§1 サカモトさん編その一 『意思確認:1』
目の前に迫る黒いモノが大型トラックだと分かった時には、全身に衝撃を受け吹っ飛んでいた。
「やぶばべっ!」
声に出せたかどうか覚えていないが、『ヤバイ』とか『危ない』とか言いたかったんだと思う。それにしてもずいぶん長く飛ばされているな。
と言うよりかは落下しているみたいだ。ようやく地面に落ちたかと思えば後頭部から背中にかけて絶望的な衝撃。そのまま冷たく沈んでいく感覚。血だろうか口や鼻に大量に液体が溢れていく。
……沈む感覚に何もできないでいると徐に幼稚園の体験入園あたりからはじまった「ワシの記憶」が2048倍速くらいでぐるんぐるん自動再生がはじまる。何かしくじったり、恥ずかしい言動をやらかしたところがさらに倍速早回しになっている。皆もそうなんだろうか……小、中、高、大、浪、就職、辞職、無職……
記憶はあっというまに今朝の事、電車に乗って駅から歩いて公園で桜の写真を撮って昼飯食って、次の歩いて2時間くらいのところにある桜の名所に行くために橋を渡っているところまでたどり着いた。
橋を半分ほど渡ったところでノイズが走る。ん?視覚が歪んだと思ったらすぐにパっと目の前が明るくなった。
ちゃちゃちゃちゃ~ん♪
短いニュース番組でよく聞くジングル。これってテレビ?
「午後のニュースです。今日午後1時過ぎ、ドサイタマ県キタモト市とヨシミ町を結ぶアライ橋の路上で大型トラックが横転、弾みで橋の歩道を歩いていた男性が車体に跳ねられ橋の下を流れるアラ川に転落しました。」
映像には男性アナウンサーの上半身と『トラック横転、男性巻き込まれ川に転落』のテロップと大破したトラックの拡大画像。そして画面は切り替わり、キーンと聞き慣れたヘリの音と一緒に事故現場を俯瞰する絵面へと切り替わる。
「こちらはドサイタマ県キタモト市とヨシミ町を結ぶアライ橋の上空です。現在もアライ橋は事故処理のため通行止めとなっており、警察や消防が現場検証等を行っております。この事故でトラックを運転していたドライバーは頭と全身を強く打って重傷、現在意識不明で病院に搬送されています。また事故に巻き込まれた男性は現場の遺留品等からトサイタマ市に住む片倉登さん41歳と判明。車体と接触した際に橋から投げ出され、下を流れるアラ川に転落したと見られています。現在、警察と消防で付近を捜索しておりますが片倉さんの身柄は見つかっておらず、全身が橋の欄干を超えるほどの衝撃を受けていると考えられ安否が心配されます。橋は見通しの良い直線道路で……」
片倉 登さん (無職 41才)
間違ってないが無職はわざわざ公表しなくてもいいと思う。テロップの白い文字につい慌ててしまう。いやいや突っ込むところはそこじゃない。
ワシの「死亡が確認」されてないな。それから今このニュース映像を見てテロップの『無職』の文字を必死に手で隠しているワシは誰なんだ。ニュースは為替と株の値動きを告げている。
「以上。お昼のニュースでした。ちゃちゃちゃちゃ~ん♪」
ニュースのジングルをアナウンサー自身が口ずさんだ!さらに『番組はご覧のスポンサーでお送りしました……』とか言っている。テロップの文字は『提供 亀山社中』……なんかふざけてるな。
「さて、片倉登さん。」
テロップが消えるとアナウンサーがこちらをまっすぐ見つめ語りかけてきた。返事をしてもいいのだろうか、眉間にシワが寄る。困ったね。まぁ、とりあえず聞くだけ聞いてみよう。
「えーっと。あなたはどなたですか」
「サカモトです」
「サカモトさん」
「はい。ではまず確認です」
「はい?」
「先ほどは身柄が上がらず安否確認中でしたが、現在は遺体が引き上げられ死亡が確認されました」
「そこが理解できないですね。そうなるといまのワシはどういう状況でしょう?」
「魂のみ留めている。状態です。片倉登さんの肉体の方はそちらの現地の法によって定められた『死亡』の基準に則り、またそれを判断する法的権限を持った者により『死亡』と判断され、現在検死を実施している最中です。残念ながら司法解剖はされないようですが、ご覧になりますか?」
「いや。いいです」
自分の亡骸とか見たくなよな。
「では死亡診断書のコピーを……」
「いやいやそれもいらない」
「よろしいのですか?ご自身の『死亡』を確認なさらないと稀に魂が行方不明になる事故が発生するのですが」
「行方不明?」
「はい。ご自身の『死』を受け入れきれない魂が空間に拡散しきれず残滓が発生し、それが漂う状態が発生します。あくまでも稀なケースですが」
「魂が行方不明になるとどうなるんですか。なにか苦しかったり痛かったりするんですか?それとも誰かに危害を与えたりするんですか?」
サカモトはしばらく沈黙した後、こう言い放った。
「わかりません」
サカモトは瞬き一つせずこちらを見ている。
「あの。死亡確認をお願いします。司法解剖とか診断書とか以外で」
「承りました。では、こちらでご確認ください」
ゴトッ
いつの間にか現れていたポストになにかが投函された。翌日付の『毎朝売め新聞』の地方欄に小さくワシの記事が掲載されている。
『橋の上でトラック横転 男性死亡』
見出しを見ただけ充分だった。
「ワシ、死んだ」
葬式に誰が来るのかとか遺品整理とかいろいろヤキモキしてしまう。そういえばカメラは無事だったんだろうか、川に落ちたんだからダメか。レンズも本体も20万以上したのに……それから桜の写真。あれをSNSにアップして「イイネ」を貰いたかった。写真といえばハードディスクにある数万枚の各地で撮影したお祭りや花や動物の画像。時折り見返しては「ワシって天才!」ってニヤニヤしながら呑む酒はいつもうまかったよなぁ、ああ、それから冷蔵庫に牛肉の塊が入れっぱなしだった!ローストビーフにしてビールをたらふく呑むはずだったのに、お気に入りの一番搾り麦汁だけでつくったビール……もうキリンさんともお別れかぁ。それにしてもハードディスクにため込んだエロ動画を処分しておけばよかった……
「続いて意思確認を始めます」
いろいろ娑婆のココロノコリに対して唖然としているこちらの状況を一顧だにせずサカモトは淡々と話しを進める。
「あー、はい」
「現在片倉登さんの魂には二つの行き先をご提案できます。一つは魂の拡散。これは通常の死でございます。一般的な死とは肉体の死と同時に空間に魂も拡散されます。足元をご覧ください」
足元にちょっと大きめのシュレッダーがある。
「そちらで片倉登さんの魂は裁断され瞬時に拡散されます」
「ここに手を突っ込むの?」
白い筐体の天面に黒いスリットがあり、その中心に赤い矢印が大きく書かれている方向を指さす。
ここに手を突っ込むと魂が拡散するのか。
「はい。手でも足でも頭、お尻からでも結構です。お好みの部位からご拡散ください」
その言い方はなんかイヤだな。それはともかくもうひとつの行き先もとりあえず聞いてみよう。
「それで、もう一つの行き先とは?」
「はい。『魂の転生』でございます」
「転生!?……詳しく聞かせてください」