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成長と不安

 タキスと一緒に居間に行ったレイは、ニコスとギードに泣かんばかりに喜ばれ、また心配されてしまった。

「ほんとにごめんなさい。自分でも分からないんだけど、ほんとにもう何とも無いの。大丈夫なんだって。えっと……」

 レイが必死に二人を宥めていた時、彼のお腹から大きな音が聞こえた。

「……とりあえず、飯にしよう」

「そうだな、話は後でもできるな」

 苦笑いしながら、ニコスが台所へ向かい、タキスとギードがお皿を出してくれた。手伝おうとしたが真顔で二人に止められたので、仕方なく大人しく席について待った。

「ほら、この方が良いかと思って、今朝はクリームスープにしたよ。肉団子は小さく作ったし柔らかくしてあるから、喉が痛くても飲み込む時も大丈夫だと思うぞ」

 焼きたてのパンも出してもらい、皆でお祈りをしてから食べた。

 いつもよりお祈りの時間が長かったのは、気のせいだと思いたい。


 食事の後、蜂蜜入りのお茶を出してもらった。

 話題はどうしても昨日の事になる。

 三人の心配そうな視線を浴びて、居心地が悪くなってお茶の入ったコップを置いた。

「えっと、ほんとにもう大丈夫なんだよ。喉も痛くないし、体も痛くないし、手足の感覚もちゃんとあるよ。耳も普通に聞こえるし……」

「つまり、昨日倒れた時は、喉が痛くて、体が痛くて手足の感覚が無くなってた、と。それに、耳も聞こえなかった訳だな」

 ニコスが真顔で指摘する。

 レイは、何と言って良いのか分からなくなって、俯いてしまった。

「レイ、怒ってるんじゃないよ。とにかく、昨日のお前の様子は尋常じゃなかった。過去に沢山の患者を診てたタキスも、あんな症状は見た事が無いって言ってる。だから、とにかく昨日のお前がどんな風になって、どこが悪かったのか、俺達に、出来るだけ具体的に教えて欲しいんだよ。何の病気か調べるにしても、情報が少なすぎる」

「えっと……」

「では、質問しますから、分かる範囲で良いので答えてください」

 タキスが、お茶を置いてこっちを見た。

「まず、咳の症状ですが、以前、朝にひどく咳き込んでいた事がありましたよね。あれはあの時だけでしたか?」

 ちょっと考えたが、真顔で心配している皆に嘘を付くのは良くないと思い、正直に答えた。

「えっと、昨日の朝、起きた時に喉が渇いて痛かったの。少し咳が出たけど、咳が治ったら喉の渇いてたのも治ったの。でも、また少しずつ喉が痛くなってきたんだよ」

「それで、食事の後にまた咳き込んだのか」

 ギードに言われて、俯いて頷いた。

「喉の痛みと渇きですか」

 タキスが手帳にメモを取っている。

「咳が出たのはその二回だけだよ。そもそも咳の事なんてすっかり忘れてたくらい」

 三人は顔を見合わせて考えている。

「なら、昨日草原へ上がってからは? ポリーに乗っとる時は痛くなかったのか」

 ギードの問いに頷いた。

「乗ってる時は大丈夫だったよ。タキスに貰ったのど飴の効き目はすごかったもん」

「落ちた時は? どこか痛んで落ちたわけではないのか?」

「あれは、斜め後ろのブルーを見ようとして体をひねったらずり落ちただけ。落ちた時はびっくりしたけど、どこも痛めてないよ。それで、立ち上がってもう一度乗ろうとしたら……膝がガクってなって転びそうになって、それから、えっと……そう、耳が遠くなったの。ノームの声が遠くに聞こえて、あれ? って思ったら、目の前が真っ暗になって……」

「意識を失った訳か」

 改めて考えると、絶対おかしい。自分でも怖くなった。

「その後は、正直よく覚えてない。咳が出て、あ、心臓が凄くドキドキしてたよ、力一杯走った後みたいに。それで体が冷たくなって、耳が聞こえなくなって、後は、覚えてない」

「喉や胸を悪くしてるなら、常に咳が出るはずだし、やはり、他にいくつか考えていた病の、どの症例とも違いますね」

「しかし、何もなくて意識は失わんだろう」

「ええ、分からない事が多過ぎますね。寝ている間にシルフとウィンディーネ達に診て貰った時も、彼女らは、口を揃えて何処も悪く無いと繰り返すばかりでした」

 タキスは首を振って目を閉じた。

「もう少し調べてみます。レイ、今日は言ったように、一日安静にしていてください。明日以降は、大丈夫そうなら当分様子見ですね。とにかく、異変を感じたら、必ず言ってください。良いですね」

「うん、隠さず言います」

 真顔のタキスに気圧されて、両手を顔の前で振りながら何度も頷いた。


 その日以来、特に咳の発作も意識を失うこともなく、平和に一の月が終わった。


 二の月も、天候は晴れたり雪になったりと変化があったが、日々の生活にはそれほど変わりはない。心配されたレイの体調も、咳が時々出るだけで、あの時以来、発作は一度も起こしていない。


 冬籠りの生活は、単調な日々の繰り返しだが、それでも楽しみは色々あった。

 天気の良い日は、広場の掃除の後、いつも上の草原に上がって、ブルーと一緒に、夕方まで魔法の練習や騎竜に乗る練習を主にする。

 だが、一度吹雪くと何日も続く事が多く、そうなるともう家から一歩も出ることが出来ない。

 その為、天気の悪い日は、室内でも出来る筋力トレーニングや基礎訓練、格闘、棒術の訓練、室内での騎竜に乗る練習だけでなく、細工物を教わって作ったり、籠を編んだり、タキスの指導で薬を作る手伝いをしたりもする。

 レイにとっては、日々の生活は楽しい事が沢山で、春まではあっという間だった。

 しかし、時々喉の痛みと咳が出て止まらない事があり、その度に皆に心配をかけた。


「ほんとに何なんだろう、この憎っくき咳と、喉の痛いのは」

 朝、洗面所で顔を洗い、タキスの作ってくれるミント水でしっかりうがいをしてから、鏡の中の自分を見る。

 最近、少し顔のラインが細くなったような気がする。

「ちゃんと食べてるし、筋肉もついてきてるんだけどな」

 不思議な事に、具合の良い時は、喉の痛みは全くなく、走り回っても普通に息が切れるだけだ。

 タキスによると、もし胸が悪かったりすると、走る事なんて絶対無理だと言われたので、自分のそれとは違うみたいだ。

「でも、絶対変だよな。ほんとに一体何なんだろ。しっかりしろよな、僕!」

 鏡の中の自分に向かって舌を出すと、皆のいる居間へ向かった。


 時折不調を起こす身体だが、それでもしっかり食事を取っているお陰か、背は伸びているし、筋肉もかなり付いてきた。もちろん日々の訓練は体調の許す限り行なっている。

 特に背の伸び具合は驚くほどで、ズボンの丈が短くなって、ニコスにまた服を作り直してもらったほどだ。

 それに、寝ていて踵や膝が痛む時が増えた。これも最初は黙っていたが、夜中に痛みで目が覚めてしまい、翌朝、起こしに来てくれたタキスに泣きついたのだ。

 それ以来、寝る前に痛み止めのお薬をもらって、眠れない程の痛みは少なくなった。

 もう、家族の中では、彼が一番背が高くなった。

「多分、今まで栄養不足で育てなかった骨が、一気に伸びているんでしょうね。おそらく15セルテは伸びてるんじゃないでしょうか」

「いや、もっと伸びてるんじゃないか? だって、160セルテの俺よりもう大きいぞ」

 ニコスが横に並びながら笑った。

 竜人の平均身長は160セルテ程度だから、四人の中では一番低くなったニコスがほぼ平均、タキスはもう少し高い。ドワーフも大体160セルテ程度が平均だから、ギードも平均よりも少し大きい程度だ。

「どこまで伸びるか楽しみだな。しっかり食べてしっかり育ってくれよな」

 ニコスが、眩しいものを見るように目を細めてレイを見上げた。

「いつも美味しいご飯食べてるお陰だね」

 笑って抱きつくレイに、ニコスも笑顔で抱き返した。

「身体は大きくなったが、あれを見てるとまだまだ子供だな」

 それを見てギードがしみじみと呟き、タキスも笑って頷いた。



「レイ、のど飴を出しておきますから、自分で瓶に入れてくださいね」

 居間に入ってきたタキスが、のど飴の瓶を手にレイに声をかけた。

「うん、ありがとう。後三つになってたから、お願いしないとって思ってたの」

 ニコスに頼まれて、岩塩をおろし金で砕いていたレイは、手を止めて顔を上げた。

 瓶を渡されて、自分のベルトに付けた鞄から小さな瓶を取り出して、追加の飴を入れる。

 タキスの作ってくれるのど飴は、今ではレイの必需品になっていた。

「喉の痛みはどうですか?」

 減り具合がいつもより早いのに気付いて、心配そうに尋ねる。

「普段は何ともないよ。えっと、朝起きた時とか、ご飯を食べた後とかに、時々喉が痛くなって咳が出るくらい」

 隠すと余計に心配をかけるので、出来るだけタキスには具合を報告している。

「変わりませんね。本当に何なんでしょうか……」

 不安そうに言うと、手を伸ばしてレイの柔らかな赤毛を撫でる。

 困ったように笑うレイは、顔色も良く、事情を知らなければ健康そのものに見える。

 顔がややほっそりしたのは、痩せたと言うよりも、身長が伸びて、全体に子供っぽさが消えて大人になってきたと言う事なのだろう。

 いわゆる、病気の人間の痩せ方ではないのが、まだ救いだった。

「残りは、棚に置いておきますからね」

 残りののど飴の入った瓶を手に、タキスは立ち上がってビスケットの横に瓶を置いた。

「いてっ!」

 聞こえた声に振り返ると、レイが顔をしかめて親指を口に咥えている。

「どうしました?」

 それを見て、まあ何があったか大体分かったが、知らぬ顔で尋ねると、レイは指をくわえたまま顔を上げてタキスを見た。

「緊急事態発生! 患者は重傷です。腕の良い医者はどこかにいませんか?」

情けない顔ですがるように自分を見るレイの姿に、タキスはにっこり笑って頷いた。

「それでは、当代一の名医が診て差し上げましょう」

 芝居がかった仕草で一礼すると、手を伸ばす。

 レイの親指は、見事におろし金の爪と喧嘩して、一方的な敗北を喫していた。

「これは大変ですね。お薬を取ってきますから、もうちょっと待っててください」

 笑ってそう言うと、タキスは居間から出て行った。


「……びっくりした……今の何だろう……」

 不安そうにレイが呟くと、左手で胸を押さえた。

 岩塩を砕いていた時、ちょっと深く息を吸ったら急に差し込むような強い胸の痛みを感じて、驚いて指を切ってしまったのだ。

 でももう今は、胸の痛みは全く無く、深呼吸しても何ともない。

「変なの。でももう大丈夫だよね」

 また血が滲んできたので、慌てて指を咥えた。


 喉の痛みと咳に続く、第二の異変の始まりは、こうして見過ごされてしまった。

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