追加の演奏
竜騎士隊による演奏と混声合唱団による見事な演奏を終えた時、会場は一瞬静まりかえり、それから一斉に拍手と大歓声が沸き起こった。
いつまでも拍手は鳴り止まず、レイ達は何度もあちこちに手を振ったり頭を下げたりしていた。
その間に舞台から下がったのは、マティルダ様をはじめとする皇族の方々だけで、合唱団の人達も竜騎士隊の皆も、誰も舞台から下がろうとしない。
何をしたら良いのかよく分からず、レイも大人しく座ってあちこちに手を振って笑っていた。
しばらくしてようやく拍手が収まると、アルス皇子がハープシコードの前に座り直した。会場が一瞬で静かになる。
そのまま笑顔の皇子は、一人で演奏を始めた。
レイは知らない曲だったが、指先からまるで魔法のように音が転がり出してくる。キラキラと光るようなその音達に、レイは今ここがどこかを忘れて蕩然と聞き惚れていた。
演奏が終わると一斉に拍手が沸き起こる。次に演奏したのはマイリーとヴィゴの二人だ。ヴィゴの弾く低音のコントラバスと、マイリーのヴィオラの優しい音が寄り添うように重なる。
これも知らない曲だったが、エントの会の人達がそれに合わせて歌い始めた。どうやら、花園を飛び回る虫達を歌った歌らしく、ヴィゴの音がおそらく蜜蜂、マイリーのヴィオラはおそらく蝶々。そして、男声合唱団の歌声はその虫達を待っている花達の気持ちを歌っているみたいで、会場からは手拍子が始まっていた。
初めて聴く楽しい歌に、レイは目を輝かせて体でリズムを取りながら聞き入っていた。
ヴィゴとマイリーにエントの会の歌まで加わった楽しい演奏が終わり、大きな拍手が静まってから、その次に演奏したのはルークのハンマーダルシマーだった。
知らないが聞き覚えのあるその曲は、見習いになって初めてディレント公爵のところへ挨拶に行った時、彼がハンマーダルシマーで演奏してくれたあの曲だった。
転がるような優しい音のルークの演奏が終わると、また大きな拍手が沸き起こる。
次に演奏したのは、ロベリオとユージンの二人だ。
彼らの演奏には、ハーモニーの輪の歌声が重なる。
これはレイも知っている曲で、たまに夜会でも演奏される、男女の恋と駆け引きを歌った歌で、最後は皆幸せに終わる歌だ。
そしてここまでくれば、レイにも今の状況が分かった。
要するにこれは、人々の歓声に対するお礼の小さな演奏なのだろう。
しかもこのままいくと、自分にも順番が回ってくる。
だけど、そんな予定は聞いていない。
内心、密かにパニックになっているうちに、ロベリオ達の演奏が終わった。
演奏は一番のみだったが、これも大きな拍手が沸き起こる。
『お前も何でも良いからカウリの後に好きな曲を演奏するんだぞ』
耳元に、ルークからの伝言のシルフが来て、そんな言葉を伝えてくれる。
だけど、簡単に言ってくれるが何をすれば良いのか全く分からない。
その時、以前、楽器の練習の際に楽団員の人から聞いた話を思い出した。
いつ、突然にあるかもしれない再演や一人での演奏に備えて、皆が自分だけの曲を持っているのだと。
レイルズ様も、好きな曲を決めておいてくださいね。と、その人は笑っていた。あの時自分はなんと答えたっけ?
いや、そもそも自分だけで演奏して人々に自信を持って聴かせられるような曲があったか?
よく弾く得意な曲なら、精霊王に捧げる歌か、女神オフィーリアに捧げる歌しか思いつかない。
だけど、女神への歌はもう演奏してしまったから駄目だ。精霊王に捧げる歌は長いので、どこを演奏すれば良いのかわからない。
タドラとカウリの二人が揃ってフルートの曲を演奏し始めたのを聴き、レイはもう泣きそうになっていた。
『それならこれが良いよ』
『地下迷宮への誘い』
『いつも弾いている主旋律の部分だけで良いからね』
『伴奏の和音は教えてあげる』
『好きな歌でしょう?』
「え、でもあれは歌もあるよ?」
小さな声でそう聞いてみるが、彼女達は笑っている。
ニコスのシルフ達が教えてくれたのは、彼女達から教わったオルベラートの古い民謡で、冒険者の若者が地下迷宮へ出発する際の決意を歌った歌だ。
なんだか元気が出る気がして、レイは気に入って時々勝手に弾いたり歌ったりしている。
だけど、あれは言ってみれば街の人達が歌う民謡だと聞いた覚えがある。こんな改まった場にそんな曲で良いのだろうか?
不安気に彼女達を見ると、揃って頷いてくれたので深呼吸をして小さく頷く。
今までも何度も彼女達には助けられた。彼女達が良いというのなら、きっとこれで良いのだろう。
曲が決まり、ようやく落ち着く事が出来た。
タドラとカウリの二人のフルートの演奏が終わり、また大きな拍手が沸き起こる。
もう、あと残っているのはレイルズだけだ。
会場中の視線を一身に集めて、しかし平然と座ったまま一礼したレイは、堂々と顔を上げて竪琴を抱え直した。
そして、教えてもらった通りに竪琴を爪弾き始める。
「今日は記念すべき最初の日」
「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる闇の地下迷宮へ」
そこまで歌って竪琴の間奏が入る。
「必ず帰ると心に誓い、あの子がくれたお守り持って」
「水と干し肉鞄に詰めて」
「最初の一歩をいざ踏み出そう」
また少しだけ間奏が入る。
「剣は研いだぞ、よく切れる」
「何が出ようが怖くなんか無いさ」
「必ず帰ると心に誓い。あの子がくれたお守り持って」
「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる闇の地下迷宮へ」
主旋律を弾きつつ、ニコスのシルフが教えてくれる和音を時々間に挟みながらそこまで歌った時、突然、背後にいたエントの会の人達が一緒に歌い始めた。
「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる闇の地下迷宮へ」
「怖くなんか無いさ」
「怖くなんか無いさ」
「父さんも行ったあの闇の地下迷宮へ」
「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる闇の地下迷宮へ」
「怖くなんか無いさ」
「怖くなんか無いさ」
エントの会の人達が、レイの声を追いかけるように、怖くなんか無いさ、と重ねて歌ってくれる。
「地図はあるけど一階だけさ」
「だけど負けない勇気はあるさ」
「怖くなんか無いさ」
「怖くなんか無いさ」
「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる闇の地下迷宮へ」
「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる闇の地下迷宮へ!」
最後は全員揃っての大合唱になった。
一気に全ての弦を流れるように弾いて演奏が終わる。
しかし、会場は静まり返っていた。
「素晴らしい演奏だった」
立ち上がって手を叩くオリヴェル王子の言葉に、会場は一気に大歓声と拍手に包まれた。
驚きのあまり、どうしたら良いのか分からずに目を見開いて固まっていると、小さく笑ったカウリに背中を叩かれて飛び上がる。
「ほら、立って。最後の挨拶だぞ」
「あ、はい」
竪琴を置き、立ち上がると歓声と拍手は更に大きくなった。
アルス皇子に続き、全員が揃って一礼してから揃ってミスリルの剣を抜いて戻し、聖なる火花を散らせたのだった。
後で、カウリにはタドラが助けに入っていて、直前にシルフを通じてやりとりをして、演奏する曲を決めていた事や、もしもレイが困って演奏出来ないようなら、すぐにルークが助けに入り、一緒に精霊王へ捧げる歌を演奏する予定だったと聞き、安心もした。
「それは感謝しますけど、お願いだから、そういう事は先に教えてください!」
控室に戻ってその話を聞いたレイの悲鳴に、皆苦笑いしつつも謝ってくれた。
しかし、こう言った急な場面への対応も新人の評価に繋がると聞き、本気で気が遠くなるレイとカウリだった。
『それにしても見事な演奏だったぞ。即興だったが合唱団との息もぴったりだったな』
肩に現れたブルーのシルフの嬉しそうな言葉に、半泣きになりつつ、もうヤケになって笑うレイだった。




