剣の誓いと騎士の戦い
執事の案内で子供達と一緒に表に出たレイは、用意されていたラプトルの引く小さな馬車に乗り、中庭の横に用意された観覧席に向かった。
周りには、同じように観覧席へ向かう人達の乗る馬車が走っていて、とても賑やかだ。
馬車に乗っている人々も、花祭りの時は、皆変装して地味な服を着ていたが、今回は男女ともに着飾っていてとても華やかだ。
「皆、花祭りの時と違って綺麗な服を着てるんですね」
レイの言葉に、アルジェント卿も周りを見て笑った。
「まあ、花祭りと違って、今日は言ってみれば貴族達にとってのお祭りみたいなもんだからな」
「そうなんですね。それじゃあ着飾らないと」
その言葉に、アルジェント卿だけでなく、子供達まで大喜びで笑っていた。
歩いてもさほどの距離では無いだろうに、全員が馬車で移動している為、降りるまでしばらく待たされる事になった。
順番に馬車から降りて、それぞれの場所へ案内される。
それぞれの席が、数名ずつ座れる箱型になっていて、簡単だが壁で区切られていて隣が見えないようになっているのだ。
しかも、どこに誰が座るのか最初から場所が決まっているらしい。
レイ達が案内された場所は中庭全体を見回せる、とても良い席だった。
男の子達が前の列に並び、レイとアルジェント卿、それから二人の女の子が後ろの席に座った。
中庭の端には、第六班の皆と一緒に建てたテントが見えてレイは嬉しくなった。
今、レイ達が座っているのは、会場正面を見渡せるように、段々に設えられた貴族達の為の特設の観覧席だ。
子供達は、目の前の中庭に、すでに目が釘付けになっている。
そこにはもう、大勢の兵士達が出てきて整列を始めていた。
しばらくして綺麗に整列した兵士達が、一斉に直立して敬礼した。
騒めいていた会場が、急に静かになる。見ていると、観覧席の人々も皆一斉に立ち上がった。
レイもアルジェント卿に背中を叩かれて立ち上がる。
何事かと思って見ていると、観覧席中央、一番前に陛下が出て来られたのだ。
観覧席からも大きな歓声が上がり。男性達は多くが直立して敬礼した。アルジェント卿に続いて、レイも直立して敬礼した。
「只今より、叙任式を執り行います。一同休め!」
大きな声が会場中に響き、陛下が手を上げるのを見て、貴族席の人々が敬礼を解いてそれぞれ椅子に座る。
兵士達も号令一下、敬礼を下ろした。
「本日、この場にて新たなる第一歩を踏みだす若者達へ、私より祝いの言葉を贈ろう。其方達は、これから、この国の将来を担う者達である。今日を第一歩とし、日々精進し、立派な騎士として立ってくれたまえ。活躍を期待する。以上だ」
会場中に朗々と響く声で、陛下が挨拶をするのをレイは真剣に聞いていた。
「本日、騎士の叙任を受ける者、前へ」
司会の兵士の声に、列の最前列にいた若者達が、次々と前に出て並んだ。その時気が付いた。一番右端に並んでいる大柄な二人は、レイの知っている人物だったのだ。
「あれ? もしかしてあれって……ああ! やっぱり、リンザスだ。ヘルツァーもいる!」
目を輝かせて叫ぶレイを、少年たちが驚いたように振り返った。
「レイルズ様、誰かお知り合いの方がいるんですか?」
「うん、右端に並んでいる二人。精霊魔法訓練所で仲良くしている、リンザスとヘルツァーだよ」
嬉しそうなレイの言葉に、アルジェント卿が少し考えて答えてくれた。
「リンザスとは、恐らくイルフォード伯爵家の次男坊だろう。確か精霊魔法を使えるので訓練所に通っていると聞いた事がある。ヘルツァーという若者は知らんが、リンザスと仲が良いのなら、恐らくイルフォード伯爵家の親類の、モルワース子爵家の三男坊だろうな。確か従兄弟同士で一年違いで仲が良いと聞くぞ。どちらも代々武人の家系でな。立派な騎士を多く輩出しておる」
「家の名前は知りませんが、従兄弟同士だって聞いた事があります」
嬉しそうなレイの言葉に、卿も笑った。
「まあ、後ほど一人ずつ紹介してくれるから、知り合いならば家の名前も聞いておきなさい、今度訓練所で会ったらお祝いを言わないとな」
「はい! えっと、教えてください。二人に何かお祝いした方が良いんでしょうか?」
それを聞いた卿は、驚いたように目を見開き、小さく笑った。
「もしも私が彼らの知り合いならば、確かに何か、祝いの品を贈るな。しかし、其方は彼らよりも歳下であろう? その場合は、其方が余程の身分の者でない限り逆に失礼になる。今の其方ならば、おめでとうございますと、言葉で祝うだけで良いのだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、そうだ。それだけで良い」
大きく頷くアルジェント卿に、レイも笑って頷いた。
「ありがとうございます、じゃあ、次回会った時に、真っ先にお祝いを言います!」
嬉しそうなレイに、前の列にいた少年達も嬉しそうに笑っていた。
「お、そろそろ始まるぞ」
卿の言葉に、レイは慌てて目の前の中庭に並んだ彼らを見た。
陛下が立ち上がってゆっくりと前に進み出る。
前へ出て来て並んでいた、新しく騎士となるのは全部で十六人。
綺麗に等間隔に並んだ十六人は、喜びと緊張で顔を紅潮させている。
「イルフォード伯爵家次男、リンザス、前へ!」
司会の兵士の声に、リンザスが進み出て、陛下の前で片膝をついた。
陛下の隣に立つ着飾った兵士が、別の兵士から手渡された一振りの剣を乗せた布を敷いたトレーを持って、改めて横に立つ。
陛下がその剣を手に取り、鞘ごとリンザスの肩に当てた。
「イルフォード伯爵家のリンザス、本日ここに騎士の称号を授ける。驕る事なく日々精進し、良き騎士となれ。己の名誉を守り、家を守り、国を守れ。ここに騎士の剣を遣わす」
深々と頭を下げたリンザスの手に、横にした剣が陛下から手渡される。
受け取った彼は、一度顔を上げてその剣を持ち直し、ゆっくりと立ち上がり鞘から剣を抜いた。美しい鋼の色が太陽に光る。そして、柄の根元部分を持ち腕を伸ばして刃を己の方へ向け、柄を陛下に向けて差し出して改めて片膝をついた。
「私、リンザス・グライアントは、ここに騎士としての剣を取り、陛下に我が剣を捧げ、永遠の忠誠を捧げる事をお誓い申し上げます」
「リンザス・グライアントの剣、確かに受け取った」
陛下が差し出された柄を持ち、剣を受け取る。そして剣にそっと口付けると、抜き身のままの剣を彼に返した。両手で受け取った彼が、立ち上がって音を立てて鞘に収める。
その瞬間、会場中から拍手と大歓声が起こった。
レイも思わず立ち上がって力一杯拍手を送った。
ようやく笑顔になった彼が、一度だけ笑って手を上げ、剣を手にしたまま列に戻った。
「剣の誓い。何度見ても格好良いよな!」
「うん、僕も絶対騎士様になって陛下に剣を捧げるんだ!」
前の列では少年達が目をキラキラと輝かせながら、今のリンザスを真似していた。
「話には聞いていましたが……言葉が出ません。リンザス……すごい!」
レイも、思ってもいなかったリンザスの晴れの舞台に立ち会えた感動に震えていた。
「モルワース子爵家三男、ヘルツァー、前へ!」
先程と同じように、紹介の声が響き、会場が静まり返る。
ヘルツァーが前へ出て陛下の前に片膝を立てて跪くのを、レイは息を飲んで見つめていた。
「私、ヘルツァー・エイヴァルトは、ここに騎士としての剣を取り、陛下に我が剣を捧げる事をお誓い申し上げます」
「ヘルツァー・エイヴァルトの剣、確かに受け取った」
捧げられた剣を陛下が受け取ってキスを贈り、剣を返した。
大歓声に包まれる会場に立つ二人の誇らしげな笑顔に、レイはもう、体が震えるほどの感動を味わっていたのだった。
順に名前が呼ばれて、新たに騎士となった若者達にそれぞれ剣が手渡されていく。
手が痛くなるほどに拍手をしながら、レイは隣に座るアルジェント卿を見た。
「ん? 如何した?」
不思議そうな卿に、レイは満面の笑みになった。
「アルジェント卿も、ああやって竜騎士になった時に、陛下から剣を賜ったんですか?」
驚いたように目を瞬かせた彼は、次の瞬間破顔した。
「ああそうだ。まさにここで竜騎士の剣を賜った。あの時の誇らしい気持ちは、まるで昨日の事のように思い出せるぞ。私が剣を賜ったのは、今の陛下では無く、先代の陛下だったがな」
「そうなんですね。今度お話を聞かせてください!」
身を乗り出すレイに、前に座っていた少年達が揃って振り返った。
「僕達、知ってるもんね!」
「お爺様から何度も聞いたよ!」
「だよー!」
「私達も、その時のお話は大好きだもんね」
「ええ、何度聞いてもドキドキしますわ」
両隣に座る少女達まで目を輝かせてそう言うのを聞き、レイは思わず声を上げた。
「ええ、この中で知らないのは僕だけなの? ずるい!僕も聞きたいです!」
その悔しそうな言葉に、全員が揃って吹き出したのだった。
中庭では、一旦兵士達が下がり、騎士の叙任を受けたリンザス達も、一旦下がる。
広くなった中庭に、会場がまた騒めき始めた。
「次は何があるんですか?」
レイの質問に、顔を上げた卿が嬉しそうに教えてくれた。
「今から新人達の腕比べが始まる。これは毎年盛り上がるんだ。特に今年は人数が多いからな。楽しみな事だ。さて、其方の知り合いは腕は如何なものか、じっくりと見せてもらうとしよう」
まだ騒めきの残る、広くなった中庭に出てきた新人騎士達は、以前竜騎士隊の皆が着ていたような全身を覆う金属製の鎧を身に付けていた。それぞれの横には大きなラプトルを連れている。そのラプトルも、金属製の鎧のようなものを身に付けている。別の兵士が先が丸くなった槍と小さな盾を持って立つのを見て、今から何をするのかが分かった。
「もしかして、あの槍で打ち合うんですか?」
小さな声で卿に言うと、にっこりと笑って頷いた。
「騎士としての一番最初の試練だな。みっともない負け方をすると、一生言われるぞ。なので皆必死だ。負けるにしても、負け方と言うものがあるからな」
驚くレイに、卿は笑って騎士達を見た。
「まあ、見ていなさい。其方にとっても勉強になるだろうからな」
広い中庭の両端に、指示されてリンザス達が別れて並ぶ。
リンザスとヘルツァーは二人とも右側に並んでいる。
最初に名前を呼ばれたのは、リンザスだった。
相手の人物は、ガスパードと呼ばれた大柄な若者だった。リンザスも大きいと思っていたか、彼よりもさらに大きい。
二人は並んでそれぞれに一礼すると後ろに下がった。
そして、連れて来たラプトルに二人とも軽々と乗った。あの鎧を着てラプトルに乗るだけでも大変だろう。
レイは思わず両手を握りしめて唾を飲んだ。
「頑張れ! リンザス!」
二人が槍と盾を受け取ると、兵士の指示に従って左右に分かれて一番両端まで下がった。
二人が向き合って槍を構える。左手に持った盾は顔の下側、喉辺りを庇う位置だ。
「始め!」
司会の兵士の掛け声と同時に、二頭のラプトルは走り出した。
丁度、中庭の真ん中で交差した瞬間、鈍い音がしてガスパードが槍を手放しラプトルから落ちた。背中からまともに地面に叩きつけられる。
「勝負あった! 勝者、リンザス!」
大歓声の中、慌てて担架を手に駆け寄った衛生兵によって、ガスパードは連れて行かれた。
しかし、彼は途中で起き上がり衛生兵達が立ち止まる。
担架から自分で降りたガスパードは、鎧の兜を取り、ラプトルから降りたリンザスに右手を差し出したのだ。
同じく兜を取ったリンザスが手を握り返し、二人は互いの健闘を讃えて背中を叩きあった。
再び起こる大歓声の中、ガスパードはリンザスの腕を持って、彼の手を上げさせた。
それから手を打ち合って一礼して彼は去って行った。会場中から温かい拍手が彼に送られたのだった。
「ほう、なかなか良い勝負だったな。リンザスという青年はかなりの腕だな。まあ、あの相手ならば負けても不名誉にはならんよ。良い勝負だったな」
アルジェント卿がそう評して、拍手を送った。
次々に出て来て打ち合う騎士達を見ていて、レイは卿の言った意味が分かって来た。
負けるにしても、良い負け方と良くない負け方がある。確かにその通りだった。
打ち合う瞬間に、逃げるかのように体を下げる、或いは怖がってラプトルを早く走らせる事が出来ない。そう言った者は、会場から嘲笑がもれるのだ。しかし、最初の勝負のように、堂々と打ち合った者達には、勝者にも、そして時には敗者にも惜しみない拍手が送られたのだ。
合計八組全ての打ち合いが終わった。
しかし、負けた者は去ったが、勝った者達はそのままだ。
「まさか、また打ち合うんですか?」
「もちろん、これは勝ち抜き戦だからな。最後に残った者だけが、勝利の盾を手に出来るのだよ」
見守る中、次々と打ち合い、人数が減って行く。そして最後に残ったのは、何とリンザスとヘルツァーの二人だったのだ。
「ほう、其方の知り合い二人が残るとはな」
感心したような卿の言葉に、レイは答える事が出来なかった。
まるで自分の事のように緊張して心臓が早くなり、手には汗が滲んでいた。
「精霊王よ、どうか二人が怪我をしませんように……」
両手を握りしめて、レイは無意識に祈っていた。
「始め!」
声が響いた瞬間、二頭のラプトルはものすごい勢いで走り出し、一気に交差して離れた。
二人同時にラプトルから落ちて、地面に叩きつけられた。
会場がどよめく。
先に起き上がったのはリンザスだった。しかし、彼も身体は起こしたものの立ち上がる事が出来ない。
槍を突いてなんとか立ち上がろうとしたがまた倒れてしまう。
ヘルツァーも、意識はあるようだが、彼は動けないようだ。
立ち上がろうと必死にもがくリンザスが、なんとか槍にすがって立ち上がった。
その瞬間大歓声が起こり陛下が立ち上がった。
「勝負あった! 勝者、イルフォード伯爵家次男、リンザス!」
レイも立ち上がって力一杯拍手を送った。
ようやく起き上がったヘルツァーも、座ったまま勝者に拍手を送ったのだった。
レイは、目の前で繰り広げられた騎士の戦いに、すっかり夢中になっていた。
近い将来、自分があそこに立てる日が来るのだと思うと、その日が来るのが待ち遠しくなり、心から楽しみになったのだった。




