お土産の花々
お土産の包みを抱えたレイは、本部を出て城への渡り廊下を通って、中庭を突っ切って白の塔へ向かった。
「あ、ここで確か去年は転んだんだっけ」
見覚えのある大きな木を見つけて小さく呟いて笑う。
「今年は大丈夫だもんね」
そう言って、嬉々として足元に並んだ植木鉢を跨いだ。
「ねえ、ブルー」
植木鉢沿いの渡り廊下を歩きながら、レイは不意に足を止めて口を開いた。
『ここにいるぞ。どうした?』
いつものように、右肩に現れたブルーのシルフが優しい声で応えてくれる。
「えっと、これをガンディに渡す時に、アルカディアの民の、あのガイから貰ったって言っても良いと思う? それに、ルーク達にもさ。偶然だったけど彼らと会って手合わせしてもらったって事も、話して良いと思う?」
レイが、困ったように手にした包みを見ながら、そう言って首を傾げる。
今の彼らは、竜騎士隊との仲も良好だと聞くが、以前ルークが左腕に大怪我をした原因は、アルカディアの民だったとも聞いた。
なので、偶然とはいえ、ルーク達のあずかり知らぬ所で、レイが彼らと会っていた事を話して良いかどうかの判断が、レイには付かなかったのだ。
『ああ、構わないぞ。きっと、彼と手合わせしたと言ったら羨ましがられるだろうな。アルカディアの民達は皆、優秀な戦士だ。実戦の経験も他とは桁が違うぞ』
「へえ、そうなんだ。じゃあ話しても大丈夫だね」
『ああ。何なら、本当に偶然だったと我からも言ってやろう』
「そうだね。じゃあその時はお願いね」
笑ってそう言うと、安心して早足で渡り廊下を歩いた。
幸い、今年は転ぶ事もなく無事に白の塔に到着した。
「えっと……シルフ、ガンディは何処にいますか?」
一階の椅子が並ぶ一角に一旦籠を置いて、レイはシルフに話しかけた。
ここまで来て気付いたのだが、ガンディが普段は何処にいてどんな仕事をしているのか、レイは全く知らない。なので、ここから先、何処へ行けば良いのか分からなかったのだ。
すると、現れたシルフ達が一斉に笑って同じ方向を指差した。
『こっちこっち』
『待ってる待ってる』
『案内するよ』
『案内案内』
得意気なシルフ達に笑いかけて、籠を抱え直したレイは、シルフ達の後を追って建物の中に入って行った。
途中、広い廊下では何人かの白衣を着た人達とすれ違ったが、皆、驚いた顔はするが、一礼して素知らぬ顔で通り過ぎてくれた。
『ここだよここだよ』
シルフ達が、並んで大きな扉を指差している。
「ここなんだね。案内ありがとうね」
シルフ達にお礼を言ってから、レイはそっと扉をノックした。
「開いておるぞ、どうぞ」
中からガンディの声が聞こえて、レイはそっと扉を開けた。
あのピックが住んでいる自宅の塔のように、散らかり放題の部屋を予想していたのだが、意外なほどに綺麗に片付いた部屋にレイは思わず足を止めた。
「どうした? 入りなさい」
真ん中に大きな机があり、ガンディは大きな椅子を置いてそこに座り、机に積み上がった大量の書類を見ていた。
「お忙しいところをごめんなさい。えっと、お土産です」
大きな包みを差し出すと、ガンディは目を瞬いて書類を置いて立ち上がった。
差し出された包みを受け取る。
「なんじゃこれは? また大きな包みじゃな。おお、良い香りが……する……」
包みの結び目を解いた手が途中で止まる。
開いた隙間から白い小花が一輪こぼれ落ちて机に転がった。
置かれていた書類に当たって止まる。
目を見開いたガンディが、その花を凝視する。そして、慌てたように持っていた包みの中を覗き込んだ。
「其方! 其方一体何処で、一体何処でこれだけの薬草を摘んできたのだ!」
いきなり物凄い勢いでそう叫ばれ、レイも驚きのあまり目を見開いて固まってしまった。
「ああ、すまんすまん。驚かせるつもりではなかったのだ」
苦笑いしたガンディに腕を叩かれて、レイはため息を吐いて勧められた椅子を引いて座った。
「えっとね。今日はお休みを貰って、ブルーと郊外へお弁当を持って出掛けたの」
「弁当を持って?」
小さく笑ったガンディの言葉に、レイも笑顔で頷いた。
「急だったんだけど、料理長がお弁当を作ってくれたんです。それで、それを持ってブルーと一緒に、えっと……竜の鱗山を超えたテンベックの向こうの瑪瑙の丘の方に行ったんだよ」
朝、ブルーがルークに話していた場所を思い出してそう答えた。
「瑪瑙の丘とな。成る程……それならば納得だ」
しみじみとそう呟いて、丁寧に包みの結び目を解いて机の上に包みを広げる。
一気に花の香りが部屋中に立ち込め、部屋に花畑が再現された。
「これは素晴らしい。しかもどれも全く傷みがないではないか。素晴らしい土産を感謝するよ。これはどの花も、どの葉も、貴重な薬の材料になるのだ。まさかこれらの効用を知っておったのか?」
薬学の授業で一通りの薬草の説明はしたが、このような貴重な花や葉の説明まではした覚えはない。
タキスなら知っているかも知れないが、蒼の森にはこれらの花が咲くと言う話は聞いた事がない。それならば、せいぜいが特徴を口頭で説明するか、書物に描かれた絵を見せる程度だ。
それでこれ程に間違い無く、しかも最高の状態でこれだけの量を摘んでくる事は出来ないだろう。
「そうか。ラピス、其方が手伝ったのだな」
ラピスが命じてシルフ達に採集させたのなら納得がいく。
勝手に一人で納得するガンディに、レイは笑って首を振った。
「違うよ、これはアルカディアの民のガイって人がくれたんだよ。ほら、以前一緒に街へ行った時に、ビーフシチューの屋台で会ったお兄さんだよ」
意外な人物の名前に、またガンディが目を見開いて身を乗り出す。
「まさか、其方……彼と直接連絡を取っているのか?」
彼らと平時に連絡を取る事は至難の技に等しい。
そもそも、人の世界にあまり関わろうとしない彼らとは、そう簡単に連絡を取る事は出来ない。
今、タガルノの件で、アルカディアの民は竜騎士隊と直接関わっているらしいが、どのような事をしているのか、具体的な詳しい事はガンディは知らない。それは彼のするべき仕事では無いからだ。
こちらからアルカディアの民にシルフを飛ばしても、彼女達は、彼らが良いと言ってくれないと返事を返してくれない。
それは、精霊使いとして、いかに彼らが優秀であるかを物語るものでもあった。
「違います。別の花畑に行ったら、偶然そこで薬草摘みに来ていた彼らと会ったんだよ。えっとこの前あったバザルトって人と、他に後二人いたよ、えっと名前は……」
簡単にそう答えたレイに、ガンディはまたしても目を見開いて身を乗り出した。
「まさか、其方に彼らは名を名乗ったのか?」
何をそんなに驚かれるのか意味が分からず、レイは目を瞬いてガンディを見ている。
「ああ、すまん。構わんから聞いた名は言わなくて良い。いや、軽々しく人に言うてはならん。彼らにとって己の名というのは、とても重い意味を持つからな」
確か、全員の洗礼名を聞いたが、良かったのだろうか?
不思議そうにするレイに笑いかけ、ガンディは改めて机に山盛りになった野の花を見た。
「其方、この後の予定は何かあるのか? 時間があるなら、一緒に食事をして、この土産を片付けるのを手伝ってはくれぬか」
目を輝かせたレイは、大急ぎでルークに連絡を取り、今日は好きにして良いとの許可を貰った。
「良いって言われました! それじゃあいっぱいお手伝いします!」
嬉しそうに目を輝かせるレイに満足そうに笑ったガンディは、まずは夕食を食べる為に、花の保存をウィンディーネ達に頼んで一緒に食堂へ向かった。
そんな彼らを、ブルーのシルフは満足そうにずっと書類の山に座って眺めていたのだった。




