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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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星系信仰とラスティの心配事

 その日、本部の部屋に戻ったレイは、昼食を断り部屋に篭って一日を過ごした。

 それを聞いたルークは、黙って訓練所にお休みの連絡を入れてくれた。

 降誕祭の事件の日のように、自分で制御出来ない、何だかよく分からない感情に振り回されていた。

 その様子を見てかなり心配していたラスティだったが、無理に話しかける事はせず、そっと離れて見守っていた。

 夕食は、いつものようにルークやラスティ達と一緒に行き、降誕祭の時のように、いつもよりかなり少なめに食べた。

 早めに湯を使い、おやすみを言ってベッドに入ったが、予想通り全く眠れず、何度も寝返りを打ってはごそごそと毛布を握りしめて動き回った。

「ああ、もうやめ! 寝るのやめた!」

 そう叫ぶといきなり起き上がり、ニコスの編んでくれたセーターを寝間着の上に着てから窓を開けた。

 あの日のような、満天の星が瞬いている。

 スリッパを脱いで、以前のように窓枠によじ登って足を投げ出して座った。

 地面を見下ろし、こちらを見上げる夜回りの兵士に手を振った。見上げた兵士は笑って手を振り返してくれた。

 黙って星空を見上げる。

 三の月に入ったとはいえ、まだまだ夜は冷える。吐く息は真っ白だ。鼻の頭が赤くなった頃、一筋の流れ星が天を横切って消えていった。

「一つ……」

 小さく呟き、寒さに体を震わせ手を擦り合わせた。すると、指輪から火蜥蜴が出てきて以前のように懐に入ってくれた。

「あ、いつもありがとうね。君のおかげで寒くなくなったよ」

 胸元をそっと撫でて話しかけ、それきりまた黙って空を見上げ続けた。


『レイ……大丈夫か?』

 膝に現れたシルフが、ブルーの声で心配そうに話しかけてきた。

「ブルー。うん、大丈夫だよ……ちょっと眠れないだけ……」

 分厚い幅のある窓枠にもたれて、それきりまた黙り込む。しかし、目は星空をずっと見上げていた。

 ブルーのシルフも、黙ってそのまま寄り添った。

 いつの間にか、肩や頭の上にも何人ものシルフ達が現れて、愛しそうにその真っ赤な赤毛を撫でてキスを贈っているのにも、彼は気付かないくらいに夢中になってずっと空を見上げていた。


「ねえブルー、 僕、面白い事に気付いちゃったよ」

 レイが、上を向いたまま突然話しかけた。

「ほう、何に気付いた?」

 レイルズを見つめていたシルフが、ブルーの声で応える。

「あそこ。お星様が輪っかになって見える」

 右手で、上空を指差してぐるっと回してみせる。

「それにその隣は、トンファーみたいな形になってるよ。面白いね。星空って、空に点々で絵を描いてるみたい」

『其方が言った、輪っかになっているのは、なげなわ座、と呼ばれておるな』

「何それ、でも確かに投げ縄っぽい」

『トンファーみたいだと言ったあれは、鍵座、と呼ばれておる。錠前を開ける鍵のように見えたのだろうな』

「大きな鍵だね。お空の何処に錠前が付いてるのかな?」

 ブルーの声で説明してくれるシルフに小さく笑ってキスすると、また空を見上げた。

「あっちのは、コップを逆さにしたみたいに見える」

 また別の方を指差して形をなぞってみせる。

『あれは、双子の兄弟座と呼ばれておるな。命名者には、仲良く寄り添っているように見えたのだろうな』

「あそこの塊は? ぐしゃぐしゃってなって見えるよ」

 レイが指差した部分は、確かに雲のような細長い塊が見える。

『あれは麦の穂座、と呼ばれておるな。その名の通り、麦の穂を束にしたように見えるから、そう名付けられたのだろう』

「面白いね。それって誰が決めたの?」

『天文学や星系信仰そのものは、この国がまだ形も無かった時代、それこそ精霊王の時代よりはるかに前からあるぞ。この国では、天文学という学問として主に研究されておるな。季節によって見える星が違う。それらを観測し、暦を作る参考にしたり、星の動きを計算したりする学問だ。元は、星系神殿で信仰されていた星そのものを信仰する、星系信仰から来ている』

「天文学……星系信仰。そっか、母さんがいた神殿だね。へえ……天文学って難しいのかな?」

『まあ、簡単な学問ではないな。興味があるなら城の図書館で、まずは天文学や星系信仰に関する本を読んでみると良い。ここの図書館なら多くの書物があるからな』

「うん、じゃあ今度お城の図書館に行ったら探してみるね」

 そう呟いて、また星空を見上げる。

「母さんや父さんも、この星空を見ていたのかな……」

 もう、胸の中のよく分からない感情は綺麗さっぱり無くなっていて、いつものように、穏やかで安らかにな気持ちになっていた。


「お休み、ブルー。何だか今なら眠れそうだよ」

 大きく伸びをして部屋に戻り、窓をきちんと閉めてからカーテンも閉めた。火蜥蜴に指輪に戻ってもらい、セーターを脱いで足元の籠に入れるとベッドに潜り込んだ。

「湯たんぽのおかげで、ベッドの中も寒くないよ」

 嬉しそうに笑って、毛布を鼻先まで引き上げる。

「お休み、シルフ。明日も朝練にちゃんと行くから、いつもの時間に起こしてね……」

 小さな声でそう呟くと、枕に顔をうずめるようにして目を閉じる。

 何人ものシルフ達が現れて、静かな寝息を立て始めた彼の事をずっと見守っていた。



 翌朝は、いつもの時間に起きて、朝練に向かった。

 ルークは今日は朝から会議でいなくて、先に来ていた若竜三人組が相手をしてくれた。彼らも、昨日何があったかルークから知らされていたが、何も言わずにいつもと変わり無く、棒術や剣術訓練に付き合ってくれた。

 食事の後は、良いお天気だったのでラプトルに乗って訓練所に向かった。

 しかし、マークもキムもお仕事だったようで一人寂しく図書館で自習していると、見兼ねた誰かが声をかけてくれた。

「レイルズ、良かったらこっち来て一緒に勉強しよう」

 広い自習室を借りていた三人に呼ばれて、お礼を言ってご一緒させてもらった。

 以前、合同授業の後に教えてくれた、クッキーとリンザス、ヘルツァーの三人だ。

 リンザスとヘルツァーはどちらも貴族で代々武人の家柄らしく、二人共、騎士見習いの服を着て腰には鋼の剣を装着している。どちらも軍人になるのにふさわしい立派な体格だ。父親や祖父も第二部隊の軍人で、自分達も将来は王都を守る立派な軍人になるのだと言って笑った。

 クッキーの家は、オルダムで手広く商売をしている大きな商家で、竜騎士隊の本部にも品物を収めていると聞かされ驚いた。

「へえ、何を収めてるの?」

「うちは元々、革細工や革の原皮を扱う商人だったんだって。そのせいか、革製品やその素材を一番多く扱ってる。竜騎士隊の本部やお城にも、防具の材料になる革を大量に収めてるよ。勿論それだけじゃ無くて、布やお菓子、他にも頼まれれば何だって持って行くぞ」

 笑ってそう言われて、レイは感心した。もしかしたらクッキーの実家が納品してくれたお菓子を本部の休憩所で知らずに食べていたかもしれないと思ったら、何だか嬉しくなった。

「じゃあもしかしてこの革の鞘も、クッキーのところの革で作ってもらったのかもね」

 ふと思いついて、腰のミスリルの剣の鞘を指差して見せると、クッキーは目を輝かせた。

「すごく細かい細工だね。これは見事だ。剣も工房で作ってもらったの?」

 剣の意味を知っているのだろう。手は出さずに見ているだけだが、嬉しそうに聞かれたので、剣は家族が作ってくれたんだと答えた。

「オルダム以外にも良い職人がいるんだね。本当にすごく綺麗な細工だ」

 レイルズの家族が、何処かの工房に注文して作ってもらったのだと思ったクッキーの言葉に、レイは特に否定をせずに曖昧に笑って頷いた。

「その鞘も、うちの革だと思うよ。大事にしてください。そうそう、マイリー様の補助具に使ったのもうちの革だ。あれは、今では珍しい馬の革なんだよ。牛の革よりも薄くてもしなやかで強度がある。しかも軽いんだ」

「馬? 名前は聞いた事あるけど、見た事ないな」

「俺も見た事ないね」

 軍人二人も、横で手を止めて興味津々で聞いている。

「馬は、騎竜が飼い慣らされるまでは皆の足として広く飼われていた、牛と同じ四本足の家畜だよ。牛よりも首が長くて身体は細くてしっかりしてる。足は牛なんかよりはるかに速い。身近ではすっかり見なくなったけど、今でも飼育はされているよ。それに馬車や荷馬車って言葉は残ってるだろう?」

「確かに、騎竜が引いてても、馬車って呼んだりするな」

「言われてみればそうだね。あんまり気にしてなかったけど確かに馬車って言うね」

 リンザスとヘルツァーが感心したように言うのを聞いて、レイは首を傾げた。

「確かにそうだね。でも、竜車とも呼ぶよね?」

「ええと、俺が聞いた話では、竜車って、トリケラトプスや二匹以上のラプトルで引く車の事で、基本的には箱型で扉と屋根が付いていて、中が見えないものを指すよ。荷馬車や馬車ってのは、基本的に屋根の無い引き車の総称。馬車の場合は、柱と屋根が付いててもそう呼ぶね。まあ、詳しい決まりがあるわけじゃ無いらしいから、何となく皆呼び分けてるみたいだね」

 クッキーの説明に、三人は揃って納得したように頷いた。

「へえ、そんな違いがあるんだ。あ、でも確かにトケラが引いてたのは屋根が無かったから荷馬車って呼んでたね」

「トケラって?」

「えっと、僕の家で飼っていたトリケラトプスだよ」

 レイはすっかり呼び慣れていたが、初めて聞いた三人は、堪える間も無く吹き出した。

「お前、それなんて安直な名前だよ。誰だそんな名前つけたやつ」

 初めてトケラの名前を聞いた時に自分も笑った事を思い出して、遅れて吹き出した。

「でも、良い名前でしょう? トリケラトプスのトケラ。すごく賢くて可愛いんだよ」

 開き直るレイに、三人はまた笑った。

「トリケラトプスって、あの大きな角と身体の大きさのせいで怖がる人も多いけど、実はすごく賢くて優しい生き物だよな。うちにもトリケラトプスがいるけど、俺は、あいつの角の上に初めて乗せてもらった時の事、今でもはっきり覚えてるよ」

 リンザスの言葉に、レイも大きく頷いた。

「案外乗り心地も良いんだよね」

「そうそう、動くと揺れるからちょっと怖かったけど、慣れると眺めは良いし、最高だよな」

 後の二人は、トリケラトプスは見た事はあっても乗った事はないらしく、目を輝かせて二人の話を聞いていた。


「それじゃあ、またな」

「しっかり勉強しろよ」

「また明日な」

 三人と一緒に昼食を食べ、午後からはそれぞれの教室へ別れて向かった

「ありがとうございました。また教えてください」

 廊下で別れた三人に、レイも手を振って笑った。

 軍人二人は、座学も実技も中級までは全て単位を取っていて、今は上位の勉強中だと聞き、魔法陣の展開方法を今度、マークも一緒に教えてもらう約束をしたのだ。

「上位の魔法陣の展開方法や計算式って、確かに慣れないうちは、はっきり言って苛めかと思う程だよな。でも、あれも必要な事なんだから、諦めて覚えるしかないよ」

 一番年長のリンザスにそう言われてしまい、遠い目になったレイだった。



迎えに来てくれたキルートと一緒に本部まで戻って、ラスティに今日あった事を話した。

「今日はマーク伍長達がいなくて、別の方とお勉強したんですか。良かったですねお友達が増えて」

「えっとね、リンザスとヘルツァーは、軍人になるんだって言ってたよ。クッキーはお家が商売をしてるんだって。竜騎士隊の本部にも革やいろんな物を収めてるって言ってた」

 脱いだ騎士見習いの服にブラシをかけながら、ラスティはその名前を聞いて納得した。

「そのクッキーのご実家は、恐らくポリティス商会でしょうね。オルダムでも有数の大きな商家ですよ。確か、次男坊が精霊魔法の適性があって、勉強中だと聞いた事があります」

 リンザスとヘルツァーと言われても、家の名前は分からない。後ほど調べておこうと思い、その名を記憶した。


 手早くお茶を入れたラスティは、レイルズの前に、たった今ヘルガーが届けてくれた、焼きたての、クリームと栗のペーストがたっぷりと乗ったパンケーキを置いた。

「まだ夕食まで時間がありますから、どうぞごゆっくり。何かご用がありましたら、いつでも呼んでください」

 嬉しそうにパンケーキを頬張るレイにそう言って笑うと、ラスティは一礼して部屋を出て行った。

「ご身分が知られてしまった今となっては、ご友人となられる方も、多少は気をつけなければなりませんね。これは、我々の仕事ですね」

 小さなため息を吐いてそう呟いたラスティは、廊下で待っていたヘルガーに、まずはリンザスとヘルツァーについて調べる事を相談したのだった。


 そんな彼らを、ブルーの目の代わりのシルフが、黙って見つめていた。

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