火迎えと新年の始まり
「ああ、またこの道化師が……」
タキスが残った一枚を机に落とした。
「やったね、さよなら道化師さん」
最後の一枚を巡る攻防は、どうやらレイに軍配が上がったようだった。
「面白いね、他にはどんなのがあるの?」
ギードにカードを返しながら、タキスから受け取った道化師のカードを見た。
「村の大人達がしておったのは、恐らく賭け事だろうから……それはさすがにまだ、お主に教える訳にはいかんのう」
ギードが笑いながらカードを混ぜる。
その後は、札返しと言われる、全部のカードを伏せて並べて同じカードを取ると言う、ある意味記憶力との戦いのゲームをした。
「これは圧倒的にレイが有利だったのう。さすがに我らの記憶力は衰えとるの」
「さっき開いたカードを覚えていられないなんて……」
「もうちょっと、大丈夫だと思ったんだけどな」
苦笑いしながら、大人達は疲れ切っている。
その時、シルフが現れて机の真ん中に立った。
『もうすぐもうすぐ』
『時が来る時が来る』
「おお、もうそんな時間か。さて、お遊びはここまでじゃ。火迎えの儀式を見届けましょうぞ」
そう言うと、ギードは手早くカードを片付けて立ち上がった。
皆急いで上着を羽織る。
「さて、それではもう一度寒い中へ出ますぞ」
皆、苦笑いしながら外へ出た。
「うわっ、すごい数の火蜥蜴だね」
レイが、呆然と呟いた。
先程まで、レイの部屋の机程の大きさだった火蜥蜴達の描く円陣は、今や庭の半分近くまで広がっている。
「家に、こんなにたくさんいたの?」
隣にいたギードに尋ねると、彼は笑って教えてくれた。
「森からも、大勢の火蜥蜴達が来ておりますからな。この儀式は大勢でやった方が良いらしく、毎年これくらいの数が集まりますぞ」
「そうなんだ。すごいね」
「でも、必ずしもそうとは限りませぬな。ワシが若い頃には、三匹で回っておったのを見たことがありますな」
「そっか。仲間がいれば一緒にするし、いなければいる数でするって事だね」
「さて、そろそろかな」
ニコスが、寒そうにマントの襟を立てながら呟いた。
すると、その声が聞こえたかのように、走っていた火蜥蜴達が一斉にぴたりと止まった。
皆、後ろ足で立ち上がり、口を上に向けてゆらゆらと揺れ始める。
それはとても不思議な光景だった。
真っ白な雪の中に出来た、真ん丸な地面、そこに一面を埋め尽くす火蜥蜴達が、皆、同じ格好をしているのだ。
その時、ギードが籠から蝋燭を取り出した。
その蝋燭は普段使っている物よりもかなり太く短い。ずんぐりした蝋燭は、シルフの手に委ねられ輪の中心へと運ばれる。
火蜥蜴達は皆、ゆらゆらと揺れながら、真ん中に置かれた蝋燭の方を向く。
その時、一番大きなギードの火の守役の火蜥蜴の口に小さな火が灯った。
周りの火蜥蜴達が一斉に場所を空けて、火を灯した火蜥蜴の周りから離れる。
ギードの火蜥蜴は、ゆっくりと地面に手を突くとそのまま蝋燭まで進み、その火を蝋燭に灯した。
彼がくるりと回って消えた瞬間、周りにいた火蜥蜴達が、先を争うようにして蝋燭の火に頬ずりし始めた。
火に頬ずりした火蜥蜴の体は、一瞬光って元に戻った後、くるりと回って消えてしまった。
次々と火蜥蜴達が火をもらっては消えていく。
あれほど大勢いた火蜥蜴達が、いなくなるのはあっという間だった。
「おかえり」
新しい火を貰った火の守役が、レイの肩に現れて頬ずりしてくれるのを、笑って迎えた。
「凄かったね。これで新しい火を、火蜥蜴達は貰ったんだね」
「そして、この火は我らの家の新しい火になる訳じゃな」
そう言って、ギードが地面に置かれた蝋燭を手にした。
「でも、家の火って、火蜥蜴達がつけてくれるんでしょ?」
「ワシの仕事部屋では、火種は常に置いてありますぞ。それがある方が、火蜥蜴達も、楽に火を扱いますのでな。それに、台所にも火種はちゃんとありますぞ」
「そうなんだ。僕、知らなかったから、以前皆が寝坊した時、火蜥蜴に頼んで竃に火を入れて貰ったよ」
「もうすっかり、火の精霊魔法は使いこなしておりますな」
嬉しそうにギードが笑って、レイの背を叩いた。
「今度、ギードの仕事部屋を見せてね」
無邪気に言うレイに、ギードはもう一度笑って彼の背を叩いた。
「そのうち、ワシの仕事の手伝いをしてくれそうじゃな。丁度助手が欲しかったところじゃったからな。楽しみにしておりますぞ」
「うん、僕も楽しみだよ」
顔を見合わせて、また笑った。
「さあ、風邪を引きますよ。部屋へ戻って、休む前に温かいお茶でも飲みましょう」
タキスの声に、振り返って返事をした。
「はい! 今いく……」
その時、足が突然ふらついて体が動かなくなり、あっという間もなく雪の中に倒れ込んだ。
慌ててギードが助け起こしてくれる。
「ど、どうした、大丈夫か!」
驚きのあまり声が出ない。
今、自分は何故倒れたんだろう? 躓いた覚えはないし、どこも痛くないのに。
「大丈夫ですか!」
「おい、怪我はないか!」
二人も、慌てて駆け寄ってくる。
「えっと、大丈夫です。びっくりした。僕、なんで転んだんだろ?」
ようやく立ち直って、立ち上がって雪を払った。
「えへへ、転んじゃった」
心配そうに自分を見ている三人に、戯けて笑ってみせる。
「驚かせないでください。こっちの心の臓が止まるかと思いましたよ」
タキスがそう言って、レイを抱きしめた。
「戻りましょう。外は冷えます」
背中に手をやり、足早に家に戻った。
「改めて、新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
一番年長のタキスの声に、三人も声を揃えて挨拶をして、持っていたカップを上げた。
「一人と二匹増えた、賑やかな新年だな」
ニコスが、笑いながらビスケットの瓶を開ける。
「改めて、よろしくお願いします」
レイの言葉に、皆笑顔になった。
「さて、明日からは、天気の良い日は、上の草原でポリーに乗る稽古だな」
ギードの声に、顔を上げる。
「本当に、外で乗っても良いの?」
「まだ、一人では駄目だが、春が来るまでに乗りこなせるようにせねばな」
「そうですね。もう基本は出来ていますから、後は経験です」
タキスもそう言ってくれて、嬉しくて足をバタバタさせたらニコスに注意された。
「最近、ニコスが厳しい」
拗ねたように言うと、三人が苦笑いする。
「だって、叱られるのは、お行儀悪い事した時だって分かってるでしょ」
「それはそうだけど……」
「こう言うのは、普段から心掛けるのが一番だからな。まあ、本当のお貴族様の行儀作法なんて習ったら……多分レイは、一日で夜逃げしたくなると思うぞ」
「そんなの絶対嫌だ」
「まあ、今注意してるのは、最低限の作法というより、礼儀だな。本当に大した事は言ってないぞ」
ニコスがそう言って笑った。
「えっと、単なる興味なんだけど、もし、ここがお貴族様のお茶会だったら……どうなるの?」
ニコスは、ちょっと考えて三人を見渡した。
「まず、服装の時点で全員失格だな。まあ、それは目を瞑るとして……タキスとギード、椅子の奥まで座らない。背筋を伸ばして座る。そうだ。レイはまだ子供扱いの年齢だから、椅子の奥まで座っても大丈夫だ。それから、お茶とお菓子の位置はこう。男性は左手だけでカップを持つ事。右手を添えるのは女性と子供だけだ。ビスケットを食べる時は、お茶のカップは置いて、右手でこうやって持つ、それから……」
「……ごめんなさい、聞いた僕が悪かったです」
全員、一斉に吹き出した。
「絶対無理! 何それ、お茶の味がしないよ」
「自由な平民で良かったと、つくづく思うのう」
「全くです。自由民万歳ですね」
そう言うと、二人は顔を見合わせてため息をついた。
「ちょっと、マナーを覚えておけば良いだけだと思ったんだかな、何やらとんでもない事になっとる」
「まあ、あれでも手加減してくれてるようですから、諦めましょう。言い出しっぺは貴方ですよ」
「何の話?」
不思議そうに聞くレイに、タキスは笑った。
「知識と技術、教養はいくら持っていても邪魔にならないでしょ。そう言うお話ですよ」
目を剥いて舌を出すレイに、すかさずニコスの注意が飛んだ。
また、皆で笑った。




