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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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ヴィゴの娘達とそれぞれの愛称

 一の郭に入った一同は、ゆっくりとヴィゴの屋敷のある通りへ向かっていた。

「この辺りの建物は、どれも綺麗だね」

 嬉しそうに周りを見ながら、レイがそう言ってルークを見た。

「この辺りは、ブレンウッドの旧市街と同じで、街の中でも古い建物が集まる地域だからね。あ、俺の屋敷はこの通りを曲がった先だよ」

 今、彼らがいる所は真ん中に綺麗な女神像の立つ円形交差点で、ルークが小振りな黄色い花が咲く街路樹の植わった通りを指差した。

「通称、ゆりの木通り。ご覧の通り、ゆりの木が街路樹として植えられてるんだ。これは花は少し地味だけど、紅葉が綺麗なんだぞ」

「へえ、ここも綺麗な通りだね。あ、花の鳥発見!」

「こら待てって。俺たちが行くのはこっちだぞ」

 放っておいたら勝手に違う通りへ行ってしまいそうなレイの背中を手を伸ばして引っ張って、ルークはヴィゴの屋敷の通りへの角を曲がった。

 付いて来ない彼らに気付いたヴィゴ達が、円形交差点を曲がった所で待っていてくれた。

「すみません。誰かさんが勝手に違う通りへ行こうとするから、捕まえて来ましたよ」

 ルークの言葉に、レイは小さく膨れて口を尖らせた。

「綺麗な花の鳥が飾ってあったから、ちょっと見ようとしただけですー!」

「はいはい、分かった分かった。勝手するなら置いて行くぞ」

 ルークにそう言われて、レイは慌てて馬車の後についた。

「レイルズ、良かった。ねえ、もしかして迷子になったの?」

 馬車の扉を少し開いて、ニーカが中から態とらしく心配そうな顔を覗かせた。

「違うって! 勝手に迷子にしないで!」

 レイの叫ぶ声を聞いて、馬車に乗っていた三人も含めた全員が堪える間も無く揃って吹き出した。

「なんだよ、皆揃って! もう知らない!」

 もう一度そう叫んでそっぽを向いたレイだったが、しかしその顔は、もう楽しくて堪らないと言いたげな笑みを浮かべていた。


「この通りの街路樹も綺麗だね」

 ゆっくりとラプトルを進めながら見上げる頭上には、大きく枝を広げた綺麗な樹形の木が並んでいる。

「ヴィゴの屋敷のある通りは(けやき)通りって呼ばれてる。欅の木は大きくなるし、緑が多くて綺麗だよ」

 花祭りの会場があった辺りは、おそらく花人形の行列の邪魔をしないためだろうが、背の低い垣根があるだけで、大きな街路樹は植わっていなかった。しかし、この辺りは道路ごとに違う木が植えられていて、緑も多くとても綺麗だ。

 のんびりとそんな話をしていた一行は、ようやく目的のヴィゴの屋敷へ到着した。


 ヴィゴの屋敷の大きな門の前には、使用人達の前に、ヴィゴの娘二人が並んで出迎えてくれた。

「おかえりなさいませ!父上!」

「お帰りなさい。父上」

 列の前、真ん中にいた二人の少女が、駆け寄って来てラプトルから降りたヴィゴに左右から抱きついた。

「ただいま。良い子にしていたか?」

 二人まとめてしっかりと受け止めたヴィゴは、それぞれの頬にキスを贈ってそう言って笑った。

「はい、今年こそは父上に花の鳥を見ていただこうと、アミーと二人で張り切って作ったんですもの」

「違うわ、姉上。花の鳥は女神様に見ていただくのが一番なのよ」

 おませなその言葉に、ヴィゴだけでなく後ろで聞いていたルークとタドラも小さく吹き出した。

「女神様は、いつもお側にいてくださいます。きっとお作りになっている時も、喜んでご覧になっておられますよ」

 クラウディアの言葉に、ヴィゴから手を離した二人は揃って膝を曲げて両手を握りしめて深々と頭を下げた。

「女神の巫女様方。ようこそお越しくださいました。どうぞ我が家と思ってお寛ぎくださいませ。ヴィゴラスの娘、クローディアでございます」

 姉のクローディアの丁寧な挨拶に、クラウディアとニーカは慌てて並んで同じように膝を折って挨拶をした。

「お招きいただき光栄です。女神オフィーリアの神殿に務めます、三位の巫女のクラウディアでございます」

「お招きいただきありがとうございます。同じく見習い巫女のニーカです」

「まあ、クラウディア様? 一緒の名前なんですね」

 クローディアとクラウディアは、地方によって呼び方に違いがあるだけで、元は同じ名前になる。

「そうですね。よろしく」

 嬉しそうなその言葉に、クラウディアも嬉しくなった。

 一礼して、ニーカと揃って手にしたペンダントで祝福の印を切った。

 それから四人の少女は顔を上げて、それぞれの顔を見て笑顔になった。

「ルーク様、タドラ様、それからレイルズ様、ガンディ様もようこそお越しくださいました」

 どうやら、お迎えの代表役を務めている姉のクローディアに、彼らも笑顔になり大人の女性にするように、そっと順に手を取って挨拶をした。

 真っ赤な顔になった姉を横目で見て、妹のアミディアは遠慮無くタドラの腕に飛びついた。

「どうぞご覧になってください。私たちが作ったんです!」

 手を引いて、使用人達が下がった門の横を見せる。

 そこにいたのは、彼女の背丈よりも少し大きい、長い足と長い首を持った、見事な花の鳥だった。

 少し翼を開いた状態で、今にも飛び立とうするその姿は、まるで生きているかのように見事な出来映えだった。

 嘴や翼、胴体部分の枠組み、それから長い足は木彫り細工で作られている。

「これは見事だ。うん、ヴィゴが自慢するだけの事はあるな」

 感心するようなガンディの言葉に、ルークとタドラも同意するように頷いている。彼らはもっとこじんまりした簡単な花の鳥だと思っていたのだ。

 庭師が手伝ったと言っていたが、それにしても見事な出来映えだった。

 見ると花の鳥の足元には、何枚もの硬貨が置かれていた。

「今日も、通りがかりの人がお布施を置いて行ってくださったんです」

 それを拾いながら姉がそう言って笑い、執事が差し出した箱の中にその硬貨を落とした。


 クラウディアと並んだ姉のクローディアは、ニーカの手を引いて中庭へ案内した。

「ようこそ、お待ちしておりました」

 中庭には、ヴィゴの妻のイデアが、深々と頭を下げた。

 また順番に挨拶をした一同は、促されて一旦、庭に用意されていた椅子に座った。

「ディア、ほら、ここにも花の鳥があるわ」

 机の上に置かれた水盤には、小さな小鳥の姿をした花の鳥が、並んで水を飲むように飾られていた。

「可愛い。まるで生きているみたいね」

 目を輝かせる彼女を見て、ヴィゴが娘を見た。

「ディア、あれはお前が作ったのか?」

「はい、父上。私が作りました」

「……ディアが二人になってる」

 笑いを堪えたルークの言葉に、タドラとレイは思わず顔を見合わせた。

「えっと、ヴィゴはクローディアさんの事をディアって呼んでるの?」

「ああ、そう呼んでいるな」

「間違えないようにしないとね」

 タドラの言葉に、クラウディアが笑って首を振った。

「それならば、どうぞ私の事はクレアとお呼びください」

「駄目よクラウディア様はお客様なんだから、変えるなら私が!」

「いいえ、貴女がどうぞそのままに」

「でも……」

 困ったように振り返って、彼女が自分の父親に助けを求めた。

 黙って見ていたヴィゴは、クラウディアに向き直った。

「よろしいのですか? クレアとお呼びしても」

「はい、友達にはそう呼んでくれる子もいましたので、どうぞそうお呼びください」

 にっこり笑ってそう言う彼女を見て、ヴィゴは大きく頷いた。

「では、これからは貴女の事はクレアと呼ばせていただこう」

 クローディアは何か言いたげだったが、一つ深呼吸をして彼女に手を差し出した。

「じゃあ、私の事はディアって呼んでね。私もクレアと呼ばせてもらうわ」

「よろしくね。ディア」

 二人は笑顔になってしっかりと手を握り合った。

「私はアミディアだから、アミーって呼んでください」

 二人の会話を聞いていた妹が、横から胸を張ってそう言ったのだ。

「まあ、ありがとうございます。ではアミー、よろしくね」

 差し出された手を握り、また笑顔になる。

「ニーカ様は、そのままなの?」


 クローディアから突然話を振られて、見ていたニーカは慌てた。

「あのね、実は私……自分の洗礼名を知らないの」

 困ったような彼女の言葉に、レイやヴィゴの家族は驚いた。ガンディや竜騎士達は、すでにその事は知っている。

「洗礼は受けてるんだろうけど……わからないの。シルフと話ができるようになって自分の洗礼名を知りたくて聞いてみたら、ニカノールって名前は分かったんだけど、もう一つの名前は見えないって言われたわ」

 通常、生まれてすぐに精霊王の神殿で洗礼を受け洗礼名をもらうが、万一、親が早くに亡くなったり、親と幼いうちにはぐれたりして自分の洗礼名が分からなくなっても、魂に刻まれた名前は精霊達には分かるのだ。その為、もしも自分の洗礼名を知らない子がいれば、精霊使いを通じてシルフに尋ねれば、間違いなく分かる。それなのに、彼女の名前が分からないのだと言う。

「ニカノールって、男の子の名前じゃないの?」

 妹の遠慮のない質問にクローディアは慌てたが、ニーカは笑って頷いた。

「珍しいけど、無いわけじゃないわよ。なんでも子獲りの妖精に見つからないようにする為に、性別と違う名前を付ける事があるんだって」

「子獲りの妖精?」

 怯えるように思わず顔を見合わせる二人に、ニーカは笑って頷いた。

「安心して。もちろんそんな妖精はいないわ。でも、昔の人は幼い子供が亡くなった時に……親が悲しまないように、可愛い子だったから、きっと子獲りの妖精に気に入って連れていかれたんだ、って、そう言って慰めたんだって」

 母親のイデアは、その言葉を聞いて深く頷いた。

「その話は、私も聞いた事があります。逆に、男の子に女の子の洗礼名をつけると聞いた事もありますね。何故ニーカ様の洗礼名が見えないのかは分かりませんが、きっと大事にされていたからこそのお名前なのでしょうね」

「私は親の顔を知らないから、真実は分からないけど……ニーカって名前は気に入ってるの。だからそのまま呼んでくれる? 様は無しで!」

 その言葉に、皆笑顔になった。

「分かったわ、じゃあニーカ。よろしくね」

「よろしくニーカ」

 二人に差し出された手を順に握って、ニーカも笑顔になった。


 日の差し込む明るい庭に用意された食事は、とても豪華だったが、貴族の食事の作法など知らないであろう彼女達に配慮して、どれも手で摘めるようになった、立食式の気軽なものだった。

 目を輝かせる二人にはそれぞれ娘達が付き、楽しそうに顔を寄せては笑い声を上げていた。

「女の子が四人もいたら、場が華やかだね」

「確かに。いつも本部は野郎ばかりだからな。聞こえる声が違うだけで、こんなに華やかになるもんなんだな」

 タドラの言葉に、薫製肉を口にしたルークが小さく笑って彼女達を見た。


 食事を早々に終えた彼女達は、それぞれに取ってきたいくつものお菓子とお茶を前にして、何やら顔を寄せ合って小さな声で話をしている。

「ええ! クレアはレイルズ様から花束を貰ったの!」

 突然のクローディアの大声に、のんびり茶を飲んでいたレイは、思いっきり飲んでいたお茶を噴き出した。

「うわあ、もう何するんだよ!」

 タドラが悲鳴を上げたが、その声は笑っている。

「素敵! 素敵! 素敵!」

 両手を握りしめて振り返った彼女を見て、レイは思わず隣にいたガンディの後ろに隠れた。

「どれ、菓子でも見てこようか」

「待って! 逃げないで! ガンディ!」

 笑って立ち上がったガンディを見て、レイは悲鳴を上げてその隣にいたヴィゴの後ろに隠れる。

 それを見たヴィゴとルークが、堪えきれずに吹き出した。

「その時のお話を聞かせてください。レイルズ様!」

「か、勘弁してくださいー!」

 そう叫んで、ヴィゴの背後に顔を覆ってしゃがみ込む。

「すごく頑張ったんだもんね」

 ニーカの言葉に、また思い出してしまったレイは、耳まで真っ赤になったのだった。

 クローディアの隣では、こちらも耳まで真っ赤になったクラウディアが机に突っ伏していた。


 結局、ニーカとガンディがその時の様子を事細かに語り、無言で突っ伏したまま顔を上げない二人を皆が大喜びで揶揄(からか)い、中庭には笑い声はいつまでも絶える事が無かった。

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