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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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お祭り準備の見学と春のお菓子

「おや?どちらへ?」

 着替えていると、布の束を抱えたラスティが丁度部屋へ戻って来た。

「えへへ。ブルーとちょっとだけ外へ出ます」

 驚く彼に、レイは内緒話をするように顔を寄せた。

「空から見たら、花祭りの準備しているところがこっそり見られると思わない?」

 それを聞いたラスティは、堪える間も無く吹き出した。

「な、成る程。それは確かに楽しそうですね。了解しました。何処か遠くへお出掛けされる訳では無いんですね」

 何度も頷くレイを見て、布の束を棚に置いたラスティは、着替えを手伝ってくれた。


「お待たせ!」

 中庭に降りて来たブルーにそう言って駆け寄ると、そのまま鞍も乗せずに背中に乗る。呆気にとられる第二部隊の兵士達に見送られて、ブルーはゆっくりと城の上空へと上がった。

 竜騎士隊の本部からそのまま東へ向かうと、城の上空を飛ばずに一の郭の方角へ行ける。

 少し高めに高度を取って、レイは一の郭のはずれにあると言う花祭りの会場へと向かった。


「あそこが花祭りをすると言う広場だな」

 ブルーがそう言い、シルフが目の前に現れて指差す方角を見ると、広場の横に巨大な足場が組まれ、せりだすように斜めに作られた観覧席が、もうほぼ出来上がっていた。

 今は、席の上に日避けの天幕を張る作業をしていた。

 そして広場の端、丁度観覧席の正面に当たる部分には、巨大な花の鳥が幾つも並び、大勢の人達が動いていた。今まさに花の鳥の仕上げの真っ最中だったのだ。

「うわあ、すごく大きい……」

 感心したように呟いて見ていたが、急に慌てて目をぎゅっと閉じて横を向いた。

「どうした? 目にゴミでも入ったか?」

 心配そうなブルーの声に首を振ったレイは、細く目を開いて照れたように笑った。

「花の鳥の出し物を今見るのって、狡いような気がして来た。だって、まだどんな出し物なのか誰も知らないんだよね。それなのに、僕だけ見ちゃったら駄目じゃ無い?」

 驚いたように目を瞬いたブルーが、次の瞬間堪え切れないように声を上げて笑った。

「成る程な。確かに言われてみればそうかも知れぬ。ではどうする?もう戻るか?」

 そう言われて、ちょっと考える。

 初夏の風が気持ち良くて、目を閉じて深呼吸をして風を感じる。せっかくブルーと一緒に空へ上がったのに、すぐに戻るのは勿体無い気がした。

「ちょっとお城の方へ戻って、精霊魔法訓練所のある辺りに行ってみる? その辺りの飾りなら、見ても良いよね?」

「そうだな。あの辺りも綺麗に飾り付けがされているぞ」

 ブルーの言葉に目を輝かせて頷いた。


 一の郭の上空をゆっくりと飛びながら城の方へ戻っていると、ふと下を見ていて気がついた。

「あ、あそこってヴィゴのお家だよね」

 綺麗な白い石造りの建物で、外壁にも木材が綺麗に装飾されており、屋根は赤い天然石の瓦で葺かれていて特徴的だったので、上空からでも分かったのだ。広い裏庭には、大きな厩舎の屋根も見えた。

「ラプトルの赤ちゃん、元気かな?」

 生まれた時の事を思い出して、笑顔になった。

 よく見ると、ヴィゴの家の中庭に女の子が二人出て、作業着を来た人達と一緒に花の鳥を作っている。ラプトルの赤ちゃんを見に行った時に、少しだけ挨拶してお話をしたあの娘さん達だろう。

 ヴィゴの家だけでなく、その周りの家でも中庭で花の鳥を作っている家が何軒もある事に気付いた。

「へえ、個人の家でも花の鳥を作るんだね。すごいや」

 少し高度を下げ、もっとよく見ようと身を乗り出して覗き込んだ時、ヴィゴの家の娘さん達が上空の竜に気付き、歓声をあげて手を振ってくれた。

 周りの家々でもブルーの姿に気が付いて、作業の手を止めて上を向いた。皆、笑って手を振ってくれた。

「あれれ。作業の邪魔しちゃったね」

 手を振り返して、ゆっくりと高度を上げた。

「さすがにこの大きさだと、こっそり観察って訳にはいかないね」

「確かにそうだな。今はまだ上空に太陽があるから、上から見ると影が落ちるからな」

「そうだね。あ、一の郭の噴水の横にも沢山花の鳥が飾ってあるね。へえ、綺麗……」

 ゆっくりと飛んでくれるので、時折現れる噴水のある交差点や広い庭に並べてある花の鳥を見て楽しんだ。

 そのまま、いつも通っている精霊魔法訓練所の建物のある方へ向かった。

 中庭には何人もの生徒達や教授達が出て、花の鳥を作っているのが見えた。

 ここでも高度を下げると皆に気付かれてしまい、見上げて手を振ってくれる人達に手を振り返して、作業を上空から見学した。


「それにしても、あんなに沢山のお花をどこから持って来たんだろうね」

 訓練所の花の鳥達もどれもかなり大きく、それを作る為の手押し車に積まれた色とりどりの花々が、側で山積みになって並んでいる。

「オルダム郊外にある近隣の農家では、この時期は何処も花祭りに使う花を大量に栽培しているぞ。農家にとっては期間限定とはいえ、咲かせたら確実に売れると分かっているのだから有難い事だろう」

「そっか、確かにそうだね」

 この時期に必ず需要があると分かっているのだから、安心して栽培出来るだろう。

「はーな祭り、花まっつりー!楽しみ楽しみ花祭りー!」

 最近のお気に入りの適当花祭りの歌を口ずさみながら、ゆっくりと城の方へ向かった。

『こら何してるんだよ』

 その時、突然現れたシルフが笑いながらそう言ってレイの頬を突いた。

「ルーク! だって、せっかく良いお天気なのに、お部屋でじっとしててもつまらないでしょう。だから、祭り準備の見学に来てるの」

『驚いたよいきなりラピスが来て何処かへ行くから』

『慌ててラスティに確認したぞ』

「驚かせてごめんなさい。でも楽しかったよ。えっとね。一の郭の広場にある観覧席は、もうほとんど出来上がっていたよ。あんなに高いところから見られるなら、花人形の行列や花の鳥もよく見えそうだね」

『花の鳥の出し物は見たかい?』

 ルークの言葉に、レイは首を振った。

「先に見るのって、何だか狡い事してるみたいだったから、ちょっと見ただけですぐに戻って来たよ。でもどれもすごく大きくてびっくりした。一の郭も訓練所もお城も、お花があちこちに置いてあってすごく綺麗だったよ」

『そっか楽しかったなら良かった』

『新しい花祭り用のケーキが届いたからさ』

『お茶にしようと思って誘いに来たのに』

『誰かさんは勝手に出かけてるし』

『仕方がないから俺達だけで食べる事にするよ』

 それを聞いたレイは思わず叫んだ。

「ええ! そんなの狡い! 僕だって食べたい! 分かりました。すぐに戻るから、僕の分は、絶対置いておいてください!」

 堪え切れない笑い声を最後に、手を振ってシルフはくるりと回っていなくなった。

「それじゃあ戻ろう、ブルー。ルークに新作のお菓子を食べ尽くされる前に戻らないとね」

 笑ってそっと首を叩いたレイの言葉に、ブルーも笑ったように大きく喉を鳴らした。

「それは大変だな。では大急ぎで戻るとしよう」


 いつもの中庭にレイを降ろして、ブルーは湖へ帰って行った。

 飛び去るブルーを見送ってから、レイは迎えに出て来てくれたラスティと一緒に、大急ぎで本部の建物へ戻ったのだった。


 休憩室へ駆け込むと、ルークと若竜三人組が揃って先にお茶を飲んでいた。

 机の上には、まだ手をつけられていない大きな焼き菓子が置いてある。

「おお、おかえり。本当に早く戻って来たな」

 笑いながらルークがそう言い、タドラがポットのお茶を入れてくれた。

 蜂蜜をいれながら、目を輝かせて机の真ん中に置かれたケーキを見ると、全員が堪え切れずに吹き出した。

「では、大急ぎでレイルズ君も戻って来た事だし、切らせてもらおうかな」

 ナイフを手にしたルークが芝居染みた口調でそう言って立ち上がると、手にしたナイフで手早くケーキを切り分けた。

「はい、一番大きいやつな」

 お皿に置かれたそのケーキは、レイも大好きなどっしり重い、ナッツやドライフルーツがたくさん入ったバターケーキのようだ。でも、上に掛かっている白いのは何だろう?

 フォークで白い部分を取って口に入れてみる。

「すごい! これ、白いけどチョコみたいな味がするよ!」

 目を輝かせるレイの言葉に、ルークは手にした木の箱を見た。恐らくそれに、このケーキが入っていたのだろう。

「カードが入ってる。ええと……その白いのは……うん、チョコレートだって書いてあるぞ。レイルズ君、正解」

「へえ、白いチョコレートなんて初めて見た」

 ロベリオ達も、そう言って白い部分を口に入れた。

「うん、いつもの黒いのより甘く感じるな。でもこれはこれで美味しい」

「入ってるのは、ドライフルーツと、色んな花の種なんだって。白いチョコと一緒に入ってるのは、花の砂糖漬けだってさ」

「花尽くしのケーキなんだね。うん、美味しい」

 大きく切ったケーキを口に入れて、レイは笑った。

「ブレンウッドの緑の跳ね馬亭でも、花祭りの時には花の種が入ったバターケーキがあったよ。クリームと酸味のある綺麗な色の花のジャムが一緒に添えられててね、すっごく美味しかったんだよ」

 それを聞いて、若竜三人組が目を輝かせた。

「お前らが買って来てくれた、あの栗のケーキも美味かったもんな。良いなそれ。その花の種と花のジャムのケーキも食べてみたい!」

「無茶言うなよ。欲しけりゃブレンウッドまで自分で買いに行けって!」

 顔を見合わせて笑い合う彼らを見て、後ろで控えていたラスティ達がこっそりと顔を見合わせて、頷き合っていた事に、笑っている彼らは気付かなかった。

「それからこっちはジャムが乗ったビスケットだ。俺、この赤いのが好きなんだよな」

 平たい缶を開けると、そこには色とりどりのジャムを乗せて焼かれたビスケットが並んでいた。

 ルークが、嬉しそうにそう言って、赤い色のビスケットを三枚まとめて自分の皿に取り、隣に座ったレイルズにビスケットの入った缶と蓋を渡した。

「じゃあ、一枚づつ貰おうっと」

 5種類あるビスケットを順番に取って、隣にいたロベリオに渡した。

「よく食べるな。さすがは育ち盛り」

 笑って二枚だけ取って隣のユージンに渡す。ユージンも二枚取ってタドラに渡し、タドラは三枚取って蓋をした。

「いつも差し入れてくれるこのビスケット、サクサクで本当に美味しいよね」

 タドラの言葉に、ロベリオとユージンも嬉しそうに頷いている。

「これは、俺がいたハイラントのスラム出身の菓子職人が作ってるんだ。ハイラントに最初のお菓子の屋台を出す時に、少しだけ資金面で応援したんだ。それがあっという間に人気の店になってね。今では何人もの職人を雇って、ハイラントと、隣のブリストルの街に立派な店を構えてるよ。これはそこの売れ筋品でね。この缶はスラムの若者達が、基金の支援で建てた工房で働いて作ってるんだ。ああ、彼はロベリオとユージンが代表を務めてる技術習得学校の先生もしてるよ。そこで子供達に、料理やお菓子作りを教えてるよ」

「へえすごいや。あ、そう言えばブレンウッドの孤児を支援する基金って、あれからどうなったの?」

 ビスケットを食べながら、レイはふと思い出してルークを見た。

「あれ、あの後の事って言ってなかったっけ? 支援は順調に進んでるみたいだよ。この春には、特に傷みの酷かった、五つの孤児院の建物の改修工事が始まってる。それから、バルテン男爵の発案で、郊外の酪農家の方にお願いしてね。無料の、赤ちゃんの為の乳の出る山羊を貸し出す基金も発足したよ。これも、ドワーフギルドが窓口になってくれてる」

 拍手する若竜三人組を見て、レイも目を輝かせた。

「毎年降誕祭には、俺達も各地の孤児院や学校へ支援金や贈り物をしているよ。さすがに全員には届けられないだろうけど、少しでも届いた子達に喜んでもらえていたら良いんだけどな」

 ロベリオの言葉に、レイも笑顔で頷いた。

 そして思った。

 今度の降誕祭には、自分も、何処かにいる会った事の無い、プレゼントをくれる親のいない子供達に少しでも贈り物をしようと。


「僕も頑張ろうっと。でもまずは、花祭りだよね」

 顔を上げて嬉しそうに笑うレイルズを見て、皆笑顔になるのだった。

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