降誕祭前夜とタキスの懺悔
再会を喜び合う皆を見て、蒼竜は満足気に頷いた。
「本当に無事で良かった。冬の森は特に危険だ。我の護りを与えておいたが、其方らも、十分に気をつける様にな」
大切な主に、何度も頬擦りして喉を鳴らしていたが、陽が傾き始めたのを見て、顔を上げた。
「間も無く陽が暮れる。早く家へ戻れ」
「はい、本当にありがとうございました。十分に注意します」
もう一度、レイを抱きしめたタキスが蒼竜を見上げて答えた。
「我らにも油断がありました。これからは十分に気をつけます」
「確かに油断がありました。これからは我らも十分に注意しますぞ」
ニコスとギードも、レイの背や頭を撫でながら答えた。
「うむ、よろしく頼む。我は今一度、森の結界を全て確認する事にしよう。あれ程の者が現れたのだから、恐らく何処かに綻びが出来ておるはずだ。またぞろ同じ様な奴が、現れぬとも限らんからな」
そう言うと、翼を広げてゆっくりと浮き上がった。
「ありがとう、ブルー! また、お天気の日には来てね」
手を振る少年に、何度も頷き目を細めた。
「いつなりと呼ぶが良い。どんな時であろうと、すぐに駆けつけるぞ」
上空を旋回してから飛び去る姿を、皆で見送った。
「さあ、部屋へ戻りましょう」
レイの背に手を添えて、タキスが戻る様に促した。
廊下を並んで歩いていると、ギードがふと立ち止まった。
「……なあ、今気づいたんじゃが……」
「どうしたの?」
レイが振り返って、ギードを見る。タキスとニコスも、立ち止まり心配そうにギードを見た。
「重大な事を忘れとるぞ」
真剣な顔で三人を見ると、納屋の扉を見ながら言った。
「昼飯を食うのをすっかり忘れとったぞ。弁当を荷馬車に置きっぱなしじゃ」
四人は同時に吹き出した。
「……た、確かに置きっぱなしだ」
堪えきれずに笑いながらニコスが言うと、急いで納屋へ走る。三人も笑いながら後に続いた。
荷馬車には、切ったイチイの木と弁当の包みが、荷馬車の上に放置されたままになっていた。
「せっかくなので、もうこれを晩飯にしよう。サラダくらいは作ってくるよ」
包みを持って、ニコスが苦笑いしながら居間へ戻っていった。
「この木は、どうするの?このまま居間へ持っていくの?」
荷馬車の横で、木を撫でながらレイが質問した。
「下側の枯れた枝を綺麗に落としてから、土を入れた植木鉢に固定します。ニコスが食事の支度をしてくれているうちに片付けましょう。貴方も手伝ってくださいね」
タキスに言われて、レイは嬉しそうに大きく頷いた。
ギードが、室内用の手押し車を取り出すと、イチイの木をタキスと二人掛かりでそこに乗せる。
「柊は?どこに置いたの?」
空になった荷車を見て、レイが周りを探す。
「ああ、柊は全部飾ってしまいましたので、もうありませんよ」
「全部?全部飾ったの?」
驚くレイを見て、自慢げに笑った。
「ええ、後で見てくださいね。ニコスの力作ですよ」
一旦、居間の端に手押し車ごと置いておき、ギードに木の手入れを任せて、タキスと一緒に、先に家畜と騎竜達を元の広場に戻してやる事にした。
「すごい! 広場の下にも広場がある!」
タキスに付いて広場の下へ降りて、また驚く。
ベラとポリーが、嬉しそうにレイに擦り寄り甘噛みした。
しかし、上の広場に戻してやろうとすると、先程まであんなに大人しかったのに、騎竜達と黒頭鶏達はご機嫌で走り回り、全く言う事を聞かない。
なんとか追い立てて、元の広場に戻したが、終わる頃にはタキスとレイは、もうヘトヘトになっていた。
「さすがに、昼抜きでこの運動はきついですね」
「僕も。ものすごくお腹ぺこぺこです。やだもう、動きたくない」
広場の端の干し草の塊に座り込んで、力無く呟く。
お互いにもたれあう様にして座り込んだまま、しばらく無言だった。
「あのね……」
「ええ……」
「あいつに言われたんだ。僕がここに来たことで、皆に迷惑かけてるって」
咄嗟に立ち上がりかけて、自分にもたれかかる少年を見て、タキスは座り直した。
「まさかとは思いますが、あんな奴の言う事を信じたりしてませんよね」
真顔で覗き込まれて、レイは笑った。
「正直、信じかけた。だって、ここに来てずっと思ってた事だもん。僕には何も返せないのに……本当に沢山のものを貰った。食べ物や服だけじゃない。あったかい寝床、安全なお家、僕のための部屋。沢山キスをして貰って、沢山抱きしめて貰った。挨拶したらちゃんと返してくれる」
なんとも言えない顔をして、タキスが抱きしめてくれた。
「どうしたらこのお礼が出来るのか、僕にはまだ分からないよ。正直言って、とても返せるとは思えないくらいに沢山貰ってる」
タキスの頬にキスをして、ちょっと照れ臭そうに笑った。
「だけど、僕はここに居て良いんだよね。今日だっていっぱい迷惑かけたし、これからもいっぱい迷惑かけると思うけど……」
「貴方のかけてくれる迷惑は、私達にとっては迷惑とは言いませんよ。それには……喜び、って名前が付いてます」
抱きしめてくれているタキスの腕をぎゅっと握る。
「貴方が寝坊する。貴方が泣く。貴方が笑う。貴方のするちょっとした事が、私達にとってはどれも、楽しくも嬉しい喜びなんですよ。貴方が泣けば心配になります。貴方が笑えば、もうそれだけで幸せになれます。こんな気持ちになれたのは、間違いなく貴方のおかげですよ」
目の前のつむじにキスをする。
「エイベルの事、今度聞かせてくれる?」
その言葉を聞いて、タキスはもう一度腕の中の存在を抱きしめた。
「貴方になら話せます。あの子の事、そして、私の間違いを」
その時、レイのお腹が大きな音を立てた。
「ご、ごめんなさい!大丈夫だから……」
顔を真っ赤にして焦る彼の姿に苦笑いすると、タキスは抱きしめていた手を緩めて、ゆっくり立ち上がった。
「とりあえず戻りましょう。お話はまた後でね」
居間に戻ると、部屋の隅ではギードの仕事ぶりが光っていた。
下側の枯れた枝は全て払われ、折れていた枝も整えられて、綺麗になったイチイの木は、手押し車に立て掛けられていた。
倉庫から、ギードが大きな素焼きの植木鉢を持って来たところで、晩御飯の用意が出来る。
丁度タキスとレイも戻って来たので、食事の後、皆で飾る事にした。
豪華に詰め込まれたお弁当箱を真ん中に置いて、卵のスープとハムとレタスのサラダが追加された。
「このお皿を使いましょう。丁度良い大きさなので、お弁当の時に使えそうですよ」
ニコスがそう言って出してきたお皿は、見たことのない新しいお皿だった。
「初めて見ますね。とても綺麗ですが、これも街で買ってきた物ですか?」
タキスが手にしたお皿は、掌ほどの大きさのやや小さめのもので、綺麗な花が描かれている。
「ほう、四季の花柄になっておるのか」
ギードも皿を手に感心した様に呟く。
「あ、これってもしかして……」
ニコスを見ると、彼は笑って頷いた。
「街の朝市で、四季のマグカップを買った時に、レイが倒れそうになった売り物のお皿の山を助けたんですよ。その時に食器屋のご主人が、お礼にと下さったものです。確か息子さんの作品なんだとか。まだ売り物にはならないと言ってましたが、そんな事ありませんよね」
レイも、目の前に置かれた秋の花とキリルの描かれたお皿を見た。細やかな筆使いで、お皿の周りには秋の花が、真ん中にはひと枝に鈴生りになったキリル実と葉が描かれている。
「将来が楽しみな息子さんだな。それではいただくとしよう」
ギードの声に、皆笑って頷いた。
食後の休憩の後は、ツリーを植木鉢に立てて飾り付けをする事にした。
大きな素焼きの植木鉢に、土を入れてイチイの木を立てるのだが、突き刺すだけで本当に立つのか、実は密かに心配していたレイだった。
ところが、ギードが土を叩くと、植木鉢の中からノームが出てきた。
「ここにツリーを立てます。よろしいでしょうか」
ノームは、横に置かれた大きな木を見て何度も頷いた。
『良い木だ良い木だ早く立てろや立てろ』
それを聞いて、ギードとニコスのタキスの三人がかりで、木を持ち上げて、植木鉢の真ん中にそっと突き刺した。
『これで良しこれで良し祭りが終わるまでこのままであれ』
そう言って木の幹を軽く叩いていなくなった。
驚いていると、三人が木を支えていた手を離す。しかし、木は倒れる事もなくしっかりと立ったままだ。
「すごい! 今のも魔法なの?」
「私達がやった魔法では無く、ノームの魔法ですね。お願いして、根の無い木を土に立ててもらうんです」
「そんな事出来るんだ」
感心するレイを見て、タキスは残念そうに言った。
「あくまで仮の処置ですから長持ちはしませんよ。言ったでしょ。祭りが終わるまでだって」
「そっか、期限付きなんだね」
木を見上げてレイがそう言った時、ニコスが、大きな箱を持って居間へ戻ってきた。箱の中は、木彫りの飾り物や、金属製のベル、人形や綺麗に結ばれたリボンなどが入っている。
「実は毎年、エイベルの為に小さなツリーを飾らせてもらっていたんです」
タキスが恥ずかしそうに言うのを、レイは驚いて聞いた。
「じゃあ、この飾りはエイベルの為のものなの?」
「ワシが十年前にここに転がり込んできた時、この家は本当に荒れ放題の状態でな。まあ、何とかして住める様にあちこち直して回ったわけだが、居間だけは何とか綺麗な状態で、何故か真ん中に何も飾りの無いツリーが立ててあってな。それで、これは何だと聞いたら……亡くした息子の為のツリーだと言いおるではないか」
木彫りの飾りを手に取って、ギードは当時を思い出す様に目を閉じた。
「それは構わぬが、飾りがないのはあまりに寂しかろう。それで、そこらにあった薪を使って、いくつか飾りを彫ってやったんじゃ」
ちらりとタキスを見て、もう一度飾りを見る。
「ずいぶんと喜んでくれてな、それで毎年、少しずつ飾りを増やしていったんじゃ。ニコスが来てからは、リボンの飾りや、英雄達の人形も増えたな」
「今年の飾りは、こんなのを作って見ましたよ」
ニコスが取り出したのは、赤リスのぬいぐるみ達だった。尻尾はフカフカの毛糸で作られている。
「可愛い! これって……」
「タキスから、お母上の墓守の話を聞きましてね。今年の飾りはその子達にしてみました」
ギードも、机の下に置いてあった箱を取り出す。
「今年はタキスも飾りを作りましたぞ。なかなかの力作です」
フタを開けると、細かい木彫りの竜の飾りや、星の飾りがいくつも入っていた。
「一応、下手なりに頑張ったんですよ」
やや歪な星を手にして、タキスが恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう! すごく嬉しい!」
手渡された星の飾りは、苦労して彫った跡が分かる、決して上手とは言えない出来栄えだったが、レイにとっては最高のプレゼントだった。
ツリーの一番上辺りに、まずは一番大きな星を飾る、後は好きに飾って良いのだと言われて、レイは張り切って飾り付けた。脚立に乗って上側はタキスとギードが担当し、下半分はレイとニコスが人形や縫いぐるみを主に飾った。リボンを最後に飾れば、飾り付けは完了だ。
「これはまた、一段と豪華なのが出来たな」
「本当だな、今までで一番豪勢だわい」
ニコスとギードが、少し離れて感心した様に言うのを、タキスとレイは嬉しそうにツリーの側で座って聞いていた。
「先ほどの話ですが……皆も聞いてください」
レイの頬にキスをして立ち上がったタキスが、椅子に座ってツリーを見上げた。
「私の息子のエイベルは、幼くして原因不明の病で亡くなりました。高熱を発し、全く既存の薬が効かない状態だったんです。当時の私は、ある医術の研究所に勤めていました。早くに妻を亡くした私にとって、息子とともに住み込みで働けたその場所は、とてもありがたい場所でした。でも……手当の甲斐無く、息子は亡くなってしまいました。それだけでも、私にとっては世界が終わるほどの出来事だったのに……」
木彫りの星を一つ手に取り、握りしめる。
「しかし、最悪の地獄はその先にありました。その時の同僚である人間達に……息子の亡骸を奪われたんです」
「なんだって?」
ニコスが驚いて声を上げた。
「子供の亡骸を……一体どうしようって?」
タキスは目を閉じて首を振る。
「病の原因を調べる為に、解剖されたんです……」
三人は驚きのあまり声も無くタキスを見つめた。
「一度は息子を取り返して逃げ出したのですが、すぐに追っ手がかかり、結局奪われてしまいました。帰る事も出来ず彷徨う内に、この森に辿り着いて、死にたがっていた私は蒼竜様に救われました。後はただ惰性で生きるのだと思っていたんですが、ある年に降誕祭を息子が楽しみにしていたことを思い出して、森でイチイの木を切って来て飾る様になりました。不思議と慰められて、ギードが来てからは、飾りも増えて嬉しかったんです」
側に来たレイの頭を撫でて、タキスは笑った。
「命よりも大切だったあの子を、私は助ける事も守る事も出来ませんでした。ずっと苦しかったんです。でも、それが私に与えられた罰だと思っていました」
「そんな事……」
縋る様にタキスの手をレイは握りしめた。
そして、エイベルが言ってた言葉を思い出した。
自分は大好きな父さんにとてもとても悲しい思いをさせてしまった、と。あれは、先に死んでしまった事なのだと思っていたが、そうではなかったのだ。死んだ後にまで、自分が原因で父親に悲しい思いをさせ、ずっと苦しんでしたのを知っていたとしたら……彼があれほど、これ以上父さんを悲しませないで、と、言った気持ちが、痛いほどよく分かった。
何か言わなければいけないと思うが、言葉が出ない。涙を我慢して、タキスに抱きついた。
「でもね、先日、森に作った息子の墓に行ってきたんです。その時に、確かにあの子の声を聞きました」
レイの体を抱き返して、タキスは晴れ晴れと笑った。
「あの子が、貴方を導いて私達の所へ帰してくれるなんて。精霊王も洒落た事をして下さるものですね」
手にした星を、レイの手に握らせた。
「これからは、毎年貴方のために飾りを作ります、毎年貴方に贈り物をしましょう。生きていく為に、前に進む為に」
「うん、うん、大好きだよ。エイベルもずっと一緒だよ」
どうしても今の気持ちを表す上手い言葉が見つからなくて、何度も頷いてもう一度抱きついた。
分かっていると言わんばかりに、タキスは笑って抱き返してくれた。
降誕祭の前夜は、大変な騒ぎになったけれど、終わってみれば良い一日だった。
外はまた、静かに雪が降り始めていた。




