瑠璃の館の書斎
「お忙しい中、お時間を頂きまして、誠にありがとうございます」
大柄なハンドル商会のシャムは、部屋に入って来た彼らに気付き、振り返って深々と頭を下げた。
「こちらこそ、沢山届けて下さってありがとうございます。届いた品を見るのがすっごく楽しみなんです」
嬉しそうなレイの言葉に、シャムも笑顔になる。
「前回ご注文いただきました品々は、指定の場所に既に設置させて頂いております。では順番にご確認頂けますか」
分厚い注文書の束を持ったシャムの言葉に、レイは目を輝かせて頷き、そのまままずは届けられた品物を順番に見て回る事になった。
「あ、そう言えば、俺達からのあれって……もう届いてますか?」
隣に控える執事のアルベルトに、ルークが小さな声でそう尋ねる。
「はい、花祭りの前に全て届きまして、ご指示通りに整理させて頂いております」
「それなら今日、ついでに見てもらえるな」
嬉しそうにそう呟くと、シャムと顔を突き合わせて楽しそうに話をしているレイを見た。
「何処から始める?」
「えっと、何処から?」
ルークの言葉に、レイは困った様にシャムを見てから、彼が手にした伝票の束を見た。
「では近い所から廻りましょう。まずは応接室ですね」
その言葉に、レイは嬉しそうに大きく頷いた。
今いる部屋は、準備室と呼ばれる応接室の横にある執事達や裏方の者達がいる部屋だ。
本来なら屋敷の主人であるレイが入る場所ではないが、本人の希望もあり、裏方の部屋や、裏の廊下も含めて見る事にしたのだ。
「では、こちらへどうぞ」
苦笑いしたアルベルトが、そのまま衝立の横に立って表の部屋である応接室へ案内した。
応接室には、元々置かれていた大きな机とソファーがあり、内側の壁の部分に玄関に飾られていたよりもやや横長の天球図が飾られていた。
これは天球図の周りに絡まる様に枠になった蔓草模様が描かれている為だ。
「おお、これも見事だね」
ルークの言葉に、ラスティも言葉も無く頷いている。
「もう少し下でも良いかと思うのですが、如何ですか?」
「確かに。全体にもう少し下げてもらった方がよく見えますね」
レイもそう思っていたので、頷く。
「かしこまりました。後ほど修正しておきます」
アルベルトの言葉に、振り返ったレイは嬉しそうに彼を見て、壁に飾られた天球図を見上げた。
「よろしくお願いします。でも怪我には気をつけてね」
「ああ、もちろん私がやるわけではありません。こう言った高所担当の係りの者がおりますので、どうぞご心配なく。ですが、お言葉は伝えさせて頂きます」
嬉しそうなアルベルトの言葉に、レイはふと思いついた。
「ねえラスティ、ちょっと聞いても良いですか?」
「はい、如何なさいましたか?」
小さな声で聞かれて、ラスティも声を潜めて顔を寄せる。
「このお屋敷の人って、僕、アルベルトさんと厩舎にいる人しか会った事が無いんだけど、他に誰がいるの? 出来たら、一度でも会って挨拶するべきじゃない? えっと、自分のお家で働いてくれている人達なのに、僕が会った事も無いって、何だかおかしく無いですか?」
思わぬ言葉に、ラスティは目を瞬いた。
通常、裏方で働く多くの者達は、主人の目に付くところには出て来ない。しかし、レイの性格ならば、確かに一度は会っておきたいと思うのも理解出来た。
もちろんラスティは、この屋敷にいる人達全員と会って直接言葉を交わしている。
新しい主人が来てくれて喜んでいた彼らなら、レイに会ってもらっても大丈夫だろうと思えた。
「そうですね。では、後日、時間を取って順に会って頂きましょう」
そう言うと、レイは嬉しそうな笑顔になった。
「よろしくお願いします」
「はい。では、次に参りましょう」
促してやると、目を輝かせてシャムの所へ行った。
ラスティはアルベルトの横に並び、歩きながら今のレイの言葉を伝える。
「そ、それは……皆、喜びましょう。感謝いたします」
一瞬言葉に詰まった後、アルベルトはそう言って嬉しそうに一礼した。
「一度では無理でしょうから、直接関係のある部署から、順に会って頂きましょう」
「そうですね。では、段取り致します」
「よろしく。レイルズ様の予定は、後ほどお知らせします」
裏方同士の、密かなやり取りなど知らず、レイはシャムに見せてもらった伝票の束を見て、無邪気に感心していたのだった。
「こちらが書斎になります。ご指定の天球図はこちらの壁に、天球儀はこちらに置かせて頂きました」
シャムの言葉に、レイは言葉も無く頷く事しか出来なかった。
目の前には、部屋にあるのと変わらない大きさの見事な天球儀が置かれている。駆け寄ってそれをそっと回したレイは、壁に飾られた大きな天球図を見上げて嬉しそうに何度も頷いた。
「改めて見るとやっぱり良いね。ありがとうシャム」
もう一度天球儀を回したレイは、目の前の本棚を見て首を傾げた。
空っぽだった壁一面を埋め尽くす本棚に、何故か全面に渡って大きなカーテンが引かれているのだ。一番上側に細い棒が渡されていて、カーテンはそこに取り付けられて閉じられている。
「えっと、アルベルト。これはどうしてカーテンが引かれてるの?」
今まで見た書斎は多くは無いが、カーテンが引かれている本棚は無かったと思う。
本の保護の為に前面に扉が付いている本棚はあるが、それも大きなガラスが嵌められていて、閉じていても中の本が見える様になっていたはずだ。
レイの質問に、アルベルトはにっこりと笑ってルークを振り返った。
「では、開けさせて頂いてよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
当然のように返事をするルークに、レイはまた首を傾げる。
ここはレイの屋敷なのに、ルークは何か知っているんだろうか?
一礼したアルベルトとラスティが、閉じたカーテンを左右にゆっくりと開く。
目の前に広がった景色に、レイは堪えきれない歓声を上げた。
空っぽだったはずの本棚は、大小様々な本で埋め尽くされていた。
「全て、レイルズ様の成人祝いの品でございます。では順に説明させて頂きます」
深々と一礼したアルベルトの言葉に、レイは目を見開く。
「こちらからここまでの本は、全て両陛下とアルス皇子様よりの贈り物です」
ほぼ本棚三つ分に相当する量だ。
「政治経済関係が多いですが、天文学関係の書物も多くございます。今は、全て贈り主単位で整理させて頂いておりますので、後ほど改めて内容ごとに整理させて頂きます」
改めて一礼して、隣の本棚を示す。
「こちらはガンディ様からの贈り物です。全て医学と薬学に関する書物と、幻獣に関する書物でございます」
背後で一緒に聞いていたシャムが目を見開いている。
幻獣に関する本では最高の品揃えを自負する彼でさえ、知らない本が多数あったのだ。
「こちらはルーク様とタドラ様とカウリ様から、こちらはロベリオ様とユージン様。こちらはヴィゴ様とマイリー様からになります」
それぞれ、本棚一つ分は余裕である量だ。
「こちらはディレント公爵閣下から、こちらの棚はゲルハルト公爵閣下から、こちらはアルジェント卿から……」
次々に告げられる名前に、レイはもう驚きと感激のあまり言葉も無かった。
賜った新しい屋敷に本が全く無い事を知ったルークの提案で、彼の成人祝いは本にしようと竜騎士隊の皆で決めたのだ。
それを陛下とマティルダ様がアルス皇子から聞き、更にルークがディレント公爵に話した為、多くの人から本が届けられる事になったのだ。
『良かったではないか。ここでも好きなだけ本が読めるぞ』
右肩に現れたブルーのシルフに嬉しそうにそう言われても、レイはもうただ頷く事しか出来ないのだった。




