行商人
蒼竜への頼み事を済ませ、戻ってきたギードは、厩舎にベラを戻して、水を飲ませてから体を拭いてやった。
「遅くにすまなんだな。ゆっくり休んでくれ」
首筋を軽く叩いて、ベラが丸くなって眠るのを見届けると、灯りを持って家へ戻った。
部屋に入ると、まずは仕事場である一番広い部屋へ向かう。
そこは、鉱山から採ってきた鉱石や宝石の原石が、壁面の大きな棚に無造作にいくつも置かれている。
価値の分かる者が見れば、棚一つ分だけでも、とんでもない値段になる事に驚くだろう。
しかし、ギードは気にする風もなく、いくつかの鉱石をまずは上の段から取り出した。
天秤を取り出して、重さを確認しては麻布に書き込み、それぞれに包む。
出来上がったものは、紐で縛ってから一番下の棚から大きな木箱を取り出し、その中へ入れていく。
「明日の分は、これくらいかのう、さて、すっかり遅くなってしまったわい。一杯やってから寝るとするか」
大きく伸びをすると、箱はそのままにして立ち上がった。
翌朝、少年と蒼竜を見送った後、手分けして厩舎の掃除やいくつかの畑仕事を片付けると、終わる頃にはもう昼になっていた。
「後片付けはワシがするから、昼飯を頼むよ。それと、すまんがタキスの様子を見てやってくれ」
「そうだな、じゃあ後は頼むよ」
ニコスはそう言うと、手を洗ってから家へ戻って行った。
「大丈夫と本人は言うが……毎度の事ながら、心配な事だわい」
道具を片付けながら、ため息が出た。
タキスは、年に数回、行商人が来る度に体調を崩す。
どうやら、人間が側にいるだけで駄目らしく、酷い時には嘔吐や発熱の症状が出ることもあった。
一度も出て来た事はないので、行商人はここに住んでいるのは、ギードとニコスの二人だと思っている。
商談はギードの家で行うので、ニコスですらほとんど表には出てこない。
「ま、世間では竜人というのは変人だと思われとるからな、説明せんでいいから楽で良いわ」
片付けを終えると、向かいの家へ戻った。
食事をしながらタキスの様子を聞いたが、やはり具合が悪くなっていたようだ。
「本人は大丈夫だと言ってたが、顔色は悪かったぞ。とりあえず、消化の良いものと、お茶はたっぷり用意して来た」
「まあ、商談はワシがするから、タキスに付いていてやってくれ」
「よろしく頼むよ。あ、これはタキスから預かってたいつもの分の丸薬だ」
油紙で包まれた、薬の束を渡された。
「いつもの数だな。渡しておこう」
行商人が危険を冒してでもここへ来るのは、ギードの持つ、外では貴重な鉱石と、竜人が作っている丸薬が欲しい為だ。
「さて、そろそろ来る頃だろう。ご馳走様」
丸薬の束を手に立ち上がると、家へ戻った。
『来たよ来たよ』
『いつものいつもの』
シルフ達が、近くまで来たことを知らせてくれた。
扉をあけて外へ出ると、ラプトルが駆けて来るのが見えた。
三頭のラプトルが、一列に並んだまま目の前で止まった。
先頭のラプトルに小柄な若い男性が一人乗っているだけで、後の二頭は幾つもの荷物をその背に積み上げていた。
「久しぶりだの、ガナヤ。無事な顔を見れて何よりだわい」
ガナヤと呼ばれた青年は、少し前まで彼の父親と一緒に来ていたのだが、父親が怪我をしてラプトルに乗れなくなった為、故郷に両親を置いて、行商人として急遽独り立ちしたのだった。
彼は、彼の父親同様、精霊と話すことが出来るため、蒼の森へ入る事が出来るのだが、魔法を使う才能は二人とも皆無だったらしく、精霊達からは、単なる遊び相手だと思われている節がある。
それでも、蒼の森を含め、精霊により閉ざされている場所へある程度自由に入る事が出来る才能は、行商人としては得難いものであった。
「お久しぶりですギード殿、お変わりありませんか」
ラプトルから降りて、笑顔で握手する。
「さ、立ち話もなんだ。荷を降ろしてからゆっくりするとしよう」
肩を叩いて、荷下ろしを手伝った。
それから、家の前に立ててある杭にラプトルをつなぐと、厩舎から汲んできた水を飲ませてやる。
「いつもすみません。ここの水は美味しいらしくてね、ここへ来ると、こいつらの体調が良くなるんですよ」
笑いながら、軽く体を拭いてやり、荷物を手分けして家の中へ運んだ。
まず薬の束を渡し、数を一緒に確認する。専用の買い取り台帳に、金額と数を書き込む。それから、昨夜用意した鉱石を、これも一つずつ確認して、同様に台帳に書き込んでいった。
薬は、彼の持つカバンの中へ入れられ、鉱石は箱ごと買い取ることになっているので、一つずつ箱の中へ戻していく。
その後、持ってきた荷を解き、やりとりしながら今度はギードが、必要なものを取り出していく。
彼が持って来るもので特に必要なのが、この辺りでは採れないスパイスや調味料で、普通に買えば相当な金額になるが、ここではお金でやりとりはしない。鉱石や薬の合計と物々交換するのだ。その為、台帳上買い取りと売り上げを合わせる必要があるので、最後は細かいやりとりになるのもいつもの事だった
全部の確認が済んだら、今度は専用の売り上げ台帳にまた細かく書き込んでいく。
終わる頃には、かなりの時間が経っていた。
「これで終わりかの、何時もながら面倒なことだわい」
「とは言え、適当にする訳にはいきませんからね」
苦笑いしながら、残りの品を片付けていく。
「片付けておる間に、茶でも淹れるわい」
立ち上がって、湯を沸かしお茶を淹れる。
「ところで、ちょっと聞きたいことがあるんだがな」
炒った栗の実をテーブルに置くと、ガナヤの前に座った。商談の後は、だいたいお茶を飲みながら世間話をするのがいつもの習慣だ。
「おや、珍しいですね。あなたの方から話をされるのは」
お茶を飲みながら、ガナヤは首をかしげる。
「ワシは回りくどいのは苦手でな。おぬし、自由開拓民のゴドの村を知っておるか?」
ガナヤの顔色が変わった。それだけで、彼も村に何があったのか知っていると知れた。
「その様子だと、知っておるな」
「……何故、あなたがゴドの村をご存知なのですか?」
真っ青になった顔を見て、ギードは苦笑いする。
「おいおい、何を考えておるのか知らんが、ワシを勝手に悪党にするでない」
「で、でしたら何故あの村をご存知なのですか?」
完全に及び腰な青年を見て、ギードはからかうのはやめにした。
「ワシの昔馴染みがあの村におってな、鍛冶屋のエドガーという大柄な男じゃ、知っておるか?」
「エドガー殿のお知り合いだったんですか」
安心したのか、ため息を一つ吐いて話し始めた。
「ご存知でしょうが、村は全滅です。私は先にブレンウッドの街へ立ち寄ったのですが、その時に守備隊の方から話を聞きました。正直、最初はからかわれているのかと思った程です。私の知っている村人の事は話してきました。ただ、恐らく全員では無いでしょうが犯人は捕まったそうですよ」
その言葉に、ギードは思わず大声で聞き返した。
「犯人が捕まっただと! どこの馬鹿共だ」
あまりの剣幕に仰け反りながら、慌てて返事をする。
「守備隊の方から聞いた話ですから、間違い無いかと。何でも翌日かその次の日だかに、街道沿いで行き倒れていた三人組を保護したところ、勝手に犯行を自白したらしいですよ」
「何だそれは? 誰も聞いておらぬのに、勝手に犯行を自白する者などおるのか」
「俺もそう思ったんですけどね。何でもひどく怯えて、捕まった方が安全だとか言ってたようです。仲間割れでもしたんじゃないですかね」
「だとしたら、最低の中の最低の大馬鹿どもだな」
「真っ当に働いてる者には、全く理解できません」
顔を見合わせ苦笑いした。
「さて、お茶をご馳走様でした。暗くなる前にお暇します。今回も、良い取引をさせて頂きました。また、次回もよろしくお願いします」
改まって言う口振りが、父親そっくりでギードは笑ってしまった。
三匹のラプトルが走り去るのを見送ると、ギードは向かいの家の扉を叩いた。
行商人が帰った事を伝えて、タキスを安心させてやらなければならない。
買い取った荷物は、ギードの家へ置いておき、街への買い出しが終わったら、全部まとめて片付ける段取りだ。それなら、別行動中にどちらかが買ってきたと思ってくれるだろう。
「辻褄合わせも大変だわい。でも、こういう苦労も悪くはないの」
扉を開けてくれたニコスに笑って言うと、ニコスも笑って頷いてくれた。