知らない事と戸惑い
食事を終えると、アルス皇子は迎えに来た執事と一緒に、また精霊王の神殿の別館に行ってしまった。
レイは、ルークとマイリーと一緒に事務所へ向かい、午前中は彼らの資料集めの手伝いや、書類の整理を手伝って過ごした。
「あ、これは叙任式に関する書類ですね」
いつも整理を手伝いながら、こっそり書類の内容を見ているのだが、レイでも内容を見ただけで理解できる書類は滅多に無い。これはまだ理解できる書類だったので、思わずそう言ってルークを振り返った。
「ああ、正解だよ。これもそれと一緒にしておいてくれるか」
渡された書類にも目を通す。どうやら、竜騎士隊付きの第二部隊の兵士の中に、今年騎士の叙任を受ける人がいるらしい。
書かれた名前は知らなかったが、身近な人が出ると聞いてちょっと嬉しくなった。
「えっと、ちょっと質問しても良いですか?」
渡された書類の整理が終わった所で、不意に疑問が浮かび、気になってルークを振り返った。
「ああ良いぞ。どうした?」
丁度こちらも一段落したらしく、手を止めて答えてくれた。
「カウリと僕の叙任式って、どうなるんですか? カウリもまだ見習い期間中だから、今回の叙任式じゃ無いですよね。来年?」
その質問に、ずっと文字を書いていたマイリーも手を止めて顔を上げた。
「ああ、お前達の叙任式は特別だよ」
マイリーの答えに、レイは驚いて彼を見る。
ルークとマイリーは顔を見合わせて頷き合い、ルークが口を開いた。
「以前言ったと思うけど、見習い期間はカウリが半年、お前が一年だ」
それは聞いていたので、頷いて返事をする。
「カウリは、今年の十の月の月初めに彼だけの為の叙任式を、お前は、来年の四の月の月初めに同じくお前の為だけに行われる叙任式で、陛下から竜騎士の剣を拝領するのさ。もちろん、それぞれに合わせて作られた特別な一振りだ。どんな形の剣になるのかは、その時にならないと分からない。俺達だって知らないよ」
「ええ、僕だけの為の……叙任式?」
呆気にとられるレイに、二人は優しく笑って頷いた。
「そうだよ。それで、その後に行われる六の月の一般の騎士達に対する叙任式の後、お前の友人がやったあの槍による腕比べが行われる。槍比べとも呼ばれてるな。そしてお前達二人もそこに参加するのさ。公平を期する為に、この時はお前達も鋼の鎧と決められた長さの槍で参加するんだぞ」
槍比べと聞き、花祭りの前に行った突撃訓練の衝撃を思い出して遠い目になる。
「ええ、ちょっと待って。じゃあもしかして、僕もカウリと打ち合うの?」
「一応、竜騎士が二人いた時は、最後まで当たらないように別枠に組み合わせてくれたはずだ。だけどまあ、二人が最終まで残れば、竜騎士同士で一騎打ちだな」
「見物人は大喜びしそうだな」
ルークの説明に、マイリーが面白そうに後を引き継ぐ。
「うわあ、責任重大かも……」
「言っただろう。それだけ竜騎士は特別な存在として見られている。見習いのうちにしっかり学びなさい」
マイリーの言葉に、レイはなんとか頷くだけしか出来なかった。
「そう言えば、カウリの為の剣はもう形が決まってて、先月から作業に入ってるってロッカが言ってましたね」
戸惑っているレイを見て、ルークが素知らぬ顔で話題を変えてくれる。
「ああ、俺も聞いたよ。張り切っていたな」
「剣匠にとっても一番の大仕事だろうからね」
「どんな剣になるのか楽しみだな」
楽しそうな二人の会話を聞いていたレイは、本当に自分が竜騎士になるのだと言う事実を、今更ながら実感して足が震えた。
「僕、本当にやっていけるのかなあ……」
突然の自信無さげなその呟きに、のんびりと話をしていた二人が驚いて揃って振り返る。
「おい、どうしていきなりそうなる? 大丈夫だよ、お前は充分良くやってるって」
ルークの慌てたような言葉に、レイは大きなため息を吐く。
「もっと自信を持てって言われるけど、そんなのどうしたら良いか分かりません。だって、僕にはこれが出来る! って、胸を張って言えるものなんて、まだ一つも無いです……」
いきなり凹み始めたレイの様子に、二人は驚いて目を瞬く。
「いきなりだなあ。どうした?」
ルークが立ち上がってすぐ側に来て顔を覗き込んでくれたが、自分でもよく分からない不安に襲われたレイには、返事をする余裕は無かった。
「まあ、不安になるのは当然だよ。いいか、お前が日々行っている訓練や練習、様々な勉強は、その不安を取り除いてくれる唯一のものだよ。大丈夫だ。お前はちゃんと出来ているよ」
優しく言い聞かせるようなルークの言葉に、それでも困ったように眉を寄せる。
「どうしたらそんな風に思えるようになるんだろう。多分、今の百倍お勉強や訓練をしても、僕にはそんな風に思えないよ」
「ここまで自己評価が低いのは、もはや才能な気がしてきたぞ」
ルークの言葉に苦笑いしたマイリーが何か言いかけた時、時を告げる鐘の音が聞こえた。
「ああ、もうこんな時間か。レイルズは午後からは予定があるんだろう。丁度キリもいいし、早めに食事に行くか」
立ち上がったマイリーの言葉に、その話はこれまでになった。
マイリーとルークは無言で目を見交わして頷き合い、互いの考えを密かに共有していた。
三人で一緒に昼食を食べた後、部屋に戻って身支度を整えてからラスティと一緒に城にある女神の神殿に向かった。
「何をするんだろう。やっぱり不安しか無いよ」
困ったようなレイの様子に、ラスティも苦笑いしている。
「針始めの儀式は、まあ女性の方中心で行われるのが慣例ですが、男性の方がいらっしゃらない訳ではありませんよ。今回はどうか分かりませんが、例えば竜騎士隊の制服を作っているガルクール大佐は、何度も花嫁の為の針始めの儀式に参加されていますね」
「そうなんだ。お誘いがもう少し早ければ、ガルクールに詳しい話を聞けたのにね」
「確かにそうですね。でも、今回作る肩掛けはティア姫様の為のものですからね。さすがに無茶な事は言われないと思いますので、もしも本当に言われた事が出来ないと思ったら、それはどうか遠慮なさらずに、正直にそう申し上げてください」
「断って良いの?」
「もちろんです。無理をしてせっかくの肩掛けを台なしにしてしまっては、元も子もありませんからね」
「うう、やっぱり駄目だって。僕に出来ることなんて無いですって」
困ったように眉を寄せるレイを見て、ラスティは困ったようにこちらもため息を吐いた。
そして、レイルズが元気になるであろう言葉を話して聞かせる事にした。
「あくまで私の考えですが、おそらく王妃様を始め、針始めの儀式に参加される方々は、レイルズ様に珍しい儀式を見せようとなさってくださっているのだと思いますね。ですから、しっかり見て来てください。そして、お戻りになったら、いつものように、どんな風だったのか詳しく話して聞かせてください。楽しみにしていますからね」
ラスティのその言葉に、レイは思わず歩みを止める。
すぐに気付いたラスティも止まってくれ、黙って顔を見合わせる。
「そっか、そう思えば楽しくなって来ました。じゃあ本当に無理そうな事を言われたら、その時は正直に言います」
「はい、それで結構ですよ。どうぞ、楽しんできてくださいね」
優しく背中を叩かれて、丁度到着した見慣れた女神の神殿の分所の前で立ち止まる。
「レイルズ様、お待ちしておりました」
一人の僧侶が駆け寄って来て、二人の前で跪き両手を握って額に当てて深々と頭を下げる。
「ああ、どうか楽にしてください。今日はお世話になります」
レイの言葉に立ち上がった僧侶は、ラスティに一礼してレイを案内してくれた。
「何があるんだろうね」
先程から右肩に現れて座っているブルーのシルフに小さな声でそう話しかけ、レイは深呼吸を一つして、案内役の僧侶の後に大人しくついて行ったのだった。




