新たな宝物
不意に目を覚ましたレイは、抱きしめていたクッションがいつもと違う柄な事に突然気付いて、慌てて起き上がった。
「あ、そっか。第二休憩室だっけ」
ため息を吐いてそう呟くと、そのままもう一度背中からソファーに倒れ込んだ。
しばらくして深呼吸をしてから起き上がり、床に落ちた膝掛けを拾って軽く畳む。
見渡した部屋にはいつのまにかランプが灯されていて、部屋の中は明るいが、カーテンを開けた窓の外は真っ暗になっていた。
「えっと、いまなん時だろう? ねえシルフ、鐘はいくつ鳴ってた?」
『少し前に九回鳴ったよ』
目の前に現れたシルフの言葉に、レイは慌てて立ち上がった。
「ええ、どうしよう。夕食の時間過ぎちゃったよ」
いつもなら、夕食を終えて休憩室で寛いでいる時間だ。
その時、ノックの音がしてワゴンを押したラスティが入って来た。
ワゴンには、料理の乗ったお皿が何枚も乗せられている。
「うわあ、もしかして思いっきり寝過ごしちゃったんだね。ごめんなさい。起こしてくれれば良かったのに」
「お疲れのようでしたからね。どうぞ、まだ暖かいですよ」
優しくそう言われて頷き、急いで席に着いた。
「えっと、ラスティはもう食べたの?」
こんな風に、何かあって部屋で一人で食べる時は、大抵ラスティが一緒に食べてくれる。
「私はもう頂きましたので、これを一緒に頂きますね」
そう言って、お茶と一緒に果物の並んだお皿を置いて向かい側に座った。
手を合わせて食前の祈りを唱えてから頂いた。
まだスープもパンも暖かくて、食べていたら不意に目の前が涙で滲んで見えなくなり、俯いてナプキンでこっそり目元を拭った。
ラスティは何も聞かず、ヘルガー達から聞いた面白い話や、最近、休憩室の窓に来る綺麗な色の渡り鳥の話をしてくれた。
気遣いに内心で感謝しつつ、レイも笑顔でその話を聞いていたのだった。
「ご馳走様でした。遅くにごめんね」
果物までしっかりと残さず頂いてから、もう一度ラスティにお礼を言った。
「えっと、今日の事、辺境伯にお礼のお手紙を書くべきですよね?」
「そうですね。彼らが来てくれた事は知らせておくべきですね」
「じゃあ、もう部屋に戻ってお手紙を書く事にします」
立ち上がったレイの言葉に頷き、その場はそのままにして部屋に戻るレイに付き添ってくれた。
ラスティがお茶の用意をしてくれて部屋から出て行った後、レイは小さくため息を吐いて便箋と封筒の入った文箱を取り出した。
部屋には、事務所にあるのと同じ、便箋と封筒が入った文箱が置かれている。
いつでも手紙を書けるようになっているのだ。
ペンを手にしたレイは、インク壺にペン先を浸しながら頭の中で文章を考えた。
深呼吸を一つしてから、書き始める。
定型の挨拶の後、冒険者である彼らがオルダムまで来てくれ、本部で詳しい話を聞く事が出来た事を書いた。
改めてお礼の言葉を綴り、途中、何度も文章がおかしくないかニコスのシルフに確認してもらいながら、ひたすらに感謝の文字を綴った。
普段、レイが書く手紙はその殆どが、いわば定型文であるお礼の手紙だ。夜会の招待に対するお礼だったり、何らかの贈り物に対するお礼。或いはお世話になった人へのお礼だったりもする。
しかし、今回だけはそんな定型文では書きたくはなかった。
気持ちの昂ぶるままに書き連ね、ようやく書き終えた頃にはすっかり遅くなっていたのだった。
用意されていた封筒に、綺麗に便箋の端を揃えて折りたたんで入れる。
専用の糊で閉じてから、いつも使っている蝋を落として封をして、素早く四つ葉の紋章の判を押す。
「これも、上手に押せるようになったもんね」
くっきりと浮かんだ綺麗な四つ葉のマークを見て、少しだけ笑顔になる。
別の専用の文箱にメモを添えて置いておけば、ラスティが手続きをして出してくれる。
小さく頷き、便箋と封筒を片付け、持って帰って来た二人からの手紙は、自分の机の引き出しの中に丁寧にしまった。
降誕祭の時に、贈り物と一緒に贈られたカードや手紙がここに全部入っている。
どれもレイの大切な宝物だ
新しく増えたこの宝物の手紙も、ここに一緒に入れておく事にした。
席に戻り、入れてもらったお茶をゆっくり頂いた。
それからしばらくして、軽く湯を使って汗を流して寝巻きに着替え、早々にベッドに入った。
「おやすみなさい、明日も貴方に蒼竜様の守りがありますように」
優しいラスティの言葉に、レイも笑顔になる。
「おやすみなさい。明日もラスティにブルーの守りがありますように」
額にキスを貰い、頬にキスを返す。
笑顔で頷き合って、下がって一礼して明かりを落として部屋を出て行くラスティを見送った。
しかし、予想通り穏やかな眠りはいつまで待っても訪れてはくれない。
ため息を吐いて黙って起き上がると、足元のカゴに置かれていたカーディガンを羽織って大きな天球儀の元へ向かった。
今夜は月は出ていない。ゆっくりと天球儀を回して今の日付に合わせる。
しばらく何も言わずに星明かりの中、天球儀の表面の星の模様を指でなぞった。
それから、本棚の横に置いてある大きい方の天体盤を取り出して窓へ向かう。
黙って窓を開けて軽々と窓枠に座った。スリッパを脱いで裸足のままの足は窓の外だ。
下から見上げる見張りの兵士に笑って手を振り、手を振り返してくれたのを確認してから、レイは黙って星空を眺めて長い時間を過ごした。
「きっと、エケドラからなら、もっとたくさんの星が見えるんだろうね……」
空が白み始めるまでに、レイが発した言葉はそれだけだった。




