第3話「失敗できない理由」
~あらすじ~
姉である高原ちなせのスネを噛じってニート生活を送っていた愛人。
中学時代、父親の影響でロクな青春を送れず、青春に対して憧れを持っていた愛人は、ちなせの一言により高校に行くことを決意する。
だが、今年18歳になる愛人を受け入れてくれる高校は無かった……ただ一校を除いては。
その高校に編入学する為、愛人は高校の教師であるちなせと共に受験勉強に精を出すのであった。
高校に編入学する事を決めてからの一日はとても忙しいものになった。休日は姉ちゃんと一対一で勉強、仕事でいない平日は、姉ちゃんが作ってくれた問題集をひたすら解く毎日だ。
そんな日々を過ごして試験日まで残り1カ月を切った休日。俺と姉ちゃんは行きつけの喫茶店で勉強をしていた。
こげ茶色の落ち着いた色をした松の木を主体に作られた内装は、床から天井まで規則正しい木目が張り巡らされていて、木ならではの独特な匂いが仄かに香る。店内にほど良い音量で流れるクラシックも素晴らしい。
奥の席で姉ちゃんと向かい合う様にして座っている俺は、今日も試験に備えてテーブルに広げられたノートにシャーペンを走らせる。
「この調子なら、1カ月後の試験までギリギリ間に合いそうだねぇ~……あ、そこ微分忘れないでね」
こんな調子で問題を解き、姉ちゃんが間違いを指摘する。間違えた問題は姉ちゃんにこと細かに説明して貰い、また同じ様な問題を解く。の、繰り返しだ。
ここ数カ月、このような勉強をしているが……どうも違和感があるのだ。
姉ちゃんが言うには、編入試験は、国語、数学、理科、社会、英語、の五教科。テスト範囲は、中学3年~高校2年レベルの問題が出題されるらしいが……明らかに覚える事が少ない。
範囲全てを覚えるというよりは、範囲の一部をピンポイントにやってその問題を間違えない様にひたすら繰り返し解いている状態だ。
高校2年の数学に関して言えば方程式や不等式、二次関数や微分といった数式を解くような問題ばかりで一度も図形関連の問題を勉強していない。
姉ちゃんが買ってきた参考書でも、いくつかのページを丸々飛ばしている所もある。
もちろん、これは数学に限った話じゃない。社会や理科、英語に関して言えば文法を無視してひたすら単語を覚えているだけだ。
姉ちゃんのやり方にケチをつけるつもりは無いが、こんなものでいいのか? と不安を覚える。
「……なぁ~姉ちゃん。俺が言うのもなんだけどさ、こんなので本当にいいのか? 明らかに覚える事が少なすぎるっていうか……」
「当たり前だよ。だって、たった3カ月しかないんだよ? その中で高校2年生までの問題全てを教えても覚えられないでしょ?」
「まぁ、言ってしまえば確かにそうなんけど……」
「高校生の問題は、大体が中学生で習う問題の応用が殆どなの。でも、愛人くんは、その中学生レベルの問題をイマイチ理解できてない。基礎を覚えてないのに応用をやったって覚えられないでしょう? それに、何も百点を取らなきゃいけない訳じゃない。入試の合格ラインまで点数を取ればいいから、必要最低限の知識で必要最低限の点数を取れれば良いのっ!」
そう語る姉ちゃんの考えは……とても合理的だ。
確かに、アルファベットを理解出来なければ単語を覚える事は出来ない。何事も基礎が大事、という様に、その基礎が解らなければどうしようもないのだ。だから、その基礎を必要としない問題であったり、記憶する事の少ない問題ばかり解いているのだろう。
それに重要なのは、これが試験だということ。
こう言う事は言っちゃダメなんだろうが、試験では点さえ取れれば良いのだ。
編入した後、学校の授業に付いて行けるかと問われれば、恐らく付いて行くのは厳しいだろう。それでも、その場しのぎの知識でも合格すればいいのだ。
今は試験を受ける上で必要になるであろう知識を身に付ける。他の勉強ももちろん大事だが、それは編入出来てから勉強すれば良い。
「その上で必要になる合計点数は―――――」
「―――フンっ! 馬鹿馬鹿しい」
「……三島雄二……先輩」
姉ちゃんの言葉を遮る様に割って入って来たのは、先輩と呼ばれる男性。
上に伸ばせばスーパーサ〇ヤ人くらいはあるであろう黒髪は、テカテカなジェルワックスでオールバックにまとめている。
細く吊り上がった目に何処ぞの祭り男を連想させる様なスクエアの眼鏡を長い中指で――クイっ! と、持ち上げる仕草は中々様になっている。
整った顔立ちに男らしくガッチリとした体と高身長が特徴的な出来るサラリーマン風の男が、俺達の真横で見下すような鋭い視線を送る。
「……姉ちゃん。この人は?」
俺がそう尋ねると姉ちゃんは、嫌々と言った表情で解説してくれる。
この様子からして、よく意見の食い違いとかで自分のやり方に文句を言ってくるっ! とかで喧嘩になると言って愚痴っていた先輩教師なのだろけど。
「……この人は、三島ゆう――」
「名乗るのが遅くなって申し訳ない。私は三島雄二。そこにいるダメ教師の教育係をやっているものだ」
「―――はぁ!? 私はもう東軍に配属されて2年ですよ? 大体、先輩は何時まで私の世話係をするつもりですか? 教頭先生も仰っていましたけど、私はもう立派な教師ですっ! 何時までも先輩の指図を受けると思わない下さいっ!」
「―――なにをっ! 大体、お前は何時も何時もそうやって人の話を……」
「―――そう言う先輩だって私の話を一つも聞いてくれないじゃないですかっ!」
―――ギャーギャー、ワーワー。
売り言葉に買い言葉とはまさにこの事だろう。姉ちゃんが何か言うとそれに反応して先輩の方も何か言い返す。更にそれに反応して姉ちゃんが……と言った感じの無限ループ。
二人がああだのこうだの言い争いをしていく内に、段々と周りの目が集まり始める。迷惑だ、うるさいっ! と言った意味が込められているであろう視線が二人を射抜くと、三島と名乗った男が仕方ない、と言った様子で……
「―――ンンっ! 確か君は、高原の弟だな? 3年からの編入学を目指していると学校でも話題になっている」
「そ、そうですか……」
「言っておくが、この女のやり方では東軍に編入出来ないぞ。話を聞いていた限りでは、試験に出るであろう問題を狙い撃ちして着実に点数取る、という算段だろうが、5教科中250点は取らなければ、体力テストで余程の結果を出さない限り合格ラインに達するには到底不可能だ。今すぐにでもやり方を変えるべきだと、私は思うがね……まぁ、噂じゃ2年ほどニートをやっていたそうだし、無理な話だとは思うが……」
「―――――いい加減にして下さいっっ!」
俺に対して見下す様な言動をした三島に対し、堪忍袋の緒が切れた、と言わんばかりに机を叩いで立ち上がる姉ちゃん。
その表情は、俺でも数回しか見た事の無い本気で怒った顔。普段のおっとりとした雰囲気からでは到底想像も出来ない様な覇気の籠った瞳。殺気にも近いオーラが、煙の様にジリジリと漂い始める。
「合格出来る出来ないはともかく、こうして必死に勉強して、頑張って編入しようとしている愛人くんを……努力している人を馬鹿にする発言は、一教師と如何なものかと」
幾つもの修羅場を潜って来た俺でも、息を吞む様な覇気を出す姉ちゃんに一切動揺する事無く、三島は淡々と言葉を返す。
「……確かに、先程君に対する無礼な言動を詫びよう。――――だが、これに関して訂正するつもりは無い。今のやり方では、確実に落ちるぞ。君の目指す東軍の教師として、君の姉の上司としてのアドバイスだ」
東軍。正式名称は、東京軍事育成機関学校。俺が編入を希望する高校だ。
姉ちゃんが教師を務める高校でもあり、こんな俺でも勇逸3年から編入学出来る高校でもある。
姉ちゃんの話によると東軍は、日本でも珍しい小中高一貫校。しかも高校は普通よりも授業内容が増える為、4年制。
どういった学校かと言うと、特異体質を持つ者、魔術師、魔術技師を目指している者が集められる学校で国が将来脅威になるかもしれない、危険視している特異体質を持っている人間を監視下に置く事で犯罪率を下げる目的がある……と言うのは裏の事情で表向きは、銃社会になった日本で自衛の手段を教わる為の学校。また、テロの多発によって人員不足になっている警察官や特殊部隊、軍人を育成する為の軍学校でもある。
全部で4校あり、ここ東京軍事育成機関学校はその内の一つ。北海道、沖縄、石川県にあり、これらを東西南北に見立て北海軍事育成機関学校を北軍。石川軍事育成機関学校を西軍。東京は東軍、沖縄は、南軍と略称で呼ばれている。
これら4校は、国が全面的にサポートしている事から充実した設備や環境が整っており、下手な大学よりも広い。
小中では普通の学校と変わらない内容の授業だが、高等部からは普通の授業とは別に銃に携わる教育がされる。
内容は、銃社会になった日本で正しい銃の扱い方や自衛方法などが主だが、生徒の意志次第では選択授業で専門的な知識を得て自衛隊員や警察官、医師などになろうとする者も少なくない。その為、普通の高校よりも授業内容が多くなる事から、国内では数少ない4年制の高校だ。
1年では、銃の部品や扱い方、法律など。 2~4年生からは、実際に銃を使った射撃訓練や対人戦においての基礎など、自衛隊で教わるような事を学び、午後の授業では、個人が好きに決める学科別の授業を受ける。
世間では、子供に銃を持たせる学校。と言う事で非難の対象となっているが、時代が時代と言う事もあってか世間に受け入れられつつもある。
実際、この学校を卒業した生徒は、軍人、魔導技師問わず優秀な人材が排出される事で有名であり、中には大手IT会社の社長にまで登り詰めた者もいる。
教えている事は物騒だが、それが霞んで見えてしまう程の実績を出しているのもまた事実。
そんな東軍の試験内容は、学力検査、そして東軍専用体力テストの二つだ。
学力検査は何処にでもある様な内容だが、特に珍しいのは東軍専用体力テスト。
この体力テストは、普通の学校がやるテストより基準値が高めに設定されていて、東軍専用の追加項目もあるとの事だ。
普通の体力テストならA評価貰える成績でも、東軍専用ではB前半の評価しか貰えない程ハードルが高いものになっている。
何故、こんなにも高い物になっているのかと言うと、東軍には、個人の能力を判定する為のRが設定させるからだ。
Rとは、その人物のおおよその実力を現す称号の様な物。
E・D・C・B・A・Sと6段階評価で、Sに近づけば近づく程実力を持った生徒である事を証明する。
何故このようなシステムが存在するかと言うと、学科の中には一定以上のRが無ければ選択する事が出来ない学科が存在するからだ。主な理由は、授業内容の危険度が高い、適正が必要、といったものが大半だ。
生徒の身の丈に合わない事はさせない為に必要なシステムなのである。
そんな複雑な学校に編入するのは、今のやり方では無理だと、そう、三島雄二は告げた。
だが、本当にそうだろうか……
確かに、普段の姉ちゃんを見ていると不安に思う事やこれでいいのか……と、思う時もある。それでも……少なくとも、俺が見てきた中で姉ちゃんが失敗した事は一度だって無い。
姉ちゃんが間違った事をする筈が無い。それは、弟である俺が自信を持って言える事だ。
最後に言葉を残して店から立ち去ろうと、三島が俺達に背中を向けた時には既に……俺の口は開いていた。
「お言葉ですが三島さん……確かにうちの姉ちゃんは、ダメダメな人だ。先輩として姉ちゃんを見ていた三島さんなら言わずともわかる事だと思います。――――それでも、姉ちゃんは間違った事はしない、教えない人だ。それを俺が……証明して見せます」
煮えたぎる熱意の籠った俺の言葉に、三島の足が止まる。
姉ちゃんは間違ってなんていない。それを証明すると言う事は、姉ちゃんが教えてくれるやり方で、三島が不可能だと、そう言った方法で編入学すると言うこと。
(――――やってやろうじゃねぇか……覚えておけよテカテカジェル男っ!)
そんな意志の籠った瞳と、振り返った三島の冷たい視線が交差する。
数秒俺の瞳を見つめていた三島は、再び背を向けて今度こそ店を後にする。その時、小さく呟いた…
「……そうか」
冷たく、突き放すようにたった一言。だがそれは、三島からの挑戦状として受け取る。
――――やれるものならやってみろ。
そんな意味が込められている気がするから。
静まり返った店内で響く――コツ、コツ、っと足音を鳴らして店を出ていった三島。
俺がそれを見送っていると……
――だきっ! むんにゅり――
嗅ぎなれた香水の匂いと共に背中から水枕の様な柔らかな感触が……
「―――〝あ〝い〝と〝くぅぅぅぅぅ〝んっ~~」
「―――うおぉぉぉいっ! 抱き着くなっ! てか鼻水、鼻水出てるからっ!」
大きく広げた両手でガッチリと俺を拘束すると、店の中であるにも関わらず号泣。
俺は、必死に姉ちゃんの鼻水が服に付かない様に手の平で頭を押し出す。
いくら身内だからってそのトゥルトゥルテカテカな液体を服に付けるのは流石に抵抗がある。
ようやく落ち着きを取り戻しつある姉ちゃんは、鼻を啜りながら両手で――ッぐ! と拳を作ると、瞳の奥で炎が燃え上がっているんじゃないかと錯覚する程熱意の籠った瞳を向けて……
「―――お姉ちゃん絶っっっ対に愛人くんを合格させてあげるからねっ! となれば早速勉強の続きだぁぁぁぁぁあああああっ! 諦めなければ合格出来るっ! 出来る出来る出来るっ!」
俺が三島に対して言った言葉がそんなに嬉しかったのか、俺以上にやる気を出している姉ちゃん。
そんな姉ちゃんの背中には、赤いスポーツウェア―にテニスラケットを持った人が……あれ、見間違いかな? 熱意の象徴、歩く暖房と言われているあの人が……諦めんなよっ! を連呼してる人が見え始めてきた。
三島の登場から、熱血教師になった姉ちゃんの地獄の様な勉強会が始まった。
面白いと思っていただければコメントやブクマ、評価のほうお願いします! 財布の中に500円しか入って無いと思っていたら、実は600円入ってた並みに喜びます。




