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知識と教養

「お疲れさん」

「ええ、お疲れ様です」

「私は今日は何もしてませんけどね」

 レイを寝かせた後、三人は今日も一杯やりながら、和やかに居間で寛いでいた。

「しかし、久々に教え甲斐のある子に出会えたな。これから先、どれくらい成長してくれるのか楽しみだよ」

 ニコスが、グラスを持ってしみじみと呟いた。

「あの子の知識や技術を吸収する様は、砂漠の砂に水を撒いているようですね。なんでも、あっと言う間に全て染み込んでしまう」

 タキスも感心したように頷きながらそう言うと、グラスに注いだお酒を一口呑んだ。

「確かに。しかも砂漠の砂と違って、確実に底に溜まっておるのが見えるからな」

「違いない」

 ギードの例えに、二人は笑った。

「それと、気になったんだが……あの、夢がどうのと言うのは何だ?」

 ニコスが、事情を知っていそうなタキスを見ながら尋ねる。

「ああ、話す機会がなくてそのままになってましたね。あれは確か……そう、行商人が来ると言うのでレイにお休みをあげた日がありましたでしょ」

「ああ、朝……寝ぼけたとか言っておったあれか!」

 ギードも、その時の事を思い出したらしく、膝を叩いた。

「シルフが騒ぐので様子を見に行ったら、ベッドに起き上がったまま、泣いていたんです」

 二人が驚いて目を見開く。

「と言っても、不思議な泣き方でね……しゃくりあげる事も、声を出す事も無く、呆然とただ涙を流していたんですよ。恐らくその涙に本人が一番驚いていたようで、私が部屋に入ったら無言で慌ててましたよ」

 また一口呑んで、グラスを回しながら、その時の事を思い出して少し笑う。

「それで、どうしたのか聞くと、何故泣いてるのか分からないと。それで落ち着かせて話を聞くと、どうやら夢を見て、その感情に引きずられたようだったんです」

「夢に引きずられた?」

「ええ、どうやらお母上の若い頃の事を、父親の目を通して見たようでしたね」

「過去見か!」

 ニコスが驚いたように言う。ギードも無言で驚いている。

「見た事の無い、真っ白で綺麗な服を着た立派な若い女の人が、大きな石造りの建物の中に立っていたと。周りには沢山の精霊達がいたとも言ってました。ガラスの嵌められた大きな窓から差し込む光が、とても綺麗だったと。誰かの視線でその女性を見ていて、やがて視線の主が近くまで来た時、その女性が振り返ってこう言ったそうです。愛してるわ、レイルズ、貴方となら何処へでも行ける、と。その声は、お母上の声だったそうです」

「なるほどな。その夢があったから、彼奴の言っておった言葉が、本当かもしれぬと考えたわけか」

「それに、父親の名は、確かレイルズだと言っておったな」

 ギードとニコスが納得したように頷いて、また酒を呑む。

「夢を見たのは、それ一度きりの様ですね。一応、もしまた見る様な事があれば、私に教える様に言いましたので」

「大きなガラスの嵌った石造りの建物か……恐らくどこかの神殿であろうな」

「見た事の無い真っ白で綺麗な服は、確かに神殿の巫女の衣装と考えれば自然ですね」

 ギードの考えに、タキスも同意する。

「それなら、精霊使いである事は当然だな。光の精霊を友に出来る程の力量の持ち主なら、最高位の巫女姫であったとしても驚かないな」

「巫女姫?」

 ギードが初めて聞く言葉に顔を上げる。タキスも不思議そうにニコスを見ている。

「ええ、仮に神殿の巫女であったとすれば、見習いに始まって、三位二位一位と、巫女にも位があるんですよ。衣装の肩掛けの色が変わったり、刺繍が増えたりね」

 ニコスが、分かりやすいように教える。実際にはもっと色々あるのだが、そこまで詳しく説明する意味はない。

「それの最高位と言うのが、巫女姫って訳だ。まあ頑張ったからって誰でもなれるもんじゃないし、空席になったままの事の方が多い。それこそ、ブレンウッドの街の精霊王の神殿でも、巫女姫がいた事なんて俺の知る限り無いと思うぞ」

「ブレンウッドの街の神殿はかなり大きいと思っとったが……それでもか?」

 驚いてギードが言うが、ニコスは笑って頷いた。

「そう、この西方地域では一番の大きな街だし、大きな神殿だけどね。それこそ、今の王都の神殿でも、確か、巫女姫はいなかったんじゃ無いかな?」

 ニコスの言葉に二人は無言で顔を見合わせた。

「今更ながら、お母上をお助け出来なかった事が悔やまれます」

「全くだ。生きておられれば、レイの良き師匠となられたろうにな」

 三人は、それぞれ盃を上げてお母上に祈りを捧げた。


「それはそうと、お主に聞きたいんだが……」

 ギードが話を変えるように、ニコスに酒を勧めた。

「何だ、改まって」

 ギードにお酒を注いでもらいながら、不思議そうに聞き返す。

「お主、貴族の館で、教育係のような事をしとったと言うておったな」

「ええ、そうですよ。執事って分かりますか?」

「分かる。なら当然、行儀作法やら、食事の時の……なんとかマナーとやらも知っとるだろ?」

 何やら言いにくそうに言うギードを見て、不思議そうに頷く。

「テーブルマナーの事ですかね? まあ、当然知ってますよ。どうしたんですか?」

 ギードは、一つため息をつくとニコスを見た。

「それをレイに教えてやってほしい。それこそあの村長の言っとった言葉だ。知識と技術は邪魔にならぬ。教養もまた然り」

「どうしたんですか? 急にそんな事……」

 タキスも不思議そうにギードを見る。

 もう一度ため息をついて、二人を見た。

「ワシが若い頃、独り立ちして、ようやくいろんな事が軌道に乗り始めた頃だが……酷い目にあった事があってな」

 誤魔化すように酒を煽ると、当時を思い出して苦い顔をする。

「とある貴族の未亡人からの依頼でな、まあ、知り合いから紹介されて注文を受けた手前、半端な物は渡せんから、かなり頑張って作った品を納めた訳だ。良い稼ぎになったわい」

 ニコスに注がれた酒を、今度はゆっくりと一口呑んだ。

「納品してしばらくしてから、また連絡が来てな。使いの者によると、奥方が酒をご馳走してくれると言う。それで、喜んでくれたのだろうと勝手に思って、のこのこと言われるがままついて行った。すると、案内された部屋には、着飾った婆あ共が何人もおってな、薄汚れた作業着のままで来たワシに、笑って席を勧める。その時におかしいとは思ったんだが……」

 ニコスは、その後、もう何があったのか分かったようで、顔をしかめて盃を置いた。

「出されるのは見たことも無い豪華な食事、当然マナーなど何一つ知らぬワシに、上手く立ち回れるわけもなく、婆あ共の嘲笑を浴びる事になった訳だ」

「なんて事を……」

 呆然とタキスが言うと、ギードは苦笑いをして首を振った。

「関係者の間では、有名な意地悪婆あだったらしくてな。のこのこついて行ったワシが馬鹿だったんだよ。悔しくて恥ずかしくて、逃げるように帰ったわい」

「貴族の、特に未亡人には、そうやって自分よりも弱い立場の者を、痛めつけたり虐めたりして、自分の優位を確認する馬鹿がいる。災難だったなギード」

 ニコスが、慰めるように肩を叩いてギードに酒を注いだ。

「今となっては、あんなのは愚かな婆あだと思っておればそれで済むがな。長い人生、いつ、何があるか分からんだろう。あんな恥ずかしい思いは、あの子にはさせたくないんじゃ。ワシには何も教えてやれぬが、お主にはその知識があるんだろう?」

「分かった。よく分かった。確かに覚えておいて損はない。それなら少しずつ、日々の作業や食事で教えて行こう。どうだ? 気付けば作法が完璧に身についてる、なんてのは?」

 楽しそうに言うニコスに、ギードも満足気に頷いた。

「よろしく頼む」

「言っておくが、レイだけじゃなく、貴方達もやるんですよ」

 満面の笑みで言うニコスに、二人は引きつった顔で首を振る。

「いやいや、ワシはもう覚えても意味ないって」

「そうですよ。私も別に不自由はしてません」

 ニコスは、これ見よがしにため息をつくと、にっこりと笑った。

「一緒にやるんです。良いですね」

 笑顔なのに目は笑ってない。

 二人は壊れた玩具のように、何度も頷いた。

大人三人が、グダグダじゃれ合いながら、お酒飲んでるだけの話になってしまいましたね。

作者は下戸なので、こんな楽しいお酒が羨ましい!

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