休憩室にて
本部に戻り、一旦部屋に戻って着替えをした二人は、大急ぎで揃って休憩室へ向かった。
丁度、廊下でロベリオに会い、そのまま一緒に部屋に入る。
「おかえり。あれ、タドラは?」
陣取り盤を覗き込んでいたユージンが、部屋に入って来た三人に気付いて笑顔で振り返る。
「ああ、ただいま。タドラはヴィゴと一緒にちょっとね」
ルークの言葉に、ロベリオとユージンが首を傾げる。
部屋には、マイリーとカウリが顔を突き合わせて書類を覗き込んでいたのだが、ルークのその言葉を聞き、一瞬二人の手が止まる。
しかし、すぐに何事もなかったかのように仕事を続けた。
「よし、全員いるな」
部屋を見たルークが小さくそう言い、レイと顔を見合わせて頷き合う。
「おかえり。マイリーが、バルテンが送ってくれたって言って、緑の跳ね馬亭の春の限定ケーキを持って来てくれてるぞ」
顔を上げたカウリがそう言い、マイリーの前に、持っていた書類を置いた。
「せっかくだから、マイリーも少し休憩。ほら、書類を離す」
笑って肩を突っつき立ち上がるカウリにそう言われて、生返事をしたマイリーに、カウリはもう一度背中を叩いた。
「はい、ちょっと休憩。適度な休憩は仕事の効率を上げるんだぞ。ほら立って」
苦笑いしたマイリーが頷いて立ち上がるのを、ルークは驚いて見ていた。
仕事に熱中するマイリーの手を止めさせるのは容易では無い。毎回苦労しているのに、カウリはいとも簡単にマイリーの手を止めさせたのだ。
「へえ、さすがは年の功ってか。うう、これはちょっと悔しいぞ」
小さくそう呟き、肩を竦めた。
ラスティと執事が、手早くお茶とケーキを用意してくれるのを大人しく座って待っている間中、もうレイは早く喋りたくて喋りたくて仕方が無かった。
そんな彼を、ロベリオとユージンが不思議そうに見ている。そして、そんな彼らをマイリーとカウリは何故だか満足気に眺めていたのだった。
「はいどうぞ緑の跳ね馬亭限定の、春のケーキですよ」
目の前に置かれた、この時期しか食べられない花祭り限定の花のジャムが添えられたケーキに、レイは目を輝かせる。
そんな彼を見て、笑顔になったラスティと執事が一礼して休憩室から出て行った直後、ルークがマイリーとカウリを見て口を開いた。
「もしかして、お二人は、今日、こうなる事が分かってたりしました?」
丁度、ケーキを口に入れようとしていたレイが、驚いたように手を止めて二人を見る。
「何の話だ?」
素知らぬ顔でお茶を口にするマイリーを横目で見て、ルークは大きなため息を吐いた。
「まあ良いです。とにかくまずはせっかくのケーキをいただきましょう。話は後程ね」
その言葉に、レイは改めて食べかけていたケーキを口にする。
「んん、やっぱり美味しい。ありがとうバルテン男爵」
嬉しそうにそう言って、もう一口食べる。
実はレイのお皿だけケーキが分厚いのだが、皆それを見て笑っている。
「うん、確かにこのケーキは美味いな」
マイリーも、少しだけ用意されたそれを口にして頷いている。
「今年は、これともう一種類、ビスケットが送られて来てたぞ。そこの棚に置いてあるから好きに食べて良いぞ」
あっという間に食べ終わったレイを見て、マイリーが笑いながら戸棚を指差す。
「ええ、どれですか?」
目を輝かせたレイが立ち上がって取りに行く。
「あ、これですね、新しい瓶が置いてある」
それを手にして戻ってくると、席に座ってから蓋を開けた。
中には、真っ白な丸いお菓子が見える。
「どんなお菓子だろう?」
嬉しそうに、お皿に真っ白な玉のようなそれを取り出す。
「へえ、この白いのって……砂糖か?また細かい砂糖だな」
覗き込んだルークが不思議そうに首を傾げる。
「小麦粉みたいに見えるけど、そんなわけ無いよね」
レイも不思議に思っていたのだ。よく見ると真っ白なそれは、どうやらお砂糖のようだ。
指についた白いそれを舐めてみたレイは目を輝かせた。
「やっぱりお砂糖です、これ。どうやって作ってるんだろう。すっごくさらさらで口に入れたら一瞬で無くなったよ」
そう言って、丸いお菓子を摘んで口に入れる。
ホロホロと柔らかいそのお菓子は、ビスケットのようだが、口に入れた瞬間お砂糖と同じように崩れて無くなってしまった。
「美味しい!」
目を輝かせるレイの言葉に、皆も口に入れてしきりに感心していた。
「ああこれだったのか。ドワーフの作った新しい砂糖というのは」
一つだけ食べたマイリーの言葉に、皆が驚いて彼を見る。
「砂糖自体は変わらないよ。何でも、普通の砂糖を特別製の石臼で、ごく細かく挽いた粉末の砂糖なのだそうだ。口当たりが良いので、こう言った特別な日のお菓子に使われるのだと、手紙に書いてあったぞ」
「へえ、これは凄いや」
ルークも感心してもう一つ口に入れた。
しばらくは和やかにお茶を飲んでいたが、ロベリオとユージンが我慢出来ずにルークの袖を引っ張った。
「で、何があったんだ?」
「聞きたい!」
身を乗り出す二人に、ルークが満面の笑みになる。
「おお、そうそう。もう大騒ぎだったんだよ。実はさ……」
そこでルークの口から話された、タドラとヴィゴの娘であるクローディアとの花祭りの会場での一部始終に、ロベリオとユージンは、ただただ呆気に取られて聞いていたのだった。そして、ようやく話の内容が頭の中に入るといきなり立ち上がって揃って叫んだ。
「ちょっと待って! じゃあ、タドラはクローディアといつからそんな事になってたんだ?」
「ええ、そんなの初耳だよ。いつからだろう。ヴィゴは知ってたの?」
しかし、その場で驚いてるのは二人だけで、マイリーとカウリは平然としている。
「いやあそう来たか。なるほどなぁ」
腕を組んだカウリがそう言って何度も頷いている。
「タドラの奴、やるな。へえ、そう来るか」
マイリーも同じように腕を組んで苦笑いしている。
「ほら、やっぱり何か知ってたんじゃありませんか!」
ルークも立ち上がって叫んでいるが、その顔は笑っている。
「まあ、皆座れ。それじゃあ今度は、俺達が知ってる事を教えてやるよ」
まずカウリの口から、元はと言えば、この話はヴィゴの方からタドラに持って行った話である事。クローディアもその話を聞いて嫌がっていなかった事。そして既に、ディレント公爵に仲人をお願いする事までが決まっているのも話した。
それから、タドラとレイと三人で行った夜会の時の、カウリの頑張りの話を聞き、皆が大笑いになる。
レイもようやくあの夜のカウリがいつもと違っていた意味を理解して、一緒になって大笑いしたのだった。
「それにしても、あえて自分から花束を取って求婚するなんて、タドラもやるなあ」
「いやあ、見直したよ」
「悔しい、僕だけ一緒にいたのに見てないなんて!」
レイがそう言ってしきりに悔しがっているのを見て、ロベリオとユージンが揃ってにんまりと笑う。
「じゃあ、逆に聞きたいんだけど、レイルズ君は、その時何をしていたのかなあ?」
「そうだよ。何をしていたから肝心の瞬間を見逃したんだい?」
「うう、だって……」
机に突っ伏すレイの左右に座ったロベリオとユージンが、笑ってその赤毛を突っつく。
『今年は失敗主様』
『残念残念』
『掴み損ねた花束は』
『別のお人が持ってった』
『残念残念悔しいよう』
『残念残念悔しいよう』
いきなり現れたシルフ達が、揃って机に膝をついて両手をつき項垂れてそう言い始めた。
それを見たレイは、顔を覆って悲鳴を上げて椅子から転がり落ち、それを見たレイ以外の全員が同時に吹き出して、休憩室は大爆笑になったのだった。




