朝の一幕
翌日、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、張り切って白服に着替えて廊下に出た。
「おはよう。今日の朝練参加は俺だけだぞ。皆、休みなんだってよ」
残念ながら廊下にいたのは、カウリだけだ。
「おはようございます。あれ、そうなんだ」
「まあ、皆忙しいんだよ」
笑うカウリと一緒に朝練の訓練所へ行き、側に来てくれたマークやキム達と一緒に身体を解した後走り込みを行い、それからカウリに手合わせしてもらってしっかり汗を流した。
「相変わらず元気だなあ」
最後に一般兵達との乱取りに混ぜてもらっているレイを見て、横で休んでいたカウリは呆れたように小さく笑っている。
『真面目にやれ』
膝の上に現れたブルーのシルフにそう言われて、カウリは大きなため息を吐いた。
「元気盛りの十代の若者と、四十半ばのおっさんの体力を一緒にするなよな」
乱取りが終わって、まだまだ元気に挨拶しているレイルズを見て、苦笑いしたカウリはもう一度大きなため息を吐いた。
部屋に戻って軽く湯を使って汗を流した後は、カウリやラスティ達と一緒にいつもの食堂へ向かった。
いつものように山盛りに取ってきて、しっかりお祈りをしてから食べ始める。
ニコスが送ってくれたレバーに最適なスパイスは大活躍している。それだけで無く、どうやら料理長とニコスの間で直接連絡を取り合ったりもしているらしく、レバーペーストを使った新しいメニューが、幾つも追加されて人気のメニューになっているのだ。
オルベラートの郷土料理であるジャガイモの団子を使ったメニューでは、ソースにレバーペーストが使われているらしいのだが、全くレバーの臭みが無く、これはレイのお気に入りのメニューになっている。
しっかり食べた後、カナエ草のお茶と一緒に、本日のお菓子である『花一輪』と名付けられたそのお菓子を丸ごと食べた瞬間、レイの口元から割れて砕けたお菓子の花びらが落ちる。
「ああ、勿体無い!」
慌てて左手でビスケットのかけらを受けたレイは、声に驚いて振り返ったカウリ達に一礼して、照れたように笑いながらそのかけらを口に入れた。
薄くてサクサクのビスケットを花びらのように湾曲した丸い形に焼き上げ、真ん中のバタークリームの周りに、まるで花のように幾重にも重ねたそのお菓子は、見かけはとても素敵なのだが、食べるのがなかなかに難しいお菓子なのだ。
「あのな、これは、一枚ずつ花びらを外から剥がしながら食うんだよ。こんな風にな」
笑ったカウリがレイルズのお皿に手を伸ばし、もう一つ取ってきていた花一輪の外側の花びらを一枚剥がして口に放り込んだ。
「あ、そうなんだ」
納得したように頷いて、カウリの真似をして外側のクッキーを剥がして口に入れた。
「元々このお菓子は、猫の舌って名前がついてるビスケットだよ。ほら、カリカリで周りがちょっと色がついた薄いビスケットがあるだろう?」
花一輪を指差しながら、カウリが教えてくれる。そのお菓子なら、レイも大好きなので大きく頷いた。
「へえ、色がついてるから分からなかったけど、確かに一枚で食べると分かるね。猫の舌だね」
シロップで薄く色付けされている生地を焼いているので、薄紅色になっていて気が付かなかったのだ。
「これも、元はと言えばオルベラートのお菓子なんですよ。今では我が国でも普通に食べられていますけれどね」
そう教えてくれたラスティも、取ってきた花一輪を同じように外側から剥がして食べ始めている。
「へえ、これもオルベラートなんだ」
嬉しくなったレイは、せっせと花びらを剥がして口に入れる。
「んで、小さくなったら、まとめて食べれば良いんだよ」
もう一口で食べられる大きさになっている。カウリが笑ってそう言ってくれたので、レイは頷いて大きな口を開けて残りを一口で食べてしまった。
「これ美味しいね。花祭りの期間中だけじゃなくて、普段もあれば良いのに」
綺麗に食べ終えたレイは、空になったお皿を見ながらそんな事を言って笑っている。
「食堂で出るのは今の期間だけですが、出入りの商人には花一輪を取り扱っている店がありますよ。気に入ったのなら、今度おやつに頼んでおきます」
「ありがとうラスティ!」
目を輝かせるレイに、隣でカウリが笑って頷いている。
「花一輪って、見栄えが良いから花が無い寒い季節に、女性に贈る人気のお菓子なんだよな」
「へえ、カウリもチェルシーに贈った事があるの?」
無邪気な問いに、カウリが咳き込む。
「お前なあ、俺達は元々付き合ってるのを隠してたんだから、そんな目立つ事出来るかよ」
やや赤くなった顔でそう言い返されて、レイは何故だかその言い方に違和感を感じた。
「あれ、じゃあどうしてそんな事知ってたの?」
丁度、誤魔化すようにカナエ草のお茶を飲もうとしていたカウリが、レイの質問にお茶を噴き出しかけて堪えて、器官に入ったらしく咽せて咳き込んだ。
慌てたラスティとモーガンが、口元を拭く布を渡してカウリの背中をさすっている。
レイはそんなカウリを見てこちらも吹き出していた。
「あ、あのなあ……」
「カウリ、顔が真っ赤ですよ」
「これは、咽せたからだ!」
叫んだ後、顔を見合わせて同時にもう一度揃って笑い合った。
「まあ、知り合いの商人に頼んで、頂き物だって言って事務所に差し入れた事はあるぞ。そうすれば、彼女も食べられるだろう?」
「へえ、それは良いね」
感心したようにそう言うレイを見て、カウリが笑いながらレイの腕を突っつく。
「このお菓子、彼女にも届けてやったら喜ぶんじゃ無いか? こう言うマメな届け物は喜ばれるし、周りの心象も良くなるからな。彼女の、神殿内での立場を守ってやるのもお前の務めなんだからな」
それを聞いて目を瞬いたレイは、無言でカウリを見つめる。
「何だよ、そんな顔して?」
目を瞬いたまま固まっているレイを見て小さく笑ったカウリは、ちょっと考えてモーガンを振り返った。
「せっかくなら、今すぐじゃなくて、彼女が花喪に服してる期間に届けた方が良いのかな? 花一輪なら作り物なわけだから、花喪に服している期間でも問題無いだろうし、あの期間中は、神殿の中での務めは大変だって聞いた事があるから、巫女達の気分転換にもなるよな?」
「そうですね。それが良いと思います」
「了解しました。では手配しておきますので、レイルズ様は後程一緒に贈るカードを書いていただけますか」
二人の会話を聞いていたラスティが、当然のように頷いてそう言うのを聞き、全く話について来られていなかったレイは、またしても目を瞬いた。
「えっと……」
「質問は簡潔にな」
「つまり、ディーディーが神殿で苛められないように僕が頑張るってことだね?」
「そうそう、分かってるじゃないか」
にんまりと笑ったからかうようなカウリの言葉に、目を輝かせたレイは身を乗り出してカウリの手を取った。
「凄いや、カウリ。ありがとうございます! お願いします。もっと教えてください!」
無邪気なその反応に苦笑いしたカウリは、ちょっと本気で、レイルズのこれからが心配になったのだった。
「こういう気遣いって、まあ経験値な部分も有るからなあ。どうやったらこの無邪気な若者に理解して貰えるんだろう?」
思わずそう呟くと、隣でラスティがしみじみと答える。
「実は、私もそれは常々思っております。何もかもこちらでするのは、それは違いますからね」
「まあ最初は、こんな感じで一々教えてやるしか無いだろうな。二年目以降は本人にやらせて……んで、忘れてる部分の面倒を見てやるくらいで良いんじゃ無いか? 何回かやれば、いくら何でも覚えるだろう、多分な」
小さく笑ってレイを見る。
「後は思いつく限り全部書き出して文字にしてやるかだな。こいつは字で読むとかなり覚えるみたいだから、様々な場面を設定して、その都度教えてやるしか無い……かな?」
最後は自信無さげな言葉だったが、カウリのその言葉を聞いて、ラスティは目を輝かせた。
「それは良い考えかもしれませんね。以前、ご学友のポリティス商会の方から頂いた、贈り物の選び方や気遣いの仕方などを書いたノートは、かなり読んで勉強されていましたからね」
「ああ、そんなのが有るんだ。じゃあ、良いかもな」
「ありがとうございます。早速やってみます」
ラスティの言葉に、カウリも苦笑いして頷くのだった。
「こういう方面では、まだまだ前途多難のようだな」
カップの縁に座ったブルーのシルフにそう言うと、もう一度ため息を吐いて残りのお茶を飲み干したのだった。




