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弔いの準備と母の秘密

「おやおや、仲のよろしい事で」

 大きな包みを抱えて戻ってきたタキスは、目の前の翼を広げて丸くなった蒼竜を見て笑った。

「どうやら、話し合いは上手くいったようだの」

 ドワーフのギードが、肩に担いだ大きな板を下ろしながら言った。

 そこには、静かに眠る蒼竜がいた。


 翼を少し広げ、その自らの翼の中に頭を差し込んだ状態で丸くなっている。

 翼の隙間から覗き込むと、腹の上で、差し込まれた竜の頭に抱きついたまま眠る少年がいた。

 二人は顔を見合わせ笑いあった。

「このまま寝かせておいてやりたいが、あまり時間が過ぎると暗くなってしまうでなあ」

「確かに、それにあのままでは風邪をひいてしまいかねん」

 ギードは、そっと竜の翼を叩いた。

「蒼竜様、起きておられるのでしょう? 申し訳ないがレイ殿を起こしてくださらぬか」

 不満げな唸り声がわずかに聞こえた。

「なれど、我らだけで勝手に弔う訳にもいくまい」

「濡れた服も着替えさせねばなりません。それに、大丈夫と言ってはおったが、何処かに酷い怪我をしておらぬとも限りませんぞ」


 それを聞いた竜は、しばしの沈黙の後、差し込んだ頭をゆっくりと左右に少しだけ動かした。その頭に抱きついていた少年は、当然目を覚ます。

「レイ、すまぬが皆が戻ったようだ。起きられるか?」

 ぼんやりしている少年に話しかけると、広げていた翼を畳んだ。

「うん、起きる……」

 目をこすりながら腹の上から起き上がり、竜の脚に移って、砂地に降りた。


「えっと、僕は何をすればいいの?」

 側にいたタキスに聞いた。出来る事は何でもいいから、少しでも手伝いたかった。

「勿論、手伝っていただきますよ。でもその前に、まずはお体を綺麗にして着替えましょう」

 包みを開いて、服を取り出しながら言う。

「私の服で申し訳ないが、いくつか持ってきましたので、丈の合うものをお使いください。さ、こちらへ」

 砂場の端の方へ、レイの背中に手をやって促す。言われるままに歩いていくと、いくつかの平らな岩が敷き詰められた場所があった。岩の間には丸みを帯びた窪みがあり、底から水が湧いて溢れていた。


 タキスは、その水の中に手を入れると、何度かかき混ぜるような仕草をして「暖めてくれ」と、呟いた。

 すると不思議なことに、彼の指に嵌めていた指輪が少し光り、水から湯気が上がり始めた。

「ありがとう、それぐらいでいい」

 水面を叩くような仕草をしてから立ち上がった。

「さ、準備はできましたので、先ずは湯を使ってください」

 驚きのあまりレイは反応できなかった。

「おや?精霊魔法を見るのは初めてですか?」

 レイは無言で何度も頷く。

「ですが、貴方のお母様は、精霊魔法のかなりの使い手であったのでは?」

 濡れて汚れたレイの服を脱がせながら、タキスが不思議そうに言った。

 レイは考えてみる。少なくとも、母が魔法使いだなんて、見たことも聞いたこともない……はずだ。

 答えに困っているレイを見て、タキスは話を変えることにした。

「これは、かなりの擦り傷や打ち身が有りますね。それ以外には大きな外傷は見当たりませんが……どこか痛めたところはありませんか?」

 裸になったレイの身体を見ながらタキスが尋ねる。

「大丈夫、こんなの平気だよ……」

 無理に笑って見せてから、首に掛かった竜の銀細工のペンダントを見た。これは外すべきだろう。

 首から外すと、タキスが小さな籠を渡してくれた。礼を言って、ペンダントをその中に入れる。脱いだ服の横にそれを置いてから、そっと湯に手を入れてみる。

 ほんのり暖かく、気持ち良さそうだ。

「少し温まっていてください。こちらが石鹸と湯桶ですので、体と髪も洗ってくださいね。手伝いが必要ですか?」

 優しい声で言われて、慌てて首を振った。

「じ、自分で出来ます」

「ならば、私はあちらにおりますのでごゆっくり。湯から上がったら、服を着る前に傷に薬を塗りますから、声をかけてください」

 背中を軽く叩くと、タキスはブルーのところへ戻っていった。


「すごいや、簡単に魔法でお湯を沸かしちゃったよ」

 湯に入りながら、思わず呟いた。

「他の二人も、魔法使いなのかな? だとしたら、すごいなあ」

 湯は暖かく、緊張し続けて硬直していた身体を優しく癒してくれた。

 言われた通りに髪と身体を石鹸で洗ったが、驚くほどのきめ細やかな泡立ちで、髪はサラサラに、肌がツルツルになった。

「これも魔法なのかな?」

 考えながら湯から上がろうとして、湯の中で足を滑らせてしまった。

 大きな水音を立てて、後ろにひっくり返った。

 湯の中に沈んでしまい、慌てて立ち上がろうとした時、目の前に、透き通るとても小さな女の人が何人も寄ってきた。そのうちの一人と目が合った。

 あっという間に顔が水面に出て、水に押されるように岩の上に飛び出した。

「え? 何? 今の?」

 水面を振り返ってみたが、もう、あの不思議な女の人達はどこにもいなかった。

「大丈夫ですか?」

 慌てたタキスが駆け寄ってくる。

「タキスさん! 今! 今水の中に小さな女の人がいたの!」

 驚きのあまり、身体を拭くことも忘れて一気に喋った。

「ああ、水の精霊の姫たちですね。きっと、貴方に挨拶に来たんでしょう」

 当然のように、タキスが笑いながら言った。

「水の精霊の姫たち?」

 頭から乾いた布を被せられ、自分が素裸でびしょ濡れだった事を思い出した。

 驚くほど柔らかな布で体を拭いた後、籠の中からいくつかの薬を取り出して手慣れた様子で傷の処置を始めた。

 ひどい擦り傷には、とてもしみる薬を塗った後、細く裂いた布を巻く。ひどい打ち身にも、同じように別の薬を塗ってから布を巻いていく。

「タキスさんは、お医者さんなの?それとも魔法使いの薬師の先生?」

 手当てをしてもらいながら尋ねると、笑いながら答えてくれた。

「まあ、長生きしておりますからね。王都の医者には敵いませんが、それなりに医術や薬の知識はありますよ」

「長生きって?…… 何歳なの?」

「さて?百を超えたあたりから数えておりませぬゆえ、幾つかと聞かれても、すぐには答えかねますな。それと、私の事はタキス、と、お呼びください」

 薬の瓶を片付けながら、笑った。

「でも……」

「竜の主となられた方に、そのように改まられては私達の方が困ってしまいますので、どうかそのままにお呼びください」

「他の皆も?」

「当然です」

 にっこり笑って、服を渡された。


 借りた服は、袖と足元が少し長かったが、何とか着ることができた。

 驚いたことに、汚れてびしょ濡れになっていた靴や靴下が、すっかり綺麗になって乾いていた。

「水の精霊の姫たちに、乾かしておくようにお願いしておいたのですよ。この着ておられた服は、あちこち傷んでおりますので、後ほど直しましょう」

 当然事のように言われて面食らった。

 どうやら、今までの生活とは、随分違ったことになるようだ。


 タキスに連れられて戻ると、二人が待っていた。

「おお、綺麗になりましたな。服は、今しばらく我慢してくだされ。すぐに身に合ったものをお作りしますからな」

 ニコスが側に来て、襟元を直しながら言った。

「さて、母上様にまずはご挨拶を」


 連れていかれた先には、大きな板の上で、母が柔らかな布に包まれて横たわっていた。


「花の少ない季節ですからな。精霊達の手を借りましたのでなんとかなりました。皆、喜んで手伝ってくれましたぞ」

 側に置かれた籠からは、様々な花が文字通りあふれていた。驚いたことに、季節の違う春の花まであった。

「ニコスも魔法使いなの?」

「勿論です。ですが、お母上様には遠く及びませぬぞ」

 彼もまた、母が精霊魔法使いだと当然のように言う。

 タキスを見上げると、彼は困ったように笑った。

 そして、先程外して籠に入れた竜の銀細工のペンダントを首に掛けてくれた。

「どうやら、母上様は貴方に精霊魔法の事を何も話されなかったようですな」

「どう言う事だ?」

 ニコスが不思議そうに言った。

「理由は分かりませぬが……母上様は、なんらかの事情があって魔法を封印しておられたようだ。だが、この石の中には、恐らく相当上位の精霊達がいたようです。かなり強い精霊魔法の気配が残っております。また、これ程の石と細工ならば、これからも、精霊達が喜んで入ってくれるでしょう」


「あのね……」

 話そうとするが、恐怖の記憶で言葉が詰まってしまう。

 三人は、黙って待ってくれた。


「あのね……村から逃げる時に、母さんが……母さんが使った、あの不思議な光が、魔法……なんだと思う」

「どのような光でしたか?」

 ニコスがペンダントを見ながら言った。

「目を閉じてても眩しいくらいのすごい光だったの。その後、暗い森の中を逃げてる時も、ぼんやりだけど光ってて、お陰で足元が見えたんだよ」

「それは、間違いなく光の精霊魔法ですね。ですが……光の精霊魔法を使える人間がいたのは驚きです。お母上様に、何処で覚えられたのか聞いてみたかったものです」

「それから、森狼から逃げてる時にも…….『遠くへ飛んで』って母さんが言ったら……全然違う場所にいたんだよ」

「それは……」

 三人とも絶句していた。


「それは間違いなく転移の魔法だな」

 答えたのは黙って聞いていたブルーだった。

「しかし! それは風の最上位の魔法ですぞ。貴方様ならばともかく、とても……とても、ただの人間に使いこなせる魔法ではありませぬ」

「ならば、その母がただの人間ではなかったのであろう。我も其方の母と話がしてみたかった。残念だ」

 ブルーが、母を見ながら言う。

「それに、このペンダント……前は木彫りの竜だったんだよ。それなのに、いつのまにかこんなぴかぴかの銀細工に変わってたんだよ」

「それは恐らく、魔法を封印なさった時に、ペンダントにもなんらかの呪をおかけになったのでしょう」

「安全の為にもそれは当然だな。ただの農民がこんな銀細工を持っていたら、襲ってくださいと言っとるようなもんだ」

 ギードがペンダントを見ながら言った。

「これは、間違いなくドワーフの細工師の手によるもんだ。それも、相当な腕の持ち主の作品だな。素晴らしい。まるで生きておるようだ」

 そっとペンダントを手にとって、しみじみと言った。

「これは大事になさいませ。これ程の品ならば、作り手が分かるやもしれませぬ。いつかはお母上様の縁にも辿りつけましょう」


 ほぼ真上まで上がった太陽の光を浴びて、胸元のペンダントはキラキラとした光を放っていた。

 母が何を思って魔法を捨て、自由開拓民になったのか。

 いつ何処で父と知り合い、何故、父は亡くなったのだろうか。

 知りたいと思った。

 自分が知らなかった父や母の事を、知りたいと心から思った。

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