朝練と今日の予定
「朝から何を戯れてるんだよ。ほら。朝練に行かないのなら放って行くぞ」
開いた扉から顔を覗かせたルークに呆れたようにそう言われて、レイは慌てて立ち上がった。
「駄目です、僕も行きますって!」
「だったら早く出て来いよ」
同じく呆れたように笑ったカウリにそう言われて、レイは大きな声で返事をして急いで廊下に出て行く。
「あれ、今日は二人だけなんですね」
笑ってこっちを見ているカウリの後ろには誰もいない。
「じゃあ、いってきます!」
振り返ってラスティに笑顔でそう言うと、従卒達に見送られてルークの後について早足で朝練に向かった。
「レイルズ様は相変わらずですね」
笑ったカウリの従卒のモーガンの言葉に、ラスティは笑いながらも首を振った
「そんな事はありませんよ。ここへ来てわずか二年の間に、レイルズ様は本当に成長なさいました。ですが、無垢なその本質は何一つ変わっておられない。本当に稀有なお方ですよ」
「確かにそのようだな。良かったではないか。仕え甲斐のあるお方に出会えて」
丁度、タドラの部屋からシーツを持って出てきたヘルガーの言葉に、ラスティは嬉しそうに何度も頷いた。
「そうですね。本当に私は幸せですよ」
その言葉に、モーガンとヘルガーも笑顔で大きく頷き、差し出した拳を互いにぶつけ合うのだった。
「あれ、今日はマークとキムは来てないんだね。残念。朝番なのかな?」
ルークの隣で柔軟体操をしながら、いつもなら来てくれるマークとキムがいないのに気付いて、周りを見回しながら残念そうにそう呟いた。
朝番とは、彼らが普段している精霊通信の当番の中で、深夜に交代して早朝までを担当する場合を指す言葉だ。一番利用者が少ない回で、マークやキムは、この時間に当たった時には上司に許可をもらって自分の研究の論文の下書きを書いたりもしているのだと聞いた事がある。
「二人なら、今日は朝練に来るのは無理だと思うぞ」
隣で同じように柔軟体操をしているルークの言葉に、レイは顔を上げて振り返った。
「えっと、どうしてですか? まさか、また国境で何かあったの?」
聞いてはいないが、まさか何処かへ出撃したのだろうか?
慌ててそう尋ねると、ルークは笑って首を振った。
「落ち着けって、オリヴェル王子が来られている今、国境で何かあったら大騒ぎになってるよ」
「そうだよね、よかった。あれ、じゃあ何があったの?」
出撃ではないと聞いて安心したが、それなら逆に何があったのか心配になった。
「二人は今日、歓迎式典でそれぞれ精霊魔法の技を披露するからな。今頃準備で大騒ぎだと思うぞ。昨夜から緊張して眠れてないんじゃないか?」
隣で同じく柔軟体操をしていたカウリの言葉に、レイも納得して頷いた。
確か以前、オリヴェル王子がティア姫様との結婚のお返事を持って来られた時にも、マークが歓迎式典で光の精霊魔法の技をお見せして、お褒めの言葉を賜ったと言っていたのを思い出した。
「へえ、すごいね。あれ? でもキムは光の精霊魔法は出来ないのに。彼は何をお見せするの?」
「キム伍長は、風と火の魔法の合成した技をお見せするって聞いたよ。俺もどんな風にするのかは知らないから、見るのが楽しみだ」
笑ったルークの言葉に、レイも目を輝かせる。
「って事は、僕も見られるんだね!」
「おお、すごい食いつきだな。ああ、今日の午前中は城へ行ってオリヴェル王子を招いて懇親会が催されるから竜騎士隊は全員参加だ。昼食会の後、一の郭にある閲兵式を行った広場で各部隊が集まって歓迎式典が催されるんだよ。閲兵式みたいに部隊員全員が整列するわけじゃないけど、かなりの人数だから見応えがあるぞ」
ルークの言葉に目を輝かせるレイを見て、カウリが苦笑いしている。
「歓迎式典かあ。あいつら今頃式典の準備で寝る暇も無いだろうな」
振り返ったレイは、今聞いた言葉の意味を考えて手を打った。
「えっと、つまり第六班の皆の事?」
「もちろんそれもある。ってか、忙しいのはその上の第九小隊丸ごとだよ。要するに彼らは何でも屋だからな。今回みたいに定期開催じゃない式典はほぼ彼らの担当だ。殿下のご成婚に関しては、専任の部隊がいるんで補助だけで済むんだけど、この場合はほぼ彼らの仕事だからな。右往左往してるあいつらの様子が目に浮かぶよ。大丈夫かね」
立ち上がって大きな伸びをしながら教えてくれる内容に、レイも同じく心配になってきた。
「大丈夫かな、皆」
「まあ、俺の後に新しく入ったサハウ伍長ってのが副官共々とんでもなく優秀で真面目だって聞いてるからさ。一応、ここは彼の活躍に期待するよ」
「そうなんですね、じゃあ頑張ってもらうように精霊王にお祈りしておきます」
笑顔でそう答えるレイに、カウリも笑ってため息を吐いた。
「そうだな、俺も後で精霊王にお願いしておくよ。彼らの仕事が上手く行きますようにってな」
そんな二人を笑って見ていたルークとキルートが、それぞれの棒を持って彼らの背中を突っついた。
「ほら、遊んでないで準備運動が終わったのなら手合わせしようぜ」
「はい、お願いします!」
声を揃えて返事をした見習い二人は、大急ぎで自分の棒を取りに走った。
交代して何度も手合わせをしてもらい、なんとか叩きのめされる事なく無事に朝練を終えた。
「よし、今日はやっつけられなかった!」
拳を握って喜ぶレイを見て、カウリは座り込んで苦笑いしている。とはいえ、彼だって平然としているのだから大したものだ。
「相変わらず元気だねえ。おじさんはもうヘトヘトだよ」
『相変わらずだな。しっかりせんか!』
座り込んでいた膝の上に現れたブルーのシルフに一喝されて、悪びれもせずに肩を竦めたカウリは思いっきり嫌そうに起き上がった。
「さてと、それじゃあまた一日、愛想笑いと愛想笑いの一日だな」
『せいぜい頑張れ』
「絶対無理〜! 僕、森のお家に泣いて帰ります〜!」
いきなり叫んだカウリの声に、ルークとレイが驚いて振り返る。
目の前にいるブルーのシルフと笑って話をしているカウリを見て、レイも笑いながら駆け寄った。
「カウリ何が嫌なの?」
「そりゃあお前、一日中ひたすら愛想笑いと愛想笑いと愛想笑いしかないような懇親会なんて、苦痛以外の何者でもないぞ」
『さっきよりも愛想笑いが増えたな』
冷静なブルーのシルフの言葉に、カウリが堪える間も無く吹き出す。
「おう、冷静な突っ込みをありがとうよ」
「駄目だよカウリ。せっかく挨拶してくださるんだから、ちゃんとお相手しないと」
無邪気で真面目なレイの言葉にカウリだけでなく一緒に聞いていたルークまで揃って笑い出し、何故かレイは、笑ったルークに頭を撫でてもらったのだった。
「二人とも変なの」
一人解っていないレイの言葉に、右肩に座ったブルーのシルフは笑ってそっとキスを贈った。
『其方はそのままでいてくれれば良い。大丈夫だ、皆ついておるからな』
ブルーのシルフの隣にはニコスのシルフ達も現れて笑って手を振っている。
「そうだね。今日もよろしくね」
そっとキスを返して、レイも笑顔になるのだった。




