贈り物の話
ソファーに座ってお茶を飲み終えたレイは、改めてあの見事な本棚を思い出して堪らなくなり、隣にいたタドラにもたれかかった。
「本当に素敵な贈り物をありがとうございます。すごくすごく嬉しいです」
小さな呟くようなレイの言葉に、タドラも笑顔になる。
「そんなに喜んでもらえたら、皆で何にするかって何度も相談した甲斐があったよ」
「贈り物って、素敵だね」
今の気持ちをどう言ったら良いのか分からなくて、なんとかそれだけを言った。
「確かに、何か貰ったら嬉しいよな。覚えておけよ。これからは、逆にお前が贈る側になるんだからな。いつ、誰に何を贈るのかなんて事も、しっかり覚えてちゃんとしてくれよ」
にんまり笑ったルークにそう言われて、レイは顔を覆って悲鳴を上げてソファーに突っ伏したのだった。
知り合いの、未成年の少年少女達の誕生月や、何かの記念日。そして子供達にとっては一番重要な、降誕祭の生誕の感謝と恵みの日などの際に、様々な贈り物をするのは大人の責任でもある。
家を持たないレイの場合、あくまでも個人からの贈り物という扱いになるので、様々な思惑を秘める家同士の付き合いや、大人同士の友好関係などを考えなくて良いので、ある意味まだ楽ではある。
将来、どうなるかはまだ未知数だが、まずは、あくまで個人として出来る範囲の贈り物の習慣を覚えて貰っている真っ最中なのだ。
これらの習慣には、以前クッキーが書き出してくれた贈り物のノートが、今もとても役に立っている。
「覚えるのは大変だけどさ。でも僕、ここへ来てから沢山沢山贈り物を貰ったものね。とても返しきれるとは思えないけど、少しでも誰かに返さないと」
当たり前のようにそう言って笑うレイを見て、若竜三人組とルークは感動していた。
そこから、ロベリオ達が今までにどんな贈り物を貰ったのかの話になり、レイは貴族の子供達が、降誕祭の日にどれだけ沢山の贈り物を貰っているか聞いて、本気で驚く事になるのだった。
「自由開拓民の村にいた頃は、降誕祭の時は何を貰ったりしたの?」
ロベリオ達の子供の頃の話に感心していると、逆に彼らから質問されてレイは小さく笑った。
ゴドの村での貧しい生活は、今となっては遠い記憶だが、それでもその中の一つ一つは、まるで昨日の事のように思い出せる、大切な思い出だ。
しかし、その自由開拓民の村での貧しい生活は、逆に貴族である彼らにとっては未知の世界なのだ。
「えっと、降誕祭の時に貰えるのは、いつも新しい服か靴のどちらかだったよ」
「へえ、他には?」
「えっと……毎年、村長が飴の入った瓶をくれるんだ。色の違うのが十二粒入ってて、キラキラして綺麗だったよ。宝物みたいに大事に飾っておいて、毎月一粒だけ食べるんだ。そうすれば無くなった頃に一年が経つでしょう。そうしたらまた新しい飴の入った瓶を貰えるの。空になった瓶も大事に使うんだよ」
「ええ、食べるのは……月に一粒だけ?」
「そうだよ。月の初めに食べるんだけど、いつもどれを舐めようか考えるのが楽しみだったんだ。だけど、最後の方は、湿気てきて飴が瓶にくっ付いちゃったりして、取り出すのに苦労するんだ」
笑ってレイが話すそのあまりにも貧しい、ささやかな楽しみの内容に、ロベリオ達は言葉を無くした。
「くっ付いちゃったらスプーンで引っ掛けて取るんだけど、最後の一つになるともう本当に駄目でね。だから最後の一粒は、いつも瓶の中にお湯を入れてこうやって蓋をして振り回すの。そうして湿気てくっ付いた飴を溶かすんだ。甘い水になるから、それを飲むの。一息に飲むのが楽しみだったんだよ。すっごく贅沢した気分になる」
ロベリオ達の驚きに気付かないレイは、笑って残りのお茶を飲んだ。
「だから、今のこの生活が、僕にとっては本当に夢みたいなんだよ。いつでもお腹いっぱい食べられて、戸棚にはいくつもお菓子があって、いつでも淹れたてのお茶が飲める。柔らかくてふわふわなベッドでぐっすり眠れる。好きなだけ勉強が出来て本が読める。そして、僕にも少しだけど出来る事がある。ニーカがいつも言ってるけど、僕もそうだよ。ここに来られて、今、とっても幸せだよ」
いきなり立ち上がったロベリオとユージンが、レイのところへ駆け寄ってきて左右から彼を抱きしめた。
「大好きだよ、レイルズ。ここに来てくれて嬉しいよ」
「大好きだよ、レイルズ。ここで、いっぱいいっぱい……楽しい事ばっかり、あると良いな」
両隣からいきなり抱きつかれて驚いていたが、小さく聞こえたその言葉に笑顔になる。
「うん、ありがとう、ロベリオ。ユージン。僕も大好きだよ。まだ出来る事は少ないけど頑張るから、いっぱいいっぱい教えてね」
「おう……なんでも聞いてくれよな」
「そうだよ……そうだよ……なんでも聞いてよ……」
「変なの、二人ともどうしたの?」
彼らの涙に驚きつつも、笑って二人の頬にキスを贈る。
ルークとタドラは、黙ってそんな彼らを見つめていた。
「幼き賢者に乾杯」
優しいルークの言葉に、隣にいたタドラも笑って飲みかけのカップを捧げた。
意味が分からず目を瞬くレイに、ルークは笑って首を振った。
「分からなくて良いよ。それより、他には? どんな物を貰ったんだ?」
「他に? えっと、十三歳のお祝いにって、村の鍛冶屋のエドガーさんがこのナイフを作ってくれたよ。僕の一番の宝物になったの」
嬉しそうに、今でも常に剣帯に装着している小さなナイフを指差す。
「いや、降誕祭の贈り物だよ」
「え、それだけだよ」
「ええ、それだけ?」
「だって、他にも村の人はいたんだろう?」
「靴は高いから、毎年は貰えなかったんだ。だから足が大きくなって窮屈になると大変だったんだ。どうしても駄目な時は、途中で誰かのお古を修理して貰ったりもしたよ。降誕祭の贈り物は、皆でお金を出してくれるんだって聞いたよ。服も作ってくれるのは母さんだけど、生地は皆で買ってくれるんだって聞いたから、服や靴が、皆からの贈り物なんだよ」
「ああ、そういう事か……」
皆でお金を出し合ってさえも、村に三人しかいなかった子供達に、それだけしかあげられなかったのだろう。無言で顔を見合わせるルーク達だった。
「あ、降誕祭じゃ無いけど、冬になる前にエドガーさんが毎年、釘を作ってくれたよ。壁の隙間を塞ぐのに釘は絶対に必要だったから、すごく嬉しかったよ」
また無邪気な説明に、ルークが顔を覆った。
「ああ、それは分かる。隙間風対策は冬になる前には必須だよな」
意味が分からない若竜三人組に、ルークが苦笑いして部屋の壁を指差す。
「石造りの屋敷しか知らないお前らには想像もつかないだろうけど、俺たちが住んでいた家は、木の柱と木の板で作っただけの家だったんだよ。当然壁は薄い。雨風に晒されると、歪んだり割れたりするから修繕は絶対に必要なんだ。屋根が割れたら家の中に雨が入ってくるんだぞ。壁にヒビが入れば、当然そこから外が見える。風なんか入り放題になるから、古着を詰めたり、板で塞いだりするんだよ」
「ごめん、想像がつきません」
三人が、素直にそう言って頭を下げる。
ルークとレイは、笑って首を振るだけだった。
「考えたら不思議な縁だよな。辺境の森の自由開拓民の子供だったレイルズと、ハイランドのスラム街にいた俺が、生粋の貴族であるお前達と、こうやって一緒に竜騎士隊の本部の休憩室で、仲良くお茶を飲んでいるんだぜ。あり得ないだろう?」
「確かにそうだね。考えたら有り得ないかも」
ルークの言葉に、ロベリオがそう言って笑う。
「これこそまさに、精霊王からの贈り物だな」
ユージンの言葉に、全員が頷き、目を閉じて飲んでいたカップを捧げたのだった。




