控え室でのひと時
「ああ、来たな」
竪琴を抱えて出て来たレイを見て、廊下で待っていてくれたルークは笑って彼の背中を叩いて一緒に控え室へ向かった。
もうそこにはアルス皇子を含む竜騎士隊全員が来ていて、それぞれの楽器を取り出しているところだった。
「それで張り直した弦の調弦は上手く出来たのかい?」
一人楽器を持たず手持ち無沙汰だったアルス皇子に竪琴を覗き込みならがそう言われて、レイは照れたように笑って、持っていた竪琴を軽く鳴らして見せた。
綺麗な音が軽やかに流れる。
「はい、フォグ先生が上手に合わせてくださいました。それで今度一から全部、自分で弦の張り替えをやってみる事にしました」
「ああ、ラスティに聞いたら、その弦って貰ってから一度も張り替えていないんだってな。それなら今度はミスリルの弦にするといい。あれは高くつくけど音も違うし弾き心地も全然違うからな」
隣にいたルークの言葉に、皆も苦笑いして頷いている。
「はい、フォグ先生にもそう言われました。それと、自分でも竪琴を買ってみようと思ってフォグ先生に相談しました。それで、今度職人さんや楽器の専門店の方を紹介して頂く事になりました」
「ああ、それは良いね。竪琴は装飾の凝ったものも多いから、コレクションとしても人気があるよね。俺の実家に出入りしている商会も、確か竪琴を相当数扱っているって聞いた事があるね。良かったら紹介するよ」
ロベリオの言葉に、レイは驚いて振り返る。
「レイルズに竪琴を教えてたフォグって、確か宮廷楽団の専任の音楽家だろう? それなら恐らくロベリオが知ってる商会と同じところだと思うけどなあ」
ユージンの言葉にロベリオが首を傾げる。
「あ、そうかもしれないな。じゃあ後でフォグに聞いておくよ、同じだったら俺からも声かけておくし、違ったら改めて紹介してやるよ。ハンドル商会みたいに他では買えない品揃えのところと違って、楽器は扱う商会によって、値段もかなり違うからね。買う時は慌てて決めずに出来れば複数の商会に声をかけて、気に入ったものを見比べてから決めるのが良いと思うよ」
笑ったロベリオの言葉にレイは内心で大いに焦っていた。
今までは、来てくれた商会の人が持って来てくれた品物の中から選んでその場で決めていたが、複数の商会の品物を見比べて選ぶのだと言う。これは今までの単に選ぶだけの買い物よりも技術がいりそうだ。どうするのかさっぱり分からない。
「えっと、それってどうやって決めれば良いんですか?」
竪琴を乾いた布でゆっくりと拭きながら、不思議そうにロベリオを見て尋ねる。
「どうやってって……え? 何が分からないのか、俺には分からないぞ」
質問の意味が解らず不思議そうにユージンと顔を見合わせるロベリオと違って、何となくレイの言いたい事が理解出来たルークとマイリーが揃って吹き出し、同じくレイの言いたい事も戸惑いも理解出来るカウリとタドラも一緒に後ろで笑っている。
「ねえ、今のってどういう意味の質問ですか?」
マイリーを振り返ったロベリオの質問に、また二人が笑う。
「そうか、当たり前に商会が家に来て品物を選んでいた根っからの貴族には、レイルズの戸惑いは理解出来ないのか」
「ですよね。ここまで違うと見ていて面白いですよね」
笑ってそう言いながら頷き合っているルークとマイリーを見て、ロベリオとユージンだけでなく、アルス皇子も一緒に首を傾げている。
「ヴィゴは分かりますよね?」
苦笑いしたタドラの言葉に、コントラバスの調音をしていたヴィゴも笑って頷いている。
「成る程な。育ちが違うと、こんなところでもここまで感覚に違いが出るのだな」
笑うヴィゴの言葉に、ロベリオとユージンとアルス皇子の三人が揃って振り返る。
「殿下、つまりこういう事ですよ。レイルズはここに来るまで店で買い物をした事はあっても、商会が品物を持って部屋まで来てくれて、そこから選ぶような買い方はした事がなかったんです」
それは分かるので、アルス皇子だけでなく一緒に聞いていたロベリオとユージンも揃って頷く。
「となると、わざわざ来てくれたのに、一つも買わずに帰らせるような事をして良いのだろうか? そう考えるわけです」
「ええと、つまり……来てくれたら、その商会から必ず何か買わなければいけないと思っている?」
苦笑いして頷くヴィゴを見て、三人は驚きの声を上げる。
「ええ、それは無いだろう」
「だよね。そんな事してたら品物であふれちゃうよ」
「そうだね。私もそう思うよ」
三人の言葉に、今度はレイが驚く。
「ええ、じゃあ何も買わずに帰ってもらうんですか? せっかく来てくれたのに、そんなの申し訳ないです」
その無邪気な言葉に、ルーク達がまた笑っている。
「レイルズ、覚えておきなさい。例えば誰かへの贈り物が必要で、商会に頼んで持って色々と来てもらったとする。もしもその中で欲しいと思うものがなければ正直にそう言いなさい。無理に選んで買う必要は無い。他にも商会はいくつもあるからね。もしもそれでもその商会から買いたいと思うのであれば、どんなものが欲しいか具体的に言えば良いし、もし自分でもどんなものが良いか分からなければ、それも正直に言えば良い。そうすれば、まず具体的にどんな物が良いかを決めるところから相談に乗ってくれるし、他に良いと思われる品物があれば、すぐに用意するなり日を改めてまた持って来てくれるよ。それは彼らの仕事なんだから、遠慮せずにそうしなさい。無理に気を使って欲しくも無いものを買う必要は無いよ」
「良いんですか?」
「もちろん。それが彼らの仕事なんだから、きちんと仕事をさせてやらないとね」
笑ったマイリーの説明に、レイもようやく笑顔になる。
「あ、今日は見るだけって先に言っておいて、まず相談したいって頼むのも手だな。特に竪琴を自分で買うのが初めてなんだから相談したいって最初にそう言っておけば、向こうもそのつもりで詳しく教えてくれるし、すぐに決まらなくてもがっかりしないって」
ここへ来て最初の頃、今のレイルズと全く同じ感想を持ち、商会から買い物をするのが苦手だったルークが笑って教えてくれる。
「分かりました。じゃあそうしてみます」
嬉しそうな様子に、ロベリオ達は苦笑いしている。
「へえ、面白いな。そんな風に考えるんだね」
感心したようなアルス皇子の言葉に、部屋は笑いに包まれる。
「ああ、そろそろ時間のようだね。じゃあ行こうか」
執事が呼びに来たのを見て、ルークがそう言って立ち上がる。
彼の楽器は先に舞台へ運ばれているので、演奏用のハンマーを持っているだけだ。同じく舞台に設置されているハープシコードを弾くアルス皇子も何も持っていない。
「じゃあ、皆よろしく頼むよ」
アルス皇子の言葉に、立ち上がった全員がそれぞれの楽器を手にして笑顔で頷く。
『素敵な演奏』
『綺麗な音達』
『大好きな演奏』
『大好き大好き』
部屋を出ていく彼らの周りには、それぞれの竜の使いのシルフだけでなく、今から聴ける演奏を楽しみにして勝手に集まって来た大勢のシルフ達が、大はしゃぎしながら一緒に後を追いかけてついて行くのだった。




