赤ちゃんとシルフ達
「ああ、駄目だよ。そんな事しちゃあ」
楽しそうに頬を撫でたり揉んだりしていたシルフ達だったが、そのうちの何人かが柔らかくてふわふわな髪の毛で遊び始めるのを見て、思わずいつもの朝の自分の三つ編みだらけの頭を思い出して慌てて止めに入った。
しかし、精霊の見えない子供達は突然のレイの言葉に揃って驚いたように振り返ってレイを見上げた。
「ああ、ごめんね。君達じゃないよ。あのね、赤ちゃんの頬や髪の毛でシルフ達が遊んでいるんだよ。せっかく寝てくれたのに、また起きちゃったら大変だものね」
苦笑いしたレイがそう言って赤ん坊の顔の周りを軽く手で払う。
しかし、シルフ達は笑って飛び上がり、払うレイの手を軽く交わしてまた集まってきて遊び始める。
『赤ちゃんは可愛い』
『私達が見えてるもの』
『大好き大好き』
『可愛い可愛い』
『小さな友達』
『可愛い可愛い』
『私達は泣かせたりしないもん』
『ね〜』
『ね〜』
そう言ってシルフ達が笑いさざめく。
さっき迂闊に上げた自分の大声で赤ちゃんを二度も泣かせてしまったレイは、大人しく下がるしかなかった。
『確かに可愛いな。どれ、我からも祝福を贈っておくとしよう。無垢なる嬰児に祝福あれ』
ブルーのシルフまでが赤ん坊の横に現れ、愛おしげにそう言ってそのふくよかな頬にそっとキスを贈った。
続いてまた集まってきたシルフ達も赤ん坊の頬や額、それだけでなく小さなその指先や鼻の頭にも何度も嬉しそうにキスを贈る。
すると、寝ていた赤ん坊が少しだが笑ったのだ。
それは、本当に見ているだけでこちらもつい笑顔になるような無垢な微笑みだった。
「うわあ。何なんですか。この可愛らしい生き物は!」
今度は声を抑えて、レイが顔を覆ってそう呟く。
周りで子供達がそれを聞いて笑っている。
子供達と顔を見合わせて笑い合い、揃って口の前に指を立てた。
その時、レイは先程のシルフ達の言った言葉を思い出して、頭上にいるシルフを見上げた。
「ねえちょっと待って。さっきの言葉って、どう言う意味?」
いきなり空中に向かって話し始めるレイを、子供達は興味津々の様子で見つめている。
『何がだ?』
ブルーのシルフがレイの目の前に現れて不思議そうに尋ねる。
「エルはシルフ達の事が見えてるの? だって、さっきシルフ達がそう言ってたよ?」
その言葉に、また子供達が笑顔になる。
『ああ、それはな……』
ブルーが口を開きかけたのとほぼ同時に、それが見えないマシューが嬉々として口を開いた。
「あのね、レイルズ様。僕達お爺様に教えていただいて知っていますよ」
笑顔の子供達が、マシューの言葉に揃って頷く。
「ええ、どう言う事? やっぱりエルには精霊が見えているの?」
しかし、マシューは笑って首を振った。
「何でも生後半年程度までの赤ちゃんは、全ての子に精霊達が見えているそうですよ。だけど、どんどん成長して普通に目が見えるようになると、精霊達は見えなくなってしまうのだそうです。エルももっと小さな頃は空中を見て笑ったり、何かを掴もうと手を伸ばしたりしていました。お爺様がその度に、シルフが子守をしてくれていると言って笑っておられました」
「だがほとんどの場合、ある時期を過ぎると急に精霊達が見えなくなるようでな。だがエルは生後半年を過ぎてもまだ少しシルフ達に反応しておるのでな、もしかしたらこのまま見え続けるかもしれんな」
マシューの言葉に続くアルジェント卿の言葉に、レイは目を輝かせた。
「それなら良いですね。エル、シルフ達と仲良くね」
小さな声でそう言って、熟睡しているエルに手を伸ばした。
しかし、硬いタコだらけの自分の指でこんなにも柔らかい頬を触ったら、それだけでうっかり怪我をさせてしまいそうだ。そう思ったレイは手の甲でそっと頬を撫でた。
柔らかなその感触に、レイも自然と笑顔になる。
「今なら大丈夫ですわ。是非抱いてやってくださいな」
ティアンナ夫人がそう言って、抱いている赤ん坊を渡そうとする。
「無理ですって。そもそもどうやって抱くのかも分からないです!」
必死で首を振るレイを見て、ソフィーとマシューが得意げにレイの腕を叩いた。
「教えて差し上げますわ。ほらこうやって、抱いた腕全体で支えてやるんです。頭はこうやって支えてくださいね」
側にあった布で作られた人形を持ってきたソフィーが、説明しながら実際に人形を抱いて見せる。
「ほら、やってみてください」
満面の笑みで人形を渡されたレイは恐る恐る両手でそれを受け取り、言われた通りに抱く真似をした。
「お上手ですよ。ではどうぞ」
人形を返したレイは、ティアンナ夫人に当然のように渡されて咄嗟に受け取ってしまった。
「うわあ、重いんですね」
言われた通りに、何とか右腕全体で支えるようにして抱き、上腕部から肘の部分で乗せた頭を支える。
「う、うわあ、これ、この後はどうしたらいいんですか?」
腕の中で無防備に眠る赤ん坊を見て、もう本当にどうしたら良いのか分からない。
だが、腕にかかる重みがこの子の命そのものの重みなのだと思えば、何とも言えないたまらない気持ちになった。
「僕もこんな風だったのかな……」
小さく呟き、その柔らかな頬に思わず頬擦りをした。
「うわあ柔らかい。そして可愛い、本当になんて可愛いんだろう」
抱いた赤ん坊に満面の笑みで頬擦りしながら、必死になって小さな声で何度も可愛いと呟くレイを子供達は目を輝かせて見つめていた。
そして、その背後でアルジェント卿も満足気に大きく頷いていたのだった。
レイの周りでは、集まってきたシルフ達が大喜びで手を叩き合い、輪になって踊り出していた。
そしてレイと赤ん坊に、シルフ達は先を争うようにして何度も何度も思いを込めたキスを贈るのだった。




