったけど、しなかったな。よくよく考えてみれば、破裂させたら服が汚れちゃったかもしれないから、結果オーライか。
「やっぱ、レベル1万。すげーな」
このゲームにレベル1万なんて存在しない。いわゆるチート行為だ。
おっと、非難は早いぜ。もちろん、運営会社の規約に違反する行為なのは、重々承知している。
俺がチートで遊んでいるのは、シングルプレイとか、オフラインモードって言う、御一人様用の方だけだ。
MMOってのは不特定多数のプレイヤーとの関わりを楽しむものだが、ゲームの中までも絶えず人間関係を強いられるのは、ごめんしたい。ゲーム内での仕様のお試しをする事に使われている。
俺もマルチプレイで遊んでいるが。それはそれとして、ストレス発散的な意味で俺Tueeeeチートオフラインも遊んでいる。
で、今の直前にやっていたのは、俺Tueeeeチートオフラインだ。
マルチでチート行為は駄目。駄目チート。NOチート。
マルチでチート行為は駄目。駄目チート。NOチート。
大事な事なので二度いいました。
「さてと、とりあえず、ドラゴンでも俺が殺される事はないし。それこそ、元の世界に戻れるかどうかなんて、どうでもいいし。今は、ストレスフリーに遊びますか」
気ままに、魔法とか剣技とか試しながら、俺は町に向かった。俺が通った後は、焼け野原より酷い有様になった事は言うまでもないだろう。
□ □ □
「ねえ、ぷんぷん丸次郎。一緒にこのドラゴンの討伐クエストを受けましょうよ」
俺の腕に豊満な胸を押し付けてくるエロフが、討伐クエストが張られた掲示版を指さす。
「そうだな……。じゃあ、全裸ね。全裸縛りならいいよ」
「え~、もう! エッチ――だな♪」
俺がこの世界に来てどれくらい経ったのかな? はい、3時間です。雰囲気を出して済みません。
とりあえず、冒険者ギルドに行って、クエストを受注。
「あの、ランクEの方はこのクエストを受けれません」
「え? 俺ランク神だよ。よく見直して」
あー、ランクが戻っちゃっているな。ステータス画面で、こうチョイチョイとして。
「あ! 申し訳ございません。こちらの邪神【ビギナーズウルフ】の討伐ですね」
当然、ランクに神なんてないし、ビギナーズウルフが邪神のわけもない。どっちもチートだ。
ランク神は、クエストには発生や受注に条件が有るものがあるけど、それらを全て条件無しに受注できる。
邪神【ビギナーズウルフ】の討伐は、改造クエスト。本来ならあり得ない報酬と経験値。それとドロップを得ることが出来る。
そして、俺の腕にしがみ付いているエロフはNPCで、本来の仕事は町の入口に来たモンスターを迎撃する事。クエストに同行なんてしない。
本来マルチを前提としたこのゲーム。御一人様では、シングルモードという設定を易しくした状態でも、優しくない。ならと、NPCを雇用して疑似PT化して遊ぶ事改造は、珍しいものでは無い。と、思う。
エルフなのに巨乳とか、俺に従順とか、桃色脳とかは、俺のリビドーの性。ほら、外で裸にはなれないけど、自分の部屋の中なら全裸で過ごせるみたいな乗り。
「おい、あんた」
「はい?」
なんか、イケメンの見た目がムカつくのに、肩を掴かまれた。
んー、こいつもエルフっぽいな。
「そんな事をして恥ずかしくないのか?」
「そんな事?」
俺の横では、エロフがいそいそと服を脱いで……違った。上着――パッ。ズボン上着――パッ。手袋上着――パッ。サンダル上着――パッ。てな感じで、装備が消えていく。たぶん装備スロットから、装備を外しているんだろう。代わりに知り合いに見られたら、半年は引き込もるレベルのエロ……ジョーク装備が付けられていく。
まあ、そう見えるだけの装備だけど、実際どうなってるのか確亀……たしかめたくなるよな。沈まれ沈まれ! 俺の蛇神よ! 今、鎌首をもたげ上げると、俺の骸がはくパンツの中がトゥイヘンナ事にー!
ちなみに、もしマルチでこの装備を付けても、同じデータを持っていなければ設定通りの姿にしかならない。
それが見えているって事は、やっぱりゲームじゃないんだろうな。
「俺は、正義を振りかざす事なんてしないけど、程々にしとかないと罰があたるぞ」
ゲームと違ってこんなNPCでも、こういう倫理観を持っているんだな。
「何で、そこで笑うんだよ。キモイな」
ゲームでは味わえない人格と、それを自由に出来る状況に、俺は思わず笑みを浮かべた。
「いやー、生きてるんだなって思ってさ」
「何言ってるんだ、当たり前だろ」
「そうそう。その当たり前が楽しくて」
「お前、頭大丈夫か?」
気味の悪いモノを見るよ男エルフをその場に残して、俺はエロフを連れて、ギルドのカウンターの中の隅の一応目隠しになっている場所へ入っていく。
「あの、ちょっと、困ります」
「まあ、まあ、直ぐに終わるから」
隅っこで、エロフを堪能する。
いやー、なんか盛り上がっちゃって。俺たちを、口を両手で押さえて見つめてくる受付のお姉さんの視線もあって、背徳感が暴走した。
「ふー。実感が凄いな。これなら、パンツを汚す価値がある」
なぜか俺の言葉に、最後まで見届けた受付のお姉さんは、顔を引きつらせていた。
その反応も、ゲームらしからぬ感じでいい。
そうだ、コレが終わったら、全裸の世界とかにしてみるかな。
□ □ □
「ちょっと待ちな」
「うん?」
縦に俺の1.5倍。横に俺の2倍はある巨漢が俺の前を塞いできた。
「お前、そんな事していいと思ってんのかよ」
「そんな事?」
巨漢の視線の先は、言葉にしがたき装備を纏うエロフに向けられていた。
「良いか悪いかは分からないけど、俺の趣味?」
「なんで、疑問形なんだよ!」
そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないか。
「やっちゃいけないって、決まりでもあるの?」
こういう難癖的なのには、お決まりの返答で対応だな。
「あるに決まってんだろ!」
あれ? あんのかよ? 本当に?
「俺は、知らないから教えてよ」
「はあ? 何言ってんだ。そんな言い逃れが通じるとでも思っているのかよ」
「言い逃れて言われても……」
「いいから、すぐやめろよ。お前みたいなのがいると思うと、ムカつくんだよ」
わーお。話が出来ないよ、この人。こういうのは、向こうもこっちも変わらないんだな。
こういう時は――
「急いでいるので、戻ったら、聞きますよ。それじゃ」
「おい! ちょっ!」
巨漢が俺を掴んできた。
「痛えな! 放せよ。この!」
嘘です。痛くありません。勢いで言いました。でも、ウザイのは本当です。なので、殴りました。
「! 町中で殴られた?」
俺の抵抗に、巨漢は茫然としている。
そんなに治安が良いようには見えないんだけどな。これって、俺の理解がずれてるんだろうか? んー、でもコイツ以外に絡んでくるのはいないし、やっぱコイツに限ったことだよな?
「もう、いいだろ。じゃあな!」
ムシャクシャしたので、エロフの尻をスパンとした。
□ □ □
ビギナーズウルフを叩く。ビギナーズウルフを叩く。ビギナーズウルフを叩く。エロフの尻を叩く。ビギナーズウルフを叩く。ビギナーズウルフを叩く。エロフの胸を掴む。ビギナーズウルフを叩く。ビギナーズウルフを叩く。
「ふう、こんなもんだろう。お、エリアボス」
エロフを片手に子犬を討伐していたら、象並みの大きさのオオカミが湧いた。いわゆるエリアボスってやつだ。一定時間ごとに出現して、倒すとちょっとしたアイテムや高性能の装備がドロップする。
ただ、このエリアボスは、それとはちょっと違う。
初心者エリアで高レベルキャラが狩り続けると、低レベルキャラの邪魔になる。だからそれはNG。というマナーがあるのだが。あえて、邪魔する事を目的としたローグプレイや、低レベルモンスターが落とすレアドロップをリアルマネーで転売する事を目的とした違法行為を抑止するために、一定以上のレベルキャラを攻撃目標とした絶対勝てないボスが配置されている。
俺のレベルは1万。改造クエストは関係ないし。そりゃ湧くよな。
「まあ、でも、よっと」
俺のデコピンで、巨大オオカミのエリアボスは霧散した。
この通り、データである以上、アホみたいな生命力や、絶対的な防御力が設定されていても、数値がそれを上回ればどうしようもない。
ちなみに俺のステータスは、武器を持った方が弱くなる。まあ、システム上ありえないステータス故のエラーだ。
「ぷんぷん丸次郎、凄い! すごしゅぎ、しゅごいのー!」
褒めてくるエロフの胸がエロいので、エロフしてたら、なんかギャラリーがやってきた。
「あいつだよ」
「あー、あれは駄目ですね」
「でも、よく……まあ、後は任せたぜ。ちゃんと管理してくれよな」
「はい、ありがとうございます。他にも居るかもしれませんので、見つけたら教えて下さい」
4、5人―― って、呼んでいいのか微妙だが――グループが、一人の男を連れてきて、こちらを指さしていた。
指差してんの町を出る時に絡んできた巨漢じゃね?
貫頭衣だっけか? なんか神官のような、審問官のような雰囲気にみえるあの人は、お巡りさん的なそんな人か?
「ちょっといいですか?」
「えっと、何でしょう?」
貫頭衣さんは、俺の横で崩れ落ちているエロフを見ている。
「あー、外でするのは不味かったですか?」
昔々は、逢引やらなんやらは、町の外でひっそりとしていたって聞いた気がしたんだけど。これってエロゲの偽知識だったりしたのかな?
「外? ああ、そうですね。内でするのも問題なのですが、そこはとりあえず置いておきます」
部屋の中でも駄目? そっかー、そんなに厳しかったのか。失敗したー。そりゃ怒られるよな。
「とりあえず来ていただけますか?」
「そんなに悪いことなんですか?」
「……なるほど。貴方に言ってもご理解いただけないと思いますが、悪い事なんですよ」
貫頭衣さんの雰囲気が一気に鋭くなった。
これは、あれだね。きっと誰もが黙って言う事を聞くのが当たり前なのに、俺が意見し事が不愉快っていうやつだろう。よくあるよくある。――多分。
「そうですか」
とりあえず、エロフの装備をゲーム設定通りの直す。
公共凌辱に反する。って凌辱? あれ、こんな卑猥な印象の言葉だったっけ? なんか間違えてる気がするけど心の声なので、気にしない。
「これで、いいですよね? 行っていいですか?」
「何もよくないですよ。丁寧に話している内に従ってくれませんか?」
「いや、丁寧もなにも。俺はあんたが誰かも知らないんだけど? それに黙って従えっていうのは、どうなの?」
貫頭衣さんは、俺の言い分が予想外すぎたのか、口をポカンと開けている。
さっきも思ったが、“偉い”事が当たり前すぎて、こうやって言い分をぶつけられる事はなかったんだろうな。
「……わかった。そういう対応をするなら、こちらも遠慮はしない」
「へー、じゃあどうするの?」
「規定に則り、反省部屋へ行ってもらう」
「あっそ。ならどうぞ」
俺のステータスにかなうなら、黙ってしたがってやろうじゃないか。出来るならね。
「転送」
貫頭衣さんの言葉に合わせて、俺の周りが真っ黒に染まった。
立っているから地面は有るんだろうけど、地面も空もどこもかしこも真黒。俺だけがポツンといる。
「名前を申告してください」
貫頭衣さんの声が降ってきた。
「あの、これって何? どうなってるの?」
ため息を吐いた? なんか馬鹿にされたような気がするんだけど。
「ここは反省部屋です。こちらの指示に従わなかった為、来てもらいました」
「そんな乱暴な」
いう事を聞かなかったから、すぐ隔離幽閉って。そんな乱暴な事が許されるのかよ。
いいよ、分かったよ。だったら、ぶち壊すだけだ。俺のチートはちょっと狂暴だぞ。
「あれ?」
「反省部屋では、どんなスキルも武器も使えません。知らなかったんですか?」
くそっ。本当に武器も握れない、と言うか、アイテムも見れない。
「来たばかりなので、しらないです」
「だとしても、規約には従って頂かなければ困ります」
規約? 法律みたいなものか?
「さっきも言いましたけど、来たばかりなので。規約も何も知らない田舎から来たんでわかりませんです」
こういう場合は、ど田舎から来ましたで、その場をしのぐのがお約束だよな。
「皆さん、そういうんですよね。しかし、ここに来たと言う事は、規約に同意した上での事と理解しています」
ええ? そんな強引な事ある?
「では、幾つか質問をしますので、申告して下さい」
俺は、すぐに返事をしなかった。小さなプライドだと、笑えば笑え。
「……では、お名前は?」
結局返事をする前に質問は始まった。
同じ質問を3回された時に、俺はようやっと答えてやった。
「ぽんぽん三角太郎」
なんか大きくため息をつかれた気がする。
「嘘をついても意味ないのは、分かっているでしょう?」
「……ぷんぷん丸次郎」
なんだよ! 正直に答えたのに、沈黙ってどういう事だよ。
「それは……。もういいです、では――」
「ちょっとまて、IDが無いぞ。こいつ」
初めて聞く声が、慌てたように割り込んできた。
「本当ですか?」
「ああ。ほら」
「これは……悪質ですね」
「だな。乗っ取りかとも考えたけど、違法アクセスとか。そりゃサーバー改竄なんて、良心の呵責もあったもんじゃないわな」
「ログインの痕跡も無いですね」
「なんで、こんな凄腕なのに、こんなチンケな事につかうのかなー」
「小遣いも惜しい年齢という事でしょうかね?」
「さあな、とりあえず。情状の余地はないだろう? サーバーの再起動どころか、整合性の確認からやらなきゃいけないだし」
「これ、臨時メンテの補填どうします?」
「補填はともかく、メンテの理由をどうするよ? 『サーバーがハックにあいました』なんて言えねえぞ」
「んー、こうしましょう。ペットシステムの延長として、傭兵システムの導入」
「そんなの組んで無いだろう?」
「今、目の前にありますよ」
「確かに。これを調整して、とりあえずこのNPCエルフに固定したシステムにしたら……いけるか」
「です。で、低レベルキャラ救済システムとして、レベル制限を掛ければ」
「よし、それで行こう」
急に大勢の声が交ざってきた。話している事が、まんまゲームの事なんだけど、これはいったい?
「ああ、失礼。それで君の処遇だが。アカウントの停止とキャラデータのデリートとさせてもらう」
「え?」
「もっとも、アカウントが確認出来ないので、キャラデリだけだけどね。いやまったく凄いね、今の子は。末恐ろしくもあるが、楽しみでもあるな」
「あの」
「出来るなら、その才能を未来へとつなげて欲しいものだね」
「ちょっと」
「では、決まり文句を言おうかね」
「おい!」
「悔やむことも無く、臆することも無く、在った事も無かった。ただそれだけだ」
言い終わると、指先に違和感を感じた。
消えて行く。
俺の指が、手が、腕が。見れば足先も同じように消えていく。
「ちょ! ちょっと待ってくれよ! 今、デリーとされたら、俺は死――」
声を出す口も消えた。
俺の意識も時期に消えるだろう。
何が間違えていた。
俺は、チートをした。
でも俺は、オフラインで遊んでいたはずだ。
俺は、俺のはずだ。
今消えていくのは、ゲームのキャラか? 俺自身なのか?
どっちだ?
□ □ □
「は!」
いつの間に寝ていたんだろう? なんて嫌な夢をみたんだろうか。ヘッドセットを付けていたせいで、首に違和感が。
オートオフ機能が働いたのか、ヘッドセットのディスプレイは真黒だ。
いや、右上に“通信エラー”が出ている。
エラーね。シングルモードでも通信はしてるんだっけか。
「ふうー」
大きくため息をついてヘッドセットに手を伸ばしたら、誰かに呼ばれた気がして、動きを止めた。
「……」
しばらく、静かに様子を伺う。
なんだ気のせいか。
手を当てたままにしていたヘッドセットを外した瞬間、それを見た。
真っ黒い画面いっぱいに、それは表示されていた。
――お前が殺した。