冬将軍の到来と火の守役
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたが、昨日以上の寒さに、やっぱりベッドから起きたくなくて、また毛布の中に潜り込んだ。
早く起きろと髪を引っ張るシルフ達と、布団越しに逃げ回ってしばらく遊んでいたら、最後には現れた何人ものシルフ達に、一斉に首筋を擽られてしまい、悲鳴を上げて全面降伏した。
「分かった分かった。おはようございます。もう起きるから、許してください」
寒さに震えながら大急ぎで着替えて、洗面所に向かう。
今日は、ちゃんとセーターの向きも確認する。
「よし、今日は何をするのかな?」
顔を洗ってから居間へ行くと、ニコスがハムを切っているだけで、二人がいない。
「おはようございます。あれ? タキスとギードは?」
部屋を見渡したながら不安になって尋ねると、ニコスが振り返って教えてくれた。
「外は一晩で凄い事になってますよ。見て来るといい」
「もしかして……雪?」
笑って頷くニコスを見て、急いで玄関へ向かう。
ところが、玄関へ行って扉を開こうとしたが、いくら押しても開かない。
「あれ?どうして?」
何度も押してみるが、全く開かない。
「ああ、言わなくてすみません。そっちは出られませんので、廊下をぐるっと回って、ギードの家の方へ行ってみるといいですよ」
居間からニコスの声が聞こえる。
不思議に思いつつ、言われた通りに廊下を早足で歩く。
広い廊下もかなり寒い。
上着を着てくればよかったと思って、震えながら歩いていると、肩に火蜥蜴が一匹現れて、服を伝って懐に潜り込んだ。
お腹のあたりがほんのり温かくなる。
「凄いや、ありがとうね」
お腹を軽く叩いてから、明るくなる廊下を進んだ。
「そう言えば、ギードのお家に入るのって初めてかも……えっと、おはようございます」
大きな声で、挨拶しながら開いた扉の中へ入ってみると、向こうの家と同じく洗面所に出た。
「タキス、ギード、どこにいるの?」
呼びながら、洗面所の扉を開けてみる。どうやら向こうの家と基本的な作りは同じみたいなので、居間へ行って見たが誰もいない。
玄関の方へ行ってみると、二人の声が聞こえてきた。
「しかし、よくも一晩でこれだけ降ったもんだ。今年の冬将軍は仕事が荒そうだのう」
「全くです。いきなり扉が開かないとか、本当にやめて欲しいですよ」
扉の外から聞こえる声に、二人とも外にいると分かったので、もう一度大きな声で挨拶しながら扉を開いた。
「おはようございま……うわあ! なにこれ!」
今度はちゃんと扉が開いたが、目の前に広がる光景に思わず声をあげた。
そこは一面の銀世界だった。
しかも凄い量だ。膝の辺りまで積もっているらしい。
目の前にあるはずの、いつも出入りしている家の扉は、吹き寄せられた大量の雪に完全に埋もれていて、全く何も見えなかったのだ。
「おや、おはようさん。どうだ一晩でこの有様じゃ。良い天気が続いとったから油断したわい」
大きな雪かき用のシャベルを手に、ギードが肩をすくめる。その横では、タキスもシャベルを手に苦笑いしていた。
「おはようございます。丁度良かった。貴方も手伝ってください。朝ごはんの前に一仕事ですよ」
どうやら、朝から二人で、ギードの家の前の雪かきをしていたらしい。
「手がいるなら、起こしてくれればよかったのに」
そう言って笑うと、周りを見回して、扉の外に立て掛けてあったシャベルを手にした。思ったよりも軽くてこれなら使えそうだ。
「お家の前の雪も退けるの?どこからしたら良い?」
やる気満々で言ったが、タキスは首を振って苦笑いすると、家では無く厩舎のあった左側を指差した。
「家の方は、風向きで雪を退けても直ぐにまた埋まってしまうので、あの扉は冬の間は閉めてしまいます。厩舎と家畜小屋の方を退けます。覚悟してください、今日は一日力仕事ですよ」
指し示す厩舎と家畜小屋のあった場所も、家と同じく完全に雪に埋もれていた。
「え? 待って、皆は? 雪に埋もれてるの?」
驚いて聞き返すと、昨夜、雪が降り出したのをシルフ達が知らせてくれて、急遽、広場へ皆を入れたのだそうだ。
「あそこは確かに広いけど、一緒にしてて、ラプトル達は黒頭鶏の事、襲ったりしないよね?」
心配になって聞いたが、ちゃんと分かってるらしく、襲う事もなく仲良くしてるらしい。
「よかった。皆、仲良しなんだね」
ホッとして笑うと、半分程出来た道の先へ行き、タキスと並んで雪を退け始める。後ろへやった塊の雪を、ギードが出来た通路の外へ放り出して道を固めていく。
もうすぐ厩舎にたどり着く頃に、耳元でシルフがニコスの声を伝えてくれた。
『ご苦労様ご飯の支度が出来ましたよ』
「ご飯だ!」
「今日の飯は美味いぞ」
ギードと顔を見合わせて笑う。
「本当ですね。さて、ひとまず戻りましょう」
タキスがそう言って、伸びをして肩を回す。
見上げた空はどんよりと曇り、薄黒い雲が広がっている。
「納屋の壁は、昨日のうちに補強して、扉も閉鎖したからな。間に合ってよかったわい。厩舎と家畜小屋も今日中に閉めてしまおう」
廊下を戻りながら、二人は午前中の段取りを相談している。
その時、懐から火蜥蜴が顔を出して口を開けた。
「ありがとうね、お陰でお外も寒くなかったよ」
頭をそっと触ってみたら、ほんのり温かくて思ったよりも柔らかな手触りに驚いた。
「あ、ちゃんと触れた。ふわふわであったかいや」
嬉しそうに言った少年の言葉を聞いて、タキスとギードが急に立ち止まって振り返った。
「レイ、それは……」
タキスが、何か言いかけたまま固まってしまう。
レイの手に、甘える様に頬擦りする火蜥蜴は、彼の懐から顔を出しているのだ。
「おいおい、一体どうやって其奴をそこに入れた? 火蜥蜴なんぞ迂闊に懐に入れたら、火が付いて大火傷するぞ」
ギードが慌てて言うが、レイには何の事だが分からない。
「さっき、ギードのお家へ行くのにここを通ったら、すごく寒かったの。震えてたらこの子が来てくれて、懐に入ってくれたんだよ。とってもあったかくて、外にいても全然寒く無かったよ」
二人はその言葉を聞くと、無言で顔を見合わせて首を振った。
「誰が火の属性が無いですって?……無意識で、これだけの事をするなんて、普通はあり得ませんね」
「そうだな、全く恐れ入ったわい。さすがは蒼竜様の主だな」
苦笑いする二人を見て、不安になった。
自分は何か、やってはいけない事をしたのだろうか?
「えっと、ごめんなさい。僕、何かいけない事をした?」
火蜥蜴が叱られたらどうしよう。そう思って泣きそうな顔で尋ねると、タキスが笑って抱きしめてくれた。
「違いますよ。貴方が気付かずにやった、その火蜥蜴を懐に入れて暖を取る。それは、火の精霊魔法の中でも、上位ではありませんが、使いこなすのがとても難しい術なんですよ」
「余程、火蜥蜴を上手く使える者でないと、言った様に火だるまになっちまうからな」
「もしかして、僕……火の魔法を使ったの?」
「そうですよ、初めてにしてはとても上手に出来ましたよ」
笑顔で褒められて、嬉しさに飛び跳ねた。
「やったー! 魔法を使えたって!」
「これは、もしかして……もう、他の魔法も出来そうだな。冬の間に、ちと訓練してみるか」
ギードにそう言われて、更に嬉しくなった。
朝ご飯は、たっぷりの野菜と豆が入ったスープと、焼いたベーコンとゆで卵、今日は黒パンではなく、真っ白な柔らかい焼きたてパンだった。
食事の間も、火蜥蜴はレイの肩から離れずにずっと側にいた。
食事の後はニコスも加わり、さっきの続きの雪かきをした。
なんとか厩舎を掘り出し、そのまま掘り続け、家畜小屋も出て来たところで、一旦休憩だ。
ギードの家に戻って、居間でお茶とお菓子を食べた。
「ギードのお家って、初めて入ったよ。作りは向こうのお家と同じなの?」
ビスケットを齧りながら聞くと、ギードが頷いて言った。
「基本的な造りは同じですよ。ただ、向こうの食糧庫にしてる場所が、作業場で炉や窯があったり、細かい作業をする仕事部屋があったりしますので、細かいところは、まあ、色々違いますがな」
「今度、お仕事してるところ見てみたいな……駄目?」
ギードは驚いた様にレイを見て笑った。
「地味な作業ばかりだから、見てても面白く無いと思いますがな。まあ、別に見ても構いませぬぞ」
「うん、よろしく。僕、エドガーさんが包丁を作ってる時の、大きなハンマーで、真っ赤になった金属を叩いてるのを見るのが好きだったの。危ないからって、側には行けなかったんだけどね」
「そうか、それは嬉しいのう。もうちょっと筋肉が付いて、片手でハンマーを打てるようになったら、ナイフの作り方位は教えてやるぞ」
それは、ギードにとっては、なんて事ない一言だったのだろうが、レイにとっては、とても嬉しい言葉だった。
「やりたい! やりたい! お願いします!」
喜ぶ彼の肩の上に、火蜥蜴が現れて嬉しそうに口を開けて何度も頷いた。
「なんじゃなんじゃ、お前はレイの火の守役か。それなら、いつか彼が鉄を打つときは、お前がその火を守ってやれよ」
「火の守役?」
聞き慣れない言葉に、レイが聞き返す。
「我らの様に、精霊の火を使う者は、それぞれの人に一匹、中心になる火の精霊がおります。特に、その者と仲の良い精霊がなりますな。他の精霊と違って、火の精霊は微妙な扱いがとても難しいんですわい。なので、その仲の良い精霊を、火の守役と呼んで大事に致します」
そう言って笑うギードの肩に、一際大きな火蜥蜴が現れて、嬉しそうに頬擦りした。
「大っきい。その子がギードの火の守役なんだね」
目が合ったので手を振ってみると、口を開けて笑ったみたいに見えた。
「火の守役とは、まさに一生の付き合いですからな。大事にしなされ。大事にすれば、必ず精霊は応えてくれますぞ」
愛しそうに肩に乗った火蜥蜴を撫でてから、レイの頭も撫でてやる。
嬉しそうに笑う少年の姿に、ギードは、もし自分に子供がいたら、こんな風なのかと、心の中で思った。
タキスの気持ちが、少し分かった気がした。