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ケットシーと砦の新兵

「それじゃあ、いってきます」

「気をつけてな」

 ブルーの背に乗って手を振るレイを、三人は並んで見送った。

 両手でケットシーの雛を抱いて、背に主を乗せた蒼竜は、ゆっくりと翼を広げて飛び立った。

 あっという間に遠ざかる影を見送り、ギードがため息を吐いた。

「なんとか、死なせずに済んだようじゃな。それにしても、初めてあの子に我儘を言われたな」

「そうですね。ちょっと驚きましたが、ちゃんと我儘を言っても良い家族だと、あの子が認めてくれたようで、私は嬉しかったですよ」

 満面の笑みで言うタキスに、ギードとニコスは呆れ顔だ。

「親馬鹿ここに極まれり、ってな」

「だな、タキスが一番の親馬鹿決定じゃわい」

「それにしても、ようやく我儘を言ってくれる程、ここに馴染んでくれた訳だな。一安心かな」

「まだまだ、道のりは長いぞ。これから先、どれくらい色んな事をやらかしてくれるか……楽しみじゃな」

「全くです」

 三人揃って笑って頷いた。


「雪がかなり溶けて来たね。上から見るとよく分かるや」

 ブルーの背から下を見ながら、レイが感心したように言う。

「一気に暖かくなったからな。しかし、竜の背山脈の辺りは、まだまだ雪が残っておるぞ」

「確かに風が冷たいね。マフラーをして来て良かったよ」

「少しスピードを上げるぞ。体を倒して、我の首に抱きついておくと良いぞ」

 言われた通りに、レイは体を前に倒して首元に抱きついた。肩にシルフが座って、守ってくれている。

「これで良い?」

 シルフが頷いた瞬間、スピードが上がり一気に風が強くなった。




 見張りの塔から竜の背山脈の方を見ながら、マークは大きな欠伸を一つした。

 マークがいるのは、竜の背山脈にほど近い森の中にある、古い砦の最北端の見張りの塔で、彼は去年の春、訓練期間を終了したばかりの下級兵士だ。

 この国の軍隊の幹部は貴族階級が殆どだが、下級兵士は一般からの志願者達から成る。

 志願者は、健康診断などの検査を経て、指定の訓練機関で一定期間訓練を受けた後、合格した者だけが下級兵士として正式に雇われるのだ。

 彼は、誰も知らないような僻地の村の出身で、農家の八男だ。はっきり言って、実家に自分の居場所は無い。

 志願兵の受付年齢になると同時に志願して、一年の訓練期間を経て、見事に合格を勝ち取ったのだ。

 期待に胸を膨らませて受けた初めての辞令は、第八部隊への配置だった。

 同輩達から哀れみの眼差しで見られて、呆然としたのを覚えている。

 北のタガルノとの国境にある第一部隊だと最前線。第二部隊は首都警備、どちらかを希望したが、結果は第八部隊、別名辺境警備部隊。

 はっきり言って、閑職以外の何者でも無い。上司は、間違い無く貧乏くじの左遷組だ。

 北から闇の冥王の配下が攻めて来たのは、遠い遥か昔の物語。

 その当時は、この砦ももっと大きく、大きな部隊が駐屯していたと聞く。しかし現在は、新兵の彼を含めて総勢十人の最低単位の部隊だ。

 しかも、今の主な任務は、砦が森に飲み込まれないように、蔦を払い草を刈り、伸びて来る木の枝を落として、砦を緑の手から守る事だ。先輩達は、今は休みだが、春から秋まで畑仕事に精を出している。

 こんな古びた砦、守ったところで今更何になるのだと本気で思うが、上層部からここにいろと命令されている以上、軍属となった今となっては、従わない訳にはいかない。たとえ、どれ程暇でやる事が無いとしてもだ。

「まあ、給料はちゃんと出てるし、仕送りが少し遅れるくらいで、それは良いんだけどな。金使うところなんて一つも無いし」

 独り言も出る。

 だって、朝から夕方までここで一人なのだ。昼ご飯は届けてもらえるが、話が出来るのはその時だけ。

 先輩は、毎回本気で昼寝しているらしい。

 さすがに新兵の彼には、まだそこまでの度胸は無い。一応、教えられた通りに、各方角を定期的に向いて確認している。

「西良ーし、南良ーし、東良ーし、北良……く無い! な、何だあれ!」

 思わず、塔の手すりに飛び付いて、身を乗り出して確認する。思い出して、慌てて遠眼鏡を覗き込んだ。

「り、竜だ……」

 呆然としたのは一瞬だった。

 手元の、一度も打ったことのない警告の鐘を、力一杯打ち鳴らす。先輩達が、何事かと中庭に飛び出して来るのが見えた。

「野生の竜の姿を確認しました! 北の、蒼の森方面から、竜の背山脈方面に移動中! でかいです!とんでもなくでかい竜です!」

 大声で、下に向かって叫ぶ。

「何だと! 野生の竜だと! 」

 隊長の、悲鳴の様な声が聞こえた時にはもう、竜の姿は見えなくなっていた。


「本当です。 確かにこの目で見ました。間違い無く、とんでもなくでかい竜でした。農家出身ですから、野生の鳥なんかと見間違いやしません。あれは間違い無く竜でした」

 慌てふためいた先輩達が、見張りの塔に登って来た時には、もう、竜の姿は何処にも見当たらなかった。

 見間違いでは無いのかと詰め寄る先輩達に、彼は直立不動のまま、同じ台詞を言い続けた。

 何度かの押し問答の後、隊長が、彼の正面に立って真剣な声で言った。

「間違い無いのだな」

「はい!」

 間髪入れず、即答した。

「ご苦労だった。引き続き見張りを続行しろ。お前ら三人も、この場にて各方角を見張れ。俺は本部と連絡を取る」

「了解!」

 長らく平和で牧歌的な生活を満喫していた彼らは、突然現れた野生の竜の発見と言う、とんでもない出来事に興奮を隠せなかった。




 太陽が真上に来るまで後少しの頃に、ようやく目的の森に到着した。

「遠かったんだね。あの速さでもこんなにかかるなんて、世界って広いんだ」

 感心した様に呟くレイに、ブルーは楽しそうに喉を鳴らした。

「シルフ、そのケットシーの母親を探してくれ」

『了解了解』

 何人かのシルフが、現れてまたすぐにいなくなった。ブルーは羽ばたく事も無く空中に留まったまま、無言で下を見下ろす。

 しばらく待つと、目の前にシルフが現れた。

『こっち案内します』

 動き出したシルフの後について、ゆっくりと動き出した。

 到着したのは、小さな湖のほとりの開けた場所だった。

 森の端に、大きな影が見える。ブルーがゆっくり降りると、その影も森から出て来た。

「うわっ、大きい」

 現れたそれは、家にいる黒角山羊よりも、まだ一回りは大きな、巨大な黒っぽい赤毛の縞柄の猫だ。

「蒼竜様のお手を煩わせるとは、感謝いたします」

 現れた巨大な猫は、流暢な人の言葉を喋った。

「ブルー、喋ったよ」

「人の子とは何事か!」

 背中のレイを見たケットシーは、警戒した様に背を丸めて歯を剥き出した。

「我の主だ。無礼は許さぬ」

 ブルーの一声に、すぐに警戒を解いた。

「それは知らぬ事とは申せ、失礼致しました。雛をお連れ下さったとシルフより聞きました」

 少しそわそわしながら、顔を上げてこっちを見る。

「うむ、この雛だ。聞いておると思うが、これの母親は人間に殺された。育ててやってくれるか」

 そう言うと、掌に収まっていたケットシーの雛を見せた。

「ほれ、お主を育ててくれる代理の母だ。行くがよい」

 しかし、見知らぬ場所と匂いに警戒した子供は、歯を剥き出して唸っている。

「おお、これは可愛や。おいで、おいで」

 尻尾を一度だけ打ち振り。大きな音を立てて子供の興味を引くと、優しげな鳴き声で呼び始めた。

 警戒していた子供が、その鳴き声を聞いて唸るのをやめて、辺りの匂いを嗅ぎ始める。

 母親は根気よく呼びかけ続けた。子供が小さな声で鳴いた。答える様に母親が鳴く。何度か鳴き合い、すっかり警戒を解いた子供は、恐る恐るブルーの掌から一歩を踏み出した。

 母親は、じっとして動かない。

 子供が母親の近くに寄り、しきりに匂いを嗅ぐ。今度は母親がゆっくりと動いて、喉を鳴らしながら子供の顔を舐めた。子供は耳を倒してじっと硬直している。

 その様子を、レイはブルーの陰から必死で見つめていた。

「頑張れ、頑張れ。大丈夫、大丈夫」

 小さな声で呟いて、必死に応援する。

 硬直していた子供が、口を開けて小さな声で鳴いた後、今度は母親の体を、喉を鳴らしながら舐め始めた。

 しばらく経つと、すっかりくつろいだ子供は、母親の乳を飲み始めた。しばらくその様子を見ていたが、満足した子供があくびをしたのを見て思わず笑った。

「そっか、まだお乳が出るお母さんだったんだ。良かったね、仲良くなれて」

「ありがとうございます。心から感謝いたします。大切に大切に育てます。そして、受けたこのご恩をこの子に教えます」

 母親が、嬉しそうに顔を上げてそう言った。

「上手くいったようで何よりだ。それでは我は戻る故、この子の事はよろしく頼む。この森には人間は来ぬとは思うが、十分に注意するようにな」

「心得ました。シルフ達にも守りを強化するよう頼みます」

「それじゃあね。その子の事よろしくお願いします」

 思わず、レイも小さく手を振って話しかけた。

「おお、主殿、先ほどは失礼致しました。お助け頂いた命、大切に致します」

 二匹は仲良く並んで、飛び立つブルーを見送っていた。

 上空でレイが振り返ると、森の中から更に一回り大きなケットシーが現れた。子供を何度も舐めて仲良く寄り添い、そのまま森の中へ姿を消してしまった。

「お父さんもいたんだね。仲良くなれたみたいで良かった」

 ホッとしたように笑うと、ブルーに言った。

「ブルー、僕お腹空いてきたよ。何処かお弁当食べられる所あるかな?」

「ふむ、それなら見晴らしの良い場所があるぞ。そこへ行こう」

 そういうと、少し進路を変えて竜の背山脈方面に向かった。


「わあ、岩がいっぱいだ」

 ブルーの背から見下ろして、レイは歓声をあげた。

 見晴らしの良い場所だとブルーが連れてきてくれたそこは、巨大な石がそこらじゅうに不規則に転がる、不思議な光景が広がっていた。

「以前連れて行った巨人の丘の石は、ここから持って行った物だ。いくつか、石を切った跡があるぞ」

「本当だ、削った跡があるや」

 大きな石の上に降りると、縁の段差に座った。

「シルフ、落ちないように守っててね」

 肩に座っているシルフに声をかけると、リュックを下ろしてお弁当と水筒を取り出した。

 ちゃんと、精霊王へのお祈りをしてから食べ始めた。

 不思議な景色の中で食べるお弁当は、とても美味しかった。食事の後、少し休憩してから帰路についた。




 来る時に、うっかり人間の砦近くを通ってしまった。鐘の音が聞こえたので、もしかしたら気付かれたかも知れない。

 そう考えて、ブルーは少し北寄りに進路を取り家へ向かった。

 しかし、最初から遠眼鏡を使って警戒していた砦の兵士達は、はるか遠くだが、確かに竜の姿をその目に捉えていた。

 ただ遠かった為に、その背に乗る少年の姿までは、確認出来なかったのは(さいわ)いだった。

「本部へ報告。野生の竜の姿を再度確認。蒼の森に棲む竜と思われます。引き続き警戒します」


 彼らの全く与り知らぬ場所で、数百年、蒼の森に引き篭もり続けたブルーの存在が、表沙汰になろうとしていた。

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