それぞれの買い物
カミュが、レイが買う二点の準備をしてくれている間に、レイは他の人のところに、何を選んでいるのか見に行ってみた。
ロベリオ達三人は、ニーカの為に選んだ指輪を見せてくれた。
石は綺麗なほぼ透明の薄紅色の大粒のロードクロサイトで、石のまわりには細かな透明の石が取り囲むように綺麗に嵌められている。土台の指輪部分は少し黄色がかった綺麗な銀色で、細やかな蔓薔薇が石を取り囲むように全体に刻まれていた。
現れたシルフ達も、皆嬉しそうに石を見ている。
『良き石』
『良き石』
『素敵な石』
「そうだね。素敵だね」
それを見て目を輝かせるレイに、三人も嬉しそうに笑っていた。
その隣では、カウリとルークが顔を寄せて何やら真剣に話をしている。
カウリの前には、綺麗な透明な石の入った指輪が置かれている。キラキラと輝いていてとても綺麗だ。
「これはチェルシーにあげるの?」
覗き込みながら聞いてみる。すると、カウリは照れたように笑った。
「ああ、そうだよ。ダイヤは彼女の誕生石なんだよ。だから、いつか絶対一つは贈りたいって思っていたんだ」
「誕生石って?」
初めて聞く言葉に、レイは首を傾げた。
「ああ、基本教育はここもか!」
ルークが横でそう叫んで、レイの背中を叩いた。
「なあ、彼女って、何月生まれか聞いたか?」
唐突な質問に、レイは何度か目を瞬かせて首を振った。
『彼女は六月生まれだよ』
レイの目の前に現れたシルフが笑って教えてくれる。
この世界では、生まれた月単位で数える。細かな日にちでは無く、何月生まれ、と言うのだ。
未成年の間は、親によっては生まれた日に祝う家庭もあるが、基本的にその月の初め、もしくは終わる頃に誕生日を祝う。
「それなら真珠だな。じゃあ次回は真珠をお願いすれば良い」
目を瞬かせるレイは気付かなかったけれど、後ろでは、彼らの会話を聞いていたカミュが手帳に何かを書き込んでいた。
「あれ? これは何をするものなの?」
ルークの前のトレーには、細長い針のような金属棒の先に綺麗な花の細工がされていて、花の真ん中部分に、赤い小さな石が嵌められていた。
反対側の先には金属の丸い玉のようなものが嵌っていて、花の根元部分から細い繊細なチェーンで繋がっていた。
「これはスカーフピンと言って、胸元でスカーフを止めたり、襟に飾ったりも出来るよ」
そう言って、ルークが棒の先の丸い金属部分を外して見せてくれた。
「あ、先が針になっているんだね」
丸い玉を外した部分は、綺麗に研がれていて鋭利な輝きを放っていた。
「女性は剣を持たないからね。これは護身用の意味もあるんだ。二人とも、そろそろ持っても良いかと思ってね」
もう一本、同じような細工の襟飾りが置かれていて、その石は綺麗な薄紅色をしていた。薄紅色は間違いなくロードクロサイトだ。
「あれ、こっちがニーカなら、こっちは?」
赤い方を指差すと、ルークは笑ってレイの背中を叩いた。
「レイルズは忘れているみたいだけど、俺だって一応クラウディアと一緒に授業を受けているんだよ。昇格した事は聞いて知っているんだから、お祝いくらいは贈らないとな」
驚いていると、カウリも横で笑っている。
「だから、これは俺たち二人からって事で渡すんだよ」
「喜んでくれるといいね」
嬉しそうなレイの言葉に、皆も笑顔になった。
ロベリオ達は、他にもいくつか選び、届け先まで一つずつ指定しているのを見て、レイは、大人って大変だな、なんて思って感心していた。
「レイルズは、彼女にこれをどうやって渡すつもりなんだ?」
改めて聞かれて思わず考えた。
「えっと、次に訓練所に行く時に渡そうと思っていたんだけど、駄目?」
すると、ルークはロベリオ達と何やら相談し始めた。
「それなら、ニーカを呼ぶ時に彼女にも来て貰えばいい。神殿に連絡しておくよ」
驚いていると、ユージンが教えてくれた。
「ニーカが、三位の巫女になったお祝いをしようって言っててね。ささやかだけど本部で祝いの席を設ける事にしたんだ。もちろんそんな改まった席じゃないよ。ほら、降誕祭の時みたいに、休憩室にご馳走をいっぱい用意して皆で食べるんだよ」
納得してレイも笑顔になった。
「ニーカ一人で来させるのも何だしね。迎えを寄越すから、彼女も一緒に来て貰えば良いだろう?」
「ブルーを、今度こそ彼女に紹介出来るかな」
嬉しそうなその言葉に、ルークは堪えきれずに吹き出したのだった。
「そうなんだって。彼女と会えると良いな」
目の前にいたブルーのシルフに、ルークは笑いながら話しかけた。
「では、こちらはそれぞれお包みして、後ほど部屋にお届け致します」
代表者のヨナスがそう言い、深々と頭を下げた。
しかしレイはここに至るまで、自分が買った宝石が幾らだったのか聞いていないし、明細も一切見ていないのだ。
「じゃあ戻ろうか」
ルークに質問しようとして横を向いた時、レイは机に置かれた箱の中の一つに目が吸い寄せられた。
それは、他とは違っていて箱も深くて大きい。蓋はされていない箱の中には、うす紙で周りを包んで見えるようにした、ゴツゴツとした石がいくつも入っていたのだ。
「何これ?」
思わず、そう呟いて覗き込んだ。
「ああ、そちらは原石でございます。部屋の装飾品として置くものでございます」
カミュの言葉に、レイはさっき目についた石をもう一度改めて見た。
それは、白っぽい石だが、何とも不思議な輝きを放っていた。角度によって青味がかった輝きが現れて見えるのだ。体を動かして右から左から見て、色が変わるのを確認して笑顔になった。
「それは、月長石と呼ばれる石で、取り出して磨くとムーンストーンと呼ばれる宝石になります。こちらがそのムーンストーンでございます」
別の箱から取り出して見せてくれた指輪の石は、乳白色の丸い石の中に不思議な青っぽい光を放っていた。
「月の石なの?」
「ドワーフ達の間では、昔、この石は月の光が結晶化したものだと言われていたそうです。精霊使いの方々にとっては、それ程に力の強い石だそうです」
レイはその原石から目を離せなかった。
月の名を持つ石。そんな石があったなんて初めて知った。
「欲しければ買えば良いよ。月の名前が付いた石なんて、お前にぴったりじゃないか」
笑ったルークがそう言ってくれて、結局、追加でムーンストーンの原石も買う事にした。
別に書かれた紙に代理でルークがサインするのを見て、全部で幾らだったのか考え、ちょっと怖くなったレイだった。
満面の笑みのデルフィン商会の人達に見送られて、一同は休憩室に戻って来た。
「夕食まで少し時間があるな。休憩していて良いぞ」
ルークにそう言われて部屋に戻ったレイは、夕食だと呼びに来てくれるまで、ブルーのシルフとニコスのシルフ達に教えてもらって、明日の天文学の授業の予習をして過ごした。
夕食の後は、また休憩室で陣取り盤を挟んでルークと対戦してもらった。
負けたけど、かなり上達したと褒めてもらえて、ちょっと嬉しかった。
「じゃあ、もう疲れたから今日は休むね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「お疲れ様」
立ち上がったレイに、皆も陣取り盤から顔を上げて手を振ってくれた、
ラスティと一緒に部屋に戻ったレイは、湯を使って着替えると早々にベッドに潜り込んだ。
「おやすみなさい、明日もあなたに蒼竜様の守りがありますように」
「おやすみなさい。明日もラスティにブルーの守りがありますように」
いつものようにお休みの挨拶をして、ラスティが部屋の明かりを落として出て行くのを見送った。
「ふう、なんだか大騒ぎの一日だったね」
天井を見上げて小さく呟いて笑うと、枕元に現れたブルーのシルフも笑って頷いてくれた。
『カルサイトの主は、どうやらかなりの心配性のようだな』
「竜騎士になるって、もっと簡単だと思っていたけど、なんだか色々大変なんだね」
『まあ、貴族間の力関係とも、全くの無関係という訳にはいかんだろうからな』
笑みを含んだブルーの言葉に、レイは小さくため息を吐いた。
「僕に出来るかな。グラントリーから色々教えてもらうけど、聞けば聞くほど複雑怪奇だよ。第一、好きでも無い人と、笑顔でお話しなんて出来るかな」
広がったとは言っても、今のレイの世界にいるのは、彼にとっては皆大切な、言ってみれば好きな人だけだ。だが、これから先は、そうはいかなくなるだろう。
来年の春に成人年齢になれば、正式に竜騎士見習いとして紹介される事になる。そうなれば、ルーク達に連れられて、竜騎士見習いとして公式の場にも参加する事があるのだと聞いている。
精霊魔法訓練所には、今まで程時間は取れなくなるだろうが、まだ当分の間は行っても良いと言われている。
「ここへ来て、もう一年だもんね。あと半年お勉強をして、そして公式の場に出る見習い期間が半年。絶対にあっという間だよ。本当に……」
ぼんやりと天井を見上げたまま、小さな声でそう呟いた。
「おやすみ、シルフ。明日もいつもの時間に起こしてね。朝練の後は訓練所に行くんだよ」
目の前で手を振るシルフ達に目を開いて笑い掛け、小さく深呼吸をしてそっと横を向いて枕に顔を埋めると目を閉じた。
穏やかな寝息が聞こえるまではあっという間だった。
その時ブルーのシルフと何人ものシルフ達が現れ、うつ伏せになったレイの肩をそっと押して上を向かせてやり、乱れた毛布をかけてやったのだった。
そのままシルフ達は、彼のふわふわな赤毛に何度もキスを贈って、穏やかな寝顔を飽きもせずに、ずっと眺めていたのだった。




