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第8話「高原愛人、つぶつぶミカンになる」

~あらすじ~

東軍に入学してから、最初の一日。憧れの青春を夢見て気分を高める愛人の前に、公安0課時代の親友であり、現特殊捜査官である神崎拓斗と再会する。

クラスでの自己紹介で、愛人×拓斗のカップリングが濃厚になった所で、更に質問の嵐が愛人に降りかかる。


―――――キーンコーンカーンコーン


(―――――全っ然わかんねぇぇぇっ!)


腕を伸ばして力なく机に突っ伏し、心の中でそう叫ぶ。

 

質問の嵐が過ぎ去り、3年ぶりに受けた最初の授業は、英語。姉ちゃんに教えて貰っていたとは言え、それはあくまで単語だけ。接続詞や助動詞と言ったものはもちろん、基本的な文法すら分からない俺には、何を言っているのかこれっぽっちも理解出来なかった。

 

大体、英語は中学時代から苦手としている教科の一つ、五教科の中で最も嫌いな教科と言ってもいいくらいだ。


(中学一年生で習う曜日の所で英語を諦めた俺には、少し……いや、かなりハードな授業だぜ)


自分自身の学力の低さに絶望……を通り越してもう呆れてくる。

 

だが、諦めるにはまだ早いんじゃないか愛人。コレ(英語)は、最も苦手な教科であるが故の結果かもしれない、他の教科なら流石にここまで酷いことには――――


 ―――――キーンコーンカーンコーン……


「なぁあああんでHと2とOがくっ付いたら水になるんだよっ! 化学反応式ってなんだよっ! てかアルファベットの横に付いてる数字は一体何を意味してんだぁああああああああっ!」


頭を両手で抱えて一人悶えている俺を、苦笑いを浮かべながら見つめて来るイケメンと美少女。


「も、もしかして……前の学校じゃまだ化学反応式とか教わってない……とか? わ、私で良ければ簡単にだけど教えてあげられるけど……」


「いや。愛人君の場合は、まず元素記号から覚えた方が……」


「――――っうぐ!」


流石聖母マリア様、どんなおバカにもお慈悲をくれる優しいお方……「こんな事も分かんねぇのかよ……仕方ねぇな…」みたいな哀れみの色が見えるけど。

 

左のイケメンもマリア様と同じ目で俺を見つめてくる。


「……もうホント馬鹿でごめんなさい」


「あ、あはは……ま、まぁ、化学は苦手な人が多いし、別におかしな事じゃないと思うよ? 高原君の場合は、それが少し酷いくらいで……」


――――グサっ! 愛人は、心に100のダメージを受けた。


「し、椎名さんそれ……フォローになってないよ」


ごめんなさい。馬鹿でごめんなさい。産まれてきてごめんなさい……俺なんて粒々の果肉が入ってる系の飲み物で、液体を飲み干しちゃって底の方に残った果肉と同じ価値しか無い人間なんです。

 

自分が缶の底に残る果肉だと認知し始めた所でチャイムが鳴る。それとほぼ同時に教室内に入って来たのは……


「それじゃぁー授業を始めよっかっ! 日直さん号令お願いしまぁ~すっ!」


『数学A』と書かれた教科書を手に教卓前まで来た――――ちーちゃん先生こと、高原ちなせ。


姉ちゃんも一応教員として働いている訳だから、授業を持っているのは当然なんだが……まさか数学だったとは。

 

日直の号令で挨拶を終えると、早速白チョークを片手に授業を始める。


(――――数学ならっ! 数学だけでもっ! 何とか付いて行ければ……果肉からペットボトルのキャップ位にはなるハズっ!)


英語の様なややこしい文法や単語を知らずとも、公式や解き方を覚えてさえいれば答えに辿り付ける数学は、俺の中で数少ない得意教科の一つ。


(ルート)、微分、方程式、なんでも来やがれッ!)


「はぁーい。それじゃー今日は、積分をやっていこっかぁ~」


………セキブン? ナニソレ、オイシイノ?

 

聞いたことのない言葉に放心状態になる俺を余所に、授業は淡々と進んでいく。試験勉強の参考資料にそんな言葉があった気がするが……多分飛ばした所だろう。少なくとも俺は、こんなF=√っぽい何かの上下に数字が付いた記号なんか知らんっ!


(……終わった。もう無理……一番自信のある数学ですらこれじゃぁ、どうしようもないな)


本日二度目の無の境地。もう何もかも諦め、悟りを開き始めた俺の瞳には一筋の光も差さず、何も映さない。

 

そんな俺の姿を見た拓斗は、もう苦笑いも出てこない。ただただ深いため息をつくだけだ。椎名に限って言えば、もう見ていられない、といった様子で俺からそっと視線を逸らす。

 

もういいよ。いっその事つぶつぶみかんの底に沈んでる果肉になりたい。何も考えず、ただただミカン汁に包まれながら缶の底に居たい。

 

―――――キーンコーンカーンコーン……

 

「プチプチ果肉がおいしい―――つぶつぶみかん120円から…………はッ!」

 

つぶつぶみかんに意識の半分を持っていかれていた俺は、授業終了の合図であるチャイムで我に返る。あ、あぶねぇ……危うくつぶつぶみかんから戻れなくなる所だったぜ……ああいうのは、授業中だけでいいんだ。自由時間までつぶつぶみかんに支配される必要は無い。

 

俺が気付いた時にはもう、教材を片手に姉ちゃんが教室を後にする所だった。


「大丈夫? 愛人君……さっきの授業明らかに常人ではない目で黒板を見つめてたけど……」


「ん? ああ、気にしなくていい。ただつぶつぶみかんになってただけだから」


「あはは……保健室は職員室の隣にあるよ? 高原君」


苦笑いを浮かべながら遠回しに保健室に行くよう言ってくる椎名に対し俺は、再び無の境地に入った目で……


「何を言っているんだい? 椎名……保健室に行く必要なんてないさ。俺はただ、つぶつぶみかんの果肉になっているだけなんだから。二人共……イメージするんだ。みかんの甘酸っぱくも、爽やかな汁に包まれながらゆっくりと缶の底に沈んでいく様を……一切の光も差さない漆黒の中でただ一つの果肉が―――――」


「うん。わかった。だから取り敢えず保健室に行こうか……大丈夫、僕も一緒に付いて行くよ」


「私も……そうするのが良いと思う。先生には私から言っておくから行ってきなよ……」


割とガチな目で俺を憐れむ拓斗と椎名。やめて……俺だって好きでこんな意味不明な妄想してるんじゃないんだからさっ!

 

一応現実とつぶつぶみかんの境界線は出来ているので、そこは心配しないで頂きたい。

 

―――――キーンコーンカーンコーン……

 

そんな感じの茶番をしている所で、授業開始のチャイムが鳴る。


(どうせこれから始まる奴も今までの授業同様、理解出来ないだろうから大人しくつぶつぶみかんにでもなって時間を潰すか……)


早速授業時間の潰し方を覚えた俺は、午前中最後の授業もつぶつぶみかん化して凌いだ。


午前中最後の授業を終え、昼休憩に入ると教室内にいる大半の生徒が財布を片手に出ていく。


そう言えば、前に姉ちゃんの話で購買のハンバーガーが美味しかったとかなんとか言っていた気がするな……となると、みんな購買で昼ご飯を買いに行ったと考えていいだろう。隣では、椎名の友達らしき女生徒が連れションなる、連れ購買に誘ってる。椎名は、特にそれを嫌そうにせず、笑顔で付いて行ったな……優しくて人付き合いも良い、それでいて美少女とか、非の打ち所がない完璧人間じゃねぇか。


「愛人君、お昼ご飯持ってきてないなら一緒に買いに行かない?」


茶色と焦げ茶色のチェス盤の様なデザイン――――ルイ・ヴィトンの長財布を手に、俺を連れ購買に誘う拓斗。良い財布もっ持ってんねぇ~。俺の財布なんて、セール中に買った980円の安っすい奴だってのに……


「ちょっと待ってくれ……えーっと、後いくら残ってたっけな……」


教科書やら資料が雑に詰め込まれたスクールバックの中から980円の財布を取り出す。

 

基本的にお金を使う機会と言えば、電車に乗る時とか自販機で飲み物を買うくらいで、いつもSuicaにチャージするからそこまで札とか入ってないと思うんだが……

 

――――パカ


「………」


「どうしたんだい? 愛人君」


財布の中身を確認した俺は、そっとそれをバックに戻す。それを不思議そうに見つめる拓斗。

 

俺は、ロボットの様なぎこちない動きで首を動かし……


「俺の事は気にしなくていい……好きな物を買ってきなさい」


「……いくら……残ってた?」


苦笑いを浮かべる拓斗に俺は、両目から溢れた小さな雫を頬に伝わらせながら……


「……13円」


「……今日は、僕のおご――――」

 

―――ガラガラ。バンっ!

 

拓斗が聞くだけで心が躍る素晴らしい単語を言い切る前に、教室の引き戸が勢い良く開かれる。

 

そこには、ちーちゃん先生こと姉ちゃんの姿が……手には、青い風呂敷に包まれた箱型の物体を持っている。


「お昼にごめんねぇ~……っと……愛人君いる~?」

 

教室に入って来た姉ちゃんは、敬礼する様に手を眉辺りまで持ってきて、キョロキョロと辺りを見回し―――俺と目が合うと、ぴょこんっと飛び跳ねてこっちに近寄って来る。一々動きがうるさいな……まぁ、本人も意識してやってるんじゃないだろうし、言って治るものでも無いだろうからどうしようもないけど。


「いたいたぁ~っ! はいコレ! 朝作ったのに渡すの忘れちゃってて……てへペロっ!」


青い風呂敷に包まれたそれを俺に手渡すと、右手で自分の頭をポコっ小さく殴る動作をしなが、薄ピンク色の舌を小さく出してペコちゃん人形みたいな顔をする。もうそれ結構前のネタだぞ……

 

だが、この状況での弁当は助かるな。拓斗に借りを作らなくて済むし、下手なご飯なんかよりよっぽど旨いからな。


「ああ、さんきゅー姉ちゃん。危うく拓斗に貸しを作る所だったぜ」


「あはは……って言っても、朝ご飯のあまりものとちょっとしたものしかないから期待はしないでね? それじゃ、お姉ちゃんは職員室で食べないとダメだから……午後の授業も頑張ってねっ!」


姉ちゃんはそう言い残し、教室を後にする。その瞬間、俺に殺到する殺気の籠った視線。


「クソがッ! ちーちゃん先生の手作り弁当とか羨まし過ぎんだろっ!」


「オイ。誰かクロロホルムの染み込んだハンカチ用意してくれ……撲殺()るッ!」


「………投擲用意。ピン抜き良し、投げッ!」


なんて会話が……ってオイっ! 自衛隊がやる手榴弾の投げ方であめ玉を飛ばすなっ! 当たったら意外と痛てぇんだから。

 

飛んでくる殺気やあめ玉やらを首だけを動かして回避していると……


「自分の分だけで良さそうだね……ちょっと行ってくるよ」


「おう、行ってこい行ってこい」


早歩きで教室を出ていく拓斗を見送った俺は、青い風呂敷を解き、100円ショップで売ってそうな簡素な弁当箱を開けると……おおっ! 期待するなとは言ってたけど、結構まともな弁当じゃねぇか……オムライスの上に掛かってるケチャップの形が普通の物だったらだけどな。

 

可愛いキャラクターがプリントされたおかずカップには、ミニトマトとポテトサラダが、その隣には、タコさんウィンナー二匹が顔を覗かせている。弁当箱の大半を占めるオムライスは、半熟で上手そうなんだが、ハート型のケチャップのせいで±0。他にも、だし巻き卵や唐揚げなど、弁当に入れられる定番の食材が詰められていた。

 

自分の席で一人静かに―――って言っても、後から拓斗も来るから一人飯では無いな。

 

取り敢えず目についたポテトサラダ辺りから口に入れていく。

 

サラダとミニトマトを食べ終わり、タコさんウィンナーの傍らに箸を伸ばした所で、購買に昼ご飯を買いに行っていた拓斗が戻って来る……が、弁当の中身を見た拓斗は、戻ってきて早々微笑みながら茶化してくる。


「フフ……愛人君とちなせさんは、本当に仲が良いんだね。見ていて微笑ましいよ」


「そうか? 何処もこんなもんだろ」

 

ビニール袋に入ったサンドイッチを手に取り、包装を剥がした拓斗はツナとハムが挟まれたサンドイッチを口に運ぶ。ただサンドイッチを食べてるだけなのに、一挙手一投足がイケメン過ぎてもうヤバイ。拓斗もそうだが、それに触れてるサンドイッチすらキラキラしてる様に見えてきた……


「そんな事は無いよ……何て言えばいいのかな……今回もそうだけど、いつも愛人君の世話をするちなせさんは、本当に嬉しそうって言うか、楽しそうと言うか……愛してるんだなぁ~ってのが、凄く伝わるよ……母性愛って奴かな?」


そう語る拓斗の目は……何かを懐かしんでいるような感じだ。

 

姉ちゃんといる時、拓斗がたまに見せる目……0課で同じ年齢、同じ特殊捜査官だったこともあって0課の中じゃ、親父の次ぐらい仲の良い、関りを持つ人間だ。0課自体が小さな組織みたいなもんでみんな仲良いんだが……

 

まぁ、それで何だかんだ拓斗の事は理解出来てるつもりだが……過去の事とか、家族構成とかほとんど知らないんだよな……聞いてもはぐらかされる事が多いから、言いたくないもんだと思って深く踏み込んじゃいないんだが……知っているのは、体の弱い妹が一人、神崎星美ちゃんがいる事くらいだろうか。

 

「母性愛か……俺は元々母さんが居ないからな、それで母親っぽい性格になっちまったのかもな」


「……そうかもしれないね」


俺には母親の記憶が無い。親父の話じゃ、俺の母さんは気が強い人でいつも親父を尻に敷くような人だったらしい。あの親父が敷かれてる所なんて想像も出来ないが……

 

顔も見た事がある。写真でだけど、姉ちゃんと同じ栗色の髪をしたショートカットで、身長は160㎝ある姉ちゃんより小さい感じだった。見た目だけ見れば、大人しそうな人だったんだが……あの親父を尻に敷くくらいだ。見た目は優しそうでも、中身はドSみたいなギャップがありそうだ。

 

アルバムを見せて貰って昔の写真とかを見てたんだが、所々抜かれてる写真が多くて母さんの映ってる写真なんて手で数えられる位しかなかったな……他は、俺と姉ちゃんの成長していく姿を収めた写真だったり何だったり……

 

そんな感じで昔の事を振り返りながら、昼ご飯を済ませた俺達は、生徒達がズルズルと何処かに向かおうとしているのに気付く。

 

「あ、そういえば、5時間目には始業式があるんだったね……僕達も移動しようか」


へぇ~。普通そういうのは、学校の始まり辺りにするもんだから無いのかと思ったら午後にやるのか。意図は分らんが、食事終わりってこともあって眠くなりそうだな……


「どうせ髭の生やしたおっさんが、アニメとかならゴスロリ幼女辺りが長くてつまらない話を淡々とするだけのイベントだろうな……」


銃とか魔術とか扱うような学校だ。それぐらいあっても何ら不思議じゃないぜ。

面白いと思っていただければコメントやブクマ、評価のほうお願いします! 財布の中に500円しか入って無いと思っていたら、実は600円入ってた並みに喜びます。

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