様々な思惑と演奏会の準備
今回の婦人会は、花祭りの期間中に行われる定例会で、ダンスよりは会話や演奏、そして花の鳥や見事に咲いた花々を楽しむのが主流になっている。
その為、料理やお菓子が並べられたのとは反対側の壁際には、見事な花の鳥の細工物や、見事に咲いた花が幾つも作者の名前が書かれた名札と共に綺麗に並べられていた。
参加者達は皆、その花々を見て回り、詩人の会の倶楽部の人々は、そこで即興の詩を詠んだりもしていた。
また部屋の奥側にあたる正面部分には、一段高くなった大きな舞台があり、そこでは順番に音楽の倶楽部の人達が、様々な楽器で演奏を披露していた。
途中から、レイは確保した山盛りのお菓子が盛られたお皿を手に、その見事な演奏に聞き惚れていたのだった。
「おいおい、いくら何でも取りすぎだぞ。お前、さっきは燻製肉を山ほど取ってた癖に」
からかう様な声に振り返ると、同じくお皿に料理を取ったカウリが笑っている。
「だって、どれも美味しいんだもん」
そう言って、持っていたフォークで、一口サイズに切られた栗の甘露煮が乗った焼き菓子を口に入れた。
「ああ、そのケーキは俺も食ったよ。ちょっと甘いけど美味しかったな」
「ええ、これで甘いの?」
思ったよりも甘さが控えめだったので、逆に驚いていたレイは、これを甘いと言ったカウリのお皿を覗き込んだ。
「燻製チーズと燻製肉、生ハムと果物、ロディナの干し肉、それからフレッシュチーズの罪作り乗せ……カウリ、全部お酒の摘みでしょ。これ」
大きめのお皿には、見事なまでにお酒の摘みが並んでいて、しかもお皿の半分程には、お酒の入った小さなグラスも複数置かれている。
「当然だろうが。値段を考えずに産地別に厳選された最高級の酒が色々好きなだけ飲めるんだぞ。こんな良い機会を逃してたまるか! ってな」
顔を見合わせて笑い合い、それぞれに手にしたお菓子や摘みを食べた。
カウリは、小さなグラスに入ったお酒を味わう様にして飲んでいる。その表情はとても楽しそうだ。
「ちょっとくらいなら、僕も飲める様になったけど、あんまりきついのは駄目だね」
お皿の縁に座ったブルーのシルフにそう言って笑いかけ、栗の焼き菓子をもう一つ口に放り込んだ。
時折話しかけて来てくれる人達と、楽しく話をしながら、レイは新作のお菓子を堪能したのだった。
カウリがまたお酒を取りに行ってしまったので、レイももう一度お菓子を見に行った。
大きな机には、さっきとはまた違う新しいお菓子が幾つも追加されていて、レイは目を輝かせてそれらを取って行った。
「あらあら、そんなに食べて大丈夫かしら。お腹がはち切れたりしたら大変よ」
笑った声に振り返ると、ミレー夫人とイプリー夫人が笑いを堪えて、山盛りになったレイのお皿を覗き込んでいる。
「大丈夫です。甘い物は別腹と申しましてな」
レイのお気に入りの、嘘つき男爵の言葉を胸を逸らして言うと、当然知っている二人が揃って小さく吹き出した。
「別腹……成る程。それなら大丈夫ですわね」
扇で口元を隠しながらミレー夫人は笑いを堪えている。
夫人達も、少しだけ新しいお菓子を味わい、目を輝かせてどんどん食べるレイを、笑いながら優しい眼差しで見つめていたのだった。
今夜の夜会では、いつもからかい半分で話題になるディーディーの事を誰も聞いてこなくて密かに安堵していたレイだったが、逆に裏では相当噂されている。
レイルズが、花祭りの会場で竜騎士の花束を取ろうとして失敗した事。そして、竜騎士達がそれを見ても止めようとしなかった事。
つまりそれは、もしも彼が花束を確保出来て彼女に渡す事が出来れば、竜騎士達はそれを応援すると言っているのと同じなのだ。
詳しい話を聞きたくたまらない人達は大勢いるのだが、逆にこの話題を出すと、神殿側の対応がどうしても話題になる。
その為、宗教がらみの話はこういった夜会ではしないという暗黙の了解の元、ここでは彼女との話題は当分禁句扱いになっているのだ。
その後は、どのお菓子が美味しいとか、ミレー夫人が手に入れた珍しい宝石の話などを聞いて過ごした。
『楽しんでいるか?』
夫人達が別の人達のところへ行くのを笑顔で見送った時、耳元で呼びかけるいつもの声が聞こえて振り返ると、ブルーのシルフが顔の横で笑顔で手を振っていた。
「うん。皆優しいし、お菓子は美味しいし最高だよ。向こうに飾られてる花も見たけど、どれもとっても綺麗だよね」
満面の笑みのレイの言葉に、ブルーのシルフも嬉しそうに頷く。
『ところでお腹もそろそろいっぱいになった様だし、そろそろ其方の竪琴が聞きたいんだがな』
ふわりとレイの右肩に座ったブルーのシルフは、彼の頬にそっとキスを贈ってそう言って笑っている。
「あ、そうだね。えっと、確か今夜はラスティが竪琴を届けておいてくれるって聞いたけど、何処に持って来てくれているんだろう」
辺りを見回したが、残念ながら、置いてあるのは何処にも見えなかった。
「あ、ここにいたのかちょっと来てくれるか」
その時、ルークが自分を呼ぶ声が聞こえて、レイは笑顔で返事をした。
「あ、はい。今行きます」
お皿に残っていた最後の一つのミニタルトを口に入れて、横の机に置いてあったぶどうのジュースを飲んでからお皿と一緒に机の端に寄せた。
こうしておけば、定期的に執事達が見回って空になった食器を片付けてくれる。カトラリーの置き方で、もう片付けてください。あるいは、まだ食べているから片付けないでください。と言った密かな指示が出来るのだ。
こういった事は、グラントリーから詳しく習っているが、今のところこのカトラリーの置き方ぐらいしか、レイは使った事が無い。
こちらも呼ばれて戻って来たカウリと一緒に二人がルークに連れられて向かったのは、舞台横の衝立の裏側だ。
思いの外広く作られていたそこには、ヴィゴやマイリーを始めとした竜騎士達全員が揃っていた。
そんな彼らを見て、レイは目を輝かせる。
「うわあ、もしかして、皆で一緒に演奏するんですね!」
「そうそう。だからお前らも自分の楽器の準備をするんだよ」
横に置かれていた自分の竪琴のケースを見て、レイは嬉しくなった。
ニコスから貰ったこの竪琴は、今ではレイの宝物の一つだ。
笑顔でケースを開いて竪琴を取り出す隣では、カウリがフルート・トラヴェルソを組み立てている。
奥で、ヴィゴが自分の身体と変わらない様な大きなケースから楽器を取り出すのを見て、レイは目を輝かせた。
あれが聞いていたコントラバスと言う楽器なのだろう。
予想以上の大きさにレイは、驚きのあまりぽかんと口を開けてヴィゴが調音を始めるのを見ていたのだった。
レイの視線に気付いたヴィゴが笑って顔を上げる。
「どうした、レイルズ。口が開いているぞ」
笑って自分の口元を指差すヴィゴに、レイは慌てて竪琴を抱え直した。
隣ではロベリオがコントラバスよりは小さいが、こちらも大きな楽器をケースから取り出している。
どちらも、大きさが違うだけで、形はヴィオラと変わらない。
即興の演奏会だが、これも役割のうちだと言われ、何度もルークやタドラ達とは合奏の練習はしている。
全員で演奏するのは初めてだが、きっと上手く出来るだろう。
各自が、それぞれの楽器を持って舞台に出ていく。
初めて見る楽器の音に期待に胸を弾ませて、レイも竪琴を抱えて舞台に上がって行ったのだった。




