歌と想い
拍手が静かになるのを待って、レイはゆっくりと演奏を始めた。
そして顔を上げて歌い始める。
「明けない夜は無い、それはあなたが教えてくれた大切な事」
最初の歌い出しの後、ゆっくりとした間奏が入る。
その歌を聞いてオリヴェル王子とティア妃殿下が揃って目を見開いたのだが、レイはそれに気付かない。
「どんなに辛い時にでも、見上げれば夜空には変わらずに星が光る」
「暗い夜空は怖いと泣いた、私にあなたが教えてくれた」
「夜明けの来ない夜なんてない。だから怖くなんてないと」
「笑ったあなたは、今はもうはるかに遠く」
「会いたいと、唯一の言葉を飲み込んで、夜ごと見上げる満天の星」
「母上様。遠いあなたのその元へ、届けと星に、いま語る」
そこでまた間奏が入るが、今度は一気に速い音の流れになり竪琴特有の音の上下が続く。
「瞬く星よ伝えておくれ。私はここに立っていると」
「挫ける事なく前を向き、折れる事なく進みゆく」
「人生という名の険しくも辛く苦しきその道を、希望を杖に進みます」
「瞬く星よ伝えておくれ、私がここにいる事を」
「挫ける事なく前を向き、折れる事なく進みゆく」
「あなたも通りしその道を、希望を杖に進みます」
「輝く星よ、照らしたまえ」
「私の進むその道を」
「輝く星よ、見守りたまえ」
「あなたも通りしその道を」
それは、ニコスのシルフ達が教えてくれたオルベラートに伝わる物語を題材にした歌で、想い、と題された歌だ。
また、その物語は歌劇の演目としても人気なのだと聞いた。
主人公が絶望に打ちひしがれ、一杯だけ残った酒を飲みながら焚き火の前で独り亡き母を想って挫けまいと誓い歌うその場面は、それまで隠していた主人公の心細い思いと不安、そして希望にすがろうとする心の内面が初めて明らかにされる場面でもあり、とても人気があるのだそうだ。
オルダムでの歌劇は精霊王に関する演目が多いが、これはオルダムでも人気がある演目なのだそうだ。
初めてこの歌をニコスのシルフ達から教えてもらった時、レイは涙が止まらずに全く歌う事が出来なかった。
これは精霊王の元へと旅だった母さんへの、文字通りレイの気持ちそのものの歌でもあった。
だけど今なら歌える。ここオルダムには、自分を母と呼んでくれと言ってくださった、母さんの声にそっくりの優しいマティルダ様がいるのだから。
ティア妃殿下のお母上様も、若くして亡くなっておられるのだと聞き、レイはこの歌を歌う事を決めたのだ。
だけど、婚礼の祝いの席で失礼に当たらないだろうか。
或いは、亡くなったお母上を思い出させてしまってはいけないのではないか。そう思って戸惑うレイに、ニコスのシルフ達は揃ってこう言ってくれた。
『きっと喜んでくださる』
『貴方が歌う事にこそ意味があるのだから』と。
歌い終え最後の演奏を終えた会場は、水を打った様に静まり返っている。
戸惑うレイは、その時突然誰かに後ろから抱きしめられて飛び上がった。
「最高の締め括りの歌をありがとう、素晴らしかったよ。本当にありがとう」
今にも泣き出しそうなその声に、それがオリヴェル王子なのだと気付く。
「あ、あの……」
驚きのあまり声も無いレイの横から、今度はマティルダ様が泣きながら二人まとめて抱きしめてくれた。
そして、駆け寄って来たティア妃殿下もマティルダ様の横から手を伸ばしてレイを抱きしめてくれた。
突然、会場中から大きな拍手と大歓声が沸き起こる。
拍手はいつまでも途切れる事がなく、レイを抱きしめた三人が泣き止むまでずっと続いていたのだった。
「本当に、何て子なんでしょう」
夜会が終了した後、一旦控えの間に下がった竜騎士達の元に、オリヴェル王子とマティルダ様が揃って訪ねて来てくれたのだ。
まだ赤い目をしたマティルダ様にそう言われて、レイは戸惑う事しか出来ない。
泣き笑いのマティルダ様に頬にキスをされて、さらに困ってしまう。
「素晴らしかったよ。彼女への最高の歓迎の歌になったね」
もう一度オリヴェル王子にそう言われて、レイもようやく笑う事が出来た。どうやらあの選曲で間違ってはいなかったみたいだ。
「もしかして、あの歌はニコスから教わったのかい?」
オリヴェル王子に小さな声でそう聞かれて、誤魔化すように笑って小さく頷く。
「そうか、彼にもお礼を。本当に素晴らしい演奏だったよ」
もう一度手を取ってそう言われて、レイも笑顔になる。
「お気に召したのなら良かったです。実を言うと、歌う直前まであの曲で良いのかずっと考えていました」
照れたように笑うレイに、オリヴェル王子も笑って頷く。
「あの歌が歌われる歌劇は、オルベラートでは人気の演目でね。彼女の母上、つまり私の母上であり王妃であった、ナールディア王妃の愛した歌でもあるのだよ。まさか、オルダムで君が歌ってくれるとはね。君も母上を亡くされたと聞いている。辛かっただろうに、歌ってくれてありがとう」
「聞いていて涙が止まらなかったわ。きっとお母上もそばで聴いていてくださったわよ」
マティルダ様にもう一度頬にキスをもらい、今度はレイも笑って頬にキスを返した。
出ていくお二人を見送った後、別室にて歓談会があるのだとルークに言われてレイも一緒に向かった。
前回と同じくそこには男性しかおらず、あちこちからレイを見てよくやったと声をかけてくれる人がいて、必死で勧められる煙草を断り、同じく勧められるワインを遠慮しながら少しずつ飲んだ。
ディレント公爵閣下とゲルハルト公爵閣下も、揃って今夜のレイの演奏を褒めてくれた。
その後は、お二人も経験した事がある楽器の弦が切れた時の話や、演奏を間違って笑われた時の話を聞いたりして過ごした。
『良かったね』
『喜んでくださるって言ったでしょう?』
『大丈夫だって言ったのにね』
『主様は心配心配』
『大丈夫だよ』
『私達がついてるからね』
ワインを頂いてすっかり赤くなった頬に、ニコスのシルフ達は嬉しそうにそう言いながら何度もキスをくれた。
「うん、いつもありがとうね」
笑って少しクラクラする頭を振って、レイはニコスのシルフ達にキスを返したのだった。
ブルーのシルフは、赤くなった頬をそっと撫でてふわりと浮き上がると赤毛の頭の上に座り、愛おしげにふわふわの髪をいつまでも撫でていたのだった。




