国立図書管理局からの依頼
「あの、これは一体……」
驚きのあまり瞬きもしなくなった二人を見て、笑ったミラー中尉が机に置かれた書類を二人に渡してくれた。
我に返った二人が、慌てて受け取った書類を覗き込む。
依頼主は国立図書管理局。
つまり、一部の聖職者や貴族達が行っている自費での出版物を除き、国内の主だった書籍の出版や再版の全てを管理する図書に関する専門の部局で、実際に本を作っているのはそこに席をおく竜人達とドワーフ達だ。技術の指導はドワーフギルドでも行われているが、彼らが直接本を出版する事は無い。
だが、印刷から製本まで全てが手作業な事もあり、実際に国立図書管理局の元であっても作られる本の数は限られている。
出版に際しては、全て国立図書管理局の管轄で行われる。
その出版方法は大きく分けて二種類あり、自分で原稿を持ち込んで作ってもらう方法と、国立図書管理局が誰かに原稿を依頼して書かれたものを出版する方法だ。
大きな違いは制作に関わるお金の負担で、持ち込みの場合は全て著者の自費となるので、実際に依頼する事が出来るのは、一部の大貴族か高位の聖職者、大学の研究室などに限られる。
国立図書管理局からの依頼の場合は執筆者に費用の負担は一切ない。それどころか出版されれば原稿料が支払われるし、本が売れれば一定の割合で執筆者に売り上げの一部が支払われる仕組みにもなっている。
だが、はっきり言ってそれらの本を手にする事が出来るのは、貴族や聖職者など一部の裕福な人達だけだ。
大きな街では貸本屋があったりもするが、借りるだけでも決して安い金額では無いので誰もが気軽に借りられる訳ではない。
地方の貧しい農村などへ行くと識字率そのものも決して高くは無いのが現状なので、本を読む事は簡単ではない。
マーク達はガンディやレイルズから精霊魔法に関する本を貸してもらったり、精霊魔法訓練所や城の図書館で定期的に借りたりしているだけで、自分では本を持ってはいない。
彼らの部屋として使っている会議室に置かれている本は、全て借り物なのだ。
実はレイや竜騎士隊の人達とガンディは、彼らの昇進祝いに精霊魔法に関する本を何冊も贈るつもりで重ならない様に相談しているのだが、彼らはまだその事を知らない。
「書いてある通りだよ。依頼内容としては精霊魔法の合成そのものに関する原稿と、それからそれらを考えるに至った経緯についても詳しく書いてもらいたいそうだ。こちらは随筆という形で良いそうだから書くのは楽だろうさ。どちらも最低でも数冊は刊行する予定なので、出来れば時系列に沿って詳しく執筆してもらいたいとの事だ」
「時系列に沿って?」
不思議そうな彼らに、ディアーノ少佐は大きく頷く。
「今、君達が研究しているそれらは、はっきり言って今後の世界の精霊魔法を根底から変えかねないほどの可能性を秘めたものだ。国立図書管理局は、その事を知り価値を認め、それらを形ある書物として詳しく残す事が必ず後世のためになると考えた訳だ。それで当の本人である君達に執筆依頼が来たわけだよ。どうする?」
「ど、どうするって言われましても……」
キムがそう言ったきり黙り込んでしまい、隣では書類を持ったままマークもまた固まってしまった。
「まあ、これははっきり言って一生掛かって執筆するほどの大仕事になるだろう。今すぐ書けと言う訳ではないのだから、あまり気負わずに、まずは覚えている事だけでも箇条書きで構わないから書き出しておくと良い」
「箇条書きですか? ええと、具体的には何を?」
戸惑う様なキムの質問に、ディアーノ少佐は笑って別の書類を手にした。
それを見たキムが呻き声を上げる。
手にされたそれは、彼が一番最初に書いた論文の写しだったのだ。
それはもう、本人にとっては絶対に忘れたい思いしかない、今から見れば勢いで書いただけの未熟な恥ずかしい論文だ。
しかし、彼の気持ちに反してその論文は国立図書管理局によって複製され、多くの人達が読む事態となっているのだ。
「だめだ、恥ずか死ねる」
顔を覆ったキムを面白そうに見たディアーノ少佐は、手にした論文に目を落とした。
「国立図書管理局としては、キム軍曹には一番最初にこれを思いついた経緯や、マーク軍曹が突然精霊魔法が扱える様になってから、あれほどまでに上手くなれた経緯についても詳しく聞きたいとの事だったよ。ここで国立図書管理局の担当者を紹介する。間も無く来るはずだからもう少し待ってくれるか」
笑った少佐の言葉に、キムだけでなくようやく我に返ったマークまでが顔を覆ってソファーに置かれたクッションに倒れ込んだ。
「まさか、俺達が本の原稿を書く日が来るなんて……」
「ありえない。しかも依頼主が国立図書管理局……」
「ありえない、絶対に夢だよ〜!」
最後は見事に二人の叫びが重なり、聞いていたディアーノ少佐とミラー中尉は揃って吹き出したのだった。
その時、ノックの音がしてマークとキムが飛び起きる。
「どうぞお入りください」
そう言って立ち上がったディアーノ少佐がキムの隣に、ミラー中尉がマークの隣に二人を挟んで座る。
入って来たのは、三人の文官だった。
お城の文官の人が着ているやや細身の制服を身につけた彼らは、手にはそれぞれに書類の束を持っている。
笑顔で出迎えた少佐と握手を交わし、三人は満面の笑みでマークとキムの向かい側に置かれた先ほどまで少佐達が座っていたソファーに座った。
「初めまして。国立図書管理局から参りました。キム軍曹を担当させていただきますクリスプ・ロッシェと申します。どうぞよろしく」
「初めまして。国立図書管理局から参りました。マーク軍曹を担当させていただきますカスパル・ロディーと申します。どうぞよろしく」
それぞれに差し出された手を、半ば無意識に握り返しながらマークとキムはその隣で笑顔で彼らを見ている人を見た。
「初めまして。国立図書管理局の局長を務めておりますマルコ・グレイと申します」
「国立図書管理局局長!」
「うああ。失礼致しました!」
見事に二人の叫ぶ声が揃い、直後の謝る声までが綺麗に揃ったものだから二人以外の全員が揃って笑い出し、顔を見合わせたマークとキムも誤魔化す様に笑い合ったのだった。
改めて握手を交わしてから、詳しい話を聞く事になった。
机の上では、集まったシルフ達がそんな彼らを最初のうちは楽しそうに見ていたのだが、だんだん相手をしてもらえないので退屈してきてしまい、最後には置きっ放しになった書類の端をめくって遊び始めていたのだった。




