昼食会にて
部屋中の注目を集めて、二組の男女は平然と入って来た。
手前側にいたルークが、笑顔で一礼する。
「まあ、ルーク様、お久し振りです」
笑顔のフェリシアがそう言い、そっと手を離したロベリオから少し離れて、ルークと挨拶を交わす。
「フェリシア。無事の帰国を心から歓迎するよ。改めて、ロベリオの事よろしくな」
笑顔のルークの言葉にその黒髪の女性は笑顔で頷き、ロベリオも加わってにこやかに話し始めた。
「サスキア、無事の帰国を心から歓迎するよ。それに相変わらず元気そうで何よりだ。今度ゆっくりオルベラートでの土産話を聞かせておくれ」
マイリーがユージンの隣にいた小柄な女性に声を掛ける。
「マイリー様。ご無沙汰しております。お怪我をなさったと聞き、心配致しておりました。もうお身体は大丈夫なんですか?」
小柄な女性が笑顔でそう言い、ユージンから少し離れてマイリーと挨拶を交わし、そのままこちらもユージンも加わってにこやかに話し始めた。
レイとカウリは、そんな彼らを黙って見つめていた。
「へえ、どっちも笑顔の素敵な方だな」
小さな声でカウリがそう言うのを聞き、レイも笑顔で頷いた。
ユージンの婚約者のサスキア様は、左の頬を覆うような変わった装飾品を付けておられる。あれは何か意味があるのだろうか?
女性の装飾品は褒めると良いとは聞いていたが、あんな形の装飾品は初めて見る。何か意味があるのか、聞いてみてもいいのだろうか?
女性の装飾品については、基本的な知識しか無いレイが密かに悩んでいると、目の前にニコスのシルフが現れて教えてくれた。
『彼女の頬の装飾品には何か特別な想いが込められている』
『迂闊にこちらからは話題にしない方が良いと思うわ』
その言葉に小さく頷き、まずは挨拶する為に一歩前に進み出た。
「ああ、新しい見習いの二人を紹介するよ」
ルークが笑顔でそう言い、レイ達を手招きする。
大人しく近くへ行き、いつものように初対面の女性への挨拶をする。
「はじめまして。レイルズ・グレアムです」
「フェリシア・カーニャです。初めましてレイルズ様。どうぞよしなに」
背の高い彼女は、レイが正面に立ってもあまり目線が下にならない。
ジャスミンの護衛を務めているケイティほどでは無いが、女性としてはかなり大柄なのだろう。
笑顔で見交わし、一礼して下がる。
続いてカウリが挨拶するのを、横で大人しく見ていた。
それからサスキア様にも挨拶をしたところで、ヴィゴとタドラが奥方とクローディアを連れて入って来た。
また会場が騒めく。
それぞれに笑顔で挨拶を交わしていると、ヴィゴにディレント公爵が話しかけ、そこから人が一気に集まり挨拶の嵐になり、それを見たレイとカウリは、揃って大人しく下がった。
「いやあ、大人気だな」
「そうだね。大人気だね」
完全に他人事な二人は、何とか彼らと言葉を交わそうと集まる人々を横目に、そう言って小さく笑って肩を竦めた。
それからレイは、精霊魔法訓練所で知り合った貴族の友人達を見つけて、そちらにも挨拶をして回った。
挨拶の嵐がそろそろ終わった頃、主役であるオリヴェル王子とアルス皇子が到着して、場は一気に賑やかになった。
レイも、改めてオリヴェル王子と挨拶をして昨日の演奏を改めて褒めてもらった。
「ウィリディスの竪琴が、君のところに有ると聞き驚いたよ。だけど、あれほどの腕の奏者が持っていてくれるのならば、きっと彼も喜んでいるだろう。あれは良い品だからどうか大切にね」
「ありがとうございます。あの竪琴は僕もとても気に入っているので、もちろん大切にします」
笑顔のレイにオリヴェル王子も笑顔になる。
しかし、王子とお話が出来たのは本当にこの時だけで、後はもう近づく事さえ出来そうに無かった。
「まあいいや。ちょっとお腹がすいたから何か頂こうっと」
そう呟いてそっと下がり、軽食の置かれている壁側に向かう。
あちこちから話しかけられはするが、全く食べられない程ではなく、時折話しかけてきてくれる人達のお相手をしつつ、デザートまでしっかりと頂いたのだった。
「あらあら、そんなに食べて大丈夫ですの?」
二度目のデザートを選んでいる時に聞こえてきたからかうような優しい声は、ヴァイデン侯爵夫人で、婦人会の会長を務めるミレー夫人だ。
レイはすっかり彼女に気に入られていて、こういった大きな場では、なにかと面倒を見てくれている。
「だって、どれもとっても美味しいんですよ。どれか一つなんて選べません」
大真面目にそう言うレイに、ミレー夫人はコロコロと笑って、自分もデザートのムースの入ったお皿を手にした。
しばし並んで、それぞれのデザートを口にする。
「お二人とはお話出来まして?」
「えっと、お二人って、フェリシア様とサスキア様の事ですよね?」
「はい、よく出来ました。でも、えっとは無しでね」
からかうような小さな声で言われて、レイは照れたような笑顔で一礼した。
ミレー夫人をはじめ、婦人会の何人かの女性達は、こんな風に時折話しかけてくれる際にレイが戸惑いがちな曖昧な表現をわざとしてくれる。そして、レイが戸惑いつつもこっそり確認すると、今のように判定してくれるのだ。たいていは一人でいてゆっくり話が出来る時に。
「ご挨拶するときに少しだけお話ししました。僕、初対面の女性の方って何をお話ししたら良いのか、今でもよく分からなくていつも困るんです。でも、お二人とはあまり気負わずにお話出来ました。えっとルーク達は、きっとお二人は僕の事を気に入ってくれるだろうって、そう言ってくれました」
少し考えながら答えたレイの言葉に満足そうに頷き、ミレー夫人は人だかりの中でも頭半分は飛び出している黒髪の女性を見つめた。
「そうね、私もそう思うわ。まあ今日のところは昼も夜もゆっくりお話し出来ないでしょうからね。お二人が式を挙げて時間が取れたら、ゆっくり話すと良いわ。きっと、貴方にとっても有益なお話がたくさん聞ける事でしょうからね」
「はい、僕もオルベラートのお話を聞くのが楽しみなんです」
無邪気な答えに、夫人は優しく頷いた。
「それはそうと、昨夜の演奏会はお見事でしたね。オルベラートの歌は誰から習ったのですか?」
不思議そうなミレー夫人の質問に、レイは少し考えてから答えた。
「えっと、僕の森の家族の一人はオルベラートの出身なんです。歌と竪琴は彼から習いました。えっと、あの歌詞ってなんだか元気が出る気がして好きなんです。時々勝手に歌ったり弾いたりしていました。それで、思いついてあの歌にしたんです。エントの会の人達が突然だったのに上手く合わせてくださって、後半の合唱は凄かったですね。僕も歌いながら驚いてました」
「今は、演奏してはくださらないのかしら?」
簡易の舞台はあるが、とくに誰も上がっていない。夫人の言葉に、慌てたように首を振る。
「えっと、今は楽器を持って来ていないので無理ですが、今夜の夜会の時には、多分何か演奏すると思います」
「まあ、そうなのね。じゃあ楽しみにしているわ」
「大きな間違いをしないように、祈っててください」
困ったようなレイの言葉に。またミレー夫人はおかしそうにコロコロと笑うのだった。
『間違わぬようにしっかりしないとな』
右肩に座ったブルーのシルフの言葉に、もう一度レイは照れたように笑って、それから今夜の夜会の事を考えて、密かにため息を吐いたのだった。




