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春の畑仕事と辺境の砦

「うわあ、ほんとに畑になってる」

 すっかり雪が消え、目の前に姿を現した畑を見渡して、レイは歓声をあげた。

 三の月も終わり、花も綻ぶ四の月に入ると、吹き寄せられて固まったごく一部を除いて、ほぼ雪は溶けて無くなった。

 地面からは、野の草花が顔を出し、ちらほらと花も咲き始めている。

 そろそろ、畑のすき込みと(うね)起こしを始めると聞き、張り切ってついてきたのだ。

 坂を越えた向こう側は、広い雪原だったものが、全て畑に変わっている。その畑は、幾つもに水路で区切られた、広い面になっている。

 森との境目には小さな川も見える。その川から水路が引き込まれて、畑の間を通っていた。

「こっちから半分が、麦を蒔く畑です。今年はもう少し奥に広げる予定です。左側四面が芋を蒔く畑。それぞれ違う品種を蒔きます。その奥が、葉物やトマト、豆類などの野菜達、さらに奥が根菜類の畑です」

「すっごい! 村の畑全部より広いよ」

 興奮してぴょんぴょん跳ねるレイを見て、皆笑った。

「元気が有り余っとるようだから、捕まえて、こき使うてやらねばな」

「そうですね。紐でふん縛ってこき使いましょう」

 ギードとニコスが、悪そうな笑みを浮かべてレイの後ろへ回る。

「助けてタキス。悪い奴らが僕を捕まえて働かせようとしてる」

 側にいた、タキスの後ろに隠れる。

「それは大変……と、言うと思ったか。 捕まえて、こき使ってやるから覚悟しなさい!」

 タキスが笑いながら、後ろにいたレイを捕まえようとする。

 声を上げて逃げようとするも、わずかな差で捕まってしまった。

「まって! 降参! いっぱい働くから許してください」

 それでも逃げようとしたが、最後には三人がかりで擽られて、笑いながら悲鳴をあげて降参した。


「何をしておる。お主達は」

 呆れたような声と共に、畑の横の坂道に大きな影が降り立った。

「おはようブルー。そろそろ畑のすき込みと畝起こしをするんだって」

「ほう、この広い畑を耕すのか。それは大変だな」

 感心するブルーに、レイは笑いながら胸を張る。

「主に働いてくれるのは、トケラだけどね」

 納得したように頷くと、畑を改めて見渡した。

「ノームの祝福を受けておる良い畑だな。余計な事かもしれぬが、我からも祝福を与えておこう」

 そう言うと、畑の端に顔を寄せて土に鼻先をつけた。

 すると、畑のあちこちからノームが飛び出して来て、慌ただしくこちらに走って来た。

『蒼竜様の祝福を頂けるとはなんたる幸せ』

『なんたる幸せ』

『有難や有難や』

『有難や有難や』

 皆、飛び跳ねて喜んだ後、くるりと回っていなくなってしまった。

「今日から、そのすき込みと畝起こしとやらをするのか?」

 呆然と見ていると、何事も無かったかのように尋ねられ、我に返ったギードが、なんとか答えた。

「いやあの、今日のところは、畑の様子は、どの程度氷が溶けておるかをノームに聞こうと思っておりましたが……」

『いつなりとも大丈夫ですぞ』

 突然、足元にノームが現れてそう告げると、そのままいなくなった。

「だってさギード。なら今日から始めるの?」

 楽しみで堪らないレイが、ギードの腕を取って引っ張る。

「お、おう、そうですか。ならまずはすき込みを始めるとするか。どうだ?」

 振り返って、タキスとニコスに声をかける。

「そうですね、始めても良いかと。しかし驚きました。この畑にあんなにノーム達が沢山いたんですね」

 苦笑いしながらタキスが頷き、ニコスも横で頷いている。

「なら、いつも通りに、奥からやって行きましょうぞ」

 ギードも笑ってから、気を取り直すように一度伸びをして、畑の端に建てられた農具を置いた小屋へ向かった。

 慌てたレイが、その後を追う。

「じゃあ、俺はトケラを呼んでくるよ」

 それを見て、ニコスが上の草原へ向かった。

「蒼竜様、畑への祝福をありがとうございました。今日は一日、畑のすき込みで終わりそうですが、如何なさいますか?」

 タキスが、蒼竜を見上げて尋ねる。

「ふむ、折角なので見せてもらうとしよう。しかし、レイもすっかり元気になったな」

 嬉しそうに目を細めて、農具小屋から、トケラに引かせる大きな踏み鋤の道具を、ギードと一緒に取り出すレイを見つめていた。

「タキス!ギードが、 僕じゃ重しにならないって言うんだけど、どう思う?僕やりたいよ」

 ニコスが連れて来たトケラに、畑にすき込む為の引き具と大きな櫛のような歯の鋤を取り付けている横で、レイが拗ねている。

「重し? 何の事だ?」

 蒼竜の質問に、笑って答えた。

「トケラに引かせる、あの大きな櫛の歯の上に乗って、畑の土を掘り起こしていくんです。でもあれはバランスを取るのも難しいし、歯を差し込む為には体重もいるんですよ。彼にはまだ無理ですね」

 蒼竜を見上げながらそう言うと、レイの方に向かって大きな声で、諭すように話しかけた。

「レイ、諦めてください。ギードの言う通り、あなたの体重では重しになりませんよ。それに引いた鋤に乗る重し役はコツがいるんです。これは毎年ギードのお仕事ですよ」

 側に来て膨れるレイの背を叩いていると、ギードがトケラに合図して畑に入るのが見えた。


 引き具に取り付けた鋤の上に乗ったギードは、バランスを取りつつ体重をかけて、何本もの梳き歯を畑に深く差し込み、畑を一気に耕していく。

 掘り返された場所に、ノームが現れて後を追いつつ、残る塊をせっせと解していった。

「すごい、こんな風にするんだ。村で牛に引かせていたのは、もっと小さな鋤だったよ」

 感心しているレイに、タキスが教えてくれた。

「あの道具もドワーフの技ですよ。私は彼が来るまで、畑の耕し方一つ知りませんでした。農具にいくつも種類がある事さえ知らなかったんですからね」

「タキスは……そっか、何かの研究所にいたって言ってたもんね。それまで畑を耕した事、無かったの?」

「知りませんでしたね。食べ物は買う物だと思ってましたし。土を耕す為に触った事さえありませんでした。ましてや、肉を食べる為に自分で獣を捌くなんて……考えた事さえありませんでしたね」

「そっか。世界には、そんな生活もあるんだね。夢みたいだ」

 少し考えて、可笑しそうに笑った。

 自由開拓民に生まれたレイにとって、食べる為に、生きる為に働く事は当たり前だったし、働かずに食べられるなんて生活は、考えた事さえ無かった。

「でも、私は今の生活の方が、生きているって思えますね。土を耕し森と共に生きる。日々のお天気の心配をしたりしてね。そして、その季節に森や畑から収穫された食べ物を頂く。大変だけれど、きっと、これが人の正しい生き方なんですよ」

 少し遠くを見るような目をして、ギードを見ていたが、振り返って笑うと、レイの肩を叩いて畑の横に置かれた荷車を指差した。

「さあ、ギードが起こしてくれた畑に、順に肥料をまいていきましょう。これは私達のお仕事ですよ」

 そう言って、荷車を押しながら畑に入っていった。

 スコップを持ったレイが後に続いた。

 昼食を挟んで、午後からも日が暮れるまで畑を耕し続けた。

 蒼竜は何が面白いのか、坂道に座ったままレイが働く様子をずっと見学していた。


 それから数日かけて全ての畑を耕し終えると、次は引き具に取り付ける道具を変えて、畑に畝を起こしていく。これは起こした場所から順に、様々な種を蒔いていくのだ。

 教えられるまま、次々と種を蒔き、水をまいたら後は芽が出るのを待つだけだ。

 ある程度育って来ると、今度は芽が出た麦を踏んだり、育ち始めた苗を摘芯したり、する事は本当に幾らでもあった。

「毎日忙しいけど、すごく楽しいよ」

 顔に土をつけたまま、レイはよく晴れた空を見上げて笑う。

 彼は本当によく働く。

 初めての作業も、一度聞いたらすぐに覚えるし、分からない事は、勝手に判断せず必ずちゃんと質問する。

 教える側にとっても、彼はとても優秀な教え甲斐のある生徒だった。




「どうだ、変化は無いか?」

「特に異常ありません」

 あの日以来、見張りの数が増やされた北端の塔では、毎日こんなやり取りがされていた。

 本部への、野生の竜の発見に関する連絡は済ませた。

 野生の竜は、辺境警備部隊にとって最重要の監視対象だ。

 万一、人に被害を及ぼすような事があれば、それこそ大事件だからだ。

 常に竜の居場所を知っておき、行動範囲を把握することも任務のうちなのだ。

「昨夜本部から連絡があった。砦の人員を増員してくれるそうだ。とりあえず、それまで何とか我々だけで頑張ろう」

 今朝の朝礼で隊長から聞いた話に、皆興奮を隠せなかった。

 する事の無かった数日前までとは大違いだ。

 使われていなかった部屋や厩舎を片付け、増援部隊の到着までに、受け入れ態勢を整えなければいけない。全員寝る暇もない程忙しかった。

 それでも、何もする事が無いよりずっと良い。


 野生の竜は、恐らく蒼の森をねぐらにしている。

 その監視の為に、この砦の西にある、今は使われていない古い砦を補修して復活させるのだそうだ。

 そこからなら蒼の森は近い。その為の工兵を含めた増援部隊が、近々砦に到着するらしい。

 マークは、ようやく片付いた宿舎の扉を閉めた。後は、厩舎の屋根を直さなければならないが、これは彼らには無理だ。連絡はしてあるので、工兵が到着次第直してくれる手筈になっている。

「何だかとんでもない事になって来たな。あれ程嫌だった、平和な頃が懐かしいよ」

 さすがに疲労が溜まってきた。

 あの日以来、砦の全員がそれぞれ、一人で五人分は働いている。

「おい、間も無く先行部隊が到着するそうだ。大変だぞ。後ほど竜騎士隊の方がお越しになるそうだ」

 走ってきた先輩の話に、疲れが全部吹っ飛んだ。

「り、竜騎士隊の方って……ええ! 冗談だろ!」

 敬語も忘れて叫んだ。

 普段なら拳骨の一つも飛んで来るはずだが、先輩もそれどころでは無かったようだ。

「本当らしい。どなたが来られるかは、まだ分からないが……」

 顔を見合わせたまま、同時に満面の笑顔になり大声で叫んだ。

「やったー! 竜騎士隊の方と仕事が出来るぞ!」

「ここに来て良かった! 辺境警備最高!」

 二人して肩を抱き合って、子供のように飛び跳ねた。

 二人とも、込み上げる笑いがいつまでも止まらなかった。


 軍隊の中にあっても、竜騎士隊は特別な存在だ。

 彼らに憧れない兵士はいないだろうし、少しでも彼らの仕事に関わりたいと願っている者は多い。

 その方が、この辺境の砦に、わざわざ来られるのだと言う。

「野生の竜って、重要な監視対象だとは聞いていたが、そうか、管轄は竜騎士隊になるのか」

 砦の窓から空を見て、呆然と呟いた。

 春の訪れと共に、色々な事が少しずつ動き始めていた。

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