面会と感想
「初めまして、レイルズと申します」
にこやかに差し出された手を握りながら、レイはもう、今日何度目か数える気もしないほどに言い飽きた挨拶の言葉を口にしていた。
昼食会の後、少し休憩をして軽食を頂いてからそのままルークと一緒に別室へ向かった。
聞いていた通りに、主に地方貴族の人たちと面会する為だ。
しかし、挨拶以外はレイはほとんど会話に参加出来ず、大人しくルークの隣で解らない話を聞きつつ頷いているしかなかった。
何しろ彼らの話す内容に、レイの知識ではほぼついていけないのだ。
地方の特殊な産業の話だったりするともう完全にお手上げだ。しかしまだそう言った事ならば、これも勉強だと思って真面目に聞く事が出来たし、時には少しくらい質問も出来た。
しかしそれ以外は、はっきり言って実りのある内容の話は全くと言っていいほどに無かった。
それに彼らは皆、王都の貴族達よりもあからさまで好奇心を隠そうとせず、若竜三人組の婚約者の事だけでなく、露骨に、レイの故郷の自由開拓民の村が何処かなどと聞いてきたりもした。
あるいは、年頃の知り合いがいるのでレイの縁談のお相手にどうか、なども、必ずと言っていいほど言われた。
正直言って関心を持てる話がほぼ皆無で、いつもは愛想の良いレイの笑顔も、だんだんと品切れになってきた気がし始めていた。
今、挨拶をした男性は最後の面会の人物で、ベルフィアの街に住む貴族の一人で、商人ギルドの顧問の子爵なのだと紹介された。
ベルフィアは、タガルノとの国境沿いにある街道にあるピケの街から西のオルダムへと続く、通称北街道にある街の一つで、ピケの手前にある比較的大きな街だ。主要産業は林業で、主に家具などに使う固くて丈夫な木を生産している。
多くの木々に囲まれた蒼の森に住んでいたレイだったが、残念ながら自分で木を削って家具を作った事は無い。
森の木を切る時には必ずギードが確認して選び、ノームに許可をもらってから切っていたのだ。
薪にする為の木も同様で、主に傷んで倒れた木や、明らかに密集していて育たないであろう位置に生えた木を選んで切っていたのだ。
なので木の名前程度なら分かるが、残念ながら木材になってしまったらどのような扱いになるのかさっぱり分からず、南ロディナのグスタム伯爵邸での農作物のように、踏み込んだ詳しい話をする事は出来なかった。
恐らく、ルークはレイにそれを期待したのだろうが、レイが小さく首を振るのを見て何事も無かったように対応してくれた。
「それでは、巡行でベルフィアの街へお越しの際には、ぜひ自慢の木材工場をご覧いただきたいものです」
最後の握手を交わしながら、いつ巡行で行けるかなんて分からないと、真正直の答えそうになったレイをニコスのシルフが止めてくれたのだ。
『あれは社交辞令だよ』
『だから楽しみにしていますって言えばいいよ』
『約束じゃ無いから気にしなくていいからね』
「そうですね。楽しみにしています」
慌ててそう言い添えたレイに子爵も満足気に頷き、一礼して部屋を後にしたのだった。
「お疲れさん。一応面会の予定はここまでだよ。どうだった?」
にんまりと笑ったルークの言葉に、レイは大きなため息を吐いて椅子の背もたれに体を預けた。
そのまま天井を向いてもう一度大きなため息を吐く。
「言っていいですか?」
「おう、是非ともレイルズ君の忌憚無い感想を聞かせてもらいたいな」
「時間の無駄だと思いました」
本当に遠慮の無い感想に、堪え切れずにルークが吹き出す。
「言うようになったなあ」
うんうんと笑いながら頷くルークを見て、体を起こしたレイはルークに向き直った。
「だって事実です。じゃあ、逆に質問ですけどルークはどう思ったんですか?」
「心の底から同意しかないね。まあ彼らにすれば、今回の一番の目的は若竜三人組から婚約者殿の惚気話を聞く事であって、お前やカウリは二番手扱いだからな。俺とお前の組み合わせでの面会は、彼らにしてみたらハズレとまではいかないが、まあまあってところかな」
「何だかひどい言われようのような気がするんですけど、僕の気のせいですか?」
笑いを堪えつつ、怒ったように口を尖らせる。
「いいぞ、この調子でどんどん言ってくれ」
笑いを堪えられず口元を押さえて笑っているルークを見て、レイはもう一度ため息を吐いた。
「ルーク、面白がってる」
拗ねたようなレイの言葉に、笑いを収めたルークは何度も頷いた。
「そうでもしないとやってられないって。そもそもこんな短時間の面会程度で有意義な話が出来るなんて稀だぞ。ほぼ九割以上はこんな感じだぞ」
目を見開くレイに、ルークは大真面目に頷いて見せる。
「言っておくけど、俺やマイリーがやっているのって、ほぼ年中これだぞ」
レイは無言で深々と頭を下げて首を振った。
「ご苦労様です! 僕には絶対に無理そうなので、こっち方面では期待しないでください!」
「いやあ、俺とマイリーは思いっきりレイルズ君にも期待してるんだけどなあ」
「絶、対、無理、です!」
割と本気でそう言ったのだが、ルークに鼻で笑われてしまった。
「今のお前には、特に前半に面会した人達との話の内容は、ほとんど理解出来なかっただろう?」
眉を寄せて頷くレイの頬を突っついて、ルークは優しく笑った。
「今はそれでいい。こう言った場合は知識と経験がものを言うからね。今のお前には、誰もそこまで期待してないって。今のお前に必要なのは、とにかく一人でも多くの人と会って、どんな事であれ話を聞く事だよ」
「それだけで良いの?」
「そうだよ。それが経験だ。そうすれば、いずれはお前にも会話の裏側を含めたいろんな事がわかってくるからな」
優しい口調でそう言われて、レイは先ほどまでのルークの様子を思い出していた。
いつか自分にも、先程のルークのように初めて聞く話にも当然のように質問をしたり、さらに踏み込んで詳しい話をしたり出来るようになるのだろうか?
「うう、やっぱり全く想像出来ません」
思いっきり情けなさそうな声でそう言われて、ルークは笑ってレイの背中を叩いた。
「まあ、その辺りも見習い期間内にしっかり勉強しておくれ。期待してるぞ」
「もう駄目です。僕、ちょっと気分が悪くなってきました。きっと重篤な病気だと思うので少し休ませてください」
机に突っ伏したレイの言葉に、声を立てて笑ったルークだった。
『大丈夫なのにね』
『どこも悪くないのにね』
『主様は変なの』
『全然お元気なのにね』
突っ伏したレイの頭上では、何人ものシルフ達がそう言って笑いながらレイの赤毛を引っ張って遊び始める。
赤毛をせっせと結び始めるのを見て、ルークはもう遠慮なく吹き出して大笑いをしていたのだった。




