竜騎士見習いと精霊魔法の適性の話
竜騎士隊の本部にある食堂は、基本的に竜騎士隊に関わる関係者しかいないので、カウリが竜騎士見習いの服を着ていても、特に騒ぎにはならない。レイも、竜騎士見習いの服を着て食事に来た事があるが、特に騒がれることも無かった覚えがある。
「こっちの食堂は空いてて良いな」
トレーを持って前に並んだカウリの言葉に、レイは小さく吹き出した。
「僕、初めてあの食堂の大混雑を見た時は、本気で何かあったのかって思ったよ」
「あの大混雑を見慣れているから、逆にこっちが驚きだよ。皆、大人しく並んでいて偉いなあって」
その言葉に、もう一度レイは吹き出した。
「ええ、そうなの? 少なくとも、僕が知ってる食堂はどこもこんな感じだよ。大混雑だったのは、あそこが初めて」
「まあ、あの食堂に来てるのは、一般兵だけだからな、士官はまた別の食堂があるから、そっちは大人しいのかもな」
そんな話をしながら、次々と好きなものを取っていく。
食事の前に、全員が揃って丁寧なお祈りをするのをカウリは黙って見ていた。
「食前のお祈りなんて、もう覚えてねえよ」
お皿の縁に座ったシルフに、彼は小さな声でこっそりそう話しかけてから、黙ってお祈りをする振りをした。
食後のカナエ草のお茶を、それぞれポットで取ってくる。カウリは果物を、レイはマフィンを取って来ていた。
「朝からよく食うな。さすがは育ち盛りだな」
からかうような口調で言われて、レイは笑って舌を出した。
「美味しいんだもん。いいでしょう」
「別に構わないだろ。縦より横に成長しないようにするなら、好きにすると良いさ」
その言葉に、周りにいた皆が吹き出した。
「し、失礼しました」
ヘルガーの詫びに、カウリも堪え切れないように笑った。
「へえ、貴方のそんな顔初めて見ましたね。マイリー様と並んで、笑わない事で有名な方なのに」
咳払いしたヘルガーは、カウリを見て首を振った。
「カウリ様。我らに敬語はいけません。それから、マイリー様ではなく、そのままお名前でお呼びするようにと申し上げたはずです」
目を瞬いて沈黙したカウリは、大きなため息を吐いた。
「ああ、そうだった。慣れないね。まあ努力するわ」
そう言って、蜂蜜を入れていないカナエ草のお茶をそのまま飲んだのだ。
「あ!」
まさに、蜂蜜を自分のカップに入れて渡そうとしていたレイは慌てて水を渡そうとした。
しかし、カウリは平然とそのまま飲み込み、黙って手にしたカップを見た。
「何だ、蜂蜜無しだととんでもない味だって聞いていたからそのまま飲んでみたのに、ちょっと苦いけど、俺は蜂蜜無しでも別に飲めるぞ」
「ええ? カウリは要らないの?」
手にした蜂蜜を見せながら叫ぶと、彼は得意げに笑ってレイを見た。
「別に入れなくても構わないな。でもまあ、確かにお子様なお口のレイルズ君には、これはちょっと苦いかもな」
からかうようなその言葉に、見ていた竜騎士達が揃って吹き出した。
「悔しい! でも、僕は入れるもんね」
悔しがりつつも、蜂蜜を確保するレイに、また周りから笑いが聞こえた。
ヘルガーやラスティ達も、蜂蜜があれば入れる事もあるが、皆、無ければ飲めないわけではない。今までずっと、そのまま飲んでいたのだ。
「言ったはずだぞ、レイルズ。一応、蜂蜜無しでも飲めるようになっておけとな」
ヴィゴの言葉にレイは誤魔化すように笑った。
「えっと、頑張って蜂蜜を少なくする時もあります。でも皆凄いよね。僕、このお茶を蜂蜜無しで飲めって言われたら、毎回泣いていたと思うや」
「でも飲むんだろう?」
カウリの優しい声に、レイは頷いた。
「もちろん泣きながらでも飲むよ。これを飲まないとブルーと一緒にいられないんだからね。僕だって、竜熱症は怖いもん……」
無言で頷いたカウリは、レイの背中を叩いて残りのお茶を飲み干した。
「うう、ポットに残った最後の濃いのは、さすがにちょっときついかな?」
顔をしかめてそう呟き、レイのお皿にあったビスケットを一枚横取りした。
「口直しに一枚いただき!」
「あ、最後に食べようと思って置いてあったのに!」
態とらしくそう言って、食べているカウリの頬を突いた。
「おお、これ美味いな」
ビスケットを食べた彼がそう言い、二人は顔を見合わせて笑い合った。
食事の後、少し休憩をしたらいよいよカウリも一緒に精霊魔法訓練所へ行くのだ。
いつもの、ルークから貰った鞄を持ってレイは廊下へ出た。
「お待たせしました!」
廊下では、すでに準備を整えたヴィゴとカウリが並んで待っていた。レイの元気な声に、二人は笑顔になる。
「では行こうか」
ヴィゴの後に二人は並んで厩舎へ向かった。
途中、厩舎へ行くには竜舎の前を通る。立ち止まったカウリを見て、ヴィゴとレイはお互いの顔を見て頷いた。
「カルサイトに挨拶していくと良い。今日はまだ会っていないからな」
「ですが、精霊魔法訓練所へ行くのでしょう?」
慌てたようなカウリの言葉に、ヴィゴは首を振った。
「気にすることは無い。行こう」
三人が手前の竜舎に入ると、中にいた兵士達が揃って直立した。
「おはようございます!」
あちこちから聞こえる挨拶に、ヴィゴは手を上げて答えた。
「構わんから続けてくれ。カウリ、紹介しておこう。彼はマッカム、ここの竜舎一番の古株でな。竜の世話に関してはガンディと並んで最高の知識と技術を持っている。我々の竜の健康も、彼が中心になって守ってくれている」
「初めまして、マッカムと申します。新たな主を、心から歓迎致します。何かご希望などございましたら、どうぞ遠慮無く仰って下さい」
「カウリです。シエラが世話をかけます。どうかよろしくお願いします」
笑顔で小柄な竜人の彼と握手を交わす。
「カルサイトは、昨夜のうちにこちらの竜舎へ移っていただきましたぞ。どうぞ会ってください」
自ら案内して、カウリを彼の竜の前に案内した。
「おはよう。シエラ」
すぐ側まで近寄り、手を伸ばしてそっと差し出された額に触れて小さな声でそう話しかけた。
「おはようございます、カウリ。その制服、とてもよくお似合いですよ」
目を細めてそう話すカルサイトに、カウリは笑ってキスを贈った。
「もう昨日から、色んな記憶が曖昧だよ。お前に会って、これが夢じゃ無いってようやく思えたな」
竜と額を付き合わせてそう言い、そのまま大きな頭に抱きついた。
「不思議だな。こうしてると落ち着くよ。ちょっとだけ、こうしてても良いか……?」
「もちろんです。大丈夫ですよ。私がついています」
仲睦まじく話をするカウリとシエラを、二人は少し離れたところで見ていた。
「そう言えば、ヴィゴの竜とはあまり話をしたことが無いね」
レイのその言葉に、ヴィゴは振り返った。
「そう言えばそうか? まあ確かに言われてみれば、あまりゆっくり話した事は無いな」
手を伸ばして後ろにいた自分の愛しい竜を見上げた。
年代を経たワインのような黒っぽい濃い赤色をしたその竜は、目を細めて長い首を伸ばしてきた。
「おはよう、シリル」
差し出された大きな頭をしっかりと抱きしめてから額にキスを贈る。
「おはようございますヴィゴ。それから、ラピスの主よ」
「おはようございます、ガーネット」
そう言って、レイは手を伸ばしてヴィゴの横からその大きな首を撫でてやる。
ヴィゴの竜は、大きさで言えばアルス皇子の老竜フレアに次ぐ大きさだ。成竜の中では一番年長で、当然身体も大きい。
「カウリの竜も成竜なんだよね。カルサイトと仲良くしてね」
「もちろんです。彼女は長い間一人で寂しい思いをしていた。新たな主との時間が、少しでも幸せで長くあるように祈っているよ」
「うん、僕もそう願うよ」
喉を鳴らしてくれる音を聞きながら、レイはそっとキスを贈った。
カウリが手を離して振り返ってこっちを見ているのに気付き、二人はシリルに挨拶してから彼の元へ行った。
「お時間取らせて申し訳ありませんでした。では行きましょう」
頭を下げるカウリの肩を叩き、ヴィゴはカウリの伴侶の竜のすぐ側まで進み出た。
「カルサイトよ。改めておめでとうと言わせておくれ。新たな主との時間が有意義なものになる事を心から祈るよ」
優しい声でそう言い、差し出された大きな頭をそっと撫でた。
レイも笑ってその額を優しく撫でた。
「改めておめでとう、カルサイト。彼とどうか仲良くね。それから、彼に自分の値打ちってものを理解させてあげてね」
最後は小さな声で言ってやるとカルサイトは目を細めて大きな音で喉を鳴らした。
「もちろんですよ。唯一無二の存在である事を思い知らせてやります」
その言葉に、レイは破顔した。
「では、行くとしようか」
ヴィゴの言葉に、三人は手を振って竜舎を後にした。
「おはようございます」
厩舎でも、大勢の兵士が彼らを見て直立して挨拶をしてくれ、ここでも、ヴィゴが手を上げて皆を仕事に戻らせていた。
「カウリ様は、こちらのラプトルをどうぞ。名前はシュネル。足の速い大人しい子です」
実は、このシュネルも、大人しいがやや気難しい所があり、一度で乗る事が出来る兵士は少ない。
「了解。シュネル、よろしくな」
話しかけて首筋を掻いてやり、手にしていた荷物を後ろのカゴに入れた彼は、軽々とシュネルに乗ってみせた。
「よしよし、良い子だな」
もう一度首筋を叩いてから呆然と自分を見ている兵士を見た。
「あれ? まだ乗っちゃあ駄目でしたか?」
「い、いえ。失礼しました。どうぞこちらへ」
笑ってレイもいつものようにゼクスに乗り、満足げに頷いたヴィゴも、自分の大きなラプトルに乗った。
兵士の案内で外に出て、ゆっくりと精霊魔法訓練所へ向かった。その少し離れた後ろを、キルートを先頭に護衛の者達が続いた。
「ここは名前も場所も知っていましたが、中に入るのは初めてですね」
目的の精霊魔法訓練所に到着した一行は、大きな門の前で止まった。ラプトルの背から降りたカウリが、精霊魔法訓練所の建物である双子の塔を見上げて、苦笑いしながらそんな事を言った。
いつものようにラプトルを預け、鞄を手に二人を見た。カウリは、少し小ぶりな鞄を持っている。
「レイルズ、お前はいつものように自習してくれて構わないぞ。彼は、今日は見学といくつかの手続きや試験があるからな。昼食は別に取るからお前はいつも通りでいい。帰る時は一緒に帰ろう」
「了解しました。じゃあカウリ。頑張ってね」
笑って手を振ると、レイはいつものように図書館へ向かった。
「おはよう。今日はお休みかと思ってたよ」
廊下で手を振るマークとキムを挨拶を交わして、まずは各自自習の為の本を探す。
自習室の前で、リンザスとヘルツァーに会ったので、挨拶を交わして一緒に中に入った。
「おはようございます」
扉の窓からクラウディアとニーカが手を振り、その後ろには三人分の本を抱えたクッキーもいた。
久し振りの全員集合だ。
各自、席について自習を始めたが、皆、妙にそわそわしていて誰も勉強に集中出来ていない。
「なあレイ、あの方は一緒じゃないのか?」
とうとう我慢出来なくなって、代表してリンザスが話しかける。
「あの方?」
「新しい竜騎士様だよ。第二部隊の下級兵士だったって聞いたからさ。という事は、精霊魔法については素人だろう? だから、きっと一緒に来ると思って楽しみにしていたんだ」
「うん、来てるよ。でも今日はヴィゴと一緒で見学の後は手続きとか試験があるんだって」
「ああ、まずは適正検査だな。まあ当然か」
リンザスとヘルツァーが納得したように頷いている。
「えっと、適性検査って初めて聞くけど何をするの?」
不思議そうなレイに、逆に二人は驚いた。そして、彼らだけでなく、その場にいたマークとキム以外の全員が驚いてレイを見た。
ニーカも、動けるようになったら、白の塔で適性検査を受けたし、クラウディアも、幼かった子供の頃に、神殿で軍から派遣された第四部隊の人達に、適性検査を受けた覚えがある。
普通は、精霊が見える事が発見されると、必ずこの検査は行われる。その上でその結果、精霊魔法の適性を判断してその後どうするかを考えるのだ。
「ええ、待って。お前はしていないのか? 適性検査」
ヘルツァーの言葉に、レイは少し考える。
「えっと、オルダムに来てすぐの頃に、いろんな試験はしたよ。お勉強がどれくらい出来るかって聞かれて、試験を受けたね。歴史と地理と精霊魔法の系統立てた知識は皆無って言われた」
「ああ、そっちじゃなくて精霊魔法の適性検査だよ」
目を瞬かせて首を傾げる彼を見て、無言になった二人は顔を見合わせた。
「……まあ、古竜だもんな」
「だよな。検査するまでも無いって事なんだろうさ」
妙に納得したような二人を見て、レイは思わず困ったように叫んだ。
「待って! 二人だけで納得しないで。僕も適性検査ってやってみたい!」
「無理を言うな。古竜の主であるお前の適性を判断できる奴なんて、この世にはいないぞ」
キムの言葉に、全員が彼を見る。
「何だよ。お前ら知らないのか? 基本的に能力の見極めは、その人よりも上位の術者にしか分からないんだよ。だから新しく来た奴が、もしもすごい上位の精霊魔法使いだったりすると、下手をしたら教官でも見極めが出来なかったりするんだ。その場合は、適正値上限。って書かれて、上位認定されるんだよ」
「へえ、初めて知った」
クッキーの言葉に、リンザスとヘルツァーも頷いている、その横では女性二人とレイも頷いていた。
「ちなみに、精霊魔法を一切使えない人が、今回のように竜の主になると、その精霊竜の扱える精霊魔法が、すなわちその方の扱える精霊魔法になるんだ。ただし、主になった人物にその属性の適性が無ければ、最低限の下位の精霊魔法だけ、なんて場合もある。つまり、古竜の主になった、レイルズは、古竜の扱える精霊魔法を引き継いだ訳だから……」
「うわあ、最強じゃ無いか!」
リンザスとヘルツァー、クッキーの三重奏の叫びに、マークとキムは吹き出した。
「知らなかったのかよ。でもまあそうか。俺達第四部隊は、入隊してすぐの頃の講義で、その辺りはかなり詳しく聞くからな」
「確かにそうだな。つまり、最強の術者であるレイルズの適性判断が出来る人物なんて、この世には存在しないって事。まあ強いて言えば、レイルズの竜は分かるだろうな」
今更ながら、古竜の存在がいかに凄いものであるのか思い知らされて、呆気にとられる一同だった。
「待てよ、お前まで驚いてどうするんだよ!」
キムが笑いながら、一緒になって驚いているレイの背中を思いっきり叩いた。
「だって、そんな話初耳だよ!」
言い返すレイを見て、全員揃って同時に吹き出したのだった。
『主様はのんき者』
『でもそんなところが可愛い』
『可愛い』
『可愛い』
積み上がった本の上では、ブルーのシルフを先頭に、何人ものシルフ達が大喜びで手を叩いて笑っていたのだった。




