先輩達
「ええ、お前……それは駄目だろう」
「確かに、いくらなんでもそれは駄目だよ」
陣取り盤での勝負が一段落したところでレイは、今日の訓練所での一部始終をカウリとタドラに話した。
黙って聞いていた二人だったが、レイが彼女達を気軽に外泊に誘ったと聞き、呆れたように揃って駄目だろうと叫んだのだ。
「うん、ジャスミンに百点満点で言ったら零点かそれ以下だって言われました」
あまりにも情けないレイのその言葉に、二人が堪える間も無く吹き出す。
「そうか、そろそろこっち方面ももう少し詳しく教えるべきか?」
「だね、確かに言われてみればそろそろこんな場面があってもおかしくないものね」
「まあ相手が女狐だったら面白がられて終わるだろうけど、夜会や食事会の席なんかで一般のお嬢さんにこんな迂闊な事言ったら、それこそ父親が出て来てその場で決闘騒ぎになるぞ」
カウリの言葉に、レイは困ったように眉を寄せる。
「今の女狐の意味は分かったけど、それは僕が嫌です!」
真顔で抗議するレイに、またカウリが笑う。
「良いぞ、その調子だ」
「もう、この場合は分かったから、次からは気をつけます」
これも大真面目にそう言うレイに笑いかけたカウリは、手を伸ばして柔らかな頬を突っついてから大きなため息を吐いて天井を見上げる。
「しかし、こういうのって本当にどうすりゃあ理解出来るようになるのかね?」
「難しいですよね。だけどもうこれは一つ一つ経験しながら覚えていって貰うしかないよ。レイルズよりはマシだけど僕だって似たようなものだったからね、ちょっとはレイルズの戸惑う気持ちが分かる気がするもの」
ソファーに移動してクッションを抱えたタドラが、小さくそう呟いてため息を吐く。
目を瞬いたレイは、タドラの生い立ちや彼が竜騎士になるまでの騒ぎを思い出した。隣ではカウリも納得したように頷いている。
「そっか、タドラも似たような境遇だな」
「まあ、僕は神殿での見習い神官としての生活期間があったから、少なくとも赤の他人との距離感や気配りなんかはかなり知ることが出来たと思うよ。まあ、神殿はいろいろと変わった方も多いから僕なんて単なる世間知らずで済んだけどさ」
なんでもない事のように軽く笑ってそう言ってくれる。
「でも、やっぱり大変でしたか?」
遠慮がちなレイの質問に、タドラは苦笑いしながら頷く。
「今思えば、あのベリルと出逢ってからのここへ来てからの一年程は、ある種の狂騒状態だったからね。なんて言うんだろう。とにかく知らないことだらけだったから、もう周りから聞いたり教えられたりした事をありったけ全部覚えた! みたいな感じだったよ。今なら絶対に無理だと思うね」
驚くレイに、タドラは肩を竦めた。
「そんな僕だからこそ分かるよ。レイルズは充分頑張ってると思う。まあ今回の一件がちょっと迂闊だったのは否定しないけど、彼女達にそんな迂闊な言い方をしたのは、レイルズにしてみれば彼女達を身近に感じていたからこそであって、決して邪な気持ちがあったわけじゃ無いでしょう?」
物凄い勢いで頷くレイに、タドラは笑いかけてちょっと考えた。
「じゃあ逆に質問だけど、こんな状況を考えてみてよ。例えば、レイルズがある夜会ですごく気の合う歳の近い未婚の女性と出会ったとする」
真剣な顔で頷くレイの後ろで、カウリは面白そうにそんな二人の会話を聞いている。
「彼女は精霊魔法が使えて、得意じゃないとはいえ光の精霊魔法でさえも使いこなしているとする。当然すごく話が合って、君は今度一緒に離宮で勉強会をしたいと思った」
その例え話に、レイはまた真剣な顔で頷く。
もしも本当にそんな女性とどこかで出会ったとしたら、きっと楽しく話が出来るだろうし、もっと話をしたいと思うだろう。
「その時に、レイルズならその女性を離宮での勉強会に実際にどうやって誘う? 考えてみてよ」
真剣なタドラの言葉に、レイは黙って考えている。
「構わないから、ここにその彼女がいると思って話しかけてごらんよ」
そう言って、タドラがレイの目の前に大きなクッションを差し出す。
多分、これをその女性だと思えと言う意味なのだろう。
「今度離宮でマーク達と一緒に精霊魔法の勉強会をしようと思うんだけど、あなたもご一緒にどうですか? 離宮にはすごく沢山の本があるんだよ……かな?」
「泊まりには誘わないか?」
カウリの質問にも、レイは少し考えてから答えた。
「その彼女ともしも初対面だとしたら、そこまでは誘わないと思う。だけどクラウディアやジャスミンみたいに、他でご一緒してたりするような気安い間柄だったとしたら、うっかりお泊まり会に誘わない自信は無いです」
素直なその答えに、聞いていたタドラとカウリが笑顔になる。
「そこまで誘わない理由は?」
「だって……どんな人かも分からないのに、いきなり一緒に泊まろうとは……思わない、です」
戸惑いつつも断言する。
「すごく気が合ったとしても?」
少し面白がるようなタドラの質問にも、もう一度真剣に頷く。
「もしもそう思えるくらいに気が合ったのなら、尚の事そこは慎重になると思う。だって、せっかく出会ったのに無茶な事を言って相手の方を困らせたりしたら駄目でしょう?」
「ですって。大丈夫ですよルーク。レイルズはちゃんと分かってます。自分では理解し切れていない部分まで、感情で理解していますよ」
驚いて振り返ると、扉の横にルークが立ってこっちを見ていたのだ。
「もしかして、今の話……聞いてた?」
「うん、全部聞かせてもらったよ」
笑いながらルークが入って来てソファーのタドラの隣に座り、タドラから渡されたクッションを抱えて感心したように頷く。
「成る程なあ。確かにタドラも対人関係では苦労していたものな。経験者には分かる。か」
「そうですよ。だから僕は心配はしていないです。今のレイルズに必要なのはとにかく様々な場面での経験や体験です。今回の失敗みたいに、絶対に言ってはいけない事ややってはいけない事は、具体例を挙げて順番に教えるしかないでしょうね。僕もヘルガーからかなり具体的に、こんな時にはこれは駄目、これなら良いって感じで、かなり詳しく教えてもらいましたからね」
「タドラの指導役はマイリーだったからな。そういう裏の部分は、確かにヘルガーとグラントリーが中心になって教えてたな」
タドラの時を思い出して、ルークも感心したようにそう言って頷く。
「ルークもそうだったけど、竜騎士隊の皆って対人関係では経験豊富な人達ばかりだったから、恐らくだけど僕やレイルズの感じる戸惑いって、根本的な部分で理解してもらえていないんだと思う」
しみじみとそんな事を言うタドラを、ルークは驚きの目で見つめていた。
「僕の場合にすごく勉強になったのは、あの当時はルークは不仲だったから言わなかったけど、ディレント公爵閣下とアルジェント卿。あのお二人のお話は、どれもすごく勉強になったよ。レイルズもお二人には可愛がってもらっているんだから、時間を頂いてゆっくり話をしてみてごらんよ。年配の方の話を嫌がる子もいるけど、レイルズはそんな事ないよね?」
「もちろんです。お話聞いてみたいです!」
目を輝かせるレイルズを見て、ルークは何故だか嬉しそうだ。
「うん、じゃあ楽しみにしてろ。早急に段取りしてやるよ」
「お願いします!」
嬉しそうなレイの言葉に、ルークは密かなため息を吐いてタドラを見た。
「そうだよな、ここにも先生がいたよ。じゃあ、せっかくだからまずはタドラの経験談をレイルズに聞かせてやってくれよ。女狐にうっかりお持ち帰りされそうになった話とかさ」
そのルークの言葉にタドラは悲鳴を上げてソファーに突っ伏し、レイとカウリは同時に吹き出して揃って身を乗り出した。
「是非ともお話を聞かせてください! タドラ先輩!」
嬉々とした声まで完全に一致して、部屋は大爆笑になる。
燭台の上では、子供のように笑い転げる彼らをブルーのシルフとニコスのシルフ達、それに勝手に集まってきていたシルフ達と光の精霊達が、呆れたように笑いながら眺めているのだった。




