真っ白な花束と彼女の想い
花の鳥を一通り見て回ったジャスミン達は、その後は広場の売店を見て回り、それぞれ好きな物を買って食べた。
レイルズ達も買った、ごく薄く焼いた甘い生地に、まるで花のように円錐形にクリームと果物を巻き込んで飾られたお菓子を買ってもらい、その綺麗なお菓子の花束に、受け取った少女達は無邪気に歓声を上げていた。
お腹もいっぱいになり、少女達はニーカ達も買ったビスケットの詰め合わせの袋を買ってもらって、何味が出たと言っては笑い合っていた。
その時、午後の一点鐘の鐘が鳴り響いた。
ニコラスが真剣な顔で空を振り仰ぐ。
そこに見えたのは、アルス皇子の乗るルビーを先頭にヴィゴとカウリの乗る三頭の竜達の姿だった。
「彼女をお願いします!」
伯爵に向かってそう叫ぶと、ニコラスは広場の端に向かって走り出した。それは偶然だが、昨日タドラが向かった場所と同じだった。
「めでたき祭りの日に、我らより皆様へ贈り物を!」
アルス皇子の朗々たる声が上空から広場に響き渡る。
「竜騎士様!」
「僕に勇気を!」
「どうかこの子に祝福を!」
「花束をください!」
あちこちから声が上がり、皆が一斉に空に向かって手を伸ばす。
大きな竜の背から、花束があちこちに撒かれて大歓声が沸き起こる。
ニコラスは、自分に向かって落ちて来る真っ白な花束に向かって必死に手を伸ばした。
そして、思い切り飛び跳ねる。
差し出した右手に落ちて来た花束は、まるで測ったかのように完璧なタイミングで彼の手にしっかりと掴まれた。
「よし取った!」
花束を抱え込むようにして着地した彼の背中や腕を、周りにいた人達が笑顔で叩く。
真っ赤な顔で振り返ったニコラスは、驚きのあまり呆然と自分を見ているパンセスを真っ直ぐに見た。
花束を抱えて彼女のもとへ小走りに向かう。
周りの人達がそれに気付いて後ろに下がった。
ジャスミンは、伯爵と頷き合って、パンセスの背中をそっと押した。
ニコラスが、彼女の前に静かに跪く。
「パンセス、どうかこの花束を受け取ってください。僕は二つも貴女よりも年下だし、まだ今年成人したばかりの若輩者です。だけど、だけど僕は貴女が良いんです!」
真っ赤な顔でそう言って頭を下げる彼を、パンセスは呆然と見つめたまま動く事が出来なかった。
周り中が息を飲んで見つめる中、ニコラスが顔を上げる。
同じく真っ赤な顔で自分を見つめる彼女に向かって、彼はもう一度大きな声で叫んだ。
「お願いします! 僕は、僕は貴女が良いんです!」
そのまま花束を必死になって腕を伸ばして差し出し、頭を下げる。
差し出した花束は、可哀想なくらいに震えている。
「あ、ありがとうございます……」
小さな声でそう言って花束を受け取った瞬間、辺りは大歓声に包まれたのだった。
拍手と冷やかすような口笛の音。そして、背中を押されて咄嗟に抱き合う二人。
耳まで真っ赤になった二人は、それでも見つめ合って嬉しそうにキスを交わしたのだった。
「素敵素敵!」
ジャスミンは、目を輝かせて抱き合う恋人達を見つめて力一杯拍手をしていた。
伯爵夫妻も笑顔で手を叩いていたが、不意に心配になった。
三男とは言え、彼は伯爵家の男子だ。ご両親はこの事を承知しているのだろうか?
横を見ると、リープル夫人も同じ事を考えていたようで、困ったような顔をしている。
「ふむ、これは早々にガルネーレ伯爵のところに、使いのシルフをやっておくべきだな」
もしもご両親が反対しているのなら、何故止めなかったのだと、こちらが文句を言われる可能性もあるからだ。
真っ赤な顔のままで顔を上げたニコラスは、パンセスの手を取って伯爵の前まで戻って来た。
周りから、ようやく人がいなくなる。
「おめでとう」
短い伯爵の言葉に、ニコラスが笑って頭を下げる。
「あの、大丈夫です。実は今日、屋敷を出る前に、父上に全部話して来ました」
伯爵が心配しているであろう事に気づいたニコラスは、目を輝かせて話し始めた。
「父上には、頑張って来いとの言葉を頂きました。それに兄上からも散々揶揄われて、逃げるみたいに屋敷を出て来たんです。でもこれで胸を張って帰れます」
「おお、そうでしたか。ならば私が何か言う事ではありませんな。おめでとうニコラス、それからパンセス。二人共どうかお幸せに」
伯爵の言葉に、真っ赤になったパンセスが頭を下げる、しかし、先ほどまでとは違いその顔は不安そうだ。
「神殿には、私からも口添えして差し上げましょう。安心なさい。全ての巫女には、還俗を選ぶ自由があるのですからね」
恐らく、今の彼女の頭の中を埋め尽くしているであろう不安の原因を言い、自分も力になると言い添えてやる。
「あ……ありがとうございます!」
ようやく笑顔になったパンセスは、真っ白な花束を持ったまま、ジャスミンとしっかりと抱き合った。
「おめでとうパンセス。どうか幸せにね」
耳元でそう言ってくれるジャスミンに、パンセスは何度も頷き小柄な彼女にしがみつくようにして笑いながら泣き出したのだった。
「おかえりなさい」
売店に戻って来た一行に気付いた巫女の一人が、驚いたように手を振りかけて止まる。
パンセスの手に握られた真っ白な花束の意味を理解した瞬間、その巫女は悲鳴のような歓声を上げた。
驚いた周りの巫女達や僧侶達だけでなく、周りにいたお客達までが驚いて飛び上がった。
「ねえ、その花束!」
目を輝かせた巫女の言葉に、他の巫女達も歓声を上げる。
ようやく理解したお客達も、皆笑顔になり拍手が沸き起こり口笛が鳴った。
「あの、花束を頂いてしまいました……」
パンセスは耳まで真っ赤な顔で、それでも今ここにいる中では、一番位の高いリフティ僧侶の前に進み出る。
呆気に取られたように呆然としていたリフティ僧侶は、黙ってパンセスをそっと抱きしめた。
「貴女はそれを受け取ったのね」
無言で抱きしめられたまま頷く彼女の頬に、そっとキスを贈る。
「其方の選んだ道に、常に女神オフィーリアの守りがあります様に。未来ある若者に光あれ」
思ってもいなかった祝福の言葉に、パンセスは縋り付いて、また大声で泣き出したのだった。
「ええ、パンセスが竜騎士の花束を貰ったですって!」
城にある女神の分所では、ジャスミンがシルフを使ってクラウディアとニーカに知らせたお陰で、周りにいた巫女達まで一緒にその伝言を聞く事になり、あっという間に皆が知る所になってしまった。
『もう胸がときめいたわ』
『ニコラス様は跪いてこう仰ったの』
『僕は二つも貴女よりも年下だし』
『まだ今年成人したばかりの若輩者です』
『だけど僕は貴女が良いんです!ってね』
シルフの話すその言葉に、周りで一緒に聞いていた巫女達が揃って黄色い歓声を上げる。
「素敵素敵!」
「ああ、パンセスが羨ましいわ」
「本当よね。何処かにそんな素敵な方はおられないかしら」
皆、目を輝かせて、無邪気に口々に手を取り合って好きな事を言って笑っている。
しかし、クラウディアはその報告に目の前が真っ暗になる程の衝撃を受けていた。
今年、レイは彼女の目の前で竜騎士の花束を取ろうとしてくれた。
結果は失敗だったけれど、あの時はもう、取ろうとしてくれた事実、ただそれだけで嬉しかった。
もう、他に何もいらないと思うくらいの幸福感に包まれていたのだ。
それなのに、同じく以前竜騎士の花束を貰っていた彼女が、今年正式な花束を貰った。
しかも、彼が言ったその言葉は、去年レイが自分に言ってくれた言葉そのままだ。
どうして自分は貰えなかったのだろう。
咄嗟にそう考え、そんな風に考えた自分が心底嫌になった。
歓声を上げて手を取り合って喜んでいる巫女達を見て、クラウディアは不意に涙が溢れて止まらなくなった。
「ごめんなさい……ちょっと目にゴミが入ったみたい」
ごく小さな声でそう言うと、そのまま洗面所まで顔を覆ったまま走り去った。
突然の彼女の行動に、呆気に取られて、巫女達がその後ろ姿を見送る。
『ねえどうしたの?』
シルフの口から戸惑うような声が聞こえる。
「ああ、ごめんね。気にしないで。それじゃあパンセスは、今日はこのまま伯爵様のお屋敷へ行くのかしら?」
『私もそう思ったんだけど』
『後日改めて伯爵家から神殿へ』
『正式な連絡があるんですって』
『だから今日はこのまま売店の担当をして』
『夕方いつも通りに戻るそうよ』
『戻ったらゆっくり話を聞きましょうね』
「分かったわ。じゃあ販売担当の方は頑張ってね」
ニーカの言葉にシルフは頷き、手を振っていなくなった。
消えるシルフを見送った後、何となく全員が洗面所の方を見る。
「行ってあげて、ニーカ」
クラウディアの舞い仲間であるエルザとペトラの言葉にニーカは頷いて、今まで磨いていた燭台を置いた。
「ごめんね、ここはお願いします」
一礼して、早足に洗面所へ向かう。
エルザとペトラは、黙ったまま顔を見合わせて、様々な思いのこもったため息を吐いたのだった。




