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気紛れ短編集  作者: 桂田武史
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記憶(固め)

 病院のベッドの上。私の名前は「品川栄二」というらしい。自分では覚えていないが。先刻、上司の赤木が訪ねてきて、教えてくれた。

 記憶がなくても、本人の意志であれば職場復帰ができるそうだ。だが、それまでやることがないから左腕に巻かれたタグをいじっている。

「A2―02号室・品川栄二」

 やはり、思い出せない。


 数日休み、私は職場に戻った。社員証を受け取り、自分が三十一歳だと知った。自分のことは、相変わらず分からない。だが、同僚の顔と名前は一致する。ちなみに彼・彼女がどんな人だったかは、まるで謎。

 仕事に慣れるまで、かなり時間がかかった。そんな私を、いつも赤木が助けてくれた。ほかの同僚も同様に。上司に恵まれている。もっとも、私の属する課で、赤木以外の上司を見かけたことはない。

 

ある昼休み、私は社内探検をすることにした。いつまでも赤木に迷惑をかけたくない。自分の働く場くらい、知っておくべきだ。

が、どうも迷ったらしい。今、私は資料室のような部屋にいる。

 しばらく室内をうろつき、社員名簿を見つけた。私の顔写真がのっている。下には「品川区・A2」とある。よく見れば、他の社員も。「目黒区・E3」「向島・A5」「本所・C7」「深川・D4」……。

 そのとき、名簿の間から何か出てきた。A4のプリント。

『実験開始。身寄りのない者を集める。新薬で記憶の完全消去に成功。社内情報を記憶させる』

 そんな、馬鹿な。どういう意味だ。頭の中で、何かが疼く。そして気づいてしまった。

 品川区・A2→品川A二→品川栄二

これは「品川栄二」だけじゃない。「目黒絵美」「向島英悟」「本所知奈」「深川大士」……みんな、同僚の名前になる。

プリントの情報に目を移す。

『実験責任者・赤木篤大』

 そんな。信じていたのに。

 頭を鈍器で殴られたような気分になる。背中に冷たい物を感じた。

 どうすればいい。例え会社を辞めたとして、「品川栄二」は実在しない。過去も、ない。自分が誰かも、思い出せない。再就職は絶望的。

 窓から飛ぼうとした。皮肉なことに、一階だった。いや待てよ、死んでどうする。無縁仏なんかにされたら、今度こそ本当に誰でもなくなってしまうではないか。それでは、私は。

 違う。よく考えれば分かったことだ。この会社にいる限り、私は品川栄二じゃないか。それ以外に、なんの事実が要る。


 廊下に出て、私は笑い声を上げた。

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