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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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星系信仰と天体盤

 座って真剣な顔で自分を見るレイに一つ頷き、ダリム大尉はお茶を一口飲んでから口を開いた。


「星系信仰は、元々古くからある自然信仰の一つで、太陽を絶対の神とする太陽信仰と対をなすものでした。今では太陽信仰は既に無く、太陽は恵みの象徴として、精霊信仰の中に取り入れられていますね」

 頷くレイを見て、ダリム大尉も嬉しそうに頷いた。そして、足元に置いた鞄から一冊の本を取り出して、静かに机に置いた。

「これは予備の教典です。私はまだ何冊か持っていますから、どうぞお持ちください」

 綺麗な革の装丁がなされた分厚い小振りな本を差し出され、レイは驚いて目を見張った。

「星系信仰にも教典があるんですか?」

「もちろんございますよ。これは基本的な教えや祈りの言葉、日々の信仰の際に気をつける事などが書かれた、いわば入門書のようなものです。若かった私が、オルダムへ来る時に何冊か持って来ました。ですが、この街では星系信仰そのものが全く知られていないと知り、とても残念に思った記憶がありますね。少し古いものですが、書かれている内容は今のものと変わりません。今になってお渡し出来る方が現れるなんて、とても嬉しいです」

 嬉しそうに本を開くレイを、大尉も嬉しそうに見ていた。


「精霊信仰の総本山である精霊王の神殿でも、星系信仰は否定していません。私も司祭様に許可を頂いて、今でもオルダムの精霊王の神殿で、精霊王への祈りと共に、星々への祈りも行なっております」

 驚くレイに、大尉は大きく頷いた。そして、胸元から小さなペンダントを取り出して見せてくれた。

「星系信仰では、その信仰の象徴である星の代わりに、石のついたペンダントを身に付けます。石が付いている事以外は特に指定が無く、その他の細工は自由ですので、様々な職人がそれぞれに工夫を凝らしたペンダントを作っております」

 大尉のペンダントは、透明な綺麗な丸い石の周りに、細い金属が幾重にも絡み付いていた。そして、その鳥の巣のようになった石を守るように、簡単な細工の一頭の竜がそれを抱くように丸くなっていたのだ。

「竜がいるね」

 思わず笑顔になったレイに、大尉は自分のペンダントをそっと両手で抱きしめるようにして額に当てた。

「星系信仰でも、竜は神聖なる生き物として大切に敬われております。その為、ペンダントの細工には石を守る竜が使われる事が多いですね」

 大尉はそう言って、少し寂しそうに笑った。そして、ゆっくりと顔を上げて天井を見上げた。


「今は無きある国では、星系信仰が大勢の信者を集めておりました。その国に、ハルディオと言う名の腕の良い職人がおりました。私は見た事はございませんが、その職人が作る竜のペンダントは、それこそ生きているようだったと聞いております」

 レイは思わず、自分の胸元にある、今は木彫りの竜のペンダントを服の上からそっと握った。

「これは、そのハルディオのペンダントの形を真似たものだと聞き及びます。ハルディオのペンダントとは比ぶべくもございませんでしょうが、父から贈られたこれは、私にとっては大切な崇敬の対象です」

「その国って……アルカーシュの事ですよね」

 小さな声でそう言ったレイを、大尉は驚きの目で見つめた。

「はい、その通りでございます。貴方のようなお若い方の口から、今は無きアルカーシュの名が出るとは驚きです」

「ええと、歴史の授業で習いました」

 その言葉に、大尉は納得したように頷いていた。


 自分の持っている、母さんのペンダントを見せて良いかどうかの判断はレイにはつかなかったので、王妃様の持っているペンダントを思い出して、その話をする事にした。

「ええと、以前、王妃様とお話しをさせて頂いた時に、お婆様が持っていらしたと言う、ハルディオのペンダントを手直ししたブローチを見せて頂きました。その時に、そのお婆様がアルカーシュからお嫁に来られたって話をお聞きしたんです」

「おお、まさしく王妃様がお持ちになっておられるのは、正真正銘のハルディオ作のペンダントでございます。王妃様のお婆様は、アルカーシュの星系神殿の巫女だったお方で、還俗されてこの国へ嫁いで来られたのです。その際に、当時のアルカーシュの巫女達が持っていた、ハルディオのペンダントをお持ちになったと聞いております」

「確かにすごく綺麗な細工で、本当に生きているみたいだったよ」

 レイの言葉に、大尉は何度も頷いた。

「間近でハルディオの細工をご覧になられたとは、羨ましい限りでございます」

 目を細める彼を見て、レイは今更自分も持っているとは言えなくなってしまった。

『出さないで』

『あれは見せびらかすようなものでは無いからね』

 紅茶のカップの横に現れたニコスのシルフにそう言われて、レイは小さく頷いた。


 カウリとマーク、キムの三人は、黙って彼らの話を聞いている。


「ならばレイルズ様は、アルカディアの民と呼ばれる一族をご存知でしょうか?」

 驚くレイに、大尉は自分のペンダントを首に戻しながら小さく笑った。

「今、アルカディアの民と呼ばれている彼らは、恐らく子孫なのでしょうが、元を辿ればアルカーシュにいた賢者の一族の末裔なのです。その彼らも、ハルディオの銀細工のペンダントを持っていたと父上から聞きました」

 驚いていたのはカウリ達だけで、レイはそれを聞いても驚かなかった。それどころか、身を乗り出すようにして、大尉を覗き込んだ。


「大尉はアルカディアの民について、何か知っているんですか?」

 驚いたように目を瞬かせた大尉は、小さく頷いて机の上に置いてあった教典をそっと撫でた。

「実は、アルカディアの民は皆、今も敬虔な星系信仰の信者達です。また、彼らは星系信仰の中ではいわば司祭のような地位を持ちます。その彼らは、星のかけらを持っているのだと言われていますね」


「星の、かけら……」


 レイの胸の中に、不意に何かが現れたような気がしたが、それは一瞬でいなくなってしまった。

「何だろう? どこかで聞いた事がある気がするんだけどな?」

 小さく呟いて、ブルーに尋ねようとして慌てて口を噤んだ。マークやキムもいるここで、迂闊な質問は控えるべきだろう。

 ニコスのシルフ達が、何も言わずに頷いてくれたので、レイは黙って顔を上げた。

「えっと、その星のかけらって、具体的には何の事なんですか?」

 しかし、大尉は首を振った。

「それが、具体的に何であるのかは一切知らされておりません。ですが、それは知識の事であると私は考えております。彼ら皆、アルカーシュで賢者の一族と呼ばれていましたからね」

「すみません。なんだかよく分からない話になってきましたね」

 苦笑いするカウリにそう言われて、話に夢中になっていた二人は我に返った。


「ああ、話が逸れましたね。ではもう少し具体的に星系信仰についてお話し致しましょう」

 笑った大尉は、机の上の経典を開いた。それから、足元に置いた鞄から、お皿のような不思議なものを取り出して机の上に置いた。

「レイルズ様は、北にある、動かぬ星をご存知ですか?」

「ええと、北極星の事ですよね。はい、それは本で読んで知りました」

「北に動かない星があるのは聞いた事があるけど、どれがそうなのかなんて気にした事なかったな」

 カウリ達は不思議そうに話しているのを見て、大尉は机の上に置かれた教典の、一番最初の頁を開いた。

 そこには、見開きを使って円があり、円の中には一面に夜空が描かれていた。

「これは、実際にはあり得ぬ、全ての星座を一枚に描いた天体図でございます」

 確かに、見覚えのある星座が、幾つも見て取れた。


 何度も星空を眺めたレイは気が付いていた。一年を通じて、季節毎に見える星座が変わっている事を。


「こちらが、一年を通じた星々の動きを見る事が出来る、天体盤と呼ばれる道具でございます」

 そう言って、先程取り出した不思議な円盤状のものを指差した。

「へえ、初めて見る道具だな」

 感心したようなカウリの言葉に、マークとキムも頷いている。

 レイは、天体盤の存在は知っていたが、もちろん現物を見るのは初めてで、目を輝かせてそれを覗き込んだ。

「どうぞ、お持ちになってご覧ください」

 手渡されたそれは、少し丸みを帯びたお皿のような円盤で、真ん中部分に小さな鋲が打たれていて、二重になったお皿が回転して動くようになっていた。

 その上側のお皿は、一部だけが開いた窓になっていて下側のお皿を動かすと、そこに描かれた星が見えるようになっていた。

「円盤の縁の部分に書かれているのが、一年の暦です。そして、この真ん中に打たれた鋲が北極星を表しております。北極星は、星空の中心であり動かぬ星でございます。見たい季節の暦を合わせ、書かれた方角を向けば、その時に見える夜空が、この窓に現れる仕組みなのです」

 説明を聞いて、レイはそっと円盤を動かして今の日付に合わせた。

「えっと、こっちが北だから今夜に見える星はこうだね」

 腕を伸ばして北を下にして円盤を持ち直す。

 左右からカウリ達も覗き込んできた。

「あ、本当だ、今見えてる空がそのまま描かれているよ」

 目を輝かせるレイと違い、三人は顔を見合わせて首を振った。

「星空なんて、考えてみたら特に気にして見た事が無いな。そんなに違うのか?」

「違うよ、見える星座は季節によって違うんだよ!」

 レイが説明する星座の話を、三人は感心したように聞いていた。

「成る程な。じゃあ今夜にでも見てみるよ。北側にあるんだな。その、動かない星ってのが」

「うん、割と大きな星だから、少し見ればわかると思うよ。それで、そこから少し離れたところにあるのがこれでね……」

 彼らが興味を示してくれた事が嬉しくて、レイは一生懸命天体盤を指差して、今見える星の説明をしていた。

 そんな彼らを、大尉は嬉しそうに見ていた。


「レイルズ様は、高等科で天文学を学ばれているそうですね。天文学は、この国で星系信仰が形を変えて残ったものです。とても難しい学問ですが、どうぞ頑張って勉強なさってください」

「はい、もう正直言って、選択した事を後悔してるんですけど、少しずつでも分かれば嬉しいですよね。せめて、自分で暦を合わせられるようになれるように頑張ります」

 目を輝かせる彼を見て、大尉は何度も嬉しそうに頷いていた。

「天体盤って手に入りますか?」

 見ていた天体盤を返しながらそう尋ねると、大尉は笑って頷いた。

「オルダムでは売っているのは見た事がありませんが、出入りの商人に頼めば、取り寄せて貰えると思いますね。クレアかセンテアノスの街では、星系神殿の横に、必ず天体盤を売っている店がありますから」

 その言葉に、本部へ戻ったらラスティに相談してみようと思うレイだった。


 貰った本を、カバンに入れて、立ち上がったレイはダリム大尉に改めてお礼を言った。

「教典、ありがとうございます。戻ったらゆっくり読ませてもらいます」

「もしも、何かわからない事があれば、いつでもお聞きください。私でわかる事でしたら、いつでも教えて差し上げます」

 改めて握手をして、大尉に見送られてレイ達は部屋を後にした。


「勉強になったよ。なんだかよく分からない話もあったけど、とりあえず、今夜は空を見ながら一杯やることにするよ」

 大真面目にカウリがそんな事を言うものだから、マークとキムが吹き出し、レイも思わず笑ってしまった。

「どうして、そこで一杯飲むって話になるんだよ」

「ええ、星見酒とか粋じゃねえ?」

「月見酒なら聞いた事があるな」

「あ、それは確かにあるな。いいな、じゃあ先ずはそこから始めるか」

「駄目です。今夜は新月だから、残念ながら月は出ていません!」

 大真面目なレイの言葉に、全員揃ってまた吹き出したのだった。

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