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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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聖歌

「戻っていたのね。指は大丈夫だった? 怪我をしなかった?」

 不意に背後からかけられた言葉に、レイは慌てて振り返った。

 そこには、笑顔のアルス皇子とティア妃殿下、そしてマティルダ様の姿があった。

「はい、あの……大変お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」

 理由はどうあれ、大事な祝賀の席で演奏を失敗してしまった事実は変わらない。

 思い出したらまた恥ずかしくなってしまい頭を下げて困っていると、マティルダ様が笑って肩を叩いて顔を上げさせ、手を伸ばしてレイのふわふわな赤毛をそっと撫でた。

「またひとつ成長しましたね。演奏が続けられなくなっても仕方のなかったあの状況で、それでも貴方は諦めずに自分で何とかしようとした。立派でしたよ。よく頑張りましたね」

 懐かしい、母さんと同じ優しい声でそう言われて不意に涙腺が緩みそうになってしまい、レイは慌てて横を向いて鼻を啜った。

「いえ、実はパニックになっていて上手く演奏出来なかったんです。間違った弦を弾いたりもしました。マイリーとヴィゴが助けてくれなければ、あのまま演奏は終わっていたと思います」

 恥ずかしそうに白状したその言葉に、しかしマティルダ様は優しく笑って首を振った。

「例え内心でどれだけパニックになっていたとしても、少なくとも私が見た限り、貴方は冷静に対処しているように見えましたよ。それで良いんです」

「でも……」

「レイルズ。はったりも実力のうちだよ。何らかの突発事項が起こっても、即座に誤魔化せるようになれば一人前だって」

 笑ったカウリの言葉に、レイは困ったように眉を寄せた。

「ええ、嘘は駄目です!」

「嘘じゃねえよ、はったりだよ。まあ何であれ、今回はよく頑張ったって事だよ」

 笑って背中を叩かれたが、その余裕のある態度が何だか悔しくなってレイはこっそりカウリの脇腹を突き返した。

 声無き悲鳴を上げて膝から崩れ落ちるカウリを見て、竜騎士達が小さく吹き出していた。




「実は、母上はレイルズの竪琴の弦が切れた時、大慌てで舞台へ走って行こうとしたんだからね。気付いて止めた私を褒めておくれ」

 笑ったアルス皇子の言葉に、レイは目を見開いてまだ楽しそうに自分の髪を触っているマティルダ様を見た。

「だって、本当に心配だったんですもの。それなのに、貴方は自分で何とかしようと頑張って、私に助けを求めるそぶりも無かったもの。立派になったと感心したけれど、それはそれで悔しいと思うのは私の勝手なのかしらね」

 マティルダ様に助けを求めるなんて考えもしなかったレイが驚いていると、悪戯っぽく笑ったマティルダ様は伸び上がってレイの頬にキスをくれた。

「まだまだ子供だと思っていたのだけれど、どうやら違ったみたいね」

 片目を閉じてそう言われて、レイは困ったように首を振るしか出来なかった。

「ああ、そろそろ時間のようだね。では行ってくるよ」

「私も失敗しないように頑張るので、見ていてくださいね」

 ティア妃殿下の言葉に、皆笑顔になる。


 この後、アルス皇子のハープシコードの伴奏で、ティア妃殿下の初めての歌が披露されるのだ。

 歌は、光よ共にあれ。

 これは精霊王に捧げる聖歌の一つで、星系信仰の影を強く残す歌詞となっていて、夜空に輝く月と星を称え、その星の光に導きを求める歌詞になっている。

 レイも大好きな歌だが、あまり夜会では披露される事のない歌なので妃殿下がこの歌を歌われると聞き、実はとても楽しみにしていたのだ。

 手を取り合って下がる初々しい二人を見送り、レイは今のうちにいつも飲んでいるリンゴ酒をもらった。



「はあ、喉がカラカラでした」

 一気に飲み干し、二杯目を貰ってやっと少し落ち着いてきた。

「お、そろそろかな」

 マイリーの呟きに顔を上げると、舞台に執事達がやや小型のハープシコードを移動させているところだった。

 足の部分に小さな駒がついていて、ゆっくりと移動出来るように作られているのだ。

 ハープシコードの前に椅子が置かれ、拍手と共にお二人が出てくる。

 一際大きくなった拍手は、アルス皇子が椅子に座った途端に一気に静かになる。

 座るアルス皇子のすぐ横に立ったティア妃殿下は、笑顔で軽く一礼した。



 アルス皇子の弾くハープシコードの優しい音が響く。

 しばしの前奏の後、胸元に手をやったティア妃殿下が歌い始める。



「暗き夜空に月は登りて、瞬く星々天空にあり」

「太古の闇を抱きし森は、深き眠りの中にあり」

「はるか野辺より(きた)るは夜霧」

「暗き道、迷い行く我ここにあり」

永久(とこしえ)に変わらざる天空におわす星よ」

「願わくば、我を正しき道へと導きたまえ」



 女性特有の高く澄んだ声が、静まり返った大広間に響く。

 年齢の割には小柄で幼く見える彼女だったが、凛と胸を張り歌うその姿には、確かに堂々たる皇族の誇りを見る事が出来た。



「暁の空に輝ける月よ」

「夜明けを連れて来たりし風よ」

「そのくすしきみ恵み、我を助く」



「その弱き心を照らせし光」

「惑いし心、精霊王の照らせし星の光と共にあれ」

「精霊王の照らせし星の光と共にあれ」

「かくあれかし」

「かくあれかし」



 最後の部分は、伴奏を続けながらアルス皇子も一緒に歌う。



 歌が終わっても会場は静まりかえり、立ち上がったアルス皇子と共に二人が一礼すると一気に拍手が湧き上がった。

 少し頬を紅潮させたティア妃殿下がはにかむように笑って、アルス皇子に手を取られて改めて深々と礼をした。

 もう夢中で聞き惚れていたレイも、満面の笑みで拍手を贈った。

 周りでは、一緒に聞き惚れていたシルフ達が大喜びではしゃぎ回っているし、

 レイの肩に座ったブルーのシルフや、レイのふわふわの赤毛の隙間に座ったニコスのシルフ達も嬉しそうに拍手を贈っていたのだった。

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