自信の喪失と説得
「お待たせ、もう夕食は食べたのか?」
用意してくれた食事を終えてカナエ草のお茶を飲んでいた時、ちょうどルークが戻って来た。
「あ、おかえりなさい。はい、今頂きました」
カナエ草のお茶のカップを見せると、剣を外して置いたルークは笑ってソファーに座った。
らしくない気の抜けた仕草で手足を投げ出すようにして背もたれにもたれかかり、天井を見上げて大きなため息を吐く。
なんだかとても疲れているみたいに見えて心配になった。
「えっと、何だかお疲れのようだけど、大丈夫ですか?」
執事が、用意したルークの分のお茶をソファーの横のテーブルに置いて下がる。
「ああ、まあちょっとね……」
誤魔化すようにそう言って、またため息を吐く。
「俺は結婚しないっていってるんだけど、張り切って色々言ってくるのがいるんだよ。しかも、向こうは純粋な好意で言って来るものだから、尚更質が悪いんだよ。もう本当にいい加減にしてくれって」
思いっきり嫌そうにそう言うルークを見て、レイは困ってしまった。
「えっと……ルークは、どうしてそんなに結婚するのが嫌なんですか?」
レイの質問に、驚いたようにルークが起き上がる。
「そりゃあお前……嫌だからだよ」
しばし無言で見つめ合う。
「それ、理由になってません」
「ええ、これ以上ない理由だと思うけどなあ」
笑って誤魔化すルークに言い募ろうとしたその時、足音が聞こえてマイリーとカウリが入って来た。
「もう戻ってたか。どうだった?」
マイリーが笑いながらそう言ってルークの隣に座る。カウリも何か言いたげだったが、小さく首を振ってレイの隣に椅子を持って来て座った。
「いやあ、婦人会の夕食会が可愛く思えましたね。俺、もうこのまま帰って寝ててもいいですか?」
「はは、お疲れさん。おう、帰りたいなら帰っていいぞ」
もちろん二人とも、そんな事出来ないのを分かった上での会話なのだが、その言葉にレイが慌ててルークを見て立ち上がる。
「ええ、帰っちゃ駄目ですよルーク!」
カウリの吹き出す音が聞こえて、レイが振り返る。
「だからお前は、いちいち言葉通りに取るなって。そんなのどっちも分かった上で遊んでるんだよ。帰りゃしないって」
今のも、言葉の裏にある意味を彼らは当たり前のように理解して会話していたのに、自分だけ理解出来ずに、また言葉通りに受け取ってしまった。
情けなくなって眉を寄せてカウリを見る。
「おいおい、なんて顔してるんだよ。ほら、座った座った」
座るように促されて大人しく座る。
「どうした?」
急に一人落ち込むレイに、心配したカウリが覗き込むようにして優しい声で話しかけてくれる。
「だって、だって……僕だけ理解出来なかった」
小さく呟かれた言葉に、カウリだけで無くルークとマイリーも揃って目を瞬く。
「お前、一体どうした? 何かあったのか?」
黙って口を尖らせたまま俯いて答えないレイを見て、困ったカウリが執事に手招きする。
「何かあった?」
先ほどのラスティとの会話を控え室にいた執事も当然聞いていたので、かいつまんで耳元で説明する。
納得したカウリが頷き、レイの背中を思い切り叩いた。
「らしくない事してんじゃねえよ。こう言う時はいつもみたいに、ええ、そんなの分かりません!って言って笑えばいいんだよ」
また眉を寄せるレイを見て、カウリは困ったようにため息を吐く。
「ああもう。こう言うのって、どうやったら理解させられるんでしょうかねえ?」
ソファーに座るルークとマイリーを振り返るが、二人も表情もカウリと似たようなものだ。
先程の執事の話は、二人の耳にもシルフ達が声を飛ばしてくれたので聞こえている。
揃って顔を見合わせ、口を開いたのはルークだった。
「レイルズ、無理に出来ない事を数えるんじゃ無くて、今の自分に出来る事、そしてここへ来てから出来た事を数えてごらん」
「そんなの思いつきません」
もっと眉を寄せるレイに、ルークとカウリが困ったように視線を交わす。
「じゃあ俺が数えてやろう」
意外にも口を開いたのはマイリーだった。
「今の俺が歩けているのは、レイルズが伸びる革の事を覚えていて話してくれた事がきっかけだ。これには本当に感謝しているよ。おかげで俺は今までと変わりなく歩く事が出来る様になった。伸びる革は、いずれはオルダムにも知れるようになっただろうが、オルダムとブレンウッドの距離を考えればそう短期間ではあるまい。あれほど早く試作品が出来上がったのは、間違い無く君のおかげだ」
「僕は何もしてません。頑張ったのはモルトナやロッカ、それにガンディやバルテン男爵です」
「知識をもたらしてくれたのは君だろう? それが無ければ、誰も動く事は無かっただろうな」
「それはそうかもしれませんが……」
「あの降誕祭の日に、君とラピスが闇蛇を駆逐してくれなかったら、間違いなくこの世界が変わるほどの大惨事になっていただろう。あれはまさしく、君がいたからこそ防ぐ事が出来た事件だ」
「あれはブルーが守ってくれただけで、僕は何も……」
「何も出来なかったか? 教授達が誰も開けられなかった閉じられた教室の扉を開き、二人を魔法陣から引き剥がして守ったのも君だ。そしてその後の彼らの改心も、間違い無くきっかけは君だ」
優しいマイリーの言葉に、レイは涙を必死で堪えた。
「その前の年の降誕祭の前の出来事もそうだな。エイベル様とともに戦ったのは間違いなくレイルズ、君だよ」
「それを言うなら、今のマーク軍曹があるのもレイルズのおかげだな」
ルークの言葉に、マイリーも頷く。
「確かにそうだな。攻撃魔法の実技が一切出来ずに苦労していた彼に助言したのも君だな」
「それがなければ今の彼は無いよな」
カウリがそう言って笑う。
「アルジェント卿の娘さんにとり憑いていたメアを引き剥がすきっかけも、レイルズに会ったおかげだな」
「それを言うなら、俺がここにいるのだってレイルズのおかげだぞ。お前と会えて、俺は自分の価値について考えられた。それで竜の面会に行く決心がついたんだものな」
「それを言うなら、俺が父上と和解出来たきっかけも、父上がレイルズと会った事からだったな」
ルークの言葉に、マイリーも笑って頷く。
「それに天文学も非常に興味深い。おかげでジャスミンの事について決める際に、色々と多角的に考えられたよな」
「ああ、確かにそうですね。祭事に関しては星系信仰の経典が相当参考になりましたからね」
ルークが同意するように何度も頷く。
「あの古代文字のノートだってそうさ。大学の古代史の教授達は狂喜乱舞していたからな」
「それを言うなら、精霊魔法の合成と再合成だって、きっかけはこいつの彼女ですからね」
次々に出てくるマイリーとカウリの言葉に、レイは必死になって首を振った。
どれ一つとっても、自分がした訳では無い。全部ブルーや他の誰かが助けてくれたのだ。
必死になって首を振るレイに、マイリーは言い聞かせるように静かに話す。
「全て、君がいたからこそ起こった事だよ。もちろん君一人の手柄ではないのは認めよう。だが、君がいたからこそ起こった。故に、皆が君をこう呼ぶ。恵みの芽、とね」
レイが息を飲む音が、静かな部屋に響いた。




