精霊魔法は失敗もする
文中に出てくる重さの単位ですが、
1グリン、1グラム
1キロム、1キロ
1トロン、1トン、です。
……さらっと流してください
「さて、体験に勝るものはない。一度やってみると良い」
ブルーに言われて、考えてから呼びかけてみた。
「シルフ、いますか?」
『何? 何?』
『呼んだ?』
二人のシルフが現れて肩と頭に座った。
「えっと、魔法の練習をするので付き合ってもらえますか?」
頼んでみると、二人のシルフはレイの顔を見て頷いてくれた。
ちょっと考えて、ベルトに付けた鞄から、手を拭く時に使ってる布を取り出した。
「この布を、風で飛ばしてみて……ちがうな、えっと、ブルーの背中に飛ばして載せてみてください」
そう言って、掌を上にして布を載せた。
次の瞬間、一瞬だけ突風が吹いて布が巻き上げられて、ふわりふわりとブルーの背中に舞い落ちた。
「おお、こりゃあ上手いもんだ」
「指示の出し方も的確ですね」
「俺達より上手いんじゃないか?」
三人は、拍手してそれぞれに感想を言い合っている。
「初めてにしては上出来だ。慣れぬうちは、それくらい慎重な方が良いぞ」
ブルーも頷いてそう言ってくれた。
その後は、何度もブルーに見本を見せてもらいながら、日が傾き始めるまで、風の精霊魔法の練習をした。
強弱を変えながら風を起こす事。一瞬の突風を起こす事。軽い物なら、意図した場所に飛ばす事も出来るようになった。
「風起こしはもう出来るな、後は鍛錬あるのみだ。しかし、風の精霊魔法は慣れるまでは広い外で練習するようにな。締め切った部屋で使うのは危険だから、まだ使わぬ様に。良いな」
ブルーに言われて、何度も頷いた。自分で怪我するならまだしも、誰かを怪我させるなんて絶対嫌だ。
「うん、ブルーがいてくれる時だけにするよ。よろしくね」
擦り寄ってくれた、大きな顔に抱きつく。
「それではもう暗くなる。家へ戻ると良い」
そう言うと、ブルーはふわりと浮き上がり、上空で旋回してから森へ帰っていった。
夕食の後は、いつものように勉強時間だ。今日の課題は、当然精霊魔法についてだった。
「とは言え、体験する事でしか理解出来ない事がほとんどなんですよね」
「確かに、口でどうこう教えられるものでは無いよな」
タキスとニコスが苦笑いしながら、顔を見合わせる。
「それも一理あるな。それなら、自分達の最初の覚えた頃の事を話すのはどうじゃ?」
ギードの提案に、二人はまた顔を見合わせる。
「竜人にとって、精霊魔法と言うのは、当たり前に側にあって、使えて当然でしたからね」
「確かに。物心ついた頃には、普通に使いこなしておったよな」
「それなら、魔法を使うのに苦労した事とか、失敗した事は?」
レイが手を挙げて提案する。特に、失敗談は聞いておきたかった。
「そうだな……俺が最初にやらかしたのは……」
ニコスが上を向いて考えていたが、急に両手で顔を覆って俯いてしまった。
「……無理、絶対言えません」
「それは是非とも聞いておきたいよなあ」
悪そうな笑みで、ギードがニコスの肩を叩く。
「お主の失敗談も言うなら、話してやる」
「おう、捨て身の攻撃に出おったな……」
そう言うと、二人揃って顔を覆って机に突っ伏した。
「何をやってるんですか貴方達は」
タキスが呆れたように笑った。
「ここは公平に、話す順番をくじで決めましょう」
そう言うと、教材の入った籠から、十本程の棒が入った入れ物を出してきた。
「一から十まで書いてあります。少ない番号の者から話していきましょう」
大真面目な顔でそう言うと、レイに入れ物を渡した。
「貴方が持ってて下さいね」
何度も頷いて受け取った。
軽い気持ちで聞いたのに、何やら大事になっている。皆そんなに失敗談は言いたく無いのだろうか。
「はい、じゃあ皆で一度に引いて下さい」
机の上に、入れ物を両手で持って立たせる。
「それでは……」
「おう、取るぞ」
「出来れば最後!」
三人が手を伸ばしてそれぞれ一本ずつ掴む。
「見せてください」
レイの声に、手にした棒を机の上に出す。
タキスは8、ニコスが3、ギードが1を引いた。
「おお、やってしもうたわい」
机に突っ伏してギードが唸る。ニコスも微妙な顔をして棒を見つめている。タキスは苦笑いしていた。
「えっと、じゃあギードから?」
棒を受け取って籠に戻しながら、ギードを見た。
「仕方あるまい。そうだな……ワシがまだヒゲも生えとらんガキの頃じゃ。ドワーフと言うのは皆、火の精霊魔法は当たり前に使いこなす。ワシの親父殿は腕の良い細工師でな、大きな工房を持っておった。何人もの仲間達と、沢山の宝石や細工物を作っておった」
お茶を一口飲んでから、思い出すように目をつぶった。
「工房への出入りを許される年齢になると、誰かの元へ弟子入りして、一対一で教えて貰うんじゃが……ワシが弟子入りした最初の師匠と言うのが、当然親父殿だった訳で……」
そう言うと、頭を掻いて苦笑いした。
「まあ、若気の至りというやつじゃ。最初は大人しくしておったんだが、自分で言うのも何だがワシはそれなりに優秀でな。調子に乗って、まだ扱えぬミスリルを勝手に持ち出して、細工しようとしたんじゃ。当然、火蜥蜴はそんな高温の炉の管理は出来ぬ。溶かすのが精一杯、しかも、温度管理が出来なかったせいで、ろくな形にならなかった。挙句に勝手に入れた石は、高温のせいで変質してしまってな。しかも、後から知ったのだが、その石は注文品だったらしい」
「ええ! それって……」
思わず言ってしまったレイの顔を見て、恥ずかしそうに笑った。
「そりゃあもう、拳骨で殴り飛ばされたわい。親父殿は取引先に頭を下げに行くし、工房の皆からも散々に叱られたぞ。それでも、そんな勝手な馬鹿者を、誰も見捨てずに教えてくれた。まあ、最初に馬鹿をやらかすと、後は気が楽になってな……独り立ちする頃には、失敗も笑い話になったわい」
肩をすくめると、ニコスの肩を叩いた。顔は満面の笑みで。
「という訳じゃ。次はお主じゃぞ」
「はいはい、分かりましたよ」
ニコスはそう言うと、一口お茶を飲んで話し始めた。
「私の家は、代々ある貴族の館に仕えてましてね、そこの教育係兼世話係のような事をしてました。とは言っても、まだ子供の頃ですから、確かレイくらいでしたかね。ほとんど俺は雑用係でしたよ。でも、そろそろ自分で色んな精霊魔法を使いこなせて、自信をつけて来た頃です」
苦笑いして、頭を掻いた。
「色んな仕事がありましてね、ある時、業者から配達された荷物を受け取って、倉庫まで運ばなければならなかったのですが、ちょっと立て込んでましてね。要するに俺しかいなかった訳ですよ」
ため息を吐いて、上を見る。
「配達されたのは、小麦粉の袋が二十、砂糖の袋も二十。一つが10キロム、全部運ぶのは、台車があっても大変な訳で……」
「あ、なんかもう分かったかも……」
レイの呟きに、ニコスは頷いた。
「その通り。今日の貴方のようにシルフに運んで貰おうとした訳ですよ。ところが、『ここにある小麦粉と砂糖をいつもの倉庫へ運んでくれ』と、言ったら……彼女らは袋の中身だけ運んでくれて、倉庫にぶちまけてくれましてな」
「うわあ、考えたくない」
レイの叫びに他の二人も眼を覆って頷いた。言いたくなかった訳がよく分かった。
「真っ白になった倉庫を見て、本気で気が遠くなりましたよ」
「……どうなったか聞いて良い?」
恐る恐る聞くと、笑って頷いた。
「これが精霊魔法の恐ろしいところでもあり、また有り難いところでもある。激怒した父上に拳骨で殴り飛ばされて……おお、ギードと同じだな。母にもメイド長にも散々叱られて、倉庫へ連れていかれてな。一人で掃除する覚悟で行った訳だが、そりゃあ驚いた。倉庫が綺麗さっぱりピカピカになってる」
「どう言う事?」
「父上が、シルフ達に命じて、散らばった小麦粉と砂糖を分けて、元の袋に戻させたそうだ」
「そんな事出来るの?」
「完全にシルフ達を配下に治めている、父上ならではの技だな、俺は今でもそんな事するのは無理だと思うぞ」
「すごいね、指示する時もよく考えないと、とんでもない事になるんだね」
絶対気を付けようと心に誓った。
「私は水の精霊魔法でしたね。同じく子供の頃でしたが、寒い季節に水を汲みに行くのに、面倒になって……精霊に空のバケツを見せて、ここに水を入れてくれと、言ったんですよ」
「あ、それも、どうなったか分かった気がする」
タキスは何度も頷いてレイの頭を撫でた。
「その通りですよ。バケツから水が溢れ出して一面水浸し。びしょ濡れになるし、もう最悪でしたね。さすがに拳骨で殴られはしませんでしたが、真っ暗な倉庫に放り込まれて、泣いた覚えがありますよ」
「皆、色々とやらかしておるの」
しみじみと言うギードに、皆苦笑いして頷いた。
「まあ、そんな訳ですから、貴方も遠慮せずやらかしてくれて良いんですよ。その時は叱られても、必ずその経験は自分の力になります。やらないよりも、やった方が何倍も身につきますからね」
「分かりました。じゃあ、頑張って色々やらかします」
大真面目に答えると、皆揃って吹き出した。
「まあ、何をしてくれるか楽しみだな」
「そうそう、皆通った道ですよ」
「さて、今日のところはこれくらいにしましょう。明日も、天気が良ければ、昼からは上で魔法の練習ですね」
そう言われて、お茶の道具を片付けながら嬉しそうに笑った。
「毎日ブルーにも会えて、すごく楽しいよ。頑張って早く使いこなせるようになるね」
「楽しみにしてますよ」
タキスがそう言って抱きしめてくれた。




