朝市と瓶詰めの飴
「おはよう、よく眠れたか」
居間には、身支度を整えたギードが待っていた。
「おはようございます。ちょっと眠いけどね」
挨拶を返し、一緒に部屋を出る。
「飯を食ったら、まず買い物に行くとしよう。朝市は色んな物が売っとるからな、見てるだけでも楽しいぞ」
「僕、朝市なんて初めてだよ」
話しながら階段を降り、食堂へ入る。
「おお、相変わらずいっぱいじゃの」
笑いながらギードがクルトに挨拶すると、クルトはテーブルに案内してくれた。
「おはようございます。どうぞごゆっくり。あ、生地屋と酒屋から荷物が届いてますので、お帰りの際に積み込むのを手伝いますよ」
お皿をテーブルに置くと、忙しそうに行ってしまった。
「さて、まずは取りに行くぞ」
そう言って、二人は大きなお皿を持って立ち上がった。
「あそこに置いてあるものを、好きなだけ取ってきてくださいね。何度でも取りに行けますが、残すのは駄目ですからね」
ニコスにそう言われて、お皿を渡されてついて行くと、食堂の中央にある太い柱の周りに、いくつもの大きなお皿や鍋が並んでいた。
そこには、ゆで玉子、ハムやベーコン、目玉焼きもあるし、他にも、見たことの無い色とりどりの食べ物が並んでいた。
また別の場所には、パンが何種類も並んでいる。
「ここの朝ご飯は、この辺りの名物でな。泊まりの客だけでなく、街の者も皆食べに来るんじゃよ」
見ていると、入り口にバルナルが立っていて、入ってくる客からお金を貰って、皿を渡している。
二人ともどんどん取っていくのを見て、レイも色々お皿に取っていった。
「ご馳走さま、もうお腹いっぱいです」
言われた通り残さず食べたけど、ちょっと食べ過ぎた気がする。食後のお茶は、少なめに入れてもらった。
「ここに来ると、いつも食べすぎるわい」
ギードも、食後のお茶を飲みながら笑った。
「さて、一服したら行きましょうか」
最後のお茶を飲み、立ち上がった。
「では、朝市へ行って来るで、戻ったら荷物の積み込みを頼むぞ」
入り口にいたバルナルに言うと、ポリーを連れて三人は宿を出た。
「おい、出てきたぞ」
「確かに、竜人の子供だな」
「ドワーフがいるのは、困るな」
仲良く歩く一行から少し離れた物陰で、竜人の少年を、まるで品定めすることのように見ている三人組がいた。
「あれ、なんだろう?」
レイがマントの中に手をやって言う。
「どうしました?」
ポリーを引いたニコスが声をかけると、レイは困ったように胸元を開いた。
「今、ペンダントが跳ねたみたい。別に何も無いと思うんだけど」
二人は無言で顔を見合わせた。
「まあ、気にすることもあるまい。シルフ達も朝市を見てみたかったのかもしれんな」
ギードが笑って言うと、レイも安心したように笑った。
「そっか、すごく沢山人がいるもんね。森のお家とは大違いだ」
話しながら到着した通りは、文字通り人と物であふれかえっていた。
「見ていっとくれ。今朝採ってきた物ばかりだよ」
「おや、竜人の親子とは珍しい。うちの野菜を買っておくれよ」
通りに入ると、元気な呼び込みの声があちこちからかかり、レイは驚いてしまった。
「気にすることはありませんよ。何か欲しい物があれば、言ってくださいね」
そう言って、ニコスは一軒の果物を山積みにした店の前で止まった。
「いらっしゃい。一つから量り売り出来ますよ」
「沢山欲しいので、まとめてもらえますか」
そう言うと、店の人に声をかけてあれこれと袋に入れてもらっていく。
見たことの無い果物も多くて、レイは驚いてばかりだった。
大きな袋に、林檎や蜜柑を入れてもらい、他にもいくつも買い込んでそれぞれ袋に入れてもらった。
ポリーの背中の鞍の両横には、折り畳めるようになった籠が取り付けられている。
大柄な主人が、買った物を籠の中に入れてくれた。
「お待たせしました。次に行きましょう」
「ワシはあっちを見て来るから、後で噴水の所で合流すれば良かろう」
ギードはそう言うと、別の路地へ入っていった。
「何か欲しい物はありましたか?」
そう言われても、正直言って驚きの連続で、それどころでは無い。
「まあ、この先には、日用品を扱うお店も沢山ありますから、見てみると良いですよ」
通りを歩いていると、言われたようにジロジロとこっちを見ている人が何人もいる。
「確かに見られてるね」
小さな声で言うと、ニコスも苦笑いして頷いた。
「私は慣れてますけどね。こればかりは我慢して、慣れてもらうより他ありませんからね」
「大丈夫。気にしてないから」
そう言った時、通りがかった店の品物に目が釘付けになった。
その店は、色とりどりの飴を量り売りしている店だ。棒の付いた丸い飴もある。
「欲しければ、自分で買ってみましょうね」
ニコスが店の前で止まってくれた。
「いいの?」
「言ったでしょ。欲しい物があったら買って良いって」
そう言われて、店を見てみる。
沢山の飴が、呼んでいる気がした。
「いらっしゃい、好きなのを好きなだけ買えるから見ておくれ」
「どうやって取れば良いの?」
聞いてみると、店主の女性は籠を渡してくれた。
「出してあげるから、どれが欲しいか言ってくれれば良いよ」
ちょっと考えて、飴の入った大きな瓶を指差した。
「えっと、この飴は色で味が違うの?」
「そうだよ、色ごとに味が違うよ。量り売りは普通は紙の袋で売るんだけど、瓶付きが良ければ、この瓶に入るだけ入れて鉄貨四枚だよ」
鉄貨十枚で銅貨一枚だ。
レイは袋から銅貨を一枚出して、瓶に色んな飴を少しずつ入れてもらった。
「ほら、これはおまけだ。口開けな」
お釣りと品物を貰い、袋に入れた時に、赤い飴を口に入れてもらった。
「美味しい、ありがとう」
飴を舐めながら笑うと、女主人は笑顔で手を振ってくれた。
「これは良いものを買いましたね」
ニコスが笑ってくれたので、頷いて言った。
「これなら皆で食べられるでしょ」
驚いたように目を見開いて、ため息をついて頭を撫でてくれた。
「貴方って人は……もっと我儘になっても良いんですよ」
話しながら通りを進む二人の後を、先ほどの三人組が少し離れてずっと付いてきていた。