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気紛れ短編集  作者: 桂田武史
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 坂本堅介は確か仙台の人だった。白皙の、どちらかというと小太りでおおよそ兵士のようには見えなかった。非番の日には現地の子供たちと遊んでいたし、おおよそ彼を悪く言う人はいなかった。そんなお人好しだからこそ人殺しが耐えられなかったのだろう。敵兵を斬殺した日から目に見えて生気がなくなり、ついには割腹自殺をしてしまった。

 雛形智広と香上功は大概一緒にいた。同性としても引け目を感じるほどに二枚目の雛形と、武骨を煮詰めて漬け込んだような香上の組み合わせは一種非現実的だった。性格も対極だった。雛形は理屈を優先し大胆な決定も眉一つ動かさず成したが、香上は優柔不断で情に流されやすかった。香上も女遊びはしたようだが、おそらくは雛形が教えたのだろう。不思議と馬は合うようだった。そういえば誰に対しても喧嘩腰だった雛形が香上にだけは敬語を使っていたように思う。二人はともに、多摩の人だった。

 我らが隊長・水無月恵中尉は若いが、唇の薄い陰気な顔をした人だった。生まれについては一切語らず、また感情というものがないのか香上が死んだときもあの陰気な黒瞳で遺体を眺めていた。部下に仕事をさせすぎることを良しとしなかったが、それが自尊心のためか彼なりの優しさか平淡な声からは判別できなかった。常に先頭に立つ勇敢な人という印象だったが、ついには蜂の巣にされて死んだ。見たこともない、満たされた顔だった。

 時々、別部隊の隊長が野営に顔を出した。六村渡大尉は浜松の人で、だにだにと訛りも抜けないままに大声で喋った。水無月中尉のことを以前から知っているのかなにかと気にかけていた。平素穏やかな人であったが戦場ではよくもというほどに豪胆だった。怪力を武器に何人も投げ飛ばし、弾丸もあの猛者を嫌うのか不思議と当たらなかった。しかし四月の末に腹を壊したかと思ったらあっけなく死んだ。

 衛生兵の園部拓郎は口数も少なく、わざと人を避けているようでもあった。目は切れ長ではなかったが、それでも鋭いと感ぜられるほどに凍てついていたし、なにより見上げるほどの巨躯だった。その辺の兵士よりよほど近隣に怖れられていたが、心根は優しく何より優秀な医者だった。酒が入ると人が変わったように喋り、一度裸になって鴨居につる下がり料亭をつまみ出されたことがある。当の本人は翌日にはけろりとしていた。覚えていないのだろう。

 敗戦を知って渥美是政大将は自刃した。直接下についたことはなかったが即断即決ができ大胆な戦略が得意かと思えば思慮深い英雄と有名だった。なにかで集まった時ちらと見かけたが、伝え聞いた話に似つかわしくない丸顔の、目じりの下がった人だった。敗戦後特に惜しまれもしなかったが、妙に鮮烈にあの横顔を覚えている。

 私は、寝台の上で朦朧としていた。妻も亡くなり、旧知の者も生きているか死んでいるか定かではない。子宝にも恵まれず、枕元には誰もいなかった。見知ったものの末路を想像しては、またはその親族の様を想像してはため息をつく。今となっては知る術もなく、また知っても墓へは持って行けない。私は静かに目を閉じた。

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