銀星草と精霊の泉
「これは凄い」
絞り出すようなルークの言葉に、声もなく見惚れていたレイも何度も頷いた。
「ねえブルー。あの花から噴き出してる銀色の霧みたいなのって、何なの?」
あの銀色の霧のようなそれは、何かの金属の粉末のように見える。しかし、銀星草は珍しくはあるがあくまでも植物だ。それが金属の粉を噴き出すはずも無い。不思議に思ってブルーのシルフに質問する。
『あの銀の粉末の正体は、銀星草の花粉だよ。開花した瞬間にああやって一気に花粉を吹き出し、シルフ達に運んでもらって受粉するのさ』
レイの肩に座ったブルーのシルフの説明に、全員が驚いて目を見張る。
「へえ、花粉が銀色なんだ」
感心したようなルークの声を聞きながら、マークとキムも目を輝かせて花を見つめていた。
目の前では、まだまだ花が開き続けている。
集まってきた光の精霊達が叩く小さな蕾達は、次々に弾けては銀色の霧を吹き出している。
「なあ、そう言えばさっき言ってた準交差の日って、初めて聞く言葉だけど何なんだ?」
ようやく我に返ったマークの質問に、レイは銀星草を見上げたまま嬉しそうな笑顔になる。
「えっとね、この花の咲く時期は天文学で知る事が出来るんだ。天文学ではその日を、交差の日、って呼んでいて、それは天文学の計算で知る事が出来るんだよ。比較的簡単な計算で割り出せるから、天文学を勉強を始める最初の頃に習う項目なんだよ。それで、計算で出た答えの数値を暦の計算式に合わせて一番真ん中になる中心の日を交差の日、それとは別に、いくつかの近似値が出るので、それらの示す日を準交差の日って呼ぶんだ。まあ大体今くらいの初夏の時期を示すんだけどね。それで今日がその準交差の日の一つだった訳」
「つまり、それらの日にこの銀星草が咲くわけか?」
「そうだよ。銀星草はこの交差の日と準交差の日にしか咲かないんだって聞いたよ」
「へえ、不思議な話だな、だけど、どうやってその日を銀星草は知るんだろうな?」
「あ、確かに言われてみればそうだね」
マークの言葉にレイも驚いたようにそう言って頷き、考えるようにしてまた銀星草を見上げている。
そんな二人を、少し下がったルークとキムは面白そうに眺めていた。
レイの肩に座っているブルーのシルフは、銀星草の花が銀色の霧を噴き出すのを見ると時折気まぐれに飛んで行き、銀色の霧の周りで他のシルフ達と一緒に楽しそうに飛び回っては手を叩き合い、花に潜って遊んではまたレイの肩に戻って来るのを繰り返していた。
「おかえり、いっぱい花粉をくっつけてきたんだね」
笑ったレイの言葉に、ブルーのシルフも笑ってキスを贈る。
『我も、銀星草がこれだけの規模で同時に咲くのを見るのは数百年ぶりだな。懐かしいものを見せてもらったよ』
そう言って、嬉しそうに目を細めて銀星草を見上げる。
視線の先では、また光の精霊が叩いた蕾が弾けて、銀の霧を噴き出してシルフ達がはしゃいでいる。
『あの銀星草は、今は亡きアルカーシュの、国を象徴する花だったのだよ。彼の国の国旗には円卓を示す幾重にも重なる同心円の中に銀星草の花の房が描かれていた。もう二度と使われる事の無い、失われた紋章だがな。そしてその銀星草が、この国の王宮に咲いているというのも……思えば不思議な縁を感じるな』
少し寂しそうなその言葉に、レイは堪らなくなって何度もブルーのシルフにキスを贈った。
『大丈夫だよレイ、そんな顔をするな』
レイの滑らかな頬に思いを込めてキスを贈ったブルーのシルフは、気分を変えるようにまた飛び上がって銀の霧の周りを飛び回った。
「すっかり遅くなったな。それじゃあ精霊の泉へ行ってから戻るとするか」
深夜の十二点鐘の鐘の音を聞き、苦笑いしたルークが三人の背中を叩いた。
「そうだね。もう帰らないと明日の朝起きられないよ」
「確かに、いつまででも見ていられるけど、夜は寝ないとな」
「そうだな。名残惜しいけどもうそろそろ戻らないとな」
三人は顔を合わせて笑い合い、揃って最後に銀星草の花が咲くブナの木を見上げた。
「それじゃあね」
まだ飛び回っているシルフ達や光の精霊達に笑顔で手を振り、四人は昨日も行った精霊の泉へ向かった。それを見て、それぞれの光の精霊達は慌てて後を追い、自分の主人の指輪やペンダントに戻ったのだった。
「おお、相変わらず綺麗だな」
精霊の泉に到着した四人は、先頭のルークの声に揃って笑顔になる。
「向こうに大勢の精霊達がいたから、こっちにはあんまりいないかと思ったけど、そんな事なかったね」
振り返ったレイの嬉しそうな言葉に、同じ事を思っていたマークとキムも笑顔で頷く。
『主様だ』
『主様だ』
『皆我らの友達』
『優しい友達』
『大好き大好き』
『また夜更かし』
『夜更かし夜更かし』
『いけない子達』
『悪い子達』
今夜は堂々と近寄ってきた四人に気がついたシルフ達が、楽しそうに笑いながら彼らの周りに飛んで来て、キスをしたり彼らの周りに飛んできて髪を引っ張って遊んだりし始めた。
「こんばんは。良い夜だな」
笑ったルークの言葉に、シルフ達だけでなく光の精霊や噴水下の水面で遊んでいるウィンディーネ達も笑顔で応える。
『主様が来たよ』
『大好きな主様』
『遊ぼう遊ぼう』
『今日はめでたき準交差の日』
『星からの便りを楽しむ日』
集まってきた光の精霊達の言葉にレイが驚いて顔を上げる。
「ねえウィスプ。星からの便りって、何ですか?」
精霊達に質問する時は出来るだけ具体的に答えられるようにするのが基本だ。
『それは銀星草が寄越してくれる』
『一年一度の星の便り』
当然のようにそう言われて、レイは困ったように眉を寄せる。
「えっと、何て聞けばいいかな?」
考えていると、マークが横からそっと手を挙げた。
「星からの便りって、銀星草の銀色の花粉の事か?」
『そうだよ』
『そうだよ』
「ええと、具体的にはどんな事が届くの?」
マークの質問に、シルフ達は笑って首を振った。
『それは言葉では無い』
『風と共にやって来る』
『時を超えて届く便り』
『大切な便り』
口々にまたそう答えてコロコロと笑うだけだ。
『残念ながら、其方達には決して聞けぬ便りだよ』
ブルーの言葉に、レイ達だけでなくルークも驚いてブルーのシルフを振り返った。
『それはシルフが言った通り、具体的な言葉では無い。残念ながら人には決して聞けぬ声だよ』
優しく諭すようなその言葉は、もうそれ以上は聞いても解らないと言っているのと同じだった。
「へえ、まだまだ知らない事がいっぱいあるんだね」
無邪気なレイがまとめてくれたので、三人もそれ以上は踏み込まなかった。
精霊達と人の子は、仲良くは出来ても違う存在なのだ。互いに理解出来る部分と、決して理解出来ない部分があるのを彼らはよく知っていたからだ。
その後は、またシルフ達と追いかけっこや水飛ばしをして遊び、四人が泉を引き上げて部屋に戻ったのは、かなり遅い時間になってからの事だった。
「それじゃあお休み」
ルークの言葉に、出迎えに来てくれたラスティとジルの案内でそれぞれの部屋に戻る。
「お前らは一緒の部屋なんだな。もう遊んでないで早く寝ろよ」
一緒の部屋に入る彼らを見てルークが笑い、揃って笑顔でおやすみの挨拶をする三人だった。




