勉強会と重要な事実
「はあ、協力ありがとうな。じゃあここまでの意見を参考にもう少しこれを具体的にまとめるからさ、どうぞ皆様は今日の予習をしてください」
頭を下げたキムとマークの戯けたような言葉に皆も笑って頷き、ひとまず二人への協力はここまでにしてレイは自分の勉強を始め、巫女達は参考書を探しに図書館へ向かった。
巫女達が本を抱えて戻ってきた後、しばらくの間は皆それぞれに自分の予習をして過ごした。
「ねえ、レイルズ。ここの計算って教えてもらえるかしら」
小さな声でレイの袖を引っ張るニーカの声に、レイは書いていたノートから顔を上げた。
「うん良いよ。どれ?」
「あのね、ここなんだけど……」
顔を寄せて小さな声で例題を解きながら詳しく説明するレイを、一息ついたクラウディアは黙って見つめていた。
もう、この顔ぶれの中ではレイがどの教科であっても一番勉強出来るだろう。何しろ、今までずっと教える側だったキムでさえ、何かあったら彼に質問しているのを何度も見るくらいなのだから。
「凄いわね。本当に」
小さく呟いて、もう一冊の参考書を開いた。
しかし、何故だか勉強に集中出来ない。
「ちょっと、別の参考書を探してくるわ」
隣に座るジャスミンに小さな声でそう伝えると、クラウディアは立ち上がって早足に自習室を出て行った。
人はいるが静かな図書館で、移動階段を上がっては本棚を見て回る。
だけどやっぱり集中出来ず、何冊か取ったところで諦めて大きなため息を吐いて階段に座った。
誰かに見られたら、抱えた数冊の参考書を選んでいるように見えるだろう。
勉強をしている間は忘れていられたが、手が開いたこんな時にはやっぱりいろいろ考えてしまう。
例えば今回、ティア姫様を身近でお世話して分かった事がある。
高い身分の方々には、それに付随する多くの義務があるのだ。
ティア姫様もそれを当然のように考えておられたし、周りでお世話する人達もそれを当然だと思っていた。
そして前日祭で垣間見た、レイルズの自分の知らない竜騎士見習いとしての堂々とした姿。
彼にも当然、自分の知らない多くの義務が課せられているのだろう。
ただ彼を好きでいればいい。そう考えて今まで自分を納得させていたが、いずれどこかで向き合わなければいけない時が来る。
彼と自分ではあまりにも身分が違うと言う、その事実に。
そしてもう一つ分かった事がある。
万が一、いや、億が一にでも将来自分が彼の隣に立てる日が来たとしても、それは自分には絶対に務まらないであろう事が。
貴族の、高貴なる身分の生活を知れば知るほど、彼のいる立場は自分とは違うのだと言う事を思い知らされていた。
公爵閣下が寄越してくださる執事さんから習っている行儀作法なんて、あくまでも付け焼き刃に過ぎない。
「駄目。考えちゃ駄目。私はただ彼を好きでいればいいの」
胸を押さえて自分に言い聞かせるように小さく呟いたクラウディアは、もう一度大きなため息を吐いてから立ち上がり、適当に選んだ二冊の参考書を持って自習室へ戻って行ったのだった。
一方、自習室ではそんなクラウディアの苦悩など知る由もないレイが、無邪気にマーク達と楽しかった離宮での大騒ぎの話をしていた。
「へえ、とても楽しそうですね」
ジャスミンの羨ましそうな言葉に、満面の笑みのレイが振り返った。
「あのね、また離宮でお泊まりの勉強会をしようと思ってるんだ。カウリが言ってくれたんだけど、勉強会を定期開催するように決めてしまおうと思ってさ。それなら出来るだけそっちの予定を優先してくれるんだって。マーク達のその講習が始まるまでに、もう一度勉強会をやろうよ。よかったら三人も一緒に来ない? 離宮にはすごく沢山の本があるから、読むだけでもすごく勉強になるよ」
目を輝かせるレイの言葉に、ジャスミンとニーカは戸惑うように顔を見合わせた。
レイが考えているよりも、実は巫女達に自由は無い。
外泊などは、特に厳しく制限されている。ここへ来ているのは、あくまでも貴重な精霊魔法を使える彼女達だからこそ許される特例措置なのだ。
ジャスミンも、近々竜司祭としての役割についての具体的な事が正式に決まる予定なので、それまでの間は見習い巫女として働くように言われている。
逆に言えば、正式に決まってしまえば恐らくだがもう殆ど自由は無くなるだろう。
「勉強会への参加はとても魅力的なお誘いだけど、私達は泊まりは無理だと思うわ」
ニーカの言葉に、不思議そうに開きかけたレイの口をキムが慌てて塞いだ。
「待て、レイルズ。巫女達にあまり気軽に無茶を言うなって」
キムの慌てる理由を全く理解していない彼を見て、キムは態とらしく大きなため息を吐いた。
「あのな、巫女達がそんなに簡単にホイホイと外泊出来る訳無いだろうが。それをやりたいなら、そうだな……あ、そうだ。ディレント公爵閣下にお願いしてそっちから話を持っていってもらえ。巫女達を離宮での勉強会に参加させたいからってお願いして、公爵閣下のお名前で外泊許可を取ってもらえ。いいな。それともう一つ重要な事を言うぞ! この話を公爵閣下に持っていくなら、その前にまずはルーク様に相談しろ。離宮での勉強会に彼女達も招待したいけれど、どうすれば良いかってな。いいな。間違ってもお前の名前で、いきなり神殿に彼女達を外泊させて下さいなんて言うんじゃ無いぞ!」
もの凄い剣幕で一気にそう言われて、全然止められる理由は理解出来なかったが、とにかく頷いた。
隣ではマークももの凄い勢いで何度も頷いているので、どうやらこれも自分は理解していないが何か重要な事があるみたいだ。
周りに、ニコスのシルフ達も現れて一緒になって頷いている。
「分かった。じゃあ帰ったらまずルークに相談してみるよ。それで、えっとマークとキムはどう? 勉強会をするならいつが良い?」
いっそ無邪気とも取れるその言葉に、マークとキムは改めて大きなため息を吐いたのだった。




