宿屋と買い物
ドワーフのギルドを出た一行は、軽くなった荷馬車で、ギードの知り合いがやっている宿屋へ向かっていた。
「宿に着いたらまずは飯だな。遅くなってすまんかったな」
ギードがそう言うのを聞いて、レイは首を振った。
「待ってる間、楽しかったよ。それで、持って行った品物はうまく買い取ってもらえたの?」
「おお、思ったよりも良い値で買ってもらえましたぞ。持つべきはギルドマスターの友じゃな。それより、あの箱を簡単に開けたそうではないか。皆大騒ぎしておったぞ」
レイが持っている手提げ鞄をちらりと見て、ギードが言う。
「ご褒美って言うから、お菓子とかかと思ってたら、本と万年筆だったんだよ」
「どう考えても、景品が豪華すぎやせんか」
ポリーに乗って横を歩いていたニコスが、苦笑いしながら会話に参加した。
「まあ、あれを解けるくらい優秀な子供なら、それ位はあげても安い投資だと思っとるんじゃろ。遠慮する必要はないわい、貰っとけ」
そう言うと、レイの背中を叩いて笑った。
大きな噴水のある広場を抜けた辺りから、少し風景が変わってきた。石造りの建物が減り、代わりに木造の大きな家が並んでいる。
それぞれの建物の間には広い場所が取られていて、厩舎が作られている。
「この辺りが、宿屋兼食堂がある通りで、ワシらが泊まる宿はあそこじゃよ」
ギードが指差したのは、通りの中でもかなり大きな建物だった。外にも机と椅子がいくつも出ていて、半分以上の席に人が座っている。
「おお、相変わらず繁盛しとるようじゃな」
嬉しそうに言うと、店の前に荷馬車を止めた。
「いらっしゃいませ、お食事ですか」
エプロンをした、背の高い青年が駆け寄ってきた。
「昼飯と晩飯、泊まりも頼むぞ。あ、明日の朝飯も頼むわい」
踏ん反り返って偉そうに言うと、青年と顔を見合わせて吹き出した。
「ギードさん、お久しぶりです。ええ、もちろんお部屋はご用意しますよ。厩舎へ持っていきますので、荷馬車はそのままそこに置いておいてください」
「久しぶりだなクルト、皆息災か」
御者席から降りながらギードが言うと、クルトと呼ばれた青年は、嬉しそうに頷いた。
「はい、お陰様で毎日忙しくしてます」
「商売繁盛で何よりだな」
荷馬車の後ろに乗せてあった荷物を手に取って、店に入っていった。ポリーから降りたニコスと一緒に、レイも店に入った。
「いらっしゃいませ、緑の跳ね馬亭へようこそ!」
元気な声が迎えてくれ、奥から髪の白い大柄な男の人が出てきた。
「おお、久しぶりだなギード、ニコスも元気そうで何よりだ」
ギードと抱き合うようにして、背中を叩き合っている。乱暴だが、二人とも笑顔なので、これが彼ら流の挨拶なのだろう。
「バルナルだ、よろしくな。自分の家だと思ってゆっくりしてくれ」
レイの前へ来ると、しゃがんで目線を合わせて笑った。
「レイです、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて挨拶した。
窓側の大きなテーブルに案内されてそこに座る。荷物は、足元の籠の中だ。
「話は後だ、まずは食ってくれ」
そう言うと、すぐにいくつもの皿が運ばれてきた。
表面が硬くてパリパリの大きなパンを、目の前で切ってくれた。
運ばれてきた火蜥蜴が乗った大きな壺の中は、お肉と豆を煮込んだシチューだった。
「美味しい!」
一口食べて、思わず声が出た。横を見ると、ニコスも頷いている。
「相変わらず料理は絶品だな。エルミーナ! 今日も美味いですぞ」
ギードが奥に向かって大声で言うと、厨房からバルナルと同じく白髪の女性が笑って手を振った。
「彼女がバルナルの女房で、二人ともワシの冒険者時代の仲間なんじゃよ。今でも仲の良い夫婦です」
忙しそうに働いている二人を見て、ギードは目を細める。
しかし、二人を見る横顔は何故か寂しそうだった。
食事の後、案内された部屋は、階段をいくつも上がった先にあり、なんとベッドルームが二部屋もある、とても広い部屋だった。
真ん中は居間になっていて、大きなテーブルとソファが置いてあり、果物が置かれている。
「ここを使ってくれ。その子はニコスと同じ部屋で良いか? 別が良いなら、もう一部屋用意するが」
「い、一緒でいいです」
思わずニコスの腕にしがみついた。こんなに広くて豪華な部屋は初めて見た。何か壊したら大変だ。
緊張のあまり固まっていると、ニコスが頭を撫でてくれた。
「安心してください、ここはいつも俺達が泊まってる部屋ですよ。それでは、私の部屋にもう一つベッドを入れてもらえますか」
後半は、バルナルに向かって言い、レイの背中を押してソファに座らせた。
「了解。じゃあすぐに用意するよ」
そう言うと、ベッドルームに入っていった。
「さて、部屋の事は彼に任せておいて、荷物を置いたら買い物ですね。まずは騎竜の道具を見に行きましょう」
ニコスが立ち上がって言うので、レイも手提げ鞄をソファに置いた。
身軽になった三人は、宿屋街の近くにある、色んな商店が並んだ大通りへポリーを引いて出ていった。
「まずは、騎竜の道具を買いますから、見ててくださいね」
「ヤンとオットーの為の道具だね。どこで見るの?」
ポリーを撫でながら聞いてみると、ニコスは一軒の大きな店を指した。
「騎竜の道具なら、あそこが一番ですよ」
入り口でポリーを預けて木の札を貰う。
「この札が、鍵の代わりなんですよ。一匹ずつ精霊が付いていてくれますから、盗難の心配もありませんよ」
入った店の中は、色んな道具が棚や通路にあふれていた。
ここではギードがお店の人と話をしながら、どんどん買うものを決めていく。
鞍と手綱一式をそれぞれ二つずつ選んだ。
鞍には、細かい細工が彫られたとても綺麗な品物だ。手綱もよく見ると細い革を何本も編み込んで作られている。他にも、細かい道具をいくつか選んでいる。
「店の中なら見てて良いですよ」
ニコスに言われて、興味津々で見て回った。
騎竜の道具だけでなく、家畜用の首輪や、革で作った鞄もたくさんあった。
「あ、こんなのいいな……」
思わず呟いて手に取ったのは、ぬめ革で出来たリュックだった。肩にかける部分は幅広になっていて、重くても肩が痛くならないようになっている。外側には小さなポケットが二つ付いていて、ベルトに付ける横長の小さな鞄とセットになっていた。
『素敵素敵』
『これが良いこれが良い』
肩にシルフが二人座って、レイが手に取ったリュックを見て言った。
「うん、素敵なリュックだね。でも高いと思うよ」
リュックの袋の口とポケットの被せの部分は、別の分厚い革が使われていて、細かい模様が全面に打ち込まれている。幅広の肩紐の真ん中部分にも、同じ様な細かい模様が打ち込まれていた。
棚に戻そうとしたが、もう一度見てみる。薄い飴色のぬめ革は、使い込んだら更に良い色になるだろう。
村長が持っていたぬめ革の大きな鞄は、子供達の密かな憧れだったのだ。
「おや、良い品ですね」
ニコスが、レイの手に持ったリュックを見て言った。
「見せてもらっても?」
手を差し出されて、持っていたリュックを渡す。
「これは良い品だ。ご褒美はこれにしますか?」
笑って言われて驚いてしまった。
「えっと、値段がついてないの、ダメだよきっと高いよ」
「子供がそんな事、気にするんじゃありませんよ」
そう言うと、リュックを持ってギードのところへ戻っていった。
「ギード、レイのご褒美はこれでどうでしょう。中々良い品ですよ」
リュックを渡されたギードは、手に取るなり笑った。
「おお、確かにこれは良い品じゃな。これなら褒美にも良かろう。ご主人、これもお願いします」
「それからベルトも選んでやらねばな。かなり傷んできておるからな」
ニコスがそう言うと、ベルトが何本も吊るされた棚の前にレイを連れていった。
「さっきのリュックの色に合わせるなら、この辺りかな?」
濃い茶色のベルトを何本か取り出す。
「どれが良いですか?」
出されたベルトは、どれも細かい細工が彫られた見事な品で、とても自分が使っていい物だとは思えない。
「ダメだよ、こんな凄いの……」
「どうして?格好良いですよ」
レイの腰に当てながら、当然のように言われて困ってしまった。
でも、ニコスやギードがしているベルトも、よく見ると同じ様に細かな細工がされている。
「うん、これが良いですね。蒼竜様の鱗みたいだ」
ニコスが手にしたベルトは、やや細めだがしっかりした分厚い革で作られていて、ニコスが言うように鱗のような、細かいひし形の模様が打ち込まれていた。
「……良いの?」
「言ったでしょ、欲しいものは言ってくださいと」
片眉を上げて笑うニコスに飛び付いた。
「ありがとう、ベルトも欲しかったんだ。大事に使うね」
ニコスは更にもう一本、黒っぽいベルトも選んでくれた。
「同じのをずっと使うんじゃなくて、時々交代して使うと長持ちしますから、服に合わせてベルトの色も変えると良いですよ」
「へえ、そんな事するんだ」
感心して呟くと、ニコスが頭を撫でながら言ってくれた。
「少しずつ、揃えていきましょうね。あなたが大きくなる度に、また何度でも買ってあげますよ」
嬉しくて胸がいっぱいになって、ニコスに抱きついた。
「こらこら、歩けませんよ。なんだこれは、大きな赤ちゃんかな」
ふざけた風に言って、抱き返してくれた。
全部まとめて精算していたが、お金を渡すのは別の部屋へ行ってしまった為、結局鞄もベルトも幾らだったのか教えてもらえなかった。
ベルトは、小さな鞄を取り付けて身に付ける。ナイフも付け替えた。今まで使っていた古いベルトは、巻いてリュックの中へ入れてもらった。それから、リュックを渡されて背中に背負う。
少し大きいが、体に馴染んでとても軽い。これなら、中にかなり物を入れても大丈夫だろう。
「ありがとう。大事に使うね」
嬉しくて、肩紐を撫でながらニコスとギードにお礼を言った。
「よく似合ってますよ。さて、次に行きますか」
買った荷物は、二つの大きな籠に入れられ、ポリーの鞍の後ろに左右に分けて乗せられた。
「そっか、ポリーを連れて来たのは荷物を持ってもらう為だったんだね。大丈夫?重くない?」
ポリーを撫でながら話しかけると、大丈夫と言わんばかりに喉を鳴らして肩を甘噛みしてきた。
「じゃあ、ここからは別行動だ。レイ、ニコスから離れるなよ」
そう言うと、ギードはさっさと何処かへ行ってしまった。
「どこに行ったの?」
不思議に思って聞いて見ると、苦笑いしながら飲む仕草をした。
「ドワーフの必需品を買いに行ったんです。まあ、俺も少しは貰いますがね」
「……もしかして、お酒?」
「そうですよ。俺でも果実酒程度は作りますが、酒精の強いのはさすがに無理ですからね。まあ、彼の唯一の道楽ですから大目に見てやって下さい」
「そうなんだ、僕はまだ飲めないけど、美味しいのが見つかると良いね」
ギードのいなくなった方を見ながら言うと、何故かニコスが褒めてくれた。
その後は、ニコスとポリーと一緒に生地屋へ行って、布を沢山買った。
ここでは書き付けだけ貰って、後で宿屋にまとめて届けてもらうんだと聞き驚いた。
「あなたの冬用の服も必要ですからね」
そう言われて、自分が着ている新しい服を思い出した。
「もしかして、これもニコスが作ってくれたの?」
ズボンを引っ張って聞くと、当然のように頷いて言う。
「タキスとギードにやらせると、はっきり言って生地の無駄ですからね。こういうのは、出来る奴がやればいいんですよ」
「すごいね。僕にも……無理!」
断言すると、大笑いされてしまった。
それから、屋台で団子を買ってもらい、二人で座って食べた。甘い蜜のかかった団子はとても美味しくて、何故か涙が出そうになった。
「明日は、朝市を見に行きますから、早起きしますよ。その後は、昼まで追加の買い物をして、早めに昼食を食べてから帰ります。晩御飯は、屋台で買って帰りますから、欲しいものがあれば言ってくださいね」
知らん振りで明日の予定を言うと、一つ残った団子をレイの口に放り込んでくれた。
「さて、日が暮れる前に宿へ戻りましょう」
立ち上がって埃を払うと、急いでニコスとポリーの後についていった。